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第28話『赤い残骸』

 《魔王の世界》


 退屈。

 人生とは、無限に続く退屈だ。

 くだらん命、潰れて消えろ。つまらん芸事、残す価値無し。歴史、神話、紡ぐ気にもなれん。

 我が命は我だけのものだ。並び立てる者はない。故に我は、他を捨てた。ただ一個の魂となった。


 1年生きて、我は強者となった。

 10年生きて、我は覇者となった。

 100年生きて、我は賢者となった。

 1000年目にして、全てを捨てた。

 100を殺して、英雄となった。

 10を殺して、脅威となった。

 1を殺して、魔王となった。

 0。我が手に残るものだ。


 目を覚ます。ただ起き上がり、ただ立ち上がる。

 空腹を感じ、外に出る。渇きを覚え、歩き出す。

 我の手には、何もない。故に動き、手に入れる。


「此度の退屈は、いつまで続くかな」


 心身の飢えを満たし、再びの眠りにつくため、我は愚者で賑わう地へと向かう。

 己の外にある武を解し、己の内にある魔を調伏し、よく肥えた供物たちが、生贄(まりょく)を用意して待っているのだ。


 まずは、愚かなる魔物たち。色彩豊かだが、肉は食えたものではない。生まれ持った魔力の粗野な味付けに頼り切っている。

 次に、血気盛んな悪魔たち。少しは深みのある風味がする。体躯に贄を蓄え、独自の拘りを追求している者が多い。

 最後に、勇気ある人間たち。魔王たる我に世界の膿を押しつける、偽善者ども。胸糞悪いが、魔力の味は繊細かつ上品だ。


「こんなところか。此度は香りは強いが、単調な料理であったぞ」


 食事を終え、腹は満たされた。

 残るは胸の内にある鼓動のみ。


「やはり満たされんな。仕方あるまい」


 早鐘を打つ心臓を鎮めるため、谷底から躍り出る。


「少しばかり、菓子を嗜むとしようか」


 配下を呼び集め、甘美な味わいを求め、自ら手筈を整え食卓を作る。

 悪魔、魔物、人間。全てを戦場にて調理し、味わい尽くそうではないか。


 〜〜〜〜〜


 《ビビアンの世界》


 シメンの群れは、大地を埋め尽くすほど広範囲に拡散している。

 足元から地平線の彼方まで、全てが蜘蛛で覆われている光景は、なんとも直視し難い。思わず目を逸らしたくなるが、どうせ右や左を見ても蜘蛛だらけだ。諦めるしかない。


「辺境伯はこれを越えていったのか」


 アルミニウスが呆然とした顔で剣を振り、近寄るシメンたちを切り払っている。

 シメンは弱い。だが、繁殖力と生き汚なさは魔物の中でも上位に位置する。悪魔と単独で渡り合える彼でさえ、群れの中に無策で突っ込めば命はない。


 そうか。ようやく理解したよ。魔王が観測班を潰して、シメンとフウカを送り込んだ理由を。

 これは魔王なりの試験だったのだ。弱者をふるい落とし、強者だけを選別するための試験。


「魔王は強者とだけ戦いたかったんだ。フウカとシメンを独力で越えられない人間を弾いたんだ」

「なら今の状況は、まさに魔王の手の内じゃないか」


 アルミニウスは苛立ち紛れに大剣を横薙ぎに振り、蜘蛛を蹴散らす。


 辺境伯ニーナが単独で魔王に挑もうとしている。それは確かに、魔王の計画通りだろう。

 でもこの戦場においては、それほど悪い傾向ではない。魔王と交戦する前提なら、これ以上に有効な手は他にないのだから。


「魔王がこっちに来て見境なく暴れ始める方が嫌じゃないかなぁ? 魔王は一通り満足すれば帰る奴だし、これで良かったんじゃ……」

「ならばお前は……!」


 アルミニウスはぼくの襟を掴み、激しい剣幕で怒りをぶつける。


「辺境伯を差し出すのか!? かの暴虐の王に!」

「は? そうは言ってないだろ」


 ぼくはぼく自身意外なことに、彼の言葉にムッときて言い返してしまう。

 ニーナが大切なわけじゃない。あれは狂人だ。ぼくとは方向性が違う狂人だ。あんな女とは決して分かり合えやしない。

 ただ、今のぼくが魔王に味方しているかのような言い草が気に食わなかっただけだ。それだけなんだ。


「ぼくは行くよ。魔王とニーナが本当に戦っているのか、確認しなきゃいけない。任務だし」

「任務でなければどうなんだ」

「いちいち感情挟まないとダメかなぁ?」


 ピクト領には傭兵が多い。よその領地、よその国から来た人間でも、傭兵として武功を立てれば正規軍に加わることができるからだ。

 出自が怪しい者もいる。貧しい生まれの者もいる。よその領地から追放された奴だっている。ニーナに心から忠誠を誓っている人間なんて、半分もいないだろう。

 それでも成り立っているんだ、ここは。自分の命と信頼を商品にして、任務で繋がっているんだ。


「ぼくは言われた事をやる。そうしないと、信頼してもらえないから」


 ただでさえ魔物の体なんだから、都合の良い女でいないと生きられないんだ。可能な限り多くの人間に恩を売って、その恩をノーグの功績にしてあげなきゃいけないんだ。


 アルミニウスは目を見開いて、ぼくの頭頂部を見下ろしている。……さては、ぼくが魔物だということを忘れていたな?

 というか、身長差があるから近づかれると怖い。ノーグみたいに優しく接して欲しいものだ。


「……すまなかった」


 アルミニウスは片手で剣を振って戦いながら、器用にぼくの頭を撫でてくる。岩のような硬い手に似つかわしくない、細やかな気遣いが感じられる。


 ……できるじゃん。優しい感じのやつ。


「そういうのは後にして。ニーナと魔王がどうなるかもわからないんだし」

「……そうだな」


 大剣士の手を振り払い、ぼくは雇われの兵として、ただ目の前の雑魚を散らし、魔王を目指す。

 魔王に目をつけられるかもしれないけれど……その時はその時だ。ニーナの死を確認できたら、一目散に逃げたって良い。偵察だけが任された仕事だし。


 ぼくは蜘蛛たちを水流ですり潰しながら、少しずつ荒野を歩いていく。

 全方位から蜘蛛に囲まれているのに、背中はずっと安全なままだ。


 〜〜〜〜〜


 《ビビアンの世界》


 魔王が、いた。


 一目でそれが魔王だとわかった。名乗ったわけではない。だが、その姿を見ればわかる。

 無数の蛇が巻きついたような体。人骨を悪意でねじ曲げたような角。

 おおよそ人の形をしているのに、人ではないと明確にわかる。人に対して、あんなにも害意を剥き出しにしているのだから。


「辺境伯!」


 アルミニウスが理性の消えかけた声で駆け出す。

 魔王に向かって、ではない。その足元に転がっている魔道具の残骸に手を伸ばそうとしている。


 あの丸まった金属が、くすんだ色の球体が、元は何だったのか。この世の何よりも頑丈なのに、それを上回るほど圧倒的な暴力によって強引に破壊されたような、あの醜い球体は……。

 考えたくもない。でも、そうとしか考えられない。


 負けたのだ、ニーナは。殺されたのだ。


「味わえたぞ。感謝する」


 魔王が煮えたぎる溶岩のような声でそう呟き、鉄屑になったニーナを天高く蹴り飛ばす。

 球となったニーナの体は重く、子供の遊び道具のような外見であるというのにまるで弾まず、轟音を立てて地面に落下する。


 敬意を払う相手の死体に対する扱いではない。奴は感謝など、していない。


 地面にめり込んだ泥まみれの球を、アルミニウスはわなわなと震えながら撫でる。

 手のひらで表面を擦り、汚れを拭う。自分が傷つくことも厭わずに。


「ああ、なんという……そんな……」


 彼はニーナに対する忠義が深い人物だ。だからこそその内側に渦巻く感情は、暗く、濃いのだろう。

 ぼくでさえ怒りで我を忘れそうなんだ。長く戦場を共にしてきた彼の心中は察するに余りある。

 もしかすると……任務を放棄して、よからぬ行動に出るかもしれない。

 例えば、魔王に剣を向ける、とか。


 アルミニウスはよろよろと立ち上がり、無言で大剣を構える。

 バツザンという悪魔にそうしたように、魔王に対して挑みかかろうとしている。

 ぼくの予想通りに。しかし、ぼくの予想以上に冷静な立ち振る舞いで。


 玉砕覚悟だ。でも諦めてはいない。自らの最高点を更新し、英雄と呼ばれるに相応しい淀みない剣を振るおうとしている。


「受けてみろ……。英雄の剣を!」


 突進からの、単純な袈裟斬り。人間として類を見ない剛力から繰り出される、圧倒的な威力の一撃。それが、ついに牙を剥く。

 あれを止められる人間はいないだろう。きっと悪魔にだって、不可能なはずだ。もしかすると、魔王にも通用するかもしれない。近くに立っているだけでそう思えるほどの、強烈な風圧。


「素材は良いが、つまらん味付けだ」


 魔王は彼の剣を指先でつまむ。

 指……のはずだ。異様に長く、ねじれ、不気味にうねっているけれど、腕に対する細さや、その機能は、まさしく人間にとっての指だ。


 魔王にとって、アルミニウスの剣など、その程度でしかないのか。足蹴にする価値すら見出せず、指先ひとつで弾く程度の存在なのか。


 ……なら、ぼくは?

 視界にすら入っていないぼくは、なんだ?

 道端の水たまりか?

 いや、それ以下だ。

 きっと魔王の足の裏を濡らすことさえできない。


 アルミニウスは額から滝のように汗を流し、力づくで魔王の指から引き離そうと試みる。

 大剣に固執している。あれは良くない。相手は魔王なんだから、武器を持っても持たなくても大差ない。どうしても一撃入れたいなら、剣を捨てて殴りかかったり、魔法を編んだり、色々あるでしょ。

 もっと自由な立ち回りをしないと。例えば、そう、ノーグのように。アルミニウスならできるだろ?


「よくある田舎風味。……大味だな」


 魔王はふっと、息を吹きかける。

 その途端、アルミニウスの手が痙攣し、剣を握ることさえできなくなる。

 何が起きたのか、ぼくにはわからない。毒か、それとも魔法か。

 ただひとつ言えるのは……アルミニウスもまた、負けたのだ。悪魔の王に。


「う、ああああああっ!」


 ぼくは義碗に魔力を込めて、魔法を繰り出す。

 意味がない。効くはずがない。魔物だとバレてしまう。でも、やるしかない。このままではアルミニウスが死んでしまう。


 体内の水魔法を義碗の土の魔法で細くまとめ、風の魔法で押し出す。その威力は岩盤を貫き、シュンカのような大型の魔物さえ一撃で仕留められるほどだ。

 ぼくの体そのものを引き裂いて放つため、日に何度も使えない大技。魔王さえ知らないだろうぼく特製の魔法。

 名付けて『水の骨:異説:アンリアル』だ。


「骨の異説魔法か。魔物以外では調理さえできんな。発想は良い。……だが」


 魔王は退屈そうに、その指を伸ばす。


「汚水では口直しにもならん」


 魔王は当然のように指先で水の流れを変えて、ぼくの方をひと睨みする。

 ……水の魔法は洪水で押し流すようなものが多い。こんな使い方をするのは、ぼくくらいのはずなのに。まさか避けさえしないなんて。


 ぼくは反動で血反吐を吐いて、膝から崩れ落ちる。

 ブレる視界の端に、興味を失った様子で背を向ける魔王が映る。


 汚水。ぼくが何者か、既に見抜いているのか。

 ああ、暴力的なだけじゃないんだ、あれは。ちゃんと脳が詰まっているんだ。

 知識がある。それを活かす知能もある。にもかかわらず、それを他の命のために使おうとしない。


 あれが、悪か。


「甘い後味が残っているうちに、帰るとしよう」


 魔王は絶望するぼくたちに関心すら向けず、早々に立ち去る。

 軽い跳躍と共に翼らしき物体をはためかせ、尋常ではない速度で曇天の中に消えていく。

 堂々と、有象無象に目もくれず、勝手気ままに、悪だけを為して……いなくなる。


 敗北した。魔王を退けるという目的は達成したというのに、なんだこの無様な姿は。

 ぼくも、アルミニウスも、まるで群れから追い出された負け犬のようじゃないか。

 蜘蛛の体液と、自分の血に塗れて……黒雲よりどんよりとしていて。なんともみじめだ。


 アルミニウスは天を仰ぎ、目を細め、まだ痺れている両手で顔を覆う。

 鍛え抜かれた丈夫な手。ぼくの頭を撫でてくれた大きな手。それが今は、赤子のようにか弱く見える。


「……ビビアン。露払いを頼む」


 そう言って、彼はニーナだったものを抱え上げ、引きずるような重い足取りで歩き始める。


 彼の剛腕をもってしても、簡単には運べないのか。

 なら、確かに、ぼくひとりで蜘蛛の相手をしないといけないな。身体中が痛むけど、ぼくは魔物だ。魔力を使って痛みを我慢すれば、動けはする。


 ぼくは力なく水の魔法を解き放って、背中に噛みついていた蜘蛛を振り払う。

 無理に引き剥がしたせいで血が流れ出たけど、気にする余裕は、今のぼくにはない。


 〜〜〜〜〜


 《ビビアンの世界》


 ぼくとアルミニウスは相談しあって、本陣に向かうことにした。

 右翼への報告は後回しだ。ニーナの死という最重要機密を、執事と共有しなければならない。


 ニーナは明るい人だった。

 ぼくは貴族の女性が大嫌いだけど、彼女に対して死んでほしいと思ったことはなかった。言動と行動はイカれていたけど、それ以外は案外まともな人だった。


 ニーナはお茶目な人だった。奇抜な事をして、誰かをからかうのが好きだった。なんだかぼくと気が合う人だった。


 ニーナはお洒落な人だった。あんな体になっても、自分磨きを欠かさなかった。化粧を欠かさず、服もたくさん持っていた。


 ニーナは真面目な人だった。心配性で、責任感が強くて、領民のために自分の命を賭けられる人。平民が思い描く理想の貴族そのものだった。


 普通の会話がしたかった。ぼくのことをどう思っているのか知りたかった。死が避けられないものだったとしても、最期を看取るくらいはしたかった。


「……ニーナ」


 ぼくは蜘蛛を全滅させたことを確認した後、アルミニウスが抱えている金属球を、そっと撫でる。

 ニーナの体は最高級の魔道具でできていた。あれ以上の装備など、世界の何処を探しても存在しないだろう。

 それで敵わないなら、魔王に勝てる人間なんて存在しないじゃないか。


 恩を返すために配下になって、何ヶ月もお世話になって、ようやく自死という選択肢から目を逸らすことができるようになったのに。


 またぼくに、自分を殺す理由を与えるのか。

 なんなんだ、この息苦しい世界は。


「ニーナ……」


 ぼくはニーナの面影を探して、球を回す。

 重いけれど、今のぼくも腕力には自信がある。アルミニウスもぼくの意図を汲んで動かしてくれているから、簡単に隅々まで観察できる。


 左右に回し、奥に転がし、上から下まで……。


「ん?」


 ある部分を目にしたぼくは、アルミニウスを手で制する。

 球体に何やら穴のようなものが空いている。ここから内側が覗けそうだ。


 魔道具職人としての好奇心と、今後ニーナを弔うための準備として、ぼくはぼんやりとその穴に片目を近づける。


「……群青」


 ……何かと目が合った。

 ぼくは水を召喚して目を洗い、もう一度覗き込む。


「ぐんじょーう」


 また何かと目が合った。

 おかしい。耳も変になってしまったのだろうか。まだ老け込むには早すぎるというのに。


 いや、まさか。ニーナは魔王と戦って、こんな姿になって、それでも尚……。


「生きてるの!?」

「勝手に殺すなど不届き極まる!」


 ニーナの声が、今度こそはっきりと聞こえる。

 アルミニウスも腰を抜かし、重い球体を持ったまま尻餅をついてしまう。


「ぐあっ!?」


 どうやら彼は腰を痛めたらしく、悲鳴をあげ、球体を脇に置いて、うずくまる。

 ……彼には気の毒だが、放置しよう。どうせ筋肉馬鹿だからすぐ復帰してくるだろう。それより今はニーナの件だ。


 ニーナは細い隙間から赤い紐のようなものを出し、それを触手のように振って一気に金属を吹き飛ばしてみせる。

 金属球に入っていたのは、ニーナの生首だ。断面も目も耳も、何もかもが作り物の首。綺麗な赤髪がかなり減っているようだが、それ以外には傷ひとつない。


「我が身、脳こそ秘奥の真髄なれば、護り黙す選択こそ強みを引き出す香辛料である!」

「はあ」


 相変わらず何を言っているのかわからないが、あんな姿になっていた理由を説明しているんだろう。

 やけに得意げな顔で。今は顔しか残ってないのに。


「魔王は我を甘味と評する! 良き扱いなれど的確ではない! 我は貝なり! 双璧閉じし真珠貝なり!」

「真珠が好きなのぉ?」

「是なり! だが此度の戦における誉は群青を置いて他に無し! 水底の我を抱擁せし深き海! さながら夫婦である!」

「ぼくとニーナさんは夫婦なのかなぁ?」

「否! 否である! 殻を剥ぎ取り中身を見よ!」


 さっぱり意味がわからない。でも、ニーナはこういう人だ。からかって楽しむくらいが丁度いい。


 いつも通りのやりとりに安心していると、ニーナは突然しおらしくなって目を伏せる。


「……否ではあるが、しからば、是とする事を望む」


 どうしたんだろう、急に清楚になって。頭でも打ったのかな。頭しかないのに。

 アルミニウスも見たことがないくらい驚愕して顎が外れてしまったじゃないか。ニーナがそんな顔するからだよ。責任取れよ?

 それにしても、今までに無い反応だから、ちょっと意図がわからない。ニーナは何を言いたかったんだろう。考えてもわからないし、清楚になってからのくだりは無視するか。


 とりあえず、ぼくは頭の中で翻訳してみた内容をニーナに伝えて、齟齬がないかどうか確認する。


「脳さえ無事なら生き延びられるから、義肢を捨てて殻に変えて、全力で守った。でも一人では動けなかったからよく来てくれた褒めてやる……ってこと?」

「賢人が如き理解力! 澄み渡る空のようである!」

「海になったり空になったり忙しいなぁぼく」


 ニーナに褒められてもまったく嬉しくない。

 でも、ニーナ語を理解できたことは誰かに自慢しても良いかもしれない。屋敷でも数人しかできないくらい難易度が高いから。


 あの金属球は魔王に惨敗した結果ではなく、ニーナ自身が作り上げた防壁だったようだ。ニーナは戦いの場においても、やることなすこと奇想天外なのか。ブレないなあ、この女。


「では、辺境伯。魔王との戦いは……」


 アルミニウスが一縷の望みに懸けて禁断の質問をしてしまう。

 ニーナならあるいは善戦したのかもしれないと思っているんだろうけど、球体になって防戦一方だった時点で、想像はつくでしょ。触れないでおけよ。


「完敗である! 貴様らに火炙りにされても仕方あるまい! どうぞ召し上がれ!」


 ニーナは死にかけたばかりだというのに、やけに上機嫌な様子でカラカラと笑った。

 ……ニーナにとっても、全力で相手できる敵は久しぶりだったのかもしれないね。


 アルミニウスも困ったように眉を動かして、腰を抑えたまま苦笑した。

 ぼくもついでに、場に流されて、軽く笑っておくことにした。


 みんなより一足早いけど、ぼくたちの戦争は、ここで終わった。

 ニーナの無事を伝えて、帰りを待つ人たちを安心させてあげよう。


 〜〜〜〜〜


 《ビビアンの世界》


 それからはしばらく忙しい日々が続いた。


 あの場はニーナに魔力を分け与えて、ぼくの手で魔道具の義肢を修理して、見た目だけ整えて、とりあえず凱旋というていで行動することになった。

 悪魔を打ち倒し、魔王を追い払ったのだから、十分勝利と言える戦果だ。


 ちなみに左翼側と魔王の隣にいた悪魔はニーナが倒したらしい。勿論、単独で。

 見たかったなあ、ニーナの戦い。派手で見事だったんだろうなあ。

 いつもはニーナが出陣するとぼくは呼ばれないし、ぼくが呼ばれるとニーナの出番がなくなる。手合わせも危険だから禁じられてるし、ニーナはまったく鍛錬をしない。実力を見る機会が全然無いんだ。

 一度くらい見ておきたいのになあ、ニーナの勇姿。


 ……ニーナだからじゃなくて、魔道具職人として、最高の魔道具が武器として使われるところを見たいって意味だから。ニーナじゃなくても義肢使いがいるなら見に行くから。そうに決まってる。


 ……それはともかく。

 ぼくたちは人間を勝利に導いた立役者として大々的に宣伝されることになった。

 ぼくの服装は戦場以外だとまずいらしいから、貴族用の布がたっぷり使われた高価な服を着せられた。


挿絵(By みてみん)


 悪くはないけど、物足りない。ぼくはもっと派手な格好がしたい。見せつけてみんなをからかいたい。

 それに、ぼくを人間の形にしていいのはパパだけだから……ノーグ以外から服なんて欲しくない。


 というわけで、最近はニーナの修理を学ぶという名目で、魔道具工房に入り浸っている。ここなら人の目が届かないし、魔道具がいっぱいで安心できる。

 何より、あんな服を着なくて済む。貴族らしい格好なんてクソくらえだ。


「群青。わたくしの眼球について感想を述べよ」


 頭しかないニーナは、柔らかい台座の上からそんなことを言い出す。

 ぼくは主任技師のおじさんから魔道具製作の極意を教わりながら、四六時中彼女の話に付き合っている。

 ニーナはおしゃべりだし、相手してあげないと露骨に拗ねるからね。これも恩返しの一環だ。


 ぼくは先の戦いで壊れた義眼を手に取って眺めながら、適当に返事を返す。


「うん……綺麗だと思うよぉ。赤色で」

「そう、魔なる真珠より生誕せし特注品ですわ!」


 ニーナの長々とした意味のわからない宣伝を聞き流しながら、ぼくは書庫から借りてきた本と照らし合わせて、義眼の素材が真珠であることを確認する。


 真珠の魔物は魔道具の素材として上質らしいけど、義眼に使われた例はないようだ。そもそも通常の個体では大きさが足りていない。

 ……まさか、真珠が好きだから無理矢理材料に指定したんじゃないだろうな。これだけの大物を得るために、どれだけ配下に探し回らせたんだ。


 ぼくがじっとりとした目で睨むと、ニーナは目を逸らすこともできず、口笛を吹いてごまかす。


「わたくしは本音を提供し、周囲は察しが良すぎただけの喜劇ですわ。真実とは時に虚構すら阿鼻叫喚する青い花ですわね」

「より良い素材が見つかったら、発注を取り止めますからね。値段が馬鹿にならないんですよこれ」


 主任技師のおじさんであるクリプトンも、そんな事を言ってからかっている。


 彼は内面が顔に出にくい人みたいで、ぼくからするとちょっと怖い。自殺しようとしたぼくに義肢を与えつつ、魔物だということを見抜いた人物だ。


 優秀な魔道具職人だということはわかる。ノーグとは専門分野が違うけど、たぶん同格の存在だ。

 でもそれ以外の、人間としての彼は、何を考えているのかさっぱり読み取れない。なまじ実力があるだけに、どうしても彼への対応は慎重になってしまう。

 だいいち、ノーグと違って細身で頼りない。同じ魔道具職人なのにこうも違うのかってくらい外見に共通点がない。尊敬はするけど、それ以外はちょっとね。


 ぼくはクリプトンから目を逸らし、ニーナとの会話に戻る。

 クリプトンと話すのは気まずい。たまに目が合うと反応に困る。


「ニーナは体じゃなくて、服の外に出せる部分にお金をかければいいのにぃ。真珠が好きなら、装飾品に付けてみたりとかしてぇ……」

「わたくし、世に蔓延る令嬢に倣えませんもの!」


 その後、ニーナはとても翻訳しにくい上に長い言い訳をしつつ、最後に結論を述べる。


「高貴なる品を纏いし者こそ貴族なりと、愚物は口を並べて囀るのです。否! 貴族の特権なれど、それのみがお大尽にあらず!」

「その気持ちはわかるよぉ。ぼくもマーズ村にいた頃は、女の子らしくしなさいって言われてたからねぇ」


 女性に生まれたら女性らしくしないといけない。ぼくはそれを、窮屈だと思う。

 同様に、貴族らしくない貴族がいてもいいはずだ。


 財あるものとして民を守る責任があるとはいえ、ピクト家は代々武家なんだから、着飾って後継ぎを産むのが最重要の連中とは、根本的に役割が違うのだ。

 今のぼくと同様に、貴族という肩書きを持つだけの違う生き物と見るべきだ。ニーナはニーナでいい。


 ぼくがそう言うと、ニーナは年頃の女の子らしいまともな顔つきになって目を伏せる。


「群青……。真に気高き、我が運命の者よ。()()()()()()となったこの身にも、絶え間ない恵みの雨を与えてくれるのだな」


 彼女が目を閉じると、長く立派なつけまつげが目立つ。偽物の肌に施された化粧が、しっとりと艶めいて見える。

 狂人のくせに、黙っていると可愛げがある。ずるいなあ、こいつ。頬を赤く染めるなよ。あざといぞ。


「自分の世界に耽ってないで目を開けてよ。こっちと比べられないじゃん」

「失敬」


 ぼくが壊れた義眼をまぶたに押し付けると、ニーナはあわあわしながらこれでもかと目をカッと開く。

 ……今度は開きすぎてちょっと怖い。慌てすぎ。


 後ろでクリプトンが呆れているように感じるのは、気のせいではないだろう。

 ニーナが悪いんだよ。ニーナが変なことばかりするから、ぼくの作業が進まないんだ。


 ぼくは彼女の美しい眼をじっくりと観察する。

 白眼には作り物だからこそ可能な輝きがある。人間のそれと変わらないように調整されているが、真珠が元になっているためか、微かに人のものではない桃色の光沢がある。

 瞳は赤い。彼女の魔力に由来する色だろう。複雑な魔法が瞳の内部まで刻まれているのがわかる。自然な容姿を保ったまま機構を組み込むのは、今のぼくには無理だ。クリプトンほどの腕がなければ……。


「(ノーグなら、できたはずだ)」


 ぼくはノーグの娘で、弟子だ。彼の名に恥じないだけの腕前を身につけなければならない。ノーグの功績に、ぼくが泥を塗るわけにはいかない。

 ぼくの手で、この最高級の魔道具を再現できるようにならなければ。


「ニーナ」

「な、何用!?」


 何故か挙動不審になっているニーナに、ぼくは宣言する。


「ニーナの体は、ぼくが作るよ。今は無理だけど、近い未来には全身ぼくが修理できるようになる。戦場でもすぐに助けられるようになる。……必ずね」

「……はい。我が血肉は、群青の所有物です」

「いや、ニーナのものだよ?」


 そもそもニーナには血も肉も無いだろうに。ニーナ語は翻訳が難しいなあ。


 ぼくは何か疲れたような顔をして首を振っているクリプトンさんに、義眼の作り方を教わることにした。

 ニーナがあんな姿になるのは、二度と見たくないから。


作品の4分の1が経過しました。

承の巻ではアンジェとニコル、2人の主人公の旅路を映していきます。

新たなる仲間。遂に現れる魔王の側近。頼りになる先輩。頼りにならない先輩。

旅時の果てに、2人は幸せを勝ち取れるのでしょうか。


評価・感想等があれば、今後の励みになります。よろしくお願いします。


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