3 これが以前の私でしょうか!
「ごめんなさい……!! 申し訳っ、申し訳ございません、お許し下さい!! 偉大なる聖女、シャーロットさまのご朝食が遅れてしまったこと、本来ならお詫びのしようもなく……!! 何卒、お許しを、どうか……!!」
シャーロットは目を丸くする。
尋常ではない怯えようだ。そして、恐れに満ちた彼女の瞳は、間違いなくシャーロットに向けられている。
「……失礼いたします……!!」
そう叫び、メイドはばたばたと廊下を走り去った。
「すごく、怖がられていましたね?」
再びひとりぼっちになったシャーロットは、ことんと首を傾げる。
思い出すのは、先ほどオズヴァルトに言われたことや、今のメイドの発言だ。
『――抵抗するようであれば、殺してでも君を封じる』
『偉大なる聖女、シャーロットさまのご朝食が遅れてしまったこと、本来ならお詫びのしようもなく……!!』
(記憶がない私の認識なんて、当てになりませんが)
その上で、やっぱり様子が変だと思うのだ。
(なんというか、聖女に向けられる言葉というより、『邪神』に対するそれなのですよね……)
完全に、禍々しいもの扱いされている。
やはり、シャーロットの認識がおかしいのだろうか。
そう思いながらも周りを見回すと、壁際にある机の上に、小さな手帳が置かれているのを見つけた。
(日記帳? 記憶を失う前の私が書いたのでしょうか。これは思わぬ幸運です!)
シャーロットは期待しつつ、その日記帳に手を伸ばす。
飴色の革表紙には、月と星の絵が描かれていた。開いてみようとしたものの、がっちりと閉じたまま開かない。
「ん……んむむむ、む……」
思いっ切り力を込めてみるが、まるで強力な糊か磁石で張り付いているかのようだ。
「んぎー……っ!! ふ、ふう、開きません……!」
酸欠になるまで頑張ってみるが、少しも捲れそうにない。あまりにもびくともしないので、こんな考えが脳裏をよぎる。
(どうでしょう、オズヴァルトさまを思い出したら力が出ませんか!? 先ほどのあのお姿、あのお声……ああっ、これだけで酸欠が起きそうで……きゃあ!!)
その瞬間、頑なだった日記帳が、弾けるように開かれた。かと思えば一ページ目が、柔らかな白い光を帯びる。
その光はふわりと浮き上がって、シャーロットの前に何かを映し出した。
(これは……)
光の中に、シャーロットが立っている。
蜃気楼のように不安定だが、けれどもはっきりと見えていた。
光の中のシャーロットは、その足元に何人もの人々を傅かせ、心の底から楽しそうに笑っているのだ。
『もっと、もっとよ、足りないわ! ――私に懇願なさい。忠誠を誓い、愛を捧げなさい』
『シャーロットさま……!! お願いです。その偉大なるお力で我が妻を、妻を生き返らせてやってください……!!』
頭を下げている男性は、泣きながら必死に叫んでいる。
そんな男性に向けて、『シャーロット』は艶やかな声音で告げた。
『なんでもする、とおっしゃいな。そうすれば、あなたの妻の亡骸が腐敗するまでには、私の気が向くかもしれないわね』
『も、もちろんです……!! 稀代の聖女と呼ばれたお力を、どうか……』
『では、耳を貸して?』
そしてシャーロットは、男性に何事かを囁いた。
男性の顔が青褪めてゆく。それを見て、『シャーロット』は幸福そうに笑うのだ。
『ふふ……! ああ、心の底から楽しいわ……!』
けれども次の瞬間に、光の中の映像が掻き消される。
場面が変わり、燃え盛る炎に包まれた。
そして、そこには地面に膝をついたシャーロットと、対峙する男が立っている。
(……オズヴァルトさま?)
オズヴァルトは、この世で一番憎むべきものを見るようなまなざしで、映像の中のシャーロットを見据えていた。
『――――……』
ぞくりと背筋が粟立つような、冷え切った目だ。
その直後、本当に冷たい風を感じた気がして、シャーロットは瞬きをする。
「あらら?」
映像が消えた。
日記帳を手にしたシャーロットの手首に、柔らかな冷気が巻き付いたからだ。それは一拍置いたあと、ぱきん! と大きな音を立て、氷で出来た枷になる。
「!」
両手を戒められるのと同時に、シャーロットの足元から広がった氷が、壁までを一気に凍らせた。
(まあ、すごい)
部屋中が、あっという間に氷漬けだ。
こんな技術があるならば、夏場もきっと困らないだろう。そう思って感動していると、目の前に光の陣が描かれる。
「オズヴァルトさま!」
陣から現れたオズヴァルトを見て、シャーロットはぱあっと表情を輝かせた。
(二度と会いたくないと言われましたが。こんなに早く、またお顔を見ることが出来ました!)
心がわくわくと浮立つのが分かる。
けれどもオズヴァルトは、氷によって拘束されたシャーロットの手を掴むと、強引に彼の方へと引き寄せた。
そして、ひどく暗い瞳でシャーロットを睨み、こう言うのだ。
「――何をしている?」
「!」
ぴりぴりと空気が強く痺れ、シャーロットは目を丸くした。