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惜別『さようなら、幼き全能感』

 《エイドリアンの世界》


 真夜中です。街はおうちがぴかぴかで綺麗です。明かりをつけて、夜ふかししてる人たちがたくさんいます。

 でも森の中は暗くて静かです。鳥さんもわんわんさんも、ぐっすり寝ています。


 ドリーはこれから、真っ暗な森の中で、ドイルさんとお話をします。


「来たか。相変わらず妙な魔力だ」


 ドイルさんはドリーを見つけました。

 優しいのに、怖い目。でもドリーは頑張ってお話しします。


「ドリーだよ。ドリーは、わるいあくまじゃないよ」


 悪魔は悪い人ばっかりじゃないです。ちょっと変だけど、面白い人たちがいっぱいいます。ドイルさんにもわかってほしいです。


「ドリー、がんばってるよ。……ころさないで」


 ドイルさんはきっと、悪い子のドリーを叱りにきたんです。だって、前より怖い顔をしています。

 だけどドリーは、泣きません。泣いたらドイルさんにまた怒られちゃうから。


 ドイルさんは周りを見て、ため息します。


「お前が外道に堕ちていれば、殺すつもりだった。あの子たちが何と言おうと……この手で摘み取る覚悟があった」

「しにたくないよ」


 ドリーはぷるぷるしてるおててをぎゅっとして、ドイルさんと口喧嘩します。


「ドリーは、しにたくないよ。みんなが、いるから」

「みんなとは、誰だ」

「みんなはみんなだよ。……えっと、アンジェちゃんと、おねえちゃんと、ニコルさんと、ニーナさまと、リンさんと……それから……いっぱいいます」


 たくさんいすぎて、こんがらがっちゃいます。


「ドリーは、ドリーにやさしくしてくれるみんなが、だいすきだよ。だからドリーは……やさしいのをだめにしたくないから……しにたくないよ」


 ドリーが素直にしゃべると、ドイルさんはちょっとだけ驚いたみたいな顔になります。

 変な顔です。ほんのちょっぴりだけ、優しいのを感じます。


「街でお前の目撃情報を探っていた。ナターリアと共に外出して楽器を演奏する姿。街の子供たちと戯れる姿。悪魔だろうと、本当に、お前は……」


 よくわかんないけど、ドリーのこと、知りたいのかな。

 ドリーのことが嫌いでも、おねえちゃんならお話ししてくれるよね。アンジェちゃんとも仲良しだし、みんなに教えてもらえばいいのに。


 ドイルさんはドリーに近づいてきます。

 はっぱを踏んづけて、のっしのっし音がして、とても怖いです。ドリーは逃げたいです。

 でも、逃げません。だってドイルさんは、アンジェちゃんとおねえちゃんのお友達だから。絶対にいい人だって、信じてるから。


 ドイルさんはドリーのおでこをなでなでします。


「人も悪魔も、そう変わらないな。アンジェも、お前も、群青卿も……人の中で生きられる。多少のいざこざはあるだろうが……手を取り合える」

「ドリーはあくまだよ……?」

「存在を保証し合えるなら、それは結局、大した違いではないのだ」


 難しくて、よくわかりません。アンジェちゃんがいたらなあ……。


 ドイルさんはドリーをぎゅっとして、悲しそうな感じで笑っています。


「俺は……悪魔嫌いを表面に出しつつ、底では人間のことも信じていなかったのかもしれない。八つ当たりだったのだ。上手くいかない人生の……」


 よくわかんないけど、ドイルさんがつらそう。よしよししてあげたほうがいいのかな。嫌かもしれないけど……。


 ドリーはドイルさんをなでなでします。ドイルさんは大きくて、ドリーのおててじゃ小さいです。

 でもドイルさんは、嬉しそうにしてくれました。とっても……とってもよかったです。


 〜〜〜〜〜


 《アンジェの世界》


 オレたちは今、ドイルの見送りに来ている。

 いよいよ今日でお別れだ。


 今後のドイルはサターンを経由して王都へ赴き、ピクト領に連なる者と結託して資格を得て、隣国へ魔王の詳細を伝えに行くことになる。

 何度も往復することになるため、また会う機会はあるはずだが、それでも寂しいものは寂しい。3人で旅をすることはできなくなってしまうのだ。


 彼は来た時のようなボロボロの姿ではなく、ピクト領からの使者としての出立ちで街の門の外に立っている。

 単なる旅姿では格好がつかない。ピクト領を背負う者として恥ずかしくない衣装と馬車で、王族を射止めなければならない。


「カッコいい……!」


 卸したての服をパリッと着込んだドイルは、なかなかに決まっている。まるで貴族のようだ。いや、貴族も顔負けだ。


 オレが感動に震えていると、右からニコルが、左からビビアンが、肘でどついてくる。


「ドイルさんはダメ。なんか嫌だ」

「惚れたら死刑」


 惚れてないってば。ビビアンならわかるだろ。

 オレは抗議の目でビビアンの方を睨む。


「憧れるくらい許してよ……」

「やだ。アンジェの心は、ぼくたちに向けられていてほしい」

「そうそう。アンジェが憧れるべきは、あの人じゃないよ。アンジェはああなっちゃダメだよ」

「……どういうことぉ?」


 オレはニコルにしては棘のある発言に唖然として、硬直する。


「ドイルさんのこと、尊敬してるんだよね?」

「ちょっと、言葉が悪かったかも。ドイルさんが悪いわけじゃなくて……」


 ニコルはオレの肩を軽く叩き、耳元で告げる。


「今夜、ビビアンと3人で娯楽室に集合ね」

「う、うん」

「わかったよぉ」


 オレとビビアンはお互いに胸の中の困惑を分かち合いながら、ニコルの背を見送る。

 ドイルとの再会で、ニコルの中で何らかの変化があった、ということだろうか。


 ドイルと話し始めるニコルを遠目に、オレたちがただぼんやりと立ちすくんでいると、後ろにいた少女が背後から肩に手を回してくる。


「ええい、いちゃいちゃしやがって! 最近あたいに対して冷たくないですか!?」


 緑色の病人、ナターリアだ。もうそろそろ病人じゃなくなるけど。

 彼女はオレたちの頭を掴んで、わしゃわしゃと揉み始める。


「あたいは今、怒ってます。みんなだけドイルさんと積もる話しちゃってさあ! あたいが寝てる間に!」


 そう言って、ナターリアもドイルたちとの世間話に加わっていった。


 〜〜〜〜〜


 《ナターリアの世界》


 あたいがいない間に、ドイルさんがこの街に来ていた。そして、何も言わずに去ろうとしていた。

 アンジェちゃんたちが教えてくれなければ、きっとドイルさんが帰ってから気づくことになっていたでしょう。そして涙で枕を濡らすことになったはずです。


 私にとって、ドイルさんは大恩人なのに。また会う機会があれば、必ずお礼をしようと決めていたのに。

 なんで数日で旅立ってしまうんですか。なんで会いに来てくれないんですか。


「あたいに黙って出立しようとしたんすか?」


 あたいは馬車の近くで御者の人と話しているドイルさんに、横から割り込む。


「今のあたいなら、少しはお金持ってます。あの時もらった魔道具や薬の分くらい……」

「気にするな。俺はそう大層な人間ではない」


 ドイルさんは難しいことを考えているような顔で、あたいを優しく諭そうとしています。


「もう少し気楽な付き合いでいてくれると助かる」

「親しいからこそ、大切にしたいんですよ。返せていない恩を、いつか返したいんです」


 あたいが出鼻をくじかれてしょげていると、ニコルさんが助け舟を出してくれる。


「ナターリアは誰かから恩を受けた時、それを返すことを考えてしまう人なんです。真面目ですから」

「そうですよ。あたいは真面目なんです」

「ドイルさんに何度も命を救われて……私に街から連れ出されて……ビビアンに治療を援助されて……。多くの人たちに返しきれない恩を抱えているというのに、まだ返そうという意志を失っていないんです。健気でしょう?」

「そうですよ。あたいは健気……ん?」


 これ、本当に助け舟なのかな。疑問です。


 ニコルさんは大人っぽく上品に笑って、あたいを抱きしめる。

 大きな胸と、細いのに力強い腕の感触。他の人には真似できない、奇妙な抱擁。


「ナターリア。返してほしくて恩を与えているわけじゃないの。ナターリアが生きているだけで、幸せなんだから」


 返す言葉に迷うあたいの前で、ドイルさんが微妙な表情になっている。


「金についても、恩についても、気にするな。離れ離れになる俺たちの、僅かな繋がりとして取っておけ」

「……そうですか」


 なるほど。ドイルさんは言葉を濁しながら語ってくれているけれど、流石にあたいでもわかりますよ。

 ドイルさんは、あたいと友達になりたかったんだ。

 でも出会い方があんな感じで、あたいも恩人として大袈裟に接していたから、切り出せなかったんだ。


「(不器用な人ですねえ……)」


 確かに、友達なら貸しを作る目的で人と接したりはしませんね。借りたものを返さないとか、そういうのは駄目ですけど……それでも、許すときは許しちゃいますし……。

 ドイルさんへの恩も、無理に返そうとしなくていいんですね。


 あたいはニコルさんの腕の中で、ドイルさんに笑顔を向けます。


「ドイルさん。ありがとうございます」

「それでいい。……病室に行けなかったのは、悪かった」


 ドイルさんはどことなく哀愁が漂う背中を向けたまま、最後の別れをしようとしています。


 あたいが呆然としていると、アンジェちゃんとビビアンちゃんが駆け寄ってきます。


「そうですよ。オレからも最後に……いや、最後じゃないけど、挨拶をさせてください!」


 アンジェちゃん、ビビアンちゃん、そして……ドイルさんから隠れていたドリーちゃんまでもが、前に出てドイルさんに別れを告げます。


「旅の指南。剣の指南。色々、その、本当に……今までお世話になりました!」

「商会の名を他所で広めてくれたまえ。ぼくの場合、これからお世話になるのかもねぇ……ひひ」

「……ドリーは、げんきでやってるよ。みんなのためにがんばるよ。だから……しんぱいしないで」


 ドイルさんは小さく「ありがとう」と言い、漏れ出したような笑顔を向けて、馬車に乗り込む。

 これほどまでに嬉しいのは、生まれて初めて。そんな感じの、どこか幼ささえ垣間見える顔です。照れ臭いのかもしれません。


 馬車が動き出します。危険ですので、あたいたちは一歩下がって退避します。

 もう行ってしまうようですね。もう一言、挨拶があってもよさそうなものでしたけど……まあ、ドイルさんですから。口数が少ないのは元からです。


「モズメさん、嫉妬してた……。もしかして……」


 ニコルさんはそれだけ口にして、また押し黙ってしまいます。彼女の視力でしか見えないものを見てしまったのでしょう。


 なるほど。あの2人はそういう……。ドイルさんは特に意識してなさそうですけど……。

 幸の多い旅になると良いですね。


 〜〜〜〜〜


 《アンジェの世界》


 ドイルが去っていった、その日の夜。

 オレは消化不良な気分を抱えたまま、娯楽室の椅子に腰かけて、ドイルの姿を脳裏に浮かべている。


 彼はおそらく、大きな秘密をいくつも抱え込んでいた。過去。実力。想い。オレたちには何一つ明かさないまま、彼は……去ってしまった。

 そしておそらく、今後も明かされることはないのだろう。何度会っても、決して教えてはくれまい。


 彼が語らなければ、物語にならないではないか。彼ほどの偉人の人生が後世に残らないのは悲しい。なんならオレの手で書き残してもよかったくらいなのに。


 オレが天井を見上げていると、見慣れた顔がオレの前に現れる。


「ビビアン」

「……うん」


 ビビアンは椅子の背もたれの上からオレを覗き込んでいる。頑張ってよじ登ったのだろう。

 オレは椅子から立ち上がって、ビビアンがいる方を振り返る。


「どうしたの、ビビアン」

「呼びにきた。ニコルが別室で待ってる」


 そう言って、ビビアンは部屋の扉を開け、外に出ていく。

 …… なんだかいつものビビアンらしくない態度だ。この調子で話し合いができるのか、心配だ。


「何か嫌なことでもあった?」


 ビビアンは足を止めて、振り向かずに答える。


「……アンジェは、英雄になりたい?」

「うん。ドイルさんみたいになりたい」

「……そう」


 一体何がどうなっているのか。


「(ビビアンの態度がおかしい。襲撃されて人質でも取られてるのか? それともエイドリアンがまた暴走したのか?)」


 オレはため息をつきつつ、念の為に扉の向こうをそっと覗く。

 ……リンさんの尻尾が僅かに見える。オレの視線に気づいたのか、ぎょっとした様子で視界の外に消えていく。


「(あの人がいるってことは、ニーナ様絡み? もう訳がわからない)」


 リンさんは優秀だし、使用人たちの恋仲も取り持ってるらしい。そのうえニーナ様の側近だから、屋敷内で悪巧みをするなら、あの人の力は必須となる。


 もしかすると、彼女の主人であるニーナも一枚噛んでいるのかもしれない。だとしたら厄介だなあ。


 ……もはやこの屋敷で何かが起きているのは確実と言える。でも、どうやって解決したらいいんだろう。誰が首謀者かもわからないし。ビビアンに聞けばわかるだろうか。


「ねえ、ビビアン。何か企んでない?」

「うん。ごめん、アンジェ!」


 そっと扉を閉じようとすると、突然ビビアンが身構える。


「ぼくと戦ってくれ」

「えっ」

「覚悟!」


 振り抜かれる拳。金属製の義手が音を立てて、オレの頬を掠めていく。


「あわっ!?」


 オレは体勢を立て直そうとするものの、続くビビアンの追撃にまったく対処できず、転倒する。


 分厚い扉に後頭部をぶつけ、視界がぐらりと激しく揺れる。

 更に床に背中を叩きつけられ、衝撃が駆け抜ける。


「ガハッ!」


 最後にビビアンの義手で腹部を圧迫され、中身が潰れる。


「ぐ、ぶ……」


 オレは全身に麻痺が広がっていくのを感じながら、ビビアンを見上げる。

 まさか、本当にこんなことをするなんて。操られているのだろうか。それとも、本気で……。


「(いや、それはない。ビビアンは理由もなくオレに暴力を振るったりしない)」


 彼女はオレを小脇に抱え、リンさんと共に縛り上げようとしている。よく見ると、ナターリアも出張ってきている。


「ナ、ター……。なんで……」

「いいから話は後っすよ! 今は()()()()されてください!」


 ほのかにお風呂上がりの匂いがするナターリアは、手慣れた様子でオレに縄をかけ、がっちりと固定してしまう。

 間違いなく共謀している。ビビアン、ニーナ、ナターリアが。どうしてこんなことを。これから話し合いがあるというのに。


 ……いや、まさか。ニコルの差し金か?

 話し合いの場に拉致してこいと命令したのか?

 オレが拒否するわけないのに。


「にこ、う……」


 オレは抵抗できず、皆の手で運ばれていく。

 体に力が入らない。気絶しかけて頭がぼんやりしている。縄が頑丈すぎて解ける気配がない。詰みだ。


 この先にニコルがいるはずだ。話を聞かなくてはなるまい。


 〜〜〜〜〜


 《アンジェの世界》


 担ぎ込まれた先は、ニーナの寝室。

 つまり、この屋敷で最も柔らかい場所。


 オレは信じられないほどふかふかの寝床に放り投げられ、知り合いに取り囲まれる。

 オレを運んできたビビアンとナターリアに加え、ニーナ様とニコルもいる。リンさんは部屋から出て行くところだ。仕事を終えてさっぱりした様子に見える。


 ……ニコルの触手により、オレの拘束が解かれる。

 というか、元からニコルの蔦じゃんこれ。頑丈な縄だと思ったら、そういうことか。気づけなかった。情けない。


 オレはしばらくの間、ぴくぴくと痙攣したまま皆の様子を確認する。

 ニコルは無表情だ。ビビアンは謝っている。ナターリアは愕然としている。ニーナは不憫な人を見るような目でこちらを見ている。


 オレは自由になった手足を見て、赤くなった部分を擦る。


「どうしてこんなことを」

「私、ドイルさんとの決闘で、気がついたことがあるの」


 ニコルは内出血を起こしたオレの手足を愛おしそうに見つめている。

 何に気がついたというのか。まさか、ついに失望してしまったのか。オレはざわめく胸の内に息苦しさを覚えつつ、耳を傾ける。


「アンジェは弱い。弱いのに、前に出たがる。だから死ぬ。私、ようやく気づいたの。アンジェを戦わせちゃダメだって」


 そう言って、ニコルはオレの赤い肌に唇をつける。


 ニコルがそうしたいなら、別に構わない。でもオレにだって意思がある。声に出して、オレの利点を伝えなければ。


「オレは死んでも蘇る。だから、何度でも捨て駒になれる」

「それをやめてほしいの」

「うーむ……」


 オレが傷つくのが嫌だということだろうか。そんなことでオレの強みを消してしまうのは、もったいないような気がする。


「約束してほしい」


 ニコルはいつになく厳しい目で、オレの瞳の奥を覗き込む。

 友情と愛情を煮込んでできた、どろどろに濃い執着心。それが底なし沼のようにオレを捉えて離さない。


「あの日以来、アンジェが傷つくたびに、二度と戻ってこない可能性が頭をよぎるの。不安で不安で仕方なくなるの。だから……二度と死なないって、誓って」

「それは難しいよ」


 オレは過去の戦いを振り返りながら、答える。


「村を出て、シュンカに殺されて、マンモンに殺されて、サターンの街でも……。死なずに勝てた戦いの方が少ないもん」

「じゃあ、二度と戦わないで。私に任せて、奥に引っ込んでいて」

「それは……」


 ニコルの発言は、オレが英雄になる可能性を途絶えさせるものだ。


 それは。

 それは、どうなんだろう。


 オレは先ほどの事件の混乱のためか、それとも夢を否定されたためか、思考を働かせることもなく反射的に口を開く。


「やだ。オレはニコルのために英雄になりたい。ニコルが白き剣士だから、オレはその隣に相応しい人になりたい」

「アンジェは弱すぎるよ。ドイルさんの剣圧だけで死んじゃうなんて、いくらなんでも弱すぎる」

「あれはドイルさんが強すぎるせいだから」


 ドイルはまだ知識の海に載っていないが、そのうち掲載されるだろう。

 生きながらにして知識の海に載るような奴は、大抵貴族や大商人などの幅広い影響力を持つ人物だ。ドイルは部下がいないし、活動範囲も狭い。生涯をかけて功績を積み続けなければ、歴史に刻まれることはないだろう。

 裏を返せば、このまま活躍し続ければ悪魔祓いとしては異例の大英雄となるだろう人物ということだ。それに吹き飛ばされるのは仕方がないと言える。


 オレはそんな言い訳をするものの、ニコルの論点はそこにはなかったようだ。反論は切って落とされる。


「悪魔と接近戦がしたいなら、あれを防げるくらいの強さがないと話にならないの。アンジェは基準を満たしてないの」

「うっ」

「だいたいに、あれを防げたビビアンでさえ強い悪魔が相手ではもう力不足なの。アンジェじゃ尚更無理なんだよ」

「うぐっ……」

「そのビビアンに負けて連れ去られるようじゃ、もっと強い悪魔に殺されちゃうよ……」


 確かにその通りだ。


 魔王軍幹部との戦いで、オレはいつも足手まといだった。エコーとの戦いに参加できず、弱り切ったガシャンドクロさえ殺しきれず、フニフニには捕まった。


 オレが泣きそうになっていると、ビビアンが見かねた様子でニコルの肩を掴み、会話に加わる。


「でも、ガシャンドクロに対する魔法の援護は最高だった。ニコルが言いたいのは、後ろで援護していてくれってことだ」

「そう。そうだよ。そう言いたかったの。アンジェは強いの。強いけど……万能じゃないっていうか……。ああ、もう。誤解しないで聞いて。私は……アンジェのことを考えてるの」


 どうやらニコルも平常心ではないらしい。オレが傷つくとわかっていて、それでも覚悟して意見してくれたのか。

 ニコルはいつも、オレの未来のことを考えてくれていた。だから……オレの可能性を閉ざすしかない現状を、悔しく思っているのか。


 ……心配をかけている。オレのわがままのせいで。


「(オレが本当に守るべきものは、英雄譚への憧れじゃない。今ここにいる仲間たちだ)」


 ビビアンとニコルに抱きつかれながら、オレは自分と向き合うことを決意する。

 前に出て戦う以外のやり方はいくらでもある。ガシャンドクロやフニフニの時のような無謀な突撃は、もうやめよう。


「ありがとう、ニコル。ありがとう、ビビアン。オレは自分にできることをやるよ」

「うん。そうして。守られて。私たちはアンジェが好きだから。アンジェが死んだら嫌だから」


 ニコルはオレを優しく包み込み、止められなくなった涙を落とし始める。


「ごめんなさい。こんなことして、ごめんなさい。今まで全部……。私が悪いの。私が旅をしたから。私は強くなって、命の価値を上げられたけど、アンジェはどんどん、卑屈になって……昔の私みたいに、自分をゴミみたいに扱うように……ごめんなさい……」


 錯乱しながら、ニコルは泣き続ける。

 自分が何故泣いているのか、きっとニコルはわからないのだろう。オレだって、言語化は難しい。

 だけど、その涙がオレのためだということは、はっきりと伝わってくる。それなら拒むべきではない。


「ニコル。いいんだよ。これもまた、成長だ。オレはきっと、また強くなったんだ」


 オレはニコルが崩れないよう、頼りない体でしっかりと支える。

 ニコルの背中の向こう側で、ナターリアももらい泣きをしているのが見える。ニーナは苦しそうだ。オレがボロボロだからかな。


 ……それとも、オレが弱いから?


「オレの方こそ、ごめん……。弱くて、ごめん……」


 湧き上がる無力感。才能のなさを突きつけられるのは、つらい。

 悲しい。だけど……正しい。正しいからこそ、途方もなくつらい。


 こうしてオレは……戦うことを禁じられた。


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