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第14話『大人と子供の相互理解』

 広いとは言えない村の集会所で、マーズ村の村長と長老が待っていた。

 前回の会議にいた村の有力者たちは出払っているようだ。細かい事情はわからないが、村が混乱しているため、きっと多忙なのだろう。


「(たとえ人数が減っても、オレは緊張する。だって怖いもん)」


 村長も長老も、相変わらず厳つい顔だ。戦いの中に身を置き続けて数十年という風格を感じ、自然と恐縮してしまう。

 (もっと)も、所詮は片田舎の平民であり、実際にはアンジェが想像した通りではないはずだ。いかめしい顔つきも、生まれつきの風貌でしかない。


「(人は見た目じゃない。中身だ。だから怖くなんかないぞ。震えてなんかない)」


 そんなアンジェの態度を察したのか、村長は穏やかに声をかける。


「楽にしていいぞ」


 自分自身も少し姿勢を崩してくつろぎつつ、村長は木製の椅子を差し出す。


 ……基本的には床の上の敷物に座るのが、この村の風習だったはずだ。長老もそうしている。椅子に座っているのは、一番偉い村長だけ。

 ニコルは「ありがとうございます」とだけ言って座ってしまったが、それが正解なのだろうか。もう一度勧められるまで待つべきだろうか。


「(というか、オレたちも座ってしまうと、長老だけ椅子が無いことになるんだけど……いいのかな?)」


 アンジェはためらいつつ、大きさの合わない椅子によじ登る。

 子供用の椅子は無いのだろうか。そう思っていると、何処からかふくよかな女性が現れて小さな椅子を持ってくる。


「あんた、やっぱり気が利かないねえ」


 女性は外見通り肝の据わった声で、村長をなじる。

 態度を見るに、どうやら彼の奥方らしい。口は悪いが、仲まで悪いという雰囲気ではない。


 アンジェは縮こまっている村長と、村長より偉そうな夫人を交互に見ながら、座りやすい方の椅子に腰掛ける。

 夫人がやけにニコニコと見下ろしてくるのが不気味で仕方ない。彼女の好意を受け取らなければ、これが反転して憤怒に変わっていたかもしれないと思うと、喉の奥がきゅっと萎むような心地になる。流石にそれは被害妄想かもしれないが。


「そろそろ、いいか?」


 村長はアンジェとの間合いを掴みかねている様子で、会議を始めようとする。

 今の空気では居心地が悪いので、用件に移りたいのだろう。その気持ちはアンジェにも理解できる。


 アンジェは外行きの笑みを浮かべているニコルの方を見て、覚悟を決める。


「はい。大丈夫です」


 長老が案の定険しい顔で睨んできているが、それは意識の外に置いておこう。

 早く全てを終わらせて、宿に帰りたい。アンジェはそう願い、シュンカとの戦いについて説明した。


 〜〜〜〜〜


 例によって自分たちが悪魔であることと、特異な能力を持っていることを伏せて、シュンカとの戦いの一部始終を説明し終えた。


 当然のことながら、ニコルの戦いはニコルが、アンジェの戦いはアンジェが語った。

 その方が事実に基づいた解説ができると考えたのだが、結果として、村長たちは会議が始まる前よりも更に難しい表情になり、今となっては(いわお)のように顔の筋肉をこわばらせている。


「シュンカの親玉は死んだか。……魔物があの場所に住み着くとは、因果なものだ」


 何か思うところがありそうな様子で、村長は獰猛な獣のように唸っている。

 因果とは何の事だろう。村の言い伝えか何かだろうか。


「この近くに鉱山があったのは事実だ。閉山されて、もうずいぶん経つらしいが」


 村長は長老の方を横目で見つつ、そう語る。


「今でこそ美しい大地を取り戻したが、当時は川が汚れ、作物は不作になり、随分と苦労したらしい。それ相応の見返りはあったが、反発も大きかったと伝えられている」

「儂が若造だった頃よりも、更に古い時代の話だ」


 村長の発言に割り込む形で、長老が重い口を開く。


 見た目以上に威厳のある、強者の声だ。人を導く者として気が遠くなるほどの経験を積み、大声を出し慣れて久しい、指導者の声。

 英雄的な存在感に満ち溢れている。アンジェはそれを肌で感じ、また失禁するようなことがないよう、腹に力を込める。


「儂の祖父の世代……あるいはその前から、語り継がれてきた。この近辺の村々は、悪魔殺しの英雄が拓いた地であると」

「英雄……」


 長老の口から英雄という単語が出ると、アンジェはふわふわと浮くような奇妙な興奮に陥る。

 目の前の長老こそが英雄の末裔であり、自分たちは伝説が語られる瞬間に立ち会っているのだ。そうに違いない。

 具体的に何を成した人物かはわからないが、きっと知識の海に載っているような偉人だろう。折角だからそうであってほしい。


 だが、直後の長老の発言により、アンジェの空想は即座に否定される。


「村の開拓に数十年をかけ、年老いた英雄は、喧騒を嫌い、アース村をその命の終着点とした。旅を共にした仲間たちと静かに暮らし、その生涯を終えたのだ」

「えっ。じゃあ……」

「このマーズ村には英雄を慕う武人や、英雄を支えた職人たちが集い、魔物除けの魔石像……ドウを作り、アース村という聖域を穢すことなく守り続けてきた」


 長老は苦笑しながら、白く染まった髪を掻く。

 笑ってこそいるが、その目つきは相変わらず鋭いままだ。油断がない、というべきか。


「村を栄えさせるため、愚かにも更なる魔石を求めて山を切り崩し、守るべきアース村に被害を出してしまったがな。……その負債は儂の代まで及び、そしてまた、取り返しのつかない過ちを犯してしまった」


 長老はニコルの方にだけ優しげな老人の目を向けながら、にっこりと微笑む。


「ニコルくんと言ったか?」

「はい」

「儂は確信した。常人離れした贅力。魔物を打ち倒す英雄的所業。お主こそが、英雄の末裔だ」

「はい?」


 長老は一人で勝手に満足している様子で、ニコルの反応を無視して告げる。


「どうかマーズ村を赦してほしい。そして願わくば、アース村の復興に力を貸してほしい。君を村長とし、新たな英雄として祭り上げ、人を呼び、再び村を築きたいのだ」


 何を言ってるんだこいつは。

 確かにニコルは非の打ち所がない女性だが、村の長ではなく、ましてや英雄でもない。

 アンジェはそう思いつつも、長老の理論をどうにか理解しようと、頭の中で理屈をこねる。


「(……たった2人だけ生き残ったなら、繰り上がりでニコルが村長ということになるのか?)」


 普通の村なら、世襲や慣習で役目を押し付けられることもあるだろう。それは否定しない。村という社会の頭目が、消去法で決まることも無くはない。


 だがニコルの場合は責任の重さが違う。村長になれば100人以上の死者の無念を背負うことになる。

 死屍累々の土地が、新しい住民で埋まっていく。それは良いことかもしれないが……ニコルがその責任を負いたがるとは思えない。


「(村を取り戻したいなら、とっくにそう言っているはずだ。ニコルはもう戻る気が無い……と思う)」


 アンジェは肩をこわばらせているニコルをチラリと見て、そう考える。


 それにしても、復興の過程でニコルに何をさせようというのか。

 金銭や収穫物の管理くらいならまだマシだ。だが人がいなければ村は成り立たない。かつて彼女が都会でさせられたように、看板娘として人々を魅了し、村に招けということだろうか。


 ……しかし、あんな何もない土地に人を移り住ませるにはどうすればいいのか、アンジェには見当もつかない。各地を巡り、住む場所を失った罪人や借金持ちをかき集めるのだろうか。

 そんな連中の旗頭に、ニコルを据える。……我慢ならない。ニコルを何だと思ってるのだ。


「(この提案には乗れない。乗りたくない)」


 アンジェは先程までの高揚感を雑巾にして使い捨てられたような心地になり、ニコルの顔色を見る。


 ……ニコルもアンジェの方を見て動揺している。

 相談したいが、長老たちが見ているこの場ではできない。そう言いたげな様子だ。


 先日の会議では長老たちもこそこそと話し合いをしていた。ではこちらがそうしても問題はないはずだ。

 アンジェはそれを思い出し、ニコルの膝の上に乗って、極めて小さな声で話しかける。


「(やっぱり、嫌?)」


 ニコルは服の内側から小さな花飾りを取り出し、アンジェの髪に付け、何をどうやっているのか、そこから声を出す。


「(何をどう言えばいいのかわからない)」


 ニコルは時折長老の様子を窺いながら、たどたどしくアンジェに心境を伝える。


 故郷の死を看取る覚悟はあっても、その後まで亡霊に付き纏われる覚悟はできていない。だが下手な口の利き方をすれば、自分にあらゆる重責がのしかかりかねない。これから何を言っても村の長としての言葉にされてしまいそうで恐ろしい。

 およそそんな内容であった。アンジェの想像にかなり近い。


 ニコルが嫌がっていることも、嫌だと伝えることさえできないことも、はっきりした。

 ならばアンジェのするべきことは、ニコルの代わりに口を開き、否定することだ。


 アンジェはひとつ大きく息を吸い込んで、自分の方を見ようともしない長老に立ち向かう。


「ニコルはニコルです。それ以上は望んでいません」


 長老はシュンカより鋭い眼光をアンジェに浴びせ、興味が失せたように、またニコルの方に視線を戻す。


「アンジェくんはこの村で引き取る」

「は?」

「親を失った子供たちに混ざって暮らしてもらう。村で管理している施設があるのだ。不自由はさせないから、ニコルくんは安心して肩の荷を下ろしなさい」


 肩の荷だと?

 誰が。


 ニコルから離れて暮らせと、そう言っているのかこのクソジジイは。

 アンジェはかつてない苛立ちを覚え、ニコルの膝の上から降りて立ち上がる。


「ニコルをどうするつもりですか? オレはずっと、彼女と一緒に力を合わせて生きてきたのに、離れ離れにするんですか?」

「幼い子供が英雄の足を引っ張るなど、あってはならない。君もこの辺りに伝わる英雄譚を聞いた事があるだろう。あれらに子供が出てこないのは、そういうことだ」

「話を聞いていなかったんですか? オレにもシュンカを倒せるだけの実力があるんです」

「だが、まだ子供だ。魔物を倒しても一足跳びに成人できるとは思わないことだ」


 なるほど。とりあえず筋は通っている。

 アンジェは幼い少女であり、他人からはニコルに甘えているだけのように見えるのだろう。

 実際に、アンジェは甘えている。ニコルにいつも守って貰い、安心感に浸っている。今の自分は、彼女がいなければ何もできない。


 だが、長老は言い方もやり方も、何もかもが間違っている。ニコルの意思を無視するような真似は無視できない。元村長だかなんだか知らないが、横暴が過ぎる。


 アンジェが怒りに打ち震えていると、後ろからスッと人が前に出る。

 村長の夫人だ。立ち姿が妙にしっかりしている。


「お義父さん。アンジェちゃんもニコルちゃんも、急にそんな話聞かされたら困るでしょ」

「アンジェくんはともかく、ニコルくんはそんな歳でもないだろう。もう立派な大人だ」

「大人? ニコルが?」


 長老の発言で、集会所の空気が変わる。

 張り詰めていた空気が一気に弛緩し、皆が呆然としている。

 そうか。長老はあくまで隠居人なのだ。2人のことをよく知らないまま、自分の経験に基づいて判断しようとしてしまったのだ。


 アンジェは早とちりをした長老に向けて、心底冷え切った声で告げる。


「オレは勿論、ニコルもこの村の成人年齢に達していませんよ」

「なん、だと?」


 長老はニコルの頭頂部から足元までを隅々まで眺めて、そして……自らの額についた汗を拭う。

 ニコルは一見して、背の低い大人にしか見えない。誰もが年齢を知っているアース村でさえも、子供扱いされなかったほどに。

 何も知らない長老が、一眼で年齢を察せるはずがないのだ。ましてや近場で繰り広げた英雄譚で目が曇っていれば、尚更だ。


「私、老けて見えるんでしょうか」


 ニコルは立派すぎて日常に支障をきたしている胸を見ながら、ため息をついている。

 ……ニコルは若々しく、それでいて大人びている。矛盾を帯びた魅力が、この事態をもたらしたのだ。


 長老はそれからしばらく、村長夫人からお叱りを受けることとなった。

 趣がある顔立ちで窮屈そうにしている様は、彼の息子である村長にそっくりであった。


「(お爺さん……強く生きて……)」


 アンジェはほんの少しだけ長老に同情しつつ、心の中で彼にボケ老人の烙印を押した。


 〜〜〜〜〜


 それからの会議は、速やかとは言えないまでも、比較的穏やかに進行した。


 長老が早々に頭を下げ、いわゆる土下座の体勢に移行したのが要因のひとつだ。

 村の成り立ちを知る立場としてアース村壊滅の責任を強く感じていたため、焦ってしまったらしい。


 良い歳をして額を擦り付けて謝る父親を見て、村長は見ていられないとばかりに顔を両手で覆い、夫人はまだ腹に怒りを抱えていそうな表情でニコルに大っぴらな陰口を叩いた。


「お義父さんは頭が堅くてねえ。椅子は座り心地が悪くて嫌だの、子供を守るのが大人の役目だの、うるさくてかなわないよ」

「父さんは、旅先で大変な目に……」

「あんたは黙ってなさい」


 助け舟を出そうとした村長を、夫人は怒鳴り声でぴしゃりと跳ね除けた。

 村長は叱られ慣れているのか、口答えひとつせず従っていた。絵に描いたような恐妻家である。


 また、ようやく緊張を振り切ったアンジェが積極的に会話に参加し、更には目の前で魔法を行使してみせたこともあった。

 これらにより、アンジェはただの子供ではなく、ある程度の判断力を持った人間として、発言権を得ることができたのだ。

 口で説明するよりも、実際にやってみせた方が早く伝わる。頭の中で情報をこねくり回す癖がついたアンジェには、目から鱗であった。

 長老は「これほどの魔法を使えるとは信じられん。さてはアンジェくんも英雄か!」と叫びながらいたく感動し、他の面々から呆れられていた。


 ……こうして、会議が終わる頃には、一同はそこそこ打ち解けて会話ができるようになったのだ。


「(なんとかなった、かな)」


 アンジェはまだ若干恐縮しているが、茶菓子に手を伸ばしながら、時折会話に参加している。

 木の実の汁を麦粉に混ぜて作った伝統の菓子だと、知識の海は作り方も込みで丁寧に教えてくれている。ありがたいようで、少し邪魔だ。


「(使われる木の実はこの地方の特産品である酸味の強い種類が主であり、形の悪いものや未熟なものも潰してしまえばわからないという、このお菓子に基づいたことわざが……今は要らないんだよこんな情報。黙れ黙れ、知識の海!)」


 知識の海が暴走しているのは、きっとアンジェの心がお菓子に支配されているからだろう。

 まったくもって罪深い味わいだ。もっと欲しい。


「(この村は英雄の村だと言っていた。……木の実を潰す行為に、敵の頭を潰して勝つことを祈願する意味が含まれているのかもしれない。麦粉を固めたものは旅の携行食として広く知られており、この菓子の原型となった可能性が考えられる。おいちい)」


 黙々と菓子を食べるアンジェの隣で、元から顔見知りだったらしいニコルは、身振り手振りを交えて明るく交流している。

 先にたくさん喋った分の埋め合わせなのか、基本的には相手の話を聞き、必要な時だけ、印象に残る言葉を少し喋る形だ。


「アンジェくん。君は掴み所が無いから、皆扱いに困っているんだ」


 村長は途中で夫人から差し出されたお茶を飲みながら、そう言って苦笑する。


「明晰な頭脳を示したかと思えば、こうして菓子に夢中になったり、突然気を失ったりもする。先日会議で漏らし……」

「やめな。口を開けばそんなのばっかりなんだから」


 村長は夫人に叩かれ、そこで発言を中断する。彼が寡黙に見えるのは、失言を予防するためらしい。

 背中を押された衝撃でお茶が少しこぼれていたが、それは自業自得というものである。


 だがアンジェはそんな彼の言葉を重く受け止める。


「(そう、自業自得……。オレもこの人たちに信頼されるような事を、何一つしてなかったわけだ)」


 ニコルに隠れながら村を訪れ、往来で醜態を晒し、宿に穴を空けて抜け出し、魔物の棲家に飛び込んで、保護者に捕まった子供。

 他人に迷惑をかけてばかりのクソガキ。マーズ村にとっては、それがアンジェという少女の姿であったわけだ。


 これからはもう少し、他人から見た自分を意識して動かなければなるまい。

 そして、本当にニコルの足を引っ張ることにならないよう、気をつけなければ。


 アンジェは猛省し、隣でお世辞を述べるニコルを見上げる。


「(オレもいつか、こうなりたい)」


 村長たちに物怖じせず、仲が良さそうに会話に花を咲かせるニコルを見て、アンジェは焦げるように熱い憧れを抱く。


 〜〜〜〜〜


 会議の結果、ニコルを筆頭としてアース村を存続させる件は中止となった。

 今のニコルは知識も技能も経験も、何もかも足りない。そんな状態で他者を巻き込み、その人生の責任を負わせることはできない。将来的に新生アース村を立ち上げる計画が立ったとしても、それは何十年も後のことだ。


 だが長老がアンジェを養う件については、前向きに検討することとなってしまった。

 アンジェは優れた魔法使いだが、ひとり立ちするにはまだ早い。子供であるニコルが養うわけにもいかない。

 よってこれから先、アンジェとニコルは2人で孤児たちの中に混ざり、共に暮らすこととなる。


「(長老と暮らすのは嫌だなあ。それに、ひとりで過ごす時間も取れなさそうだし……。ニコルはきっと他の子の面倒を見始めるだろうし……)」


 長老の言う通り、身寄りのない子供たちに囲まれて暮らすとして……それからの人生で、一体何が待ち受けているというのだろう。

 それは楽しく、不自由なく、刺激的なものになるのだろうか。

 そこにニコルは……いるのだろうか。


 アンジェはそこはかとない不安感を抱き、唇を強く結び、ニコルに愛情を求める。


挿絵(By みてみん)


「ん!」


 抱きしめてください。という意味の動作だ。


 〜〜〜〜〜


 《ジーポントの世界》


 お祭りが開かれるらしい。


 俺より年上の子が、そう言っていた。


 大人の間で何かあったみたいで、みんな忙しそうにしている。家に飾り付けをしたり、狩りの予定を入れたり、集まって会議をしたりしている。これはお祭りの前の騒がしさだ。間違いない。


 それにしても、いつもは神様に畑の守護をお願いする行事があって、それからしばらく退屈になるのに、なんで急にお祭りをすることになったのか、ちょっと不思議だ。


「お祭り? ふぅん、そっかぁ」


 俺と同い年()()()ビビアンは、そのへんで拾った棒を振りながら、そんなことを言っている。

 いつも落ち着きがないし、変なことばかりしているから、女の子なのに男みたいな扱いをされている。そんな奴だ。


 ビビアンは眠そうにあくびをしながら、俺のちょっと後ろをついてきている。


「お祭りなんて、のんきすぎるんじゃないかなぁ」

「確かに。この時期にお祭りなんて、滅多にないからね。だいたいに、そんなお金あるのかなあ」


 ビビアンの隣で、俺よりほんの少しだけ年上のミカエルがお兄さんぶっている。

 頭は良いけど、ちょっと臆病で運動が苦手だ。男らしくないし、好きな遊びも俺と全然違うけど、なぜか話は合う。そんな奴だ。


「お祭りをするなら、お酒とごちそうが必要だよ。だからめったにできないんだ。絶対へんだよ」


 ミカエルは赤い髪をかき分けながら、得意げにそんなことを言っている。物知り顔だ。

 俺はお祭りが好きだから、少しムッとして、思わず非難してしまう。


「なんだよ。エルはお祭り()なのか?」

「嫌じゃないけど、ジーだって変だと思うでしょ?」

「思うけどさあ」


 ミカエルは俺の考えなんかお見通しだと言いたげな顔だ。

 俺は頑張って頭を使って、何処がどう変なのか、ミカエルに自分の考えを言う。


「お祭りみたいだけど、お祭りじゃない……とか?」

「は? どういうこと?」

「お祭りって、なんか難しいことして、その後ごちそう出るじゃん。あと、村中いっぱいこんな感じになるじゃん」


 俺は通りがかりの家を指差して、なんとか意見を伝えようとする。


「飾ってない家、たまにあんじゃん。だからお祭りとは違うのかも。こんな感じのって、他になんかあった気がすんだけど……なんだっけ。覚えてねえ」

「うーん……。あっ、結婚のお祝いのことか。確かにちょっと似てるかも。それならこの時期にやることもあるかもね」


 あ、それだ。やっぱりミカエルは頭がいいなあ。


 俺がぼんやり考えていると、すぐにぴったり当ててくる。片付いたみたいでスッキリするし、楽しい。


 俺が感心していると、ビビアンが棒でぺちぺちと俺たちの腕を叩いて、間に割り込んでくる。


「村が結婚するってこと? 相手はアース村かなぁ」

「なんでそうなんだよ。そうじゃなくて、村のみんなでお祝いするってこと」

「ふぅん。お祝いするんだぁ。それなら見に行ってもいいかもねぇ」


 相変わらずビビアンはなんかズレている。村が結婚ってどういうことだよ。

 というか、棒の先っぽに何かのサナギがくっついてるんだけど。そんなの振り回すなよ。


「ビーは変なことばっかりだな。普通、結婚は人がするんだぞ」

「えぇ……。村だって結婚するよぉ。合併って言うんだぞぉ」


 俺たちはビビアンの反応が見たくて、ついからかってしまう。

 でも、正直ビビアンの変な話は嫌いじゃない。聞いてて面白いし、俺はいいと思う。

 大人はみんなビビアンを見て、常識を知りなさいとか、可愛くしなさいとか、女の子らしくしなさいとか言うけど、そんなのつまらないじゃないか。


「(やっぱりこいつら、おもしれー!)」


 俺は2人と一緒にゲラゲラ笑いながら、なんとなく大人たちが集まっているところに歩く。

 お祭りの話をしていたから、なんとなく足がそっちに向かってしまった。まあちょうどいいか。


 そういえば、この場所でアース村の名前が出ると、ちょっと前のことを思い出してしまう。


「この前、アース村の子が来てたよな?」

「あっ、そうか。この前、ここで会ったんだっけ」

「お友達になりたかったなぁ。綺麗で、可愛くてぇ、とぉっても素敵だった……」


 2人も覚えていたみたいだ。


 黒い髪に、黒い目。俺たちよりだいぶちっちゃい子だったけど、ミカエルより話が難しかった。話の中身を、半分のそのまた半分も覚えてない。

 周りの大人たちがびっくりしてたから、たぶん結構頭が良いんだと思う。細かい物の職人さんをやってるビビアンのお父さんくらいかな。


 ビビアンはぼんやりとした声で、茶色いサナギを指で突きながらぼやく。


「お洋服、交換したかったなぁ……。似合うと思うんだけどなぁ……。いろいろ着せてあげたいなぁ……」

「どうせまた変なやつだろ……」


 ビビアンはよく目が痛くなるような色の服を着ている。病気を抑えるための魔道具らしいけど、俺はああいう変なのが好きなだけだと思ってる。


 今着ている真っ青な服をぎゅっと握りながら、ビビアンはちょっとだけ不機嫌になる。


「あの子、服、ボロボロだった」


 そうだったかな。よく覚えてない。髪の毛とか、話とか、気になるところが多すぎた。


 でもミカエルは「確かにそうだった」とかなんとか言いながら教えてくれる。


「いい服だったけど、よく見ると血まみれだった。端っこが切れてたし、傷だらけだった。怪我でもしたのかな?」


 よく覚えてるなあ……。血まみれっていうのは、ちょっと気になるけど。


「やんちゃなのかな?」

「ちょっと汚いと思った。ふけつ」


 いつもだらだらしてるビビアンがそこまで言うのはひどい。友達になりたいくらいだから、悪気は無いと思うけど。


 ……汚くて、血まみれで、頭が良い、他所から来た女の子。

 なんだか凄く気になってきた。一体どんな子なんだろう。今もいるのかな。


 ミカエルは俺の顔を見て何を考えているのかわかったのか、得意げになって誘ってくる。


「その子に会いに行こう」


 俺とビビアンは、すぐにそれに乗っかった。


 ごてごて飾り付けされてる家。よその村の凄い奴。

 なんだか今日はいつもと違う。ちょっとわくわくしてきたかもしれない。


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