表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
2/116

2 見知らぬ自分と向き合いましょう!

 数ある魔力の性質の中でも、生命力と治癒に関する力を持つものは、決まって女性であるとされていた。


 希少な能力である上に、ごく軽い病を治せる程度であることがほとんどだと言われている。


 だからこそ、ときには瀕死の者を蘇らせるほどの強力な力を持つ女性は、国から『聖女』の称号を与えられて大切に保護されているのだった。


「そういったことは、不思議と覚えているのですが」


 ひとりぼっちの広い部屋で、シャーロットはわざと声に出して言ってみる。

 華麗なる失恋のあと、シャーロットの『夫』だというオズヴァルトは、さっさと部屋を出て行ってしまった。


『ああっ、お待ちくださいオズヴァルトさま! もうひとつ、あなたのご年齢を! ご年齢を教えてくださいませ!!』

『さっきから何なんだ君は!? ……二十だ!! もう行くぞ、離せ!』


 そう言った瞬間の、オズヴァルトの渋面を思い出す。


(『意味が分からない』という顔をしながらも、律儀に教えて下さった……。ふふっ)


 その喜びを噛み締めつつ、鏡台を覗き込んだ。


 そこに映っているのは、十八歳前後の少女だ。


 月色の長い髪が、腰のあたりでさらさらと揺れている。大きな瞳で、睫毛は長くて、くちびるはふわふわと柔らかい。


 ナイトドレスから覗く手足は細く、長い爪は綺麗に整えられている。

 胸はそれなりにあるようだが、それがオズヴァルトの好みかどうかは分からなかった。


(私が『聖女』?)


 心当たりがないせいか、まったく心に響かない。

 だが、もうひとつ得ている情報については、考えるだけで浮き足立ってしまいそうだ。


(……あの方のお嫁さん……)


 ほわっと口元がとろけるのを感じた。

 顔が緩みすぎて、溶け落ちてしまいそうなため、むぎゅむぎゅと両手で頬を押さえる。


「んふ、んふふふふふ……。なんにも思い出せないけれど、この事実だけで元気に生きていけそうです」


 たとえ、その夫から、『君を憎んでいる』と宣言されようとも。


(悲しいですが、落ち込む必要はありませんね。だって、何も覚えていないということは)


 淡い水色の瞳で、まっすぐに鏡の自分を見つめる。


(――いまの私に、失うものは何もないということ)


 そう考えると、なんでも出来そうな気がしてきた。


(よおーし、それが分かれば行動あるのみです! オズヴァルトさまに何かご迷惑をおかけしたのなら、それについて思い出しませんと。これではお詫びも出来ません!)


 しかし、頭を捻っても記憶が戻りそうにない。

 うーんと悩んでいると、廊下からノックの音がした。


「し……失礼、いたします……」

「? はい、どうぞ!」


 客人があるとは思わなかったので、驚きながらも嬉しくなった。


 数秒ほどの間があって、ゆっくりと扉が開かれる。

 そこには、メイド用らしきお仕着せを纏った、小柄な少女が立っていた。


「ご朝食を、お持ちしました……」

「朝ごはん……!」


 その言葉を耳にして、シャーロットは空腹だったことに気が付く。


「ありがとうございます。とても良い匂いがしますね」


 けれども気になるのは、配膳台を傍らに立つメイドの少女が、青褪めて震えていることだった。


「どうかなさったのですか? 具合が悪そうですが……」

「ひ……っ!?」


 シャーロットが一歩踏み出すと、少女がびくりと肩を跳ねさせる。


「っ、申し訳ございませ……」

「お顔が真っ青です。もしよければ、ここにある寝台をお使いになって? それとお水も……あ!」


 その瞬間、シャーロットのお腹から、ぐうううと大きな音が聴こえてきた。


「…………」


 お腹の虫の鳴き声、というものだ。

 自覚していなかった空腹が、実は深刻なものだったらしい。シャーロットは両手でお腹をきゅっと押さえつつ、ちょっとだけ恥ずかしい心境で言う。


「あの! は、はしたなくてごめんなさい。ですが私の空腹より、まずはあなたに休んでいただかなくては……!」

「ご……ごめんなさ……」

「え?」


 後ろに後ずさったメイドが、枯れた声を絞り出す。




評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[一言] 久々にお便りいたします。 ダメ、面白いですわ。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ