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第15話『普通ではない少女たち』

 《ニコルの世界》


 村にシュンカの死骸を運んで、解体してもらうことになった。

 一度は手ぶらで帰ったものの、放置するのは流石にもったいないと村長に言われてしまったのだ。


「シュンカの毛皮は価値が高いよ。伝説の魔物だし」


 アンジェもそう言っていた。

 面倒くさいけど、仕方ないね。お金になるなら腐らせておけない。


 とはいえ、山の中にある大きな死体を運ぶのは一苦労だ。シュンカの毛で傷つかないように慎重に運んでいたら、肉が腐ってしまう。村の人たちには任せられない。


 そこで、アンジェが土の魔法で台車を作って、それにシュンカを乗せて私が運ぶことになった。

 通れる道を探しながら何往復もするのは大変だったけど、アンジェが台車を量産してくれたおかげで、村から登る時は手ぶらで楽ができた。

 ……使い道のない台車がマーズ村にいくつも放置されているけど、後で解体すればいいかな。


 アンジェによると、魔物の皮は高く売れるらしい。野生動物と比べても優れているし、物好きなお金持ちの間で大人気だそうです。

 シュンカの場合、鮮やかな赤い毛皮が野生ではとても珍しいから、上着として人気が高いんだってさ。あんな硬い毛の服なんて、着る人がいるんだね。やっぱり世界って広い。


 他にも毛を楽器や武器にしたり、剥製をお屋敷に飾って眺めたり、人によっては自分で狩ったように見せかけたりするそうだ。

 私にはよくわからない世界だなあ……。村にも狩った獲物を自慢する人はいたけど、あんまり魅力的に見えなかったし。


 そんな私の感想はともかく、手持ちの素材を捌き切れば、私たちはお金に困らなくなる。予定では、アース村なら1年は暮らせる金額になるはずだ。

 アンジェが言うには、都会に行けばもっと高く売る方法があるらしいけど……今の私たちにとって、大金は荷物だ。やめておこう。


 ただ、大量の現金を持って歩いてる商人さんなんて滅多にいないから、一気に全てを換金することはできない。お一人様一枚くらいが関の山。

 だから、物々交換も混ざることになる。保存食とか壺とか布とか。

 村にとっては、お金以上にこっちの方が助かるだろう。私はお金で貰うけど。


「すげえ! まともなシュンカなんて初めて見た!」

「剣でズタズタにされた皮しか出回ってないのが普通ですやんな」

「血染めの毛皮だ……。加工も上等……。俺にくれ!」

「金を持って歩くより、こっちの方が軽くて楽かもしれねえな! 言い過ぎか!? ハハハ!」

「売ろうかな……家宝にしようかな……迷うなあ」


 蓋を開けてみれば、そんな人たちが沢山いた。

 というか、ほぼ全員そんな感じで飛びついてきた。シュンカ以上の血眼で。


 最初に来た商人さんなんか、高そうな売り物を全部差し出してシュンカの毛皮1体分と交換していった。荷馬車ごと渡すなんて、思い切りがいい。

 彼が言うには、自分の得意先で加工して、お貴族さま相手の別の商人に売るつもりらしい。


 私はちょっと気になって、アンジェに尋ねる。


「自分で直接お貴族さまに売ったりしないんだね」

「取引できる関係になるのが難しいんだよ。お金持ちはちゃんとしたごく一部の人しか相手にしないから」


 と言って、アンジェは去っていく商人の背中を見守りながら、あれこれ話してくれる。


 毛皮を手に入れたところで、そううまくいくとは限らない。加工に失敗して無一文になるかもしれない。お貴族さまに足元を見られるかもしれない。機嫌を損ねて責任を取らされるかもしれない。

 高価なものを取り扱うには、顔の広さと人徳が物を言うそうだ。


 アンジェが語る酷い結末を色々聞いていると、なんだかあの商人さんが危ない綱渡りをしているように思えてしまう。


「普通の品物を普通の人たちに売って、普通に生きていければそれでいいと思うんだけど……」


 私が感じたことをそのまま口に出すと、アンジェはちょっとだけ冷めた微笑みを浮かべる。


「商人の世界では、金を稼いで自分の拠点を持つのが夢であり、普通の考えなんだよ」


 大きな商会を持つ経営者。旅商人が普遍的に持っている究極の憧れだ……とアンジェは言う。

 私が商人になって旅する生活は想像できないけど、安定した生活と落ち着ける家が欲しい気持ちは十分にわかる。私もアンジェとそういう暮らしがしたい。


「商人さんも大変なんだね」

「商人には商人の普通、貴族には貴族の普通があるんだよ」

「アンジェはなんか、深いこと言うね……」

「深い、ねえ……」


 アンジェは何処でもない遠くを見ながら、ぼんやりと呟く。


()()()()()()()()()()


 いろんなものが見えてしまうアンジェにとっては、普通が一番遠いのかもしれない。

 アンジェのどこか寂しそうな横顔を見て、なんとなくそう思った。


 結局、私たちにとっての普通が何なのか、答えは出せなかった。


 〜〜〜〜〜


 《ジーポントの世界》


 祭りの準備をしているのか、村に見たこともない物がたくさんある。

 あっちの方には、食べたことのない果物の瓶詰めがじっしり並んである。

 そっちの方には、名前もわからない動物の毛皮が飾ってある。

 こっちの方には、立派な革がついた紙の束が置かれている。


「これはまさか、本!? 貴族の遊び道具だ!」


 ミカエルは初めて見る紙束に夢中になっている。大切そうに置かれたその本というものを、色々な方向から眺めながらニコニコしている。


 文字が読めるミカエルによると、表面に物語の題名が書いてあるらしい。木や布の人形劇は見たことあるけど、どう違うんだろう。貴族向けの遊び道具なら、きっと面白いのかな。


「違うよぉ、エル。本は勉強に使うんだよぉ」


 ビビアンはよくわからない形の壺の匂いを嗅ぎながら教えてくれる。

 本は絵や文字が描いてある勉強道具で、貴族は勉強するのが趣味なんだって。

 俺は勉強なんか大嫌いなんだけどなあ。特に文字は苦手だ。変な人たちだなあ、貴族って。


 そうやって、凄いなあと思いながらぼんやりと物を見て回っているうちに、俺はとんでもない奴を見つけてしまった。

 でかくて赤い狼。たぶん魔物だ。魔物が村の中で寝っ転がってる!


「大変だエル! あれはなんだ!?」

「どうしたジー……うわっ!? なんかいる!?」


 俺とミカエルはビビアンを壺から引き剥がし、そっちに走る。


 遠くからでも大きく感じたけど、近くで見てみると更にでかい。丸呑みにされそうだ。

 赤いし、鋭いし、恐ろしい。病気になりそうだ。


 ……大人たちが狩ったのかな。アース村とマーズ村は英雄の村なんだって長老が言ってたから、たぶんそうなんだと思う。

 今も村の大人たちが取り囲んで作業してるし、間違いない。凄いんだなあ、大人って。


「こいつを倒したから、お祭りなのかな?」


 俺が質問すると、ミカエルはもう死んでいる魔物にびくびく怯えながら答えてくれる。


「たぶんそうかな。とんでもなく強い魔物だよ、この狼。血煙って呼ばれてたはず」


 その名前は、俺も聞いたことがある。物語になっているからわかる。

 家畜を狙う血煙をみんなで戦って倒す話。この村の話じゃないけど、いろんなところで有名なんだって。


『家畜はみんなで大切にしようね』ってお話らしいけど、血煙が怖すぎて、小さい子は泣いちゃうこともあるらしい。俺もよく覚えてる。


 俺は小さくないし弱虫でもないけど、あれをじっと見ていると、泣いちゃう気持ちがちょっとわかりそうになる。口が大きくて、触っただけでケガしそうで、怖い。怖すぎる。


「おぉ。あれがシュンカかぁ」


 でもビビアンは珍しく目を見開いて、大人たちの中に混ざって覗こうとしている。

 シュンカってなんだろう。人の名前かな?


 俺たちは近くにいた大人に話しかけて、血煙を見せてもらおうとする。

 でも、断られてしまった。危ないし、毛皮にしてるからダメだって。


 よく見たら他にも血煙の魔物が沢山いる。ここからじゃ数え切れないくらい、何体もいる。今はもうバラバラにされてるだけで、少し前まではもっといたのかもしれない。


 驚きすぎて何も言えない。この村で一体何が起きてるんだろう。


「……ねぇ。エル、ビー。ちょっと前に、アース村から来た子が村を抜け出したって話、聞いたぁ?」


 そう言って、ビビアンはいつもみたいに眠そうな目を擦っている。

 でも、なんだろう、ちょっとだけ真面目な雰囲気がする。ちゃんと話を聞いてあげないといけないような気がする。


 エルはびっくりした顔で、素早くビビアンの方を向く。


「えっ!? じゃあ今はいないの!?」

「帰ってきてると思うよぉ? たぶんシュンカ……この狼のことも、知ってるんじゃないかなぁ?」


 ビビアンは何か隠し事でもあるような気まずい様子で、村の宿の方を指さす。


 そうか。宿に泊まってるはずだから、そっちに行けばいいのか。なんとなくで歩いてたから、気がつかなかった。

 というか、ミカエルもたぶん、俺が宿に向かっていると思ってたんじゃないかな。ミカエルは俺より頭が良いし、そんな気がする。ごめんよ。俺は適当だ。


 俺たちは顔を見合わせて、あの黒い女の子がいるはずの宿に向かう。

 なんでかわからないけど、今までにないくらい俺の胸がドキドキしている。新しい友達ができるかもしれないからかな。ワクワクしてきた。


 〜〜〜〜〜


 アンジェは来客の気配を感じ取り、宿の中で身構えている。

 シュンカの運搬を手伝うため、調子に乗って金属の荷車を用意したり、運びやすくなるように地形を変えたりと、大規模な魔法を使いすぎた。今は魔力が尽きて、回復を待っている状態なのだ。


「(だるい。全身が痛い。喧嘩になったら負けるかもしれない)」


 まさかマーズ村の人たちに妙なことをされるとは思っていないが、ここは宿である。他所から訪ねてきた旅人もこの近辺に滞在しているのだ。

 最近は商人の出入りが多く、それらしい人物が常に周囲をうろついている。大荷物を持って旅をする連中であり、腕っぷしにも自信がありそうな外見だ。

 その中に悪魔に恨みを持つ人物がいて、正体を見抜かれでもしたら、今の弱ったアンジェはなす術もなく殺されてしまうだろう。


 そのような理由により、アンジェの神経は今、過敏になっているのだ。すれ違う人を全て避けて、用がない時は山で探索をするか、宿で息を潜めるようにしている。


「こっちにきませんように……」


 アンジェは部屋の隅で暗がりに隠れ、自分への来客でないことを祈る。


 だが無慈悲にも、扉は叩かれる。

 それも、おそらくは複数人の手によって。


「(ひいいいっ!? 誰!? 2人いるよね!?)」


 鳴った音の数から判断するに、最低でも2人は扉の前にいる。

 扉を複数人で同時に叩くことにどのような意図があるというのか。数に訴える形での脅しだろうか。


「(人さらいか!? オレは子供だから、誘拐しやすいと思ったのか!? それともニコルを狙った強姦魔なのか!? ニコルは清純で、そんなこととは無縁のはずなんだ。大事な純潔は奪わせないぞ!)」


 アンジェはガタガタ震えながら、念のため部屋の隅で居留守を使う。

 まだ部屋の中にいることに気づかれていない可能性はある。それに賭けよう。

 外で待たれるかもしれないが、ニコルが帰ってくれば形勢逆転だ。ニコルと暴漢を遭遇させるのは非常に心苦しいが、並の人間ではニコルに勝てっこない。


「ふーっ、ふーっ……」


 膝を抱えてうずくまりながら、アンジェはニコルの荷物に農具がくくりつけられていることを思い出し、物音を立てないようにそっと移動する。

 武器があれば、少しは抵抗できるかもしれない。戦力的に無意味でも、相手が怖気付いてくれるかもしれない。

 姿勢を低くして、慎重に、慎重に……。


「いたぁ」


 窓の辺りから響く声。

 アンジェは四つん這いのまま、弾かれたように上を見る。


 そこには、青があった。

 脇や胸元が異様に大きく空いた、真っ青な服。

 上から下に階調が変化している、真っ青な髪。

 ニコルの氷のような色とは違う、真っ青な瞳。


「これあげるぅ」


 青色の少女。目の下に深いくまがある、寝ぼけた目の少女。

 それが窓からぬるりと身を乗り出し、明確にアンジェを狙い、何かを投げてくる。


「ひゃんっ!?」


 アンジェは何処にでもいる幼女のような悲鳴を上げながら、それを腕で叩き落とす。

 ここまで弱っていても咄嗟に反応して防げたのは、アンジェが戦い慣れてきたからだろう。村が壊滅してからの地獄のような日々の賜物である。


 アンジェは投擲された物を視界に収め、それの正体を知識で確認しようとする。


 目と鼻と口らしきものがある、布でできた何か。作られてからかなりの年月を経ているようで、使い古された形跡が見て取れる。

 知識によると、それは……魔道具の人形のようだ。


「……え?」


 困惑するアンジェの目の前で、突如として人形がけたたましく笑い出す。


「『あっはっはっはっはっはっはっは!!!!』」

「ひぎいいっ!?」


 アンジェは混乱の最中、唐突に耳元で響いた爆音に意識を揺さぶられ、白目を剥き、膀胱の中身を勢いよくぶちまけながら気を失う。


 視界が暗転する直前、青い少女に激怒する2人の少年と『子供をあやすための笑い人形』という知識が、目の前に飛び込んできた。

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