公爵令嬢姉妹はそれぞれ夢を持っているので、皇太子殿下と結婚したくない。
クリスティーナ・アレクティス公爵令嬢はそれはもう、美しい金髪碧眼の令嬢であった。
彼女にはレリーヌという妹がいたのだが、その妹には困り果てていた。
「お姉様は素晴らしいですわ。成績も優秀で、わたくしはいつも誇りに思っておりますの。さすが、皇太子殿下の婚約者候補にふさわしいですわね。」
「お姉様、この赤水晶の髪飾り、差し上げますわ。皇太子殿下にお会いになる時に着けていけば如何でしょう。お姉様の金の髪に映えて似合うと思いますわ。」
「お姉様。このドレス、差し上げますわ。わたくしには似合わなくて。お姉様ならお似合いになると思いますのよ。皇太子殿下も喜びますわ。」
そう、クリスティーナはこの国のアーレス皇太子殿下の婚約者候補の一人なのである。
そして、レリーヌも同じく婚約者候補に挙がっていた。
他にも3人、公爵家の令嬢が婚約者候補に挙がっているのだが、アレクティス公爵家の二人の令嬢は共に優秀で、アーレス皇太子殿下は婚約者候補達と平等に接していたが、世間の目はアレクティス公爵令嬢のどちらかが、皇太子妃に選ばれるのではないかと囁かれていたのである。
アーレス皇太子殿下は、背も高く黒髪碧眼の美男子で、憧れている貴族令嬢達も多い。
だが…明らかにレリーヌは嫌がっているのだ。皇太子妃になる事を。
だから、思いっきりクリスティーナを皇太子妃にしようと応援してくる。
しかしだ。クリスティーナには夢があった。
皇太子妃になんてなりたくないわ。わたくしは冒険者になるの。
色々な国を旅して、色々な物を見たいのよ。
色々な国の事が書かれている書物を読むのが小さい頃から好きだった。
夢の為に、強くならないとと剣技を嗜んできた。
この国の騎士団に仮入団し、ディード・レッテリア騎士団長に鍛えて貰った事もある。
彼はクリスティーナの想いを組んでくれ、真剣に指導してくれた。
クリスティーナは型破りな令嬢だったのだ。
妹のレリーヌはレリーヌでまた、違う夢を持っていた。
「わたくしは芸術の世界に生きるの。」
絵を描くのが好きで、良くキャンバスに絵を描いていた。
それも鮮やかな花がある景色の絵ばかりである。
だから、レリーヌも皇太子妃になりたくない。
その気持ちはよく解った。
たまに呼ばれるリード皇太子との茶会も、クリスティーナもレリーヌも上の空で。
それでも適度に話題を合わせて、やり過ごしていたのであったが、
とある日、二人同時に茶会に呼ばれて、リード皇太子に尋ねられた。
「お前達は私の何が不満なのだ?他の令嬢達は私のご機嫌取りをしてくれる。
しかしだ。お前達は揃って、上の空。どういう事だ?」
クリスティーナがまず口を開く。
「わたくしは、不敬と解っておりますけれども、皇太子妃に選ばれたくありませんわ。
皇太子妃は他の令嬢をどうかお願い致します。」
しかし、妹のレリーヌは、クリスティーナを後押ししてくる。
「お姉様こそ皇太子妃にふさわしいと思いますわ。ですから、どうかお姉様を選んでくださいませ。」
「ちょっと、貴方、わたくしの夢を解っているわよね?」
「ええ。解っていますわ。でも、他の令嬢達と比べるとお姉様の優秀さは群を抜いております。ですから、この国の皇太子妃に一番ふさわしいのはお姉様。」
「何を言って…貴方だって優秀じゃない?貴方こそ、皇太子妃にふさわしいわ。ぜひとも妹のレリーヌを皇太子妃に。」
「お姉様こそ、皇太子妃に選んでくださいませ。」
リード皇太子は怒りまくって、
「そんなにお前達は私と結婚するのが嫌なのか?ええええっ????」
「「 嫌 で す 。」」
「お前達に私の魅力を解らせてやるっ。いいかっ。これは命令だ。デートに付き合えっ。」
リード皇太子殿下が何故かぶちきれましたわ。
そして、仕方がなく、リード皇太子殿下とデートをすることになったのだ。
妹と三人で。
レリーヌは一歩下がって、リード皇太子とクリスティーナを先に歩かせるようにして背後からはやし立てる。
「お似合いの二人ですわーー。本当にお似合いっ。」
「ちょっと、レリーヌ。貴方が皇太子殿下と手を繋ぎなさいよ。」
「嫌ですっ。お姉様こそお似合いですわ。いよっ。美男美女。」
あああっ…頭が痛い。
クリスティーナは嫌だった。
冒険者への道が遠のいてしまうっ…
リード皇太子はぎゅっと手を握って来て、
「クリスティーナ、私は君を皇太子妃にと考えていたのだ。どうか、私の想い受け取って欲しい。」
「いりませんから…背後の妹をどうか皇太子妃に。」
ふと、振り返ってみれば、レリーヌはとんずらして姿をくらましていた。
後で絞めるわっ。
仕方が無いので、リード皇太子と共に手を繋ぎ、街をデートする。
リード皇太子は囁きかけてくる。
「ああ、空が青い。私達を祝福しているようだ。」
「秋だから空が澄んでいるんですねー。ああ、いいお天気ですこと。」
「ほら、鳥が飛んでいく。どこへ行くのだろう。」
「どこへ行くかなんて、鳥に聞かなければ解りませんですわ。」
「クリスティーナっ。」
「わたくしは皇太子妃になるつもりはありません。冒険者になりたいの。」
その時、馬に乗ってさっそうとディード・レッテリア騎士団長が現れた。
さっと馬から降りて、二人の前に跪く。
「不敬を承知でお願いがあります。クリスティーナ。どうか、私と結婚を前提に付き合って頂けないだろうかっ。」
「えええええっ???」
リード皇太子は叫んだ。
「それこそ不敬ではないのか?クリスティーナは私の婚約者候補だ。」
「解っております。だからこそ想いを抑えて参りました。でも、今日、皇太子殿下とデートと聞き、居ても立ってもいられず、ここに参上いたしました。」
クリスティーナは思った。
皇太子妃になるのは嫌だ。でも…
このディード・レッテリア騎士団長は、自分に真剣に剣技を教えてくれた。
この人がそこまで思いつめて、告白してくれたのだ。
胸がどきりとした。
ディードの為なら、冒険者を諦められる。そう思えたのであった。
「わたくしは、ディード様の求愛を受け入れますわ。」
「ああ、なんて嬉しい。」
ディードに抱き締められるクリスティーナ。
「ああ、なんてことだ。目の前で、クリスティーナを奪われるとは。」
がっくりとリード皇太子は気落ちしたように、その場を去ったのであった。
あああ…なんて事よ。
頭を抱えたのはレリーヌである。
ディード・レッテリア騎士団長の求婚を姉が受け入れてしまった。
怪しいと思っていたのよね…お姉様も騎士団長の指導を受けていた時は楽しそうだったし…
って事はっ。わたくしが婚約者候補から婚約者になる確率が上がった???
仕方が無いので、思いっきりドレスアップして、リード皇太子殿下に会いに行った。
レリーヌは実は何よりもこの国の事を愛していた。
花が沢山咲く、自然豊かなこの国を。
幸せに笑って歩く人が一人でも増えれば…泣いている人を見たくはない。
優秀な姉が皇太子妃に、後に皇妃になれば、この国は守られると思っていた。
でも…他の令嬢なら駄目だ。
姉の次に優秀なのは自分しかいない。
ずっと絵を描いていたかった。
大好きなこの国の花の絵を。
自分が皇妃になる事で、この帝国を守れるなら…
レリーヌは、リード皇太子に謁見すると、優雅にカーテシーをして、
「わたくしを皇妃にしてくださいませ。わたくしは姉の次に優秀だと思っております。
この帝国の為に命を捧げる所存です。
もし、皇太子殿下がわたくしの愛が欲しいとおっしゃるなら、差し上げましょう。
わたくしの覚悟を組んで下さいませ。」
リード皇太子は微笑んで、
「レリーヌ。そなたの覚悟、良く解った。そなたを皇太子妃に選ぶとしよう。
そなたとなら、良き帝国を作っていけそうだ。」
これでよかったのだわ。
わたくしはわたくしの道を歩きます。
お姉様、どうか幸せになって下さいませ。
クリスティーナとディードは後に結婚した。レリーヌは二人の結婚を祝って、忙しい中、花が一杯描かれた華やかな絵を二人の為に贈った。クリスティーナは非常に喜んでくれた。
レリーヌはリード皇太子と結婚した後は、凄腕の皇太子妃として、後に皇妃として有名になった。
芸術家を応援した為、帝国は華やかな文化が栄えた。
クリスティーナはディードと結婚した後、騎士団長夫人として、帝国を支え続け、幸せに暮らしたと言う。