決闘『白き剣士と黒き討魔』
《ニコルの世界》
私とアンジェとドイルさんは、料理屋の中で会話を続ける。
ドイルさんが頼んだ料理は、塊肉の鉄板焼き。目の前で店員さんが最後の仕上げをしてくれる、数量限定の料理だ。夜の看板であり、昼には提供していない。
ちなみに、お酒も飲むつもりらしい。選んだのはこの街では有名らしい『不浄滅殺』という強い蒸留酒。かなり高価らしいけど、私は詳しくないから今ひとつピンとこない。
アンジェの料理は、鶏肉のさっぱり蒸しと、季節の野菜盛り合わせ。味気ないように見えるけど、本人が言うには健康的で美容に良いらしい。
……やっぱりアンジェって、どんどん女の子らしくなっていってるよね。最近はお化粧も覚えたし。可愛いなあ。
……私も女性として見習った方がいいのかな?
普段は女性らしさなんて意識しないんだけど、比べて浮き彫りにされると、なんか……へこむ。
私たちは自分の分を黙々と食べながら、時折和やかに会話をする。
「群青卿とかいう悪魔は……俺が会っても問題ない類なのか?」
「大丈夫ですよ。見た目はちょっとだけ悪そうですけど、とてもいい子です。頭が良くて、みんなのために身を粉にして働く人で……。何より、死んでしまったアンジェを助けてくれた人ですから」
「そうか。外の噂はあてにならないな。俺が正しい噂で塗り替えなければなるまい」
ドイルさんはお酒をぐいと飲み、話し続ける。
「モズメの提案に乗った形ではあるが、俺も以前から群青卿に会わなければならないと感じていた」
「何故ですか? やっぱり、倒すため……?」
「そうだ。エコーのように貴族を駒として暗躍しているのではないかと思ってな」
そういえば、ビビアンの活動はエコーより早く始まったけど、その情報がサターンに届くのはエコー事件の後なのか。
嫌な時期に目立ってしまったんだなあ。ビビアンは不運だ。
アンジェは小動物のように野菜をポリポリ齧りながら、隣のドイルさんを見上げる。
「会えばわかりますよ。ビビアンはオレたちなんかよりよっぽど凄い傑物ですから」
「……ニーズヘッグ帝国の貴族の血は、魔物と化しても健在ということか」
「それ、関係あるんですか?」
私が疑問をぶつけると、ドイルさんは3杯目のお酒を飲み干してから答える。
「帝国の人間は陰湿だ。表向きは取り繕いつつ、裏で破滅的な行為に及んでいる。方向性こそ違えど、誰もがそんな気質を抱えているのだ」
「は、破滅とは、穏やかじゃないですね……」
「実際に『水底の魔導師』ノーグは、悪魔に知恵を求め、婚約者の死体を無断でアウスに食わせ、怪物を産んだ。宰相は死体を取り返すべく暗殺者を雇った。彼らの周りの人物は、宰相の家が取り潰されるよう密かに根回しをして崩壊させた」
ドイルさんは……またお酒をぐびっと飲んでいる。
「帝国から来た悪魔祓いに聞いたところによると、その影響で宰相傘下の貴族たちの威光が失われ、彼らが管理する領民が一揆を起こして財宝を奪い取り、盗賊団と化して現在も潜伏しているとのことだ。上がやらかすと、下の下まで迷惑を被る。面倒なことだ」
ドイルさんはまたお酒を……。
あの、ちょっと飲み過ぎではありませんか?
本当に大丈夫なのかな、これ。止めた方がいいような気がしてきた。
「帝国は暗い。未来も、人の性根も、何もかもが真っ暗だ。その点この国はいい。貴族が内輪揉めしようとも、街はたくましく復興を続けている。これが帝国なら、復興支援の豪商を狙う夜盗が蔓延っていたところだ。ああ、ミストルティア万歳。人間よ、万歳……」
もしかすると、ドイルさんは帝国出身なのかもしれないけど……酔った勢いで口にしてしまっただけだろうから、触れないでおいてあげようかな。
彼の弱い一面を見ることができたのは、収穫だ。
私はアンジェと顔を見合わせて、困ったように笑い合う。
〜〜〜〜〜
《ビビアンの世界》
貴族の朝は、身支度から始まる。
あられもない姿を衆目に晒すわけにはいかない。乱れた髪をほぐし、寝巻きを脱ぎ、相応しい服装を見に纏う必要がある。
ぼくは堅物使用人のドーナによって着替えさせられながら、目覚まし代わりに世間話をする。
「何か事件でもあった?」
「ニコル様が決闘の許可を求めています。相手は悪魔祓いのドイルとモズメ。……よく話し合って、決めてくださいませ」
「えぇ……。あいつらも決闘野郎かよ」
ニコルに決闘を挑む迷惑な連中を、ぼくや軍人たちは「決闘野郎」と呼んで馬鹿にしている。
今やニコルはこの街の主戦力だ。決闘のせいでうっかり傷でもついたら大変だ。そのせいで軍が負けたら、野郎はどう責任を取ってくれるんだろう。命ひとつじゃ足りないぞ。
尤も、ニコルは有り余る魔力のおかげか、怪我してもすぐに治るから……戦った方が早く事が収まるのは事実なんだよね……。
それに、今のところニコルは常勝無敗だし。なんならかすり傷さえ負ったことがないし。
だからこそ、今のところ決闘野郎たちは決闘野郎で済んでいる。重い罰で投獄されずに、娑婆を出歩くことが許されているのだ。
「それにしても、モズメはともかくドイルって人は割と慎重派だと思ってたのになぁ。話を聞く限り、冷静沈着っぽいのに……」
「ええ。なんでも今回の決闘は、ニコル様からの提案だそうです」
「うわぁ身内にいたよ決闘野郎」
ぼくはどうしようもない気分になって、両手で顔を塞ぐ。
朝からなんて気分にさせてくれるんだよ、あの真っ白おっぱいがよぉ。負けたら承知しないぞ?
ぼくは化粧のために手をどかされながら、深い深いため息をつく。
「白き剣士の伝説も、負けたらただの笑い話だ。そこを理解してるのかなぁ……」
〜〜〜〜〜
《ビビアンの世界》
ぼくはノーグ商会の仕事を部下に投げて、アルミニウスを連れて修練場へと足を運ぶ。
入り口に待ち構えていたのは、いつものニコルと、いつもはいないはずのアンジェ。
「ニコル。なんで決闘なんか……」
ぼくの発言を、ニコルは手のひらで止める。口を塞いで、無理矢理封じたのだ。
「ドイルさんは私の師匠だ。彼を超えることで、ようやく白き剣士はひとり立ちできる。そう思わない?」
「別に」
ぼくが冷静に答えると、アンジェとニコルは愕然とした様子で口を開ける。
「浪漫が無いなあ、ビビアン。剣客モノを読んだ方がいいよ」
「私はアンジェほど本は読んでないけど……それでもドイルさんに心で負けたままじゃ、大したことはできない気がする」
「精神論で肉体的な被害が出たら、アホくさいだろうに」
どうやらこの辺りに関しては、ぼくの価値観は通用しないらしい。アンジェは止める側に回ってくれると思ったんだけどなぁ。
……ぼくたちが微妙な空気の中で待っていると、また修練場に人影が現れる。
奇妙な格好の女は、先日のモズメ。隣にいる黒髪の男が、ドイルか。
ドイル。『黒き討魔』や『夜空』と呼ばれる凄腕の悪魔祓い。悪魔は勿論、極めて強力な魔物である龍を屠ったことさえあるそうだ。
外見は油断のない目つきの男性といったところで、それほどの強者には見えない。アルミニウスの方が、まだ強さに説得力のある外見をしている。
だが、使い込まれた剣や装備を見るに、その経歴に偽りがないこと察せられる。擦り切れた魔道具に、土以上に血肉を踏んだ靴。並の悪魔祓いではこうはならない。
ぼくは彼の前に立ち、挨拶をする。
「はじめまして。ぼくはピクト領子爵……『群青卿』ビビアンだ。よろしく」
ドイルは獲物を品定めするような目つきで一瞬だけ眼球を動かした後、ぶっきらぼうだが敬意だけは伝わる表情で、挨拶を返す。
「悪魔祓いのドイルだ。モズメが世話になった」
なるほど。話の通じる奴だ。暴力しか知らない十把一絡げの剣士よりはマシだな。
ぼくが悪魔だということも知った上でこの反応なのだろう。アンジェの言葉通り、なかなか大した奴だ。
ぼくは挑発するために笑顔を浮かべ、睨むようにドイルを見上げる。
「今回の決闘で、ぼくの仕事に穴が空いた。現場はきっと大忙しだろう。それを補って余りあるだけの価値ある勝負を見せてくれ。期待しているよ」
「……いい上司だな。きっと部下は幸せだろう」
ふぅん。お世辞が上手いことで。無表情だからわからないけれど、どうせ心にも思っていないことなんだろう。悪魔嫌いだと聞いているし。
表面上友好的に振る舞えるだけ、馬鹿の中ではまだ理性的だけどね。
ぼくはこれ以上話すことがないので、大人しく引っ込むことにする。
今回のぼくは、観戦と修練場の管理くらいしかやることがない。ついでにここで仕事をいくつかこなしていくつもりだけど、それは決闘が終わってからの話だ。
長期的に見ればやることが山積みなのに、超短期的にはやることがない。もどかしい状態だ。
ぼくがイライラしながら部屋の隅でアンジェと同調で会話していると、最後の訪問者が現れる。
大剣士アルミニウスと、その部下たちだ。
「噂に名高い『黒き討魔』の剣を観れると聞いて、やってきたぜ。さあ、お前ら。貴重な機会だ。たっぷり目に焼き付けやがれ!」
「オウッ!!」
軍の訓練に活かすため、決闘を特別講座として利用させてもらう。良い刺激になるだろう。
無駄な決闘なんかさせないさ。価値を引き出して、搾り取って、金と力に変えてやる。
〜〜〜〜〜
《ニコルの世界》
モズメさんが持ち物を預かりつつ後方に引き、ドイルさんは軽装に木刀だけ持って出てくる。
なんだか訝しげな顔だ。気になることでもあったのかな。
「これは……異様に軽いな。魔道具か」
「相手の魔力に働きかけて瞬間的に皮膚を硬化させることで、怪我を防ぐ機能を持たせてある」
ドイルさんの鋭い疑問に対し、開発者のビビアンが暇そうな顔で答える。
「魔力量が少ない相手にはただの木刀だから、使っちゃダメ。元が多くても、魔法を使った日は厳禁。1日に何度も使えないし、まだまだ改良中だ」
「これがあればサターンの訓練場も……。なるほど。凄まじい技術力だ」
「義手の関節部分にも応用できる。ほしかったら何本かくれてやる。商会の宣伝用も兼ねて……ね」
褒められているのに、ビビアンは退屈そうだ。これくらいの賞賛は受け取り慣れているんだろう。
ついでに、ビビアンは部下から受け取った魔道具をドイルさんに当て、何かを計測し始める。
「魔力量は……1871か。人間にしては多いね。これなら木刀の効果を十分以上に発揮できる」
「魔力の数値化……。ここにはそんな魔道具まであるのか」
「最近作った」
ドイルさんは何度か素振りをして、木刀を手に馴染ませている。
手の内側で滑らせて、持ち手の確認。素早く振り下ろして、威力の確認。指でなぞって、強度の確認。
「少し振ったくらいでは割れないな」
「全力を出せそうですか?」
「3回までだな」
つまり、ドイルさんは本気の攻撃を2、3回しかできないということ。とんでもない手加減だけど、私も同じ条件だから、別にいいか。
私も同じ木刀を持って、決められた位置に立つ。
今回は魔法抜きで、剣のみ使う。体も人間だけ。龍の手足は使わない。
厳しい勝負になると思うけど……勝ってみせる。
アルミニウスさんは期待に胸を躍らせて、はじまりを告げるための銅貨を構えている。
そんなに楽しみなのかな。ドイルさんの剣が。私はよく見てきたけれど、アルミニウスさんの派手な剣の方が衝撃的だったよ……。がっかりしないといいな。
彼の様子を見て察したのか、ドイルさんも位置について、声をかける。
「いつでもいいぞ」
「では、投げます。落ちたら開始です」
アルミニウスさんは隅の椅子に座っているビビアンとアンジェを見て、頷く。
そして……銅貨は高らかに投げられる。
「(魔手と魔剣は無し。……最近は魔剣に頼り切っていたから、不安だな)」
私の不安をよそに、床に銅貨の音が響き、この場の空気がピンと張り詰める。
さあ、決闘開始だ。
〜〜〜〜〜
《ニコルの世界》
私は銅貨が落ちる音を聞き、すぐにその場から下がる。
だいたい3歩くらいの距離を、一気に。
すると案の定、私の足を刈るべくドイルさんの木刀が低い位置を薙ぐ。
ひゅう、と風を切る音。そよ風でも吹いたかのような軽い音だけど、当たれば痛いでは済まないだろう。
下がっていなかったら、あれで決着だった。
「おお……!?」
観戦中の領軍の皆さんから、どよめきが上がる。
領軍は集合して長物を振るのが得意戦術だから、あんまり早業には馴染みが無いよね。びっくりしちゃったのかも。
「(さて、次はどう来るか)」
私が下がり終えると、ドイルさんは剣を薙いだ勢いのままに突撃し、更に距離を詰めてくる。
今回の決闘では、決められた場外に出たら反則負けになってしまう。私はあと数歩下がると場外だから、押し出しを狙っているのだろう。
「(足を止めてドイルさんと殴り合うのは論外。あの人の速さについていけるわけがない。避けるか、それとも……)」
私は思考をころりと変えて、ドイルさんにぶつかりに行く。
大抵の人は、武器を持った相手に追われたら逃げようとする。だけど魔物に立ち向かう領軍の人は、決して退くことが許されない立場だ。故に、こうした恐怖に立ち向かう訓練を受けている。
あの人たちが見ているなら、こういう動きの方がいいよね。悪手かどうかは知らない。悩むくらいなら、やる。
ドイルさんの横薙ぎと私の防御。木刀がぶつかり合い、即座に離れる。
ドイルさんは戸惑ったように眉を動かしつつ、更に追撃してくる。
流れるように木刀を両手持ちに切り替えて、強力な唐竹割り。
「(これは……受けちゃダメだね)」
おそらくドイルさんは、これで勝負を決めるつもりだ。尋常ではない気迫と威力が込められている。
「ふんッ!!」
剣は振り抜かれず、ドイルさんの腰付近で止まる。
木刀がぶつかったわけでもないのに、剣の風圧で床がひび割れる。
「おお……!」
外野が叫ぶ。
私はくるりと横に回転して風圧を受け流しながら、するりと彼の横を抜けていく。
風圧で飛んでいき壁に激突したアンジェを、ビビアンが介抱しているのが見える。
大丈夫かな。心配している場合じゃないけど。
ドイルさんは鬼気迫る表情で振り向く。
額に脂汗。いや、冷や汗か……?
「(1発、使わせた)」
全力は、撃ててもあと2回まで。
ドイルさんは構えたまま歩き回り、私の隙を窺っている。
明らかに攻めあぐねている。後がないからかな。
かといって、経験で勝る上に速度が尋常じゃないドイルさん相手に、私から攻めるのもなあ……。打たせて反撃で取るのが一番いい勝ち方なんだけど……。
「(それは英雄の戦いじゃない)」
ドイルさんを超えるために決闘を挑んだ。それなのに、こんな消極的な勝ち方をしていいの?
「(勝算はある。なら、今こそ実力を見せる時!)」
負ける可能性もある。だけど、修羅場に突っ込んで得た勝利こそ、今の私が求めているものだ。
私はドイルさんを負かしたい。完璧に、言い訳のしようがないまでに、圧倒したい。
「ぜいッ!!」
私は床に足を叩きつけ、威圧する。
外野は揺れ動いたけど、ドイルさんは怯まない。当たり前か。
私は両脚に力を入れ、ゆっくり威圧的に歩み寄る。
今は私が攻めている。この場の勢いは私にある。どんな素人にでも理解できるように、威風堂々と歩く。
ドイルさんは変わらず無表情で構えている。
「でやアアアッ!!」
私は真正面から斬りかかる。
上段の構え。胴体から下はガラ空きだ。
でも、それでいい。
間合いに入る直前、ドイルさんも動く。
姿勢を低くして、居合のような構え。おそらくまた横薙ぎに振るつもりだ。
私は気にせず突撃する。
力強く足音を鳴らし、風のように駆け、獣のように吠え、進み、進み……。
ドイルさんの目の前に来ても、まだ剣を降らない。
「カッ!!」
ドイルさんは目を満月のように見開きつつ、用意していた横振りの剣を全力を放つ。
どっしり構えられた両脚と、柔軟かつ力強い腰の捻り。それらで生み出された力は、鍛え上げられた上半身の肉を通り、不足なく上腕に乗せられ、剣を導く柱となる。
肉体で拓かれた道を、剣は走る。
私はその道を、蹴りでかき消す。
「!?」
ドイルさんの手は、私の左足で止められている。
全てを乗せた太刀筋は、全体重を乗せた片足で相殺されている。
何のことはない、ただの歩武だ。踏み込みを印象づけた後に、足を浮かさずに距離を詰める。たったこれだけで、人の感覚は容易に狂う。
距離を見誤れば、勝敗は決する。当然だ。
至近距離。
木刀を振ってもろくに当たらないほど近くに、ドイルさんの頭部がある。
私は上段の構えのまま、木刀の柄を素早く振り下ろす。
「ん」
どん、と鈍い音がする。
木刀が命中した音。ドイルさんの魔力が防御のために使われた音。
私の勝ちだ。
〜〜〜〜〜〜
《ニコルの世界》
特に外野からの歓声もなく、取り組みは静かに幕引きとなった。
あまりにも静かだから、つまらなかったのかと思ったけれど、彼らは恐怖や羨望をたたえた目で私を見ていたので、きっと得るものはあったと信じたい。
ドイルさんはしばらく放心していたものの、モズメさんから装備を渡されると、我に返って私に詰め寄ってくる。
「あれは……なんだ。旅の最中は、実力を隠していたというのか?」
「あの頃より成長しただけですよ」
ドイルさんから学んでいた頃の私は、剣士になるつもりではなかった。ただアンジェから貰った剣を使いこなす手段として、剣術を学んでいた。
つまりは剣を振っているように見えて、本質は剣に振り回されていたんだ。
でも今は違う。白き剣士と呼ばれるようになってからの私は、剣術を身につけるために剣を使いこなすようになっていた。
目的と手段の逆転。けれど、その意識の転換は、私に強さをもたらした。
今の私は、どんな剣でも戦える。アンジェの剣じゃなくても強い。魔法を使わなくても強い。人のままでも、もちろん強い。
「私は強くなったんです」
いつもの外套を羽織り、調子を取り戻したドイルさんに向けて、私は宣言する。
「私はもう、ドイルさんより強いです!」
「ふっ。くくく……。生意気を言うな」
ドイルさんは珍しい笑顔で私を小突き、本来の武器である銀の剣を見せびらかす。
「あれは俺の全力ではない。知っているはずだぞ」
そうだ。ドイルさんは本来、短剣の二刀流で戦う。魔道具も魔法もガンガン使うし、足場が山でも川でもおかまいなしだ。
しかも専門は魔物狩りで、対人は不得手。本調子とは程遠く、抜け殻のような力しか出せていなかった。
……わかっていますよ。でも、誇らせてください。
私は確かに勝ったんですから。同じ条件で勝つ気のドイルさんを相手に、勝利をもぎ取ったんですから。
「それを言うなら、私だって天井は見せてませんよ」
「それもそうだな。お前には魔法がある。今の決闘ではわかることは……この形式では、俺の負けということだけだな」
ドイルさんはすっきりした表情で、私の肩を叩く。
「お前は確かに力を示した。免許皆伝だ」
「ありがとうございます」
「それと、もうひとつ言いたいことがある」
ドイルさんは壊れかけの木刀で、修練場の奥の壁を示す。
「あいつはお前が鍛えろ。いくらなんでも弱すぎる」
風圧で飛ばされたアンジェは、石壁に頭を打ち付けて気絶している。
……というか、死にかけている。回復の見込みはあるんだろうけど……それにしても……。
「嘘でしょ」
油断していたとはいえ、か弱すぎる……。
私が……私が守ってあげなきゃいけない……。
アンジェの命を……ありとあらゆる手段で……。
〜〜〜〜〜
《ビビアンの世界》
ドイルとやらの実力は見ることができた。
たぶんぼくじゃ勝てないな、あれ。アルミニウスでもどうにもならないだろう。
「(いやぁ、めげるなぁ)」
ぼくは領軍の責任者のひとりとして、悔しく思う。
あれだけの剣士を訓練で量産できていれば、人類はもっと発展していただろうに。
量産できないとしても、数多の人々が血と汗で築き上げた理論的な剣術が、単なる野良の悪魔祓いに負けるのは、納得がいかない。
「(魔王といい奴といいニコルといい、世界にはどうしてこうも化け物が多いのか。真面目に考えているこっちが馬鹿みたいじゃん)」
ぼくはもうひとりの悪魔祓いの方を睨みつつ、この街の文明を発展させることを強く誓う。
集団の頂点が野生に負けてたまるか。今に見てろ。
モズメはぼくの殺気を帯びた視線を受けてか、それとも元からああする予定だったのか、冷や汗をダラダラ流しながら後ずさる。
「あー、わたし、魔力を使わないとまともに戦えないので…………」
「ひよったねぇ」
「なんですと?」
モズメの力量も把握しておきたいので、とりあえず挑発してみる。
「君に依頼する身としては、是非とも実力を見せてほしいところなんだけどねぇ……。弱くないのはわかってるけど、度胸や誠意も確かめたいからねぇ……?」
「う、うぐう。それはごもっとも……」
憤慨混じりに焦るモズメの肩を、ドイルが特に疲れた様子もなくポンと叩く。
「的を相手に技を放てばいい。緊張することはない。お前もそれでいいだろう?」
ぼくのこと「お前」って呼んだかコイツ。腹立つなぁ。これでもぼくは貴族なんだから、顔を立ててくれよ。アンジェを傷つけやがったくせに、偉そうだ。
ぼくは隣で治療されているアンジェを確認しつつ、威圧的に答える。
「いいだろう。モズメ君の技を領軍の糧にしてやる。光栄に思え」
「怖あ……」
震えるモズメを庇うように、ドイルはそれとなく背で視線を遮る。
なるほど。気遣いができる男のようだな。こっちにもその配慮を分けてもらいたいところだ。
〜〜〜〜〜
《ビビアンの世界》
訓練場……ではなく、野外にてモズメの技が披露されている。
相手は壊してもいい適当な的。壊れた基地の破片や防具たちだ。以前ニコルが破壊した時に発生したものもある。
「『謳歌見・浪漫すフォール』!!」
訳の分からない呪文と共にモズメの手元が光り、熱を帯びた球が発射される。
直撃。爆発。
「『大江戸・井守・祓えのストーム』!!」
訳のわからない呪文と共にモズメの手元が光り、嵐のような魔力が吹き荒れる。
直撃。爆発。
「『ボルテクス行燈』!」
直撃。爆発。
「『ふるさと銘菓ストライク』!!」
直撃。爆発。
……参考にならない。全部同じに見える。
ほぼ魔力の塊をぶつけているだけのように見えるんだけど、何か法則があるのだろうか。これほどまでに理解不能な魔法は初めてだ。
ぼくは調子に乗っているモズメに声をかけ、さっさとやめさせることにする。
「もういいよ。強いのはわかった」
「いいえ、まだまだこれから! お母様から教わった必殺の一撃をお見せしなければ!」
モズメは陽気極まりない笑顔ではしゃいでいる。
止まる気は無いようだ。これ以上は時間の無駄なんだけどなあ……。
「アルミニウス。さっきの見事な剣が頭に残っているうちに、みんなの指導をしてくれ」
「おう。アレでいっぱいになったら、もったいねえもんな……」
彼は部下を引き連れて去っていく。修練場にでも行くのだろう。
ニコルはきょとんした顔でモズメの破壊行為を見つめている。アンジェも頭が痛そうだ。
「ねえ、アンジェ。あれ、どういう魔法?」
「知らない。載ってない」
「……ねえ、アンジェ。あれ、そもそも魔法なの?」
「わかんない。なんだろうね、あれ」
ぼくたちは黙ってモズメの一人遊びを眺め続ける。
……掃除が面倒くさそうだなぁ。