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5 『妻』の様子がどうにもおかしい

 王城に設けられた会議室に、大きな転移の魔法陣が現れる。


 無駄のない洗練された陣は、それを扱う人物の技術の高さと、膨大な魔力を物語っていた。

 会議室に集まった面々は、魔法陣のその見事さに、感嘆の息をこぼす。


「――すまない。遅れた」


 現れたのは、この国の公爵位を持つ青年、オズヴァルト・ラルフ・ラングハイムだ。


 オズヴァルトの姿勢は正しく、歩き姿は堂々としている。彼が現れるだけで、場の空気が凛と引き締まった。


 オズヴァルトを前にすると、男女いずれもが目を奪われる。


 だがそれは、その精悍な顔立ちの影響だけではない。

 その立ち居振る舞いや、実力に裏付けられた静かな華やかさが、見る人間を引き付けるのだ。


「ご安心を、団長。まだ開始時刻の五分前です」

「だが、全員集まっているようだ。昨日も一日留守にして、お前たちには面倒を掛けたな」

「滅相もございません。団長の完璧な采配の元、何の混乱もなく任務にあたることが出来ました」


 この場に集う十数人は、全員がオズヴァルトの部下にあたる。

 実力のある魔術師ぞろいで、王国屈指の精鋭部隊だ。そしてこの面々は、オズヴァルトに尊敬のまなざしを送っていた。


 だが、オズヴァルトの表情は硬いままである。


「…………」




***




 朝の会議を終えたオズヴァルトは、疲弊していた。


 それは、先ほど行った会議による疲れではない。

 ましてや、つい昨日行われた自身の婚儀や、その日程を空けるために行われた連日の激務によるものでもない。


(……なんだったんだ、今朝のシャーロットは……?)


 王城の廊下を歩きながら、思わず渋面を作る。

 脳裏に浮かぶのは、昨日オズヴァルトが妻として迎えた女性の姿だ。


 淡い金色の長い髪に、薄水色の瞳を持つシャーロットは、『稀代の聖女』とされていた。


 とはいえ、整っていて可憐な外見や、聖女という肩書を鵜呑みには出来ない。

 シャーロットは、本来ならば他者を癒すはずであるその力を、残虐な欲望のままに使ってきたのである。


(……これまでに、大勢の人間を踏み躙り、命を弄んできた存在だ)


 生命を司る力は、そのまま死を司る力なのだ。


 シャーロットが望めば、ひとつの国すら簡単に滅ぼせるだろう。実際に、それに近いことが起きた前例もある。

 オズヴァルトとの婚姻を結ばせ、神力を強引に封じたところで、大人しくしているはずがないと分かっていた。


(これで制御できなければ、シャーロットが神力を取り戻さないうちに、殺すしかない)


 だからこそ今朝のオズヴァルトは、その覚悟をしていたのだ。

 昨日、シャーロットの神力を封じたあと、いっそこのまま目覚めなければ良いと願った。


(しかし……)


 彼女は、長い睫毛に縁取られた瞼を開き、薄水色の瞳でオズヴァルトを見たのである。

 そして、あの言葉を言い放った。


『私、あなたに一目惚れいたしました!』

(――――……っ、何故そうなる……?)


 立ち止まり、げんなりとして額を押さえる。


(別に、今朝が初対面では無いだろう……! 無駄に疲れた。やはり、突飛な発言でこちらを翻弄する策か……?)


 昨晩までと、態度がまったく違うのも妙な点ではある。

 とはいえ過去にシャーロットは、『改心』したふりをしてみせて、大きな懲罰を免れていた。彼女の態度が少し変わったところで、それを真に受けるわけにはいかない。


(神力が戻るまでのあいだ、大人しく振る舞っている可能性もある。いや、あれを『大人しい』と言うのは、少し違うだろうが……)


 そんなことを考えていると、ますます疲労感が膨れ上がった。


 シャーロットとの婚姻を結ぶことで、いくつもの厄介ごとを背負う覚悟はしていたのだ。

 しかし、オズヴァルトが想像していたものとは、『厄介』の方向性が違う気がしてならなかった。


 額を押さえて俯いていると、後ろから声を掛けられる。


「よお、お前が正装の外套無しなんて珍しいじゃないか。新婚ほやほやの、ラングハイム公爵?」

「……やめろ、イグナーツ」


 にやにやと笑みを浮かべていたのは、同じ戦場に立っていたこともある、腐れ縁の魔術師だった。

 侯爵家の嫡男だが、身分と実力の割に、言動が軽薄な男だ。イグナーツは顎に手を当てて、これみよがしにオズヴァルトの顔を覗き込んでくる。


「おーおー、分かりやすく浮かない顔しやがって。どれだけの悪女だろうと、あんな美人を奥方にしたんだぜ? 少しは喜べばいいのに」

「冗談じゃない。相手はあのシャーロット・リア・エインズワースだぞ」

「いまはシャーロット・リア・『ラングハイム公爵夫人』だろ」


 静かに睨みつけると、イグナーツはひょいと肩を竦めた。


「婚姻に対する自覚はちゃんと持っておけよ、オズヴァルト」

「……ふん」


 この男が言わんとしていることは、当然ながら分かっている。


「戦場で敵なし、天才的な魔術師のオズヴァルト殿! だからこそ難有りな生い立ちでも、今の立場が認められたわけだろ? 公爵位も勝ち取って、順風満帆だよなあ」


 イグナーツは、オズヴァルトの肩に腕を乗せると、小声で耳打ちをしてきた。


「そんなお前の奥方が、史上最強かもしれないと謳われる『聖女』さまだ。その結婚に対して、焦りを抱くであろうお方も……」

「もう黙れ」


 オズヴァルトは溜め息をつき、イグナーツの腕を押し退けた。


「善意の忠告であることは分かった。だが、どこに目があるか分からないんだぞ」

「そんな状況でもお前を心配してる、やさしい友人だろ? そんな俺に、『なんでお前が聖女と結婚することになったのか』は教えてくれてもいいんだぜ」

「前に話しただろう。シャーロットを殺せるのは俺くらいで、その監視役として国王陛下に選ばれた、と」


 軍服の襟を正しながら、こきりと首を鳴らす。


「投獄ではなく婚姻という形なのは、『聖女』にはまだ利用価値があるからだ」

「まあ、治癒の力が必要になったとして、一度でも牢屋に入った罪人を出すわけにはいかないからなー」


 納得したような、していないような表情を浮かべたあと、イグナーツは言う。


「でも、ちょっとは役得だったりしないのか? あんな美女の旦那になれて」

「は? そんな訳が……」


 けれどもその瞬間、オズヴァルトの脳裏に、今朝のくしゃみをしたシャーロットの姿が浮かんだ。


「……」


 彼女が纏っていたナイトドレスは、冬の時期に着るには薄手のものだ。


 そんな薄着をしていた理由は、昨夜が婚姻初日の夜だったからだろう。

 オズヴァルトは、シャーロットの震える細い肩に、王国魔術師の制服である外套を掛けてやったのだ。


 あれは、ささやかな罪悪感であったに過ぎない。


 いくら聖女シャーロットとはいえ、神力を奪って何も出来ない状態のところで、あんな薄着のまま部屋を氷漬けにした。

 だから、そのことは悪かったと思い直し、鮮やかな青の外套を羽織らせたのである。


『……あったかい……』


 微笑んだときの、あの表情。

 とろけるような、心底幸福そうなシャーロットの微笑みを、反射的に思い出してしまった。


「――――――……」

「うお……っ!?」



 ごん!! と大きな音がする。



 壁に思いっきり額を打ち付けて、浮かんできたシャーロットの顔を掻き消した。


(調子を狂わされるな。警戒を怠るな。決してあれに絆されるな)


 そのあとで、「どうしてこんな事態に」と呟いた。


「………頭痛がする…………」

「いや、そりゃそうだろうよ!」


 こうしてオズヴァルトは、痛む頭を抱えながら、朝の任務に掛かることになったのだった。




***


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[良い点] 感じます…オズヴァルトさまからの好意の蕾がほんのり芽生えたのを…感じます…!(大歓喜)
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