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第34話『早すぎた復活』

 アンジェは再び手にした視力を元手に、周囲の様子を探る。


 まだ眼球を取り戻しただけで、それ以外の全ては魔力の残滓でしかない。魔力をかき集めて肉体を再生させるのが急務だ。

 脳も視神経も残っていないというのにどうやって光を情報として理解しているのかわからないが、見えるものは見えるのだから、幸運と思ってありがたく活用しよう。これ以上苦しむのは御免だ。


「(すごいな、これ)」


 アンジェは自分の魔法が与えた影響を目の当たりにして、その常識離れした光景に圧倒される。


 漆黒の無骨な剣が、ありとあらゆる物に突き刺さっている。太い木々が何本も寸断され、魔物たちも両断され、大岩さえもあっさりと細切れにされている。

 大きな戦争でもあったのか。動植物が殺し合いでもしたのか。魔法を放った張本人でさえそう思ってしまうほどの、血生臭い光景だ。


「(まるで御伽噺だ。本当にオレがやったのか)」


 アンジェはそのような光景を自らの手で生み出したことに、僅かな興奮と強い罪悪感を抱く。

 仕方がないとはいえ、やってしまった。イオ村にはどう言い訳しよう。

 ニコルの邪魔になってしまったかもしれない。そう思うと、最後に残った心まで傷ついたようで憂鬱になる。


 アンジェが赤と黒に染まった森を見渡していると、薙ぎ倒された木々を踏み越えて、遠くから誰かがやって来るのがわかる。


「(誰だ?)」


 ニコルではない。長身の男性だ。暗い雰囲気だが、どんよりとはしておらず、どことなく乾いた清々しさが感じられる。少なくとも陰湿ではないのだろう。


 顔立ちは濃く、無精髭が生えている。髪は黒い。珍しい容姿だ。生まれが気になるところだ。たぶん隣の帝国か。


 手には剣を持っている。アンジェが放ったそれとは違う、銀色の細い刀身だ。二振りもある。


 立ち方や歩き方は気怠げたが、隙がない。おそらくは猛者なのだろう。幻想的で象徴的な、いわゆる英雄とは程遠いが、実践的で現実的なしぶい魅力がある。


「(うわあ、強そう……。ちょっとだけオレに似てるかも。なんか、良いなあ。うまく言えないけど)」


 アンジェは親近感を覚え、その男を注視する。

 自分が男のまま成人になったとしたら、こんな姿になっていたかもしれない。憧れとするには少々不潔でくたびれているが、可能性としては大いにあり得る。


「(オレもあんな大人になりたい!)」


 だが、男が一歩ずつ近づいてくるにつれ、アンジェは無いはずのまぶたに力を入れて、徐々に不審そうな目つきになっていく。

 見覚えがあるのだ。自分と共通点があるから、という理由ではなさそうだ。記憶のどこかに、あの姿があったはずだ。


「(会ったことがあるような気がする。声も浮かんでくる。きっと話したことがあるんだろう。でも、何処の誰だったか思い出せない)」


 アンジェはもどかしく思いながら、しばらく様子を見る。

 彼が悪魔祓いだったとしたら、再生する姿を見られたら即死だ。今度こそ魔力のかけらも残さず撃滅されてしまうだろう。


 男は周囲を取り囲む黒い剣に警戒しながら、ついにアンジェのそばに立つ。

 哀れな生き物を見るような目。その瞳は赤く、アンジェのそれとはかけ離れている。


「(なんだよ、その可哀想なものを見る目は)」


 やはり、この男はアンジェの未来ではない。そう思い直した直後、いぶし銀な低い声が響く。


「自らを犠牲にしたのか……。愚かな……」


 どうやらアンジェの魔法を目撃し、何が起きたのか確かめに来たようだ。


 異説魔法による現象だとわかっているなら、だいぶ状況を理解していることになる。人が魔法に体を捧げる光景を見たことがあるのだろう。


「(魔法だと一目で見抜いた。こいつ、何者だ?)」


 アンジェは警戒心を強め、気づかれないようにそっと魔力を集め始める。

 土や空気に含まれる魔力を吸い込み、自らの糧とするのだ。時間はかかるが、こうするしかない。とりあえず体の表面だけでも作っておいて、あとは村で修復するとしよう。


 その時、男は油断のない目つきで周囲の様子を確認した後、瀕死のマンモンを見つける。

 アンジェを相討ちにした大鷲。巨大な体で、まだ這っている。


「生き汚いぞ」


 その男は剣を振り、マンモンの羽を散らす。

 異様に速く、容赦のない動き。彼がくぐってきた修羅場の数が窺える。

 万全なマンモンが相手でも、勝てたかもしれない。それほどの剣士だ。


「(うわあ、強い。絶対強いぞ。興奮してきた)」


 彼は剣についた血を何らかの液体で払った後、片膝をついて、かつてアンジェだった地面のシミに同じものを振りかける。


「せめて、これくらいはしてやらないと……」


 小瓶に含まれた、透明な液体。少量ではあるが、かなり濃い魔力が含まれているようだ。男の魔力ではなさそうだが、既製品の魔道具だろうか。


 液体が地面に染み込んだ後、男は外套の内側から何かを取り出し、祈りのように丁寧な言葉を呟く。


「人を守り、人に殉じた戦士よ。安らかなれ」


 その発言を元に、アンジェは知識の海の力を借り、男の正体を看破する。


「(【悪魔祓い】か。悪魔と魔物を殺し続ける、旅の修業者にして、復讐者)」


 各地の魔物を葬るために全てを捧げ、魔王がいる谷で命を落とすことを人生の目標とする、狂った集団。彼はその一員だ。


 アンジェにとっては、敵である。おそらく魔物以上に避けるべき天敵。知能と知識があり、人の中で暮らしている分、極めて厄介な相手だ。


「(人間だから殺せない。だけど向こうは殺す気でやってくる。絶対に相手したくない)」


 それを理解した直後、アンジェの体に凄まじい痛みが走る。

 針の山をぶつけられたような、意識を手放したくなるほどの強烈な痛み。


 先程の液体と祈りによるものだ。間違いない。聖水がかかった部分から煙が出ているのが見える。


「(ぎゃあああああ!!)」


 アンジェは心の中で文字通りの断末魔を上げ、もがき苦しむ。

 悪魔殺しの聖水。そんな単語が知識の海に浮かんでいるのがわかる。だが詳しい内容を釣り上げるだけの余裕がない。


「(あばばばばば! オレもトドメ刺される! 中和しなきゃ! こんちくしょう!)」


 アンジェは焼けた鉄板をのたうち回るような気分で聖水の魔力を分解し、どうにか死を免れる。


 膨大な魔力を得られたため、結果だけ見れば、死ぬどころかむしろ助かっている。だがこのような綱渡りは金輪際やりたくない。


「(ひい、ひい……。分解できなかったら即死だったぞ……。殺す気かよ……)」


 アンジェは男に向けて悪態を吐く。

 相手は悪魔祓いであるため、アンジェの正体を知れば間違いなく殺しにかかってくるだろう。そうなっては軽口を叩くことさえできなくなるので、今のうちに心の中で好きなだけ罵倒しておくことにする。


 一方、男は目を丸くし、考察を述べている。


「この反応は、悪魔……? いや、消えた。敵の血肉が混ざってしまったのか。激しい戦いだったのだな」


 どうやら発覚せずに済んだようだ。聖水の効果を早めに失わせることができたのが功を奏した。


 それにしてもこの男……意外にも口数が多い。外見の良さのおかげでさまになっているが、ひとりごとを呟く癖は、個人的にはあまり感心できない。見ていて恥ずかしくなってくる。


「(さっきからぶつぶつと、不審な男だなあ)」


 アンジェは男に対する評価が第一印象からみるみる下落していくのを実感し、気落ちする。

 自分に似た男がどこか抜けているところを見ると、羞恥心が湧いてくる。どんな時でも男らしくカッコ良い存在であってほしいものだ。


 そんなアンジェの内心を知らないまま、男は地面に向けて魔法を放つ。


「『土の脚:ストゥーパ』」


 男の足元に、アンジェひとりが寝転がれる程度の窪みが生まれる。

 魔力を集める早さ。滑舌の良い詠唱。この男、かなり魔法を使い慣れている。剣だけが取り柄というわけではなさそうだ。


「(おお……やっぱり魔法って凄い)」


 他人の魔法で感動するのは初めてだ。アンジェは男の信用を買い直し、顔も無いのにニヤリと微笑む。


 考えてみれば、魔物がいるはずの森にひとりで飛び込んできたのだから、凄まじい自信だ。それを裏付けるだけの実力があってもおかしくはない。


「(オレみたいな馬鹿って可能性もあるけど、たぶん強いんだろうな。というか、この外見なら強くあってくれ。頼むから)」


 アンジェは男のそれとは違う意味の祈りを、何処かにいるかもしれない神に向けて捧げる。


 そうしているうちに、男はアンジェの残り香を埋め始める。

 既に原型を留めていないため、周囲の土ごと移送している。アンジェとしては集めた魔力が散らずに済むので、その方が助かる。


「死体は巡り、森の糧となるだろう……」


 男はアンジェの眼球を傷がつかないよう丁寧に拾い上げ、優しく土を被せる。

 動きに無駄がなく、それでいて死者に対する敬意が感じられる振る舞いだ。数多くの人間を看取ってきたのだろう。それでいて、良心が磨耗しきっているわけでもないのだろう。


「黒い瞳か……。どんな男だったのだろうな」

「(残念ながら女の子ですよ。えへへ)」


 アンジェは暗闇の中に放り込まれながら、復活して彼の前に姿を見せる瞬間を想像し、少しだけ楽しみに思う。


 あの時の死体だと明かすわけにはいかないが……もし気がついたら、彼はどんな反応をするのだろう。驚くのだろうか。受け入れてくれるだろうか。それともやっぱり、敵対するのだろうか。


 まあ、彼と会うことは二度と無いだろうが……。


「(あれ? もう会わないつもりでいたけど、本当にそうか?)」


 唐突に悪寒が走る。


「(こいつがイオ村に立ち寄ったら、ニコルと鉢合わせするんじゃ……)」


 冷たい土の中で、アンジェは最悪の未来を連想してしまう。

 村を説得しようと駆けずり回る悪魔のニコル。それを目撃する手練れの悪魔祓い。お互いに村を救おうと善意で殺し合い、やがてニコルは……。


「(うわーっ! 死んでたまるか!)」


 アンジェは大慌てで土中から魔力を吸収し、体を再構築する。


 〜〜〜〜〜


 《ニコルの世界》


 私は苛立っている。

 いや、うん。だいぶぼかした表現だったね、訂正するよ。

 私は怒り狂っている。


 この村の人たちは揃いも揃って頑固すぎる。狭い世界に閉じこもり、自分たちの想像が及ばない相手にまるで理解を示そうとしない。

 私がアンジェの凄さを説明しても「村にやってくる商人や狩人でさえそんな魔法は使えないから存在を信じられない」とか「たとえ優れた魔法使いだったとしても大人に睨まれて泣き出す子供じゃないか」とか「魔物の群れに単身で挑むのは自殺行為だ」とか、そんなことばかり言って私の主張を聞こうともしない。


 これでアンジェが無事に帰ってきたら、どういう対応をするつもりなんだろう。どうせアンジェの言葉さえも疑って、村のしきたり通りに狩猟組合を呼ぶんだろう。

 魔物はもういないのに。無駄なお金を使って。人を呼んで騒ぎにするんだろう。


 ああ、ムカつく。


 ……まあ、それはいいよ。イオ村のお財布がどれだけ薄くなろうと、私にとってはどうでもいい。


 問題はアンジェを馬鹿にされたことと、狩猟組合への渡りをつけてくれそうにないことだ。


「言っちゃ悪いが、あそこは偏屈な集まりだぞ。おまけに男臭いし、態度も悪いし、金にがめつい」

「魔物が片付いた後なら、村の仲間に入れてもいいってことでまとまったから、大人しくここで暮らしな。心配しなくても、嫁の貰い手には困らねえよ」

「あの黒い子はもう諦めな。森に入ったんじゃもう助からねえよ」


 いつのまにか、村全体にそんな風潮が広がっていたのだ。


 昨日の集会ではそんなことまで決まってはいなかったはず。私の監視を逃れて集まっていたのだろうか。

 そう思ってそれとなく探ってみると、どうも違ったようだ。


「そりゃ、みんなそう言うよ。あんたらがおかしな事ばかり言うから、止めたがってる」

「女の子2人で何処かから逃げてきたんだろ? 帰る場所が無いんだろ? ここにいるしかないんだから、大人しくしててくれ」

「確かに村に受け入れるかどうかで揉めたけどよお。だからって、ヤケを起こして森に入ることはないじゃねえか。俺たちが殺したみてえで寝覚めが悪い」


 どうやら今朝の私たちの行動を聞いて、態度を改めたらしい。

 よその村を追い出され、ようやくたどり着いた村でもごたごたのせいで受け入れられず、自暴自棄になって魔物に喧嘩を売り始めた少女たち。今の私たちは、そういう風に思われているらしい。


 ……どの村人も示し合わせたように同じ反応ばかりするのは、話し合ったわけではなく、それほど私たちが気の毒に見えているからだそうだ。

 誰もが思わず救いの手を差し伸べたくなるような、悲劇の人物。落ち着くまでこの村でそっとしておいてあげよう。と、いうことだ。


 ……うん。交渉決裂だね。

 私、この村が嫌いかも。


 優しいとは思う。なんだかんだで村に居場所を作ってくれるみたいだし。


 でも、ちょっと柔軟さが足りないね。私の触手を見ても「強いね。でも狩人じゃないんだろう?」の一点張りだったし。

 たぶん肩書きで判断してるんだ、みんな。私もアンジェもちゃんと強いのに。魔物を退治した経験があるのに。肩書きが田舎娘だからナメられているんだ。


「アンジェが帰ってきても、手のひら返さないでね」


 私はそんな捨て台詞を吐いて、村の集会場を後にする。

 アンジェが帰ってきたら、荷物をまとめてすぐにでも出ていきたいところだ。それくらい居心地が悪い。


 狩猟組合は実力主義みたいだし、魔法を見せて直談判すれば話を聞いてくれるはず。こんな村の後押しなんか必要ないよ。


 ああ、まったく、無駄な努力だった。


「あっ、そこの白い……えーと、名前なんだっけ?」


 村の端まで来ると、私たちを泊めてくれた家主さんが、何か慌てた様子で私の方に駆け寄ってくる。

 アンジェという脅威から魔物が逃げてきたのだろうか。それとも、料理に失敗でもしたのだろうか。


 私は不機嫌な内心を笑顔の鎧で隠しながら、家主さんの相手をする。


「どうしました? 蜂でも出ましたか?」

「組合の人が、たまたま近くにいたんだよ。森に入って、魔物ぶっ倒して来たってよ。いやあ、おったまげたぞ」


 それは予想外の展開だ。この村に組合の人がいるという話は聞かなかったから、偶然にも通りがかってくれたのだろう。

 これは私たちにとっても好機だ。森にいたなら、アンジェの魔法を目にしたはず。狩人に推薦してもらえるかもしれない。


 私はわくわくしながら、家主さんの家にいるというその人に会いに行く。

 家に置いてある触手が、嫌な予感を察知しているのが気がかりだけど……それでも私の足取りは軽く、胸は弾んでいる。


 イオ村はアンジェを認めなかった。でも血で血を洗う闘争の世界に生きる狩人なら、アンジェの実力を正しく評価してくれるはずだ。

 あるいは、既にアンジェと仲良くなっているかもしれない。アンジェは交渉もできるから、ちゃんと話をつけてくれているはずだ。


 私は意気揚々と扉を開け、真っ先に目についた黒髪の男性に歩み寄る。

 影のように暗い服装。磨かれた剣。いかにも戦い慣れていそうな、狩人らしい狩人さんだ。

 椅子に座ってくつろいでいるというのに、まるで今も戦いの中にいるかのような、ピリピリと張り詰めた雰囲気を醸し出している。


 私は元気よく挨拶をして、第一印象を明るく親しげなニコルちゃんで固定する。今度の交渉は絶対に失敗できないからね。


「こんにちは。私はニコルと言います!」

「……ドイルだ」


 ドイルという狩人さんは、悲しそうな赤い瞳を私に向けて、そっと口を開く。


「森に挑んだ勇者は、君の相棒だったそうだな。この家の者から聞いたぞ」

「……アンジェのことですか?」

「それが彼女の名前か。聞けてよかった」


 相棒だった、とはどういうことだろう。

 今でもアンジェは私の大切な幼馴染で、親友で、旅の仲間だ。アンジェもそう思っているはずだ。相棒じゃなくなるなんて、あるはずが……。


 私がそんな空想をしていると、ドイルさんは言いたくないことを言わされているかのような苦々しい口調で、その先を告げる。


「立派な最期だった」

「……誰が?」

「俺が来た時には全て終わっていた。彼女は魔物の群れを殲滅するべく、自らの命を魔法に差し出し、相討ちに持ち込んだ」


 アンジェがそんなことをするはずがない。だって、村で私が待っているんだから。危なくなったら逃げてきてって言っておいたんだから。

 命を捨ててまで、何の縁もないイオ村を助けるはずがない。だってアンジェは、これからも私のそばにいてくれるはずなんだから。私と一緒に旅を……。


 私は崩れかけた笑顔をどうにか取り繕いながら、ドイルに詰め寄る。


「それ、ちゃんと目撃したんですか?」

「俺が見たのは戦いの痕跡と、彼女の遺体だけだ」


 は?


 は?


 遺体?


「男か女かもわからない有様だったが、黒い瞳は残っていた。彼女が生み出した黒い剣も」


 黒い瞳。当たってる。アンジェの色は珍しいから、当てずっぽうでどうにかなるものではない。

 瞳の色まで見える距離まで近づいたのは確実。人見知りをするアンジェの目を、長身の男が覗き込むためには……。


 まさか、本当に……死……?


「遺体は聖水で処理した後、その場に埋めた。狩人のしきたりだ」

「悪魔祓い」

「ほう、よく知っているな」


 死体の処理に聖水を使うのは、悪魔祓いだ。マーズ村で葬式について調べた時に、ついでに知った。


 そうか。彼がそうなのか。悪魔祓いの人は初めて見た。私が都会に行った時にも、会うことがなかったんだ。


 もしかして、彼がアンジェを殺して隠蔽した?

 それだと辻褄が合う。アンジェは魔物との戦いで魔道具の服が脱げてしまって、悪魔の魔力を隠せなくなってしまった。それに気がついたドイルは不意打ちでアンジェを襲い、ころ、殺、殺して……!


 でも……私の経験上、彼が嘘をついているようには見えない。平然と嘘をつける人の可能性もあるけど、敵対するにはまだ早い。どうしよう。


 とりあえず、私の目で確認するしかないか。


「どこに埋めましたか?」

「案内しようか」


 彼は身軽な動きで椅子から立ち上がり、大股で歩いて私の横を通り過ぎる。

 無防備に背中を見せている。私の前でそんな素振りを見せるなんて、やっぱり彼は犯人ではないのかな。


 いや、ちゃんと警戒している。彼の意識は私に向いている。目線を向けられているわけでも、魔力を向けられているわけでもないけど、わかる。いざとなればすぐにでも剣を抜けるようにずっと構えている。


「(隙がない)」


 私も消すつもりかな。私の魔力は悪魔のそれに見えないらしいから、バレてはいないと思うけど……。でもアンジェの相棒だって知っているなら、今の私は真っ黒なのか。悪魔を庇っていたわけだし。


 じゃあ拷問でもするのかな。悪魔が苦手な聖水でもかけてくるのかな。

 だとしたら……決闘だね。


「わかりました。すぐに行きましょう」


 私は触手を服の内側にびっしり生やしながら、まずはアンジェの安否を確認しに向かう。


 もし彼の言葉が本当だったら……。

 考えたくないな。


 〜〜〜〜〜


 《ニコルの世界》


 アンジェが土の中から顔を出している。

 首から下は埋まっている……というより、たぶん存在していないんだと思う。


 大怪我を負って、治療している途中みたいだ。なんで土の中でそうしているのかはわからないけど。裸を見られるのが恥ずかしいのかな?


「あ、えーと、えへへ」


 アンジェは私とドイルの顔を交互にきょろきょろ見ながら、冗談みたいな量の汗を浮かべている。

 今のアンジェはどう見ても人間じゃない。こんな状態で生きていられるのは、悪魔くらいだ。


「(最悪……の、一歩手前の状況……)」


 今ドイルに斬りかかられたら、ひとたまりもない。体が無いから避けられないし、たぶん魔力もからっぽに近い。


 私は歯を食いしばって威嚇しながら、ドイルとアンジェの間に割って入る。

 私が守るしかない。勝てる気はしないし、アンジェを逃がせる気もしないけど、それでも……私が連れてきちゃったんだから、私が止めるしかない。


「ごめん、アンジェ。いてもたってもいられなくて」

「オレが不甲斐ないのが悪い。魔物相手に怪我したのも、すぐに治せなかったのも、オレの失敗だ」


 アンジェは地面と合体して泥のようになっている体を持ち上げて、ドイルの足を止める。

 土の魔法だろうか。よくわからないけど、触ったら巻き込まれそうだ。


 触手の目で後ろを見てみると、アンジェが切羽詰まった表情でドイルを牽制しているのがわかる。

 戦いたくなさそうだ。まあ、それもそうか。敵とはいえ人間を殺したくなんかないよね。

 ……私もそうだよ。


「オレたちに剣を向けるなら、こっちも抵抗するしかなくなる」


 周囲の広範囲から、黒くて長い剣が木のように生えてくるのが見える。

 アンジェが鍛えた剣なのかな。シュンカも真っ二つにできそうなくらい大きいのに、数えきれないくらいたくさんある。一体何処に隠していたんだろう。


「オレが死んでもこいつは残るぞ。当然、組み込んだ機能もだ」

「見ればわかる」


 辺りを取り囲む剣の森を見て、ドイルは足元まで覆う長い外套をなびかせて、ぬかるんだ地面から飛び退く。


「きめ細かい魔力……。強いな」


 その気になれば私たちに斬りかかることもできただろうに、そうしないのは何故だろう。悪魔祓いは命懸けで悪魔を殺し回る集団だって聞いてたんだけど。


「少し話をしよう」


 ドイルは剣の柄に手をかけながら、私たちの話を聞く意思があると主張する。

 黒い剣を怖がっている様子はない。むしろ足元にできた沼の方に驚いている。私とは逆だ。


 アンジェは彼を見て、周囲一帯の剣をちょっとだけ引っ込める。ドイルの申し出を受けるみたいだ。


 こんなに強そうな人を前にしているのに、全然動じていない。いつもこれだけ堂々としていたら、泣き虫の嘘つき扱いされないのに。

 私はどっちのアンジェも好きだから良いんだけど。


 念のために間に私を挟んだまま、2人の対話が始まる。


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