10 一秒ごとに大好きです!
この仕打ちはあんまりだ。『君を憎んでいる』と告げられ、今後は二度と顔すら見られない可能性があったところに、供給過多で気絶してしまう。
ぐすぐすと鼻を鳴らしながらも、シャーロットはなんとか長椅子に座り直した。
「――来週、王城で行われる夜会に、俺と君で参加しなければいけなくなった」
「え……」
オズヴァルトが言った言葉に、ぱちぱち瞬きをする。
「君の社交会嫌いについては、聞き及んでいる。だが、この呼び出しに拒否権はない」
「や、夜会……つまりはパーティ……」
「要するに、検分の場だ。君の神力が確かに封じられているか、国や世界に害を成さない存在まで抑え込めている状態なのかを、国王陛下をはじめとした方々に証明する」
「……それは……」
「ふん。君ならば、そう反応するだろうな」
オズヴァルトは顔を顰め、期待していないという顔で言った。
「拒否するだろうとは分かっていた。とはいえ、どんな手を使ってでも同行してもらう。俺は君を……」
「オズヴァルトさま、それは……!!」
耐えかねて、思わず立ち上がりながら尋ねた。
「その夜会はっ、いわゆるデートというものですか…………!?」
「いや、まったく違う」
どこか遠くを見るような目で、きっぱりと言い切られる。
「オズヴァルトさまと夜会! 綺麗なドレスを着て、お化粧をして、一緒にお出掛け……!! やったー! 嬉しいです!!」
「だから違うと言っているだろう! 王家による君の検分であり、監視であり、半ば見せ物にされる場だ!」
「見せ物、ですか?」
オズヴァルトは、はあーっと溜め息をついたあとに額を押さえる。
「君の見た目は美しいからな」
「!!」
シャーロットが両手で口元を押さえても、彼はまったく知らない顔だ。
「君を恐れて近付けなかった貴族連中も、その神力が封じられているとなれば、是が非でもと近付いてくるだろう。監視役の俺が居るのを良いことに、無礼な真似をする恐れもある」
「お、オズヴァルトさまが……! オズヴァルトさまが、私のことを、美しいと……!!」
「あくまで見た目だけの話をしている。――おい、頼むから話を聞け」
先ほどの言葉を噛み締めていたいが、新たに紡がれるオズヴァルトの言葉も聞き漏らしたくはなかった。頷いて、シャーロットはきちんと背筋を伸ばす。
「問題ございません、オズヴァルトさま。私、張り切って夜会に参加いたします!」
「……本気で言っているのか?」
「だって私が行かなければ、オズヴァルトさまがお困りになるのでしょう? 私、オズヴァルトさまのお役に立つためなら、どんなことだってこなしてみせます!!」
張り切りながらそう言うと、オズヴァルトはますます顔を顰めるのだ。
「君が、俺の役に立ちたい、だと?」
「はい!」
「……本当に、今朝からどういう風の吹き回しなんだ。君を捕らえ、無理やり結婚させて神力を奪った俺を、君だって憎んでいたはずだろう」
「そうなのですか!?」
疑念のまなざしを向けられ、慌てて口をつぐむ。
(過去の私……やっぱり気が合わない予感です。でも、ひとまず……)
こほんこほん、と咳払いをしたあとで、胸を張って答えた。
「私、いままでの行いを反省したのです」
「反省? あの所業を笑いながら繰り返していた君が?」
「所業……」
「忘れたとは言わせない」
実は全力で忘れている。
けれどもそれを言う訳にもいかず、シャーロットはしゅんと項垂れた。
記憶がないことを黙っているのは、不誠実だという自覚はある。
けれど自分の重ねてきた悪行に対し、『記憶から消えてしまった』というのも責任逃れだと感じる。どうするべきなのか、なかなか答えは出なさそうだ。
「いまの私に、すべてを償えるとは思っておりません。ですが、せめてオズヴァルトさまにご迷惑をお掛けしている分だけでも、ひとつずつお返し出来たらと考えています」
「……君が俺におかしな関心を寄せ始めたのは、君の神力を封じられると証明してみせたからか?」
(記憶を失う前の私は、オズヴァルトさまをお慕いしてはいなかったようですね)
そう思いつつ、シャーロットは首を横に振る。
「一目惚れです」
「……何を馬鹿なことを」
「ですが、そこから今に至る前の一日で、オズヴァルトさまの素敵なところをたくさん拝見いたしました。魔術に関し、高い実力をお持ちのご様子であるところ。魔法陣の描き方から窺える、繊細にして大胆なご性格。……それと、おやさしいところ」
「やさしい?」
シャーロットはこくこくと頷いた。
「くしゃみをした私に、ご自身の外套を貸して下さいました」
「……あれは……」
「紋様が刺繍されているところを見ると、あちらはきっと制服の類ですよね? 私に貸してお仕事に行かれて、お困りになることがあったのではないでしょうか。ですが、あなたはそれを、私の肩に掛けて下さいました」
「……」
「先ほども。私が悲鳴をあげたり、泣いたりしたのを見て、咄嗟に体調を気遣って下さいました!」
オズヴァルトの顔立ちは、大変に整っている。
目を覚ました瞬間、何も思い出せなかったシャーロットにとって、まっさらな頭の中に強烈なまでの美しさが焼き付いた。けれど、こうして彼に心臓がときめくのは、もはや外見の端正さによるものだけではない。
「シャーロット、と。……あなたが私を呼んで下さる度、これが私の名前なのだという実感が、胸の奥に染み渡ってくるかのよう」
その喜びを噛み締めるように、左胸に手を当てて目を瞑る。
「今朝の私よりも、いまの私の方がオズヴァルトさまに恋しています。明日の私は、もっともっとあなたのことが好きになっているでしょう」
「…………」
「あなたがお命じになるのであれば、夜会だろうと見せ物檻の中だろうと、私はいつでも何処へでも!」
オズヴァルトが、真っ直ぐにシャーロットのことを見据えた。
シャーロットはきらきらと瞳を輝かせ、そのまなざしを受ける。すると彼は、溜め息のあとで口を開くのだ。
「君は……」
「?」
オズヴァルトが静かに目を瞑った。
「なんでもない。夜会の支度をしておいてくれ」
「はい!」
全力で頷いたあと、にこにこしながら噛み締めた。
(それにしても封印の陣……いまの私にとって、なんの関心も無いものですが、オズヴァルトさまが施して下さったものだと考えればかけがえのないものですね。それに、お揃いの位置になんて……)
その瞬間、シャーロットは大変なことに気が付く。
(――待って下さい。封印とは確か、封印する側とされる側が、互いの陣が刻まれた箇所を接触させることで封印と解除を行うのではありませんか……?)
相変わらず、魔術や神力に関することだけはなんとなく残っている記憶のお陰で、一気に青ざめてしまった。
(つまり…………私とオズヴァルトさまは、封印の際、『ものすごく情熱的なキスを交わしている』ということになるのですが!?)
想像してみようとしたその直後、シャーロットの視界がくらりと歪んだ。
「……シャーロット?」
「もうだめです……。想像だけで、意識が遠く……」
「!?」
そしてシャーロットは、本当に気を失ってしまったのだった。