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序章

 血の匂いがする。こういう夜は屍鬼が現れるという。

 黒い着物を着た白髪頭の男が、ちょうちんをぶらさげながらゆったりと歩いていた。生暖かい風が吹きつける。男の背中はじっとりと汗をかき、首筋から汗が垂れるのを感じる。

 ふと妙なことに気づく。暗闇の中に赤い点が二つ浮かんでいる。目を凝らすと、それが赤い目を光らせた人間のような生き物であることに気付く。

 屍鬼だ。こいつらは死肉を漁る。

 男は懐に隠していた車太刀をすっと抜き出した。

 屍鬼が男に襲いかかった瞬間、両腕が宙に舞った。屍鬼はその両腕が地面に転がるまで何が起きたのか理解できなかった。それでも屍鬼は男の腑にかじりつこうと牙を剥いたが、今度は頭がコロリと地面に落ちた。

 全てが一瞬の出来事であった。

 男は、太刀についた血を払い鞘に戻すと、冷たく光る目を屍鬼に向け、こう言い放った。

「こいつが油屋の倅だな。なかなか面倒くさいことになった」

 それから落とした首を白い風呂敷に包み、指で宙に何やら文字を書くと、来た道を引き返した。


 翌朝、男は油屋の屋敷に向かった。商人の家にしては立派なもので、玄関には門を構えていた。

 この屋敷の門番である助六は、その『鬼一法眼』と呼ばれる男を侮蔑のある目で見ていた。

(こいつがあの悪名高い道摩師か。通夜でもないのに喪服を着てやがる。どんな化け物かと思ったが、随分と優男じゃねぇか)

 鬼一は門の前で立ち止まると「旦那はいるか?」と尋ねた。助六は「へい。このままお上がりくだせぇ」と言って、頭を下げながら鬼一の顔をちらりと見た。

 真っ白な頭髪に切長の目で肌は青白かった。男でも顔を赤くしてしまうような美男子であったが、暗い雰囲気を持っており、その不均衡が鬼一をより一層不気味にしていた。

「こいつは喪服じゃない。龍の髭と黒鉄の糸で編んだ着物だ。お前の持っている竹槍では傷もつけられんだろう」と鬼一は言った。

 助六が目を丸くして口をぱくぱくさせていると、さらに「優男で悪かったな」と言い捨てて、屋敷の中にさっさと入っていった。助六は冷や汗がどっと出て、顔を俯けたままにしていた。


 客間に通された鬼一は、油屋の旦那である大谷から簡単な挨拶をされた。

「それで、権助は無事であったか」

「あんたの息子は屍鬼になっていた。おそらく別の屍鬼に襲われたが、死ぬことができなかったんだろう」

 そう言って、鬼一は、風呂敷を広げて権助の生首を見せた。これを見た油屋は、黙って肩を震わせた。

 鬼一は大谷に真っ直ぐと視線を向けながら「泣いているところ悪いが、約束の報酬をもらおうか」と淡々と言った。

 大谷は俯いたまま鼻をすすっている。

 痺れを切らした鬼一は「泣いている暇はない。この首を清めて、すぐに燃やすんだ。屍鬼になった人間の首は、他の屍鬼を呼び寄せることもある。今は俺の式で抑えているが、長くはもたない」と急かした。 

 大谷はすっと立ち上がり、箪笥の中から布に包んだ金を取り出すと鬼一に渡した。

 鬼一がそれを受け取りさっさと立ち去ろうとしたとき、大谷は「待ってくれ」と引き止めた。「その… 倅の首の始末もやってくれないか」と頼むと、男はにやりと笑い「追加料金だ」と言い放った。

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