第12話『土葬』
アンジェはシュンカがいる洞窟の前に立つ。
シュンカたちはここから出てきている。この前で見張っていれば、ニコルが襲われることはもうない。
「(さあ……今度はオレが頑張る番だ)」
ニコルは頑張った。泥と血に塗れ、全身傷だらけになりながら、大敵に立ち向かってくれた。
あれ以上戦わせるわけにはいかない。3体の取り巻きを引きつけてもらう予定だったが、今のニコルにそんな大役を押し付けることはできない。
作戦通りにはならなかったが、問題ない。シュンカを生む個体が狭いところに引きこもってくれているおかげで、決戦では数の有利を無視できる。アンジェひとりでも勝算はある。
アンジェはまた復活してきたシュンカたちを魔法の不意打ちで討伐しつつ、呟く。
「やっぱりオレは、ニコルが好きだ」
ニコルの絶叫を聞いて、傷ついたニコルを見て、アンジェはそれを強く自覚したのだ。
ニコルが愛してくれなくとも、アンジェはニコルのために生きる。ニコルの盾となり、剣となり、知恵となり、友人となり、望まれれば奴隷にだってなる。
愛し合う関係になれないのは非常に残念だが、アンジェがやるべきことは変わらない。ニコルの幸せこそアンジェの幸せだ。
……それに気づけば、後は簡単だ。
「戦おう。ニコルの分まで」
アンジェは入り口付近の岩に隠れ、持ってきた狩猟罠を洞窟に投げ入れる。
カランカランと軽い音を立てながら、日光が届かない奥の方まで転がっていき、闇の中へと消える。
どんな衝撃を受けても暴発しないが、生きた何かに触れれば、即座に発動する。洞窟内の生物を感知してしまう可能性も、無いわけではないが……その時はその時だ。ほんの少し、作戦を変えるだけ。
「(……まだか?)」
遠のいていく金属音を拾いながら、アンジェはその時を待つ。
……やがて、転がる音も聞こえなくなる。止まったのだろうか。
そう思った直後、激しい爆発音が飛び出し、魔力の突風が洞窟の外へと逃げていく。
狼と呼ぶにはあまりにも太くおどろおどろしい遠吠えもする。
どうやら当たりだったようだ。生み出されたばかりのシュンカか、あるいは生んでいる方のシュンカか。
間髪入れずに攻めよう。姿を見せず、続け様に魔法を叩き込もう。シュンカを生む個体が死ぬまで、取り巻きごと殺し続けるつもりで。
アンジェは洞窟の前に立ち、手持ちの罠を全て投げ入れる。初手でだいたいの奥行きがわかったので、散らばるようにうまく配置する。
設置した罠で時間を稼いでいる間に、アンジェは魔法を詠唱する。
「『火の腕:ムツ・ミ・アイ』」
火の矢が周囲の空気を巻きとりながら、洞窟の奥まで伸びていく。
シュンカの悲鳴が聞こえる。1体だけだ。他は死んでいるのか、それとも当たらなかったのか。
火の矢はあっさりと消え、それ以上燃え広がる気配がない。内部に引火するものは無いようだ。
「『火の指:カ・リュウ・カイ』」
アンジェは炎の塊を投げ入れ、洞窟の内部で炸裂させる。
こちらは魔力と空気を注ぎ込めば、可燃物がなくとも長時間燃え続ける。逃げ場のない火の海で、シュンカたちを焼き尽くす算段だ。
炎という光源に照らし出され、シュンカたちの輪郭が確認できる。
錯乱している取り巻きが2体。罠と火の矢で死んで焦げているのが1体。
それに加え、一際巨大な個体が1体。あれがシュンカを生み出している個体だろう。
「(なんだ、あれ……!?)」
アンジェの知識にある平均的なシュンカより、だいぶ体格が優れている。体毛が波打っており、かすりでもしたら醜い傷を負うことになるだろう。
そいつだけは、広がり続ける炎の海にも動じていない。慌てることなく、揺らめく炎の裏にいるアンジェの影を、じっと見つめている。
あれは手強い。量産されたシュンカとは違う。戦場に身を置いてきた年月の差が感じられる。
アンジェはその個体を『親玉』と呼ぶことにする。
「『風の指:ウタ・カイ・ハジメ』」
アンジェは洞窟の内部に風を送り込み、更に炎を燃え盛らせる。
出ようとすれば罠を踏んで火だるま。その場にいれば熱と酸欠でお陀仏。他に出口があるなら別だが、退く素振りはない。続行だ。
だが次の親玉の行動に、アンジェは戦慄する。
「ゴルルァァ!!」
親玉は部下に噛みつき、放り投げ、罠を踏ませたのだ。
シュンカの巨体が転がり、罠を根こそぎ発動させてしまう。舞い散る砂埃とシュンカの巨体で、炎も消えてしまう。
投げられたシュンカは、トラバサミの刃と土魔法により、見るも無惨な死体となっている。
「(威力が全然足りない……!)」
地面に残った跡を見て、アンジェは冷や汗を浮かべる。
馬すら踏み潰せるシュンカの巨体を、首で軽々持ち上げる怪力。そして何より、同じ個体の仲間を犠牲にする冷酷さ。
親玉とそれ以外では、命の格が違う。
親玉は死体となった部下を踏みつけ、進軍しようとしている。……序列も実力も明確だ。
「グル……!」
親玉は洞窟から外に飛び出そうとしている。
明らかに行動が変わった。攻撃されたらその場から離れるように、魔王に命令されているのだろう。
そんなことをされては、作戦をより成功率が低い方に変更しなければならなくなる。
「来るなっ!」
アンジェは続け様に魔法を放つ。
奴が狭い洞窟にいる限り、撃てば撃つだけ当たるのだ。この有利は覆させない。
魔力さえ注げば、罠を再起動できる。それまで足止めをしなくては。
「『土の腕:インドラ・モウ』!」
アンジェは洞窟の入り口を土の網で封鎖し、足止めをする。
即席の土塊だが、硬度はそれなりにある。簡単に突破されてしまうだろうが、ある程度減速させることはできるはずだ。
親玉は蜘蛛の巣を払うようにあっさりと網を破壊してしまう。
だが、それでも足を止め、攻撃動作をした。詠唱の時間より長い。黒字だ。
アンジェは意を決して、状況を打開するべく命を張る。
「『風の脚:異説:ヨミビトシラズ』!」
両脚に風の魔法を纏い、アンジェは親玉の頭上に突撃する。
ニコルに接近する時に使った、捨て身の魔法。直線を突っ切るだけなら、その速度はシュンカをも凌駕している。反応できないはずだ。
土塗れになった親玉の頭を飛び越え、アンジェは天井に激突し、跳ね返りながら洞窟の内部に突入する。
「ぐふっ……」
着地に失敗して足首を捻ってしまったが、どのみちアンジェの機動力では、並のシュンカ1体にも死にかけるのだ。痛みを除けば、大差はない。
親玉は逃げるのをやめ、ゆっくりと顔を向けて、アンジェを睨みつける。
どうやら、迷っているようだ。手負いの敵を仕留めて拠点を奪い返すべきか、それともこの場を放棄して逃げるべきか。
魔王から下された命令には無い状況というわけだ。ここからは奴自身の裁量で動くことになる。
アンジェは腫れた足を庇いながら、不敵に笑う。
脱兎のように逃げられた場合、面倒なことになっていた。
野生動物を追い払い、周囲一帯を罠で囲ってあるとはいえ、アンジェではシュンカに追いつけない。長い追いかけっこをする羽目になっただろう。
だが、そうはならなかった。親玉はこの拠点に未練がある。
「(あった。これを放棄したくないんだな)」
アンジェはあるものを目ざとく発見し、手に持ってわざとらしく挑発する。
「おやおやー? こんなところにネズミとコウモリがあるぞー? 餌かな? それとも……きみの繁殖用かなー?」
洞窟内に生息していた、不浄の動物たち。これらを素材にして、シュンカを次から次へと補充していたのだ。
体が小さく、シュンカからややかけ離れた存在であるため、どうしても本来のシュンカより弱体化してしまうが……数だけは確保できる。
倒しても倒しても湧いて出てくるのは、これが理由か。
親玉は自らの財産に手をつけられ、刃の毛を震わせて怒髪天になっている。
言語を話せるわけではないが、魔王から与えられた命令をある程度理解して実行することはできるのだ。アンジェがからかっていることも、察してしまう。
これは確実に効いている。良い傾向だ。アンジェはそう判断し、くすくすと笑いながら馬鹿にする。
「ねえどんな気分? おうちに入られていたずらされるのってどんな気分!? 怒った? 引きこもりのくせに怒った? 子供相手に本気で怒っちゃった?」
シュンカの親玉は全身に力を入れ、筋肉によって肥大化しながら、ゆっくりと近づいてくる。
激怒を通り越してかえって冷静になってしまっている。もう一度怒りのツボを突くべきだろう。
アンジェはそろそろ罵倒する内容に困りながらも、どうにか知識の海をかき回して声を張り上げる。
「くっさ! ここコウモリの糞だらけじゃん! こんなとこに住んでたんだこの汚物やろう! ざこ! まけいぬ! ちりちりあたま! えーっと……」
そしてアンジェは、咄嗟に思いついた、しかし決定的で致命的な言葉を言い放つ。
「野良犬!」
シュンカの親玉の血管がぶちぶちと切れる。
魔王のしもべであり、英雄譚にも最後の敵として登場する魔物、シュンカ。その中でも屈指の実力を持つはずの彼。
それがこんな田舎にいる理由は……もはや明確であった。
「!!!!!」
シュンカの親玉は地獄の底から手を伸ばすような、恐ろしく、凄まじい、形容しがたい声で吠える。
それは魂の叫びであり、誇りを傷つけられた者の必死の抵抗であった。
洞窟の内部を駆け巡る爆音により、アンジェは鼓膜を破られながら、ニヤリとほくそ笑む。
そう、これでいい。奥まで来い。大いなる自然に翻弄されることしかできない獣に、人間の強さを見せてやろう。
アンジェは狩猟罠に付与された土魔法に、再度魔力を注ぎ込む。
詠唱はこれを作った時点で済んでいる。魔力さえあれば、指先ひとつ動かすことなく再起動させられる。
付与されているのは、地面を操る魔法。元の罠は、地面を少し溶かす程度の威力しかないが……魔力の量を変えれば、威力や効果範囲も変わる。
「見ろ、怪物。これが人間だ!」
アンジェは地図を作る過程で、知識と照らし合わせて、この場所の正体に気がついている。
この洞窟は、ここで終わりではない。ここは遥か昔の人間によって土魔法で埋め立てられた、偽物の行き止まりだ。
より強い魔法で分厚い壁や床をぶち抜けば、そこには空洞が広がっている。
ドウの材料となった魔石。それを採掘していた、古い鉱山の名残り。それがこの洞窟だ。
遥か昔に廃墟となったが、その規模はかなりのものだ。落ちればまず即死するほどの深い穴が至る所にあり、内部は有毒の瘴気で満ちている。
シュンカの親玉は大規模な崩落に巻き込まれ、底の見えない穴に落ちていく。
本来は掘り出した魔石を運ぶための坑道だったが、今となってはあの世行きの近道でしかない。
「ガルルルルルアアアァァァァ!!!」
だが親玉は粘る。壁に爪を食い込ませ、減速し、地上に戻ろうとしている。
シュンカは壁を登ることができる。それはアンジェも旅の最中に見て、知っていたはずだった。崖にある爪痕を見て、知識として得ていたはずだった。
だがそれは情報として知っているだけで、実際の光景は力強く、威圧的で、底知れない生命力に満ちていた。
そう、奴はまだ、死を受け入れていない。
「……くそっ!」
アンジェは両腕を岩の隙間に突き刺して強引に落下を防ぐ。
腕の骨が大きな音を立てて折れる。ヨミビトシラズで突撃した際に、既に痛めていたのだろう。
だがアンジェは戦いの高揚感と死の恐怖で、まともな精神状態ではない。それがかえって、痛みを堪えて戦闘を続行するだけの精神力をもたらした。
アンジェは闇の中から迫る赤毛に向けて、半狂乱になりながら追い討ちをかける。
「『土の口:カラビンカ』!!」
アンジェの口元から無数の針が出現し、シュンカの親玉に突き刺さる。
それはまるで、闇の中に降る殺意の雨。相手が並の人間なら、百でも千でも殺し尽くせる大魔法。
針の嵐の中、一歩、また一歩、シュンカは近づく。
シュンカの刃で針を弾き、猛然と進み続ける。
10、20、30、40……瞬く間に、シュンカは針で覆われていく。
突き刺さる数が増えるにつれ、親玉の動きは鈍くなっていく。嵐の勢いに抵抗しきれなくなる。
そして、ついには、押され始める。嵐に飲まれ、光届かぬ地の底へと落ち始める。
壁に張り付きながらずり落ちる親玉に、アンジェはトドメとばかりに声を張り上げる。
「落ちろおおおおおお!!」
「グルルルルルォォォ!!」
雄叫びを上げながら、シュンカは落下する。
全身に針を浴び続け、もう満身創痍だというのに、断末魔は生にしがみつく野生の矜持で満ちている。
しかし、いかに生への渇望があろうと、もはやこの状況を覆すことはできない。ただ落ち、ただ死ぬ。奴の末路は、それだけだ。
決着だ。
英雄のように劇的で美しい勝利ではないが、これでいい。
アンジェは気を失いかけながらも、土の魔法で壁を盛り上げて、背中で着地する。
「危なかった……」
魔力がもうほとんど無い。悪魔になって以降、初めての経験だ。魔力でできたこの体が治るのも、少し時間がかかるだろう。
アンジェは耳が聞こえなくなっているというのに、心臓の音をうるさく感じる。
地上から隔絶された空間。何処までも続く暗黒と、その先にある死。それを真下に見据えながらの攻防は流石に堪えた。
シュンカの死体を確認しに行くことはできないが、どうせ生きてはいまい。
この穴の深さは、推定で大球700から900。おまけに底は悪魔も死に至る鉱毒まみれだ。土魔法でこの穴を塞いでおけば十分だろう。
アンジェは壁に突き刺してへし折れた腕と、大声によって破られた鼓膜が治るのを待ってから、ほっと一息つく。
「誤算だった。まさか中がこんなになってるなんて」
そう、アンジェはひとつ、計算違いをしていた。
シュンカを完全に飲み込むほど巨大な穴があるとは思っていなかったのだ。
所詮は人間のための施設。大型の動物が内部に入れるような坑道は掘っていないはずだった。
魔法の威力が高すぎて、空気や水を出し入れする穴と繋がってしまったのだろうか。
いや……そもそも入り口からして妙に広かった。村の家屋ほどの巨体を誇るシュンカが身動きできる程度には。
知識を覗いてもこの謎は解明できない。不可解だ。
だが、その誤算は良い方に作用してくれた。幸運がアンジェを勝たせてくれた。
アンジェは地上から漏れる光を見て、そして下に広がる闇を見て、呟く。
「オレは、生きてる……ちゃんと生きてる……」
生き残った。故にアンジェこそが勝者だ。
いや……ニコルの献身がなければ、アンジェは敵将を打ち倒すことができなかったはずだ。これはアンジェとニコル、2人の勝利といえよう。
「ニコル……勝ったよ……。これでもう、村は安全だ」
そしてアンジェは、のそのそと地上に這い上がった。
〜〜〜〜〜
アンジェはドウのところに寄り、知識を手繰り寄せて応急処置をした後、疲労困憊した体を引きずってニコルを探す。
「……いた」
すぐに木陰で身を休めているニコルを見つけ、駆け寄る。
シュンカに襲われていた場所から、そう離れてはいなかった。治療を優先するため、安静にしていたのだろう。
翼を先に治したためか、細かい傷がまだ完治していない。毛で裂かれた生傷が痛々しい。
そして、それ以上に疲労の色が濃い。泥人形のように顔色が悪く、ぐったりとしている。
ニコルはアンジェの姿を見て、パッと笑顔になり、直後に気まずそうに目を逸らす。
作戦が上手くいかなかったことを、悔やんでいるのだろう。脅威が片付いたことを伝えて、安心させてあげよう。
「終わったよ。推測通り、あそこは危険地帯だった」
「そっか。もう、襲ってこないんだ」
アンジェはニコルの隣に座る。
ここ数日、寝ずに山を歩き、頭を使い続けたため、もう限界だ。当分はゆっくり休みたい。
そして、心の底から落ち着くためには……やはり、隣にニコルがいなければならない。
ひとりで戦うのは心細い。ニコルだけを戦わせるのも心苦しい。それを再確認できた。
アンジェは訪れた睡魔に身を委ねながら、隣でじっとこちらを見ている相棒に話しかける。
「ニコル。戦ってくれてありがとう。苦労をかけてごめんなさい」
「こっちこそ……ごめんね。ギスギスしちゃって」
ニコルはマーズ村を出てからの己の態度や発言を、まだ引きずっているらしい。
アンジェとしては、嫌われていないならそれでいい。ニコルの意識が少しでも自分に向いていてくれるなら、それで幸せだ。
「ニコルはオレのこと、ちゃんと考えてくれてるからね。喧嘩だってするし、すれ違うことだってあるよ」
「私、アンジェをすごく傷つけちゃったけど……」
「相手のことが大事だから……相手にやってほしいこと、一緒にやってみたいことを、無限に考え続けているから……こういうことも、一度はあるよ。オレがなりたい関係とニコルがなりたい関係が違うことだって、おかしなことじゃない」
意見を伝え合えば、衝突することもあり得る。それがお互いのためを想っての言葉であっても。
2人はそれぞれ、違う意思を持った、1人と1人なのだから。
折り合いをつけなければならない。擦り合わせて、噛み合わせなければならない。絆が途絶えることが、何より避けるべきことだから。
「この先どうなるかはわからないけど、とりあえず今は……一緒にいてほしい」
「うん。少なくとも、アンジェが大人になるまでは見守るよ」
「その先は?」
「……どんな暮らしをしているか次第かな」
本当はこれから先もずっと一緒にいてほしい。お互いの人生に深く関わり続けていたい。
だが、今はこれでいい。もう一度惚れ直させて、アンジェという人間の伴侶になれるのはニコルしかいないのだと、理解させるまでだ。
「(今は無理でも、オレは必ず、ニコルと恋人になってみせる)」
アンジェは押し寄せてくる眠気に抵抗しつつ、そう決意する。
「仲直り、してくれる?」
ニコルは少し迷う素振りを見せながら、指先を触れ合わせてくる。手を握ってほしいのだろう。
……ニコルがこういう行動をするから、諦めるという選択肢が浮かばないのだ。まったくもって、罪な少女である。突き放したいのかそうでないのか、はっきりしてほしいものだ。
アンジェは花が咲いたように微笑み、すぐさま手を取る。
「何があっても、オレとニコルは永遠だ」
「そうだね。離れ離れは、よくなかったね」
ここ最近の2人の間にあった、ドロドロとした空気が綺麗さっぱり消えている。死線をくぐり抜けて、互いの大切さを再認識したのだ。
そうだ。姿かたちが変わっても、相手に不満を抱いても、本心を隠しながら接していても……結局2人が離れることはないのだ。
少なくとも、アンジェにとっては……生まれた時からの相棒なのだから。
アンジェは目を閉じ、ニコルに寄りかかり、彼女の腕にこつんと頭を当てて、呟く。
「喧嘩しても、何をされても、ずっとずっと、ニコルのそばにいるからね……」
「……本当にいいのかな、そんな感じで」
「いいんだよ。幼馴染だから」
アンジェは小さくあくびをして、急速に眠りの中へと落ちていった。
久方ぶりの、充実した睡眠だった。
〜〜〜〜〜
《ニコルの世界》
アンジェが眠った。ということは、本当にもう敵はいないんだろう。
一応触手は出したままにしておくけど、もう気を張る必要はない。一件落着だ。
「ちょっとだけ、仇討ちできたかな」
アース村を襲った連中の、ほんの一部。それを欠けさせて、一矢報いることができた。復讐を胸に生きているわけじゃないけど、あいつらにやり返したと思うとスカッとする。
それに、これでマーズ村にも平和が戻るだろう。すぐにでも教えてあげたいけど、今はちょっとだけ、休ませてほしい。
アンジェを起こしたくないし。
「……アンジェは優しいなあ」
私はきっと、配慮されたんだと思う。
私の心の尖った部分を、アンジェは自分の心を凹ませることで受け止めたんだと思う。
自分の理想を折って、私に合わせてくれた。そんな気がする。
アンジェはきっと、私のことが好きなままなのに。
私がどれほど尖っているか、アンジェはまだ知らない。そのままぶつけたら、アンジェの心が穴だらけになってしまう。
今だって、アンジェの服を剥いてその中にある全てを奪い去ってしまいたいと思っている。彼女が添い寝を始めた時点で、私の中のケダモノはこれまでにないほど高鳴っている。
「(私に体を預けてくれてる。これってつまり、そういうことだよね。手を出したい。何もかもを私のものにしたい。取り返しがつかないくらいひどいことをしたい。アンジェの言う通り、永遠にしたい。私たちの関係をホンモノの永遠にしたい)」
私は自分でもびっくりするほど大きな呼吸と共に、不相応に膨らんだ胸を上下させている。
体は心の鏡だ。私の背の低さは、私の未熟さ。私の細さは、私の無力さ。私の胸の膨らみは、私の欲深さをよく表している。
不自然で、歪んだ体型。ひねくれた私にはぴったりだ。
「(近づきたい。もっともっと近くに。隣じゃない。体の中に……アンジェを……)」
私はアンジェの蜜のような香りを吸いながら、欲望を次から次へと湧き上がらせている。
「(アンジェ。まだ幼いアンジェ。今すぐ食べてしまいたい。剥いで撫でて愛でて舐めて入れて感じて達して壊してしまいたい。止まらない止まらない止まらない愛が溢れ出て止まらない!)」
私は触手で下着を脱いで放り出し、欲望のままに爛々と目を輝かせて……
……そこで、止まる。
許されない。たとえアンジェでも、折り合いなんかつけられるわけがない。世間や常識が、これを認めてくれないんだから。アンジェの中の知識も、きっと反対だと言っているだろうから。
何より、結ばれてしまった瞬間……私は私を、許せなくなる。
この想いは私の内側に留めておかないと。
「我慢できなくなる前に、発散しないとね」
すぐそばにいるアンジェの気配を楽しみながら、私は自分の体にだけ、その情動をぶつけた。
今までで一番、よく燃えた。
自己嫌悪と快楽で、どうにかなってしまいそうだ。
私は私が、大嫌いだ。
アンジェ。あなたがどうしても、私のそばを離れないと言うのなら。
いつの日か私を、殺してほしい。