1.RGB
あれから十ヶ月。
火葬場で見送った夏は、思い返したくもない苦い記憶を呼び覚ますように、じわじわと忍び足で姿を現そうとしていた。
私はお兄ちゃんが在籍していた近所の公立高校へ進学し、制服も環境も変わり、身長も少しだけ伸びた。学業はそこそこ、友達も数人、平凡だけれど傍から見れば順調な学生生活――しかし心はまだ過去という隔壁の中にあった。
彼の後を追おうとか、閉じこもってひとりきりになろうとか、ふらりと家出をするとか、思い付く限りの親不孝は最初の半年でし尽くした。
一周忌を迎えようとしている今、この期に及んで同じようなことを繰り返すつもりはない。けれどそれは、過去を過去として受け入れられたから、というわけではなかった。
後悔に呑まれ未だに眠れない夜がある。何故、あのとき彼の死を止められなかったのかと。
私を苛むのは、単純に罪の意識と呼べるものではない。あれは彼の望みでもあったからだ。
お兄ちゃんはドナーカードを持っていた。脳死と判定された場合に、自分の臓器を希望者に提供するという意思表示のカードだ。つまり沖永のおじさまたちは他ならぬ息子の意思に添うため、脳死を死として受け入れる決意をしたのだった。
俗に言う植物状態のままでもいい、生かして欲しい、と泣いて縋ったりもした。けれど生命の維持を司る脳幹の機能までもが失われた以上、自発呼吸も難しく、数時間経てば心停止に至る、それが脳死なのだと父の口から聞かされ、最後は閉口せざるを得なかった。
医師たちは六時間を置いて二度の脳死判定を下した。その時が、彼の死亡時刻となった。八月一日、午後三時二十五分のことだった。
彼が事故に遭ってからの一週間。あれほど長い時間を、私は他に知らない。
「おい、香月」
聞いているのか、と目の前の少年がレモンティー色の髪をかきあげる。はっと我に返った私は、ごまかすように苦笑いをした。
そうだ、今は感傷に浸っている場合じゃない。
「ご、ごめん」
淡いピンク色のスーツをまとった女性が、テーブルの上に細長いグラスを置く。アイスコーヒーだ。「どうぞ」
正面に座っていた長髪の男性が、それをコースターごと自分のほうへ引き寄せながら口を開いた。
「君はオプシンというタンパク質を知っているかね」
カラリ、四角い氷が涼しげな音を立てる。私は液体の表面を見つめながらかぶりをふった。蛍光灯がそこに三本映り込んでいる。これが茶柱だったなら、幾分愉快な気持ちも味わえただろうに。
ファッション雑誌『メンズ・ゼロ』の編集部で理屈っぽい話を聞くこと二時間。流石に退屈の限界だ。
「それは網膜の錐体に存在し、色を捉える役割を担っているものだよ、明智くん」
明智ではない。ちなみに小五郎でもなければ光秀でもない。第一、シャレとしては古すぎる。
「オプシンには、赤だけ、青だけ、緑だけに反応する三種類がある。ここまでの理解はいいかね」
「はあ」
いっそ結論から話してもらえないだろうか。私の感情を察知してか、少年が舌打ちをしながら「いいかげんにしろよ」と文句をつけた。
彼の名は小泉厨、通称シュウ。私をここに連れてきた張本人だ。
「なんだ、編集長に逆らう気か。亀の甲より年の功だと言うだろう。有難い説教は手を合わせて聞きなさい」
「知るかボケ、足の甲のほうがよっぽど役に立つ。おまえを蹴り飛ばすのにな。さあ、とっとと本題に入りやがれ」
鉛筆のような細長いビルの二十一階。オフィスに併設された商談室で、重苦しいため息をひとつ。またひとつ。恐らくこれは何かの勧誘なのだ。
事態の発端は、時を半日ほど遡る。ちょうどお昼休みになったばかりの学校裏庭、私は『とある依頼』を受けてそこに立っていた。
「野口先輩、二年C組の渡部夏美さんから伝言です。えーと」
手帳を捲りながら、淡々とメッセージを読み上げる。
「『好きです、付き合って下さい。放課後、下駄箱の前で待ってます』だそうです」
「ほ、本当に?」
「はい。私、頼まれたことをそのまま伝えるだけなので」
「う、うわ、ありがとう!」
先輩は歓喜の声を上げて、小踊りをしながら去って行った。
そう、依頼というのは告白の代行のことだ。よりによって私は恋のキューピッド役を日課としている。もちろん自ら希望して始めたわけではない。
それでも今まで続けているのは、単純にやめるにやめられないからで、それ以上でもそれ以下でもなかったりする。
発端は、友達の頼みを断りきれずにやむなくしたことだった。それが実り、次も実り、さらにその次も、と成功が続き、いつの間にか私の前には、実績というものが積み上がっていた。
ねずみ講かと思うほど、噂が広まるのは早かった。
誰かに手を貸せば、また別の誰かに乞われる。よくある構図だ。そうして次へ次へと伝えられて行く中で、乞う側の言い分ばかりが正当化されていくのだ。
―― あいつがしてもらったことをなぜ自分はしてもらえないのか。あいつが良くて、どうして自分は駄目なのか、と。
最初から明確な基準もなければ選り好みをした覚えもない。となれば、断る理由などありはしない。しないのだから、断れば落ち度が発生するのはこちらのほうだった。
こうして善意は当然となり、やがては義務となったのだ。
けれど―― 今のところ、私が請け負った告白は百パーセントの成就率を誇る。本人としても気持ち悪いくらいだ。
「完了……と」
まだ高い位置にある太陽が、じりじりと照りつけてくる。暑い。
ポケットからレモンイエローのシュシュを引っ張り出し、長い髪を高い位置でひとつに結わえた。今日の依頼は一件、これでひとまず自由の身だ。そうして教室に引き返した時だった。
学校一派手な男子生徒―― シュウが唐突に声を掛けてきたのは。
「今日の放課後、暇?」
彼と言葉を交わすのは、正真正銘これが初めてのこと。
「何か予定でもあんの?」
「な、ないけど」
「じゃあ一緒に来て欲しいところがあるんだけど」
この言葉に、私が返事をすることはなかった。クラスメイトが一斉にどよめき、それどころではなくなってしまったからだ。
「シュウがついに告白依頼をするぞ!」
そう言って教室を飛び出して行く者もいた。悲しそうに凍り付いている女子も数名、しかし悲しいかな、私とシュウの仲を疑う人間はいなかった。
シュウはゴールドに近い髪色が難なく似合う西洋風の面立ちをしている。さらに一九十センチ近い長身を支える長い足と、どこで鍛えたのか逆三角形のたくましい胸板。要するに近付く者の勇気を削くほど、見事すぎる風采なのだ。
対して私はよくいる平均点女子だった。
ストレートの黒髪に、派手でも地味でもない顔立ち。身長だって一六十センチと中背だし、致命的なのはAカップの貧乳だ。飾り気もないし、取り繕う気もない。唯一の取り柄が縁結び、それだけのつまらないオンナノコだ。
私のような者からすればシュウは別世界の人間で、こちらからは声を掛け難い。
学校は週の半分ほどしか顔を見せないし、休み時間は机に突っ伏して眠っている彼だから、タイミングがないとも言えるけれど。
多忙な理由は彼のアルバイトにある。シュウはその外見を活かし、ファッション雑誌『メンズ・ゼロ』のモデルを務めているのだ。
「行くぜ、ほら」
放課後になると、シュウは私のバッグを軽々と持ち上げて肩に担いだ。
「え、でも」
まだ掃除が終わっていない。
そう言った時、すでにシュウは教室を出ていた。よほど切羽詰まった恋をしているに違いない。すぐに告白しなければ相手がいなくなってしまうとか。
でも、そうだとしたら休み時間中に打ち明けてくれても良かったのに、わざわざ場所を変えるだなんて、誰かに聞かれたらまずいということなのだろうか。
まさか―― 不倫。ああどうしよう、面倒なことに巻き込まれたら。
だから地下鉄のホームにたどり着いたとき、私はすでに及び腰だった。やっぱり用事を思い出した、とでも言って引き返すべきだろうか。怒鳴られるだろうか。
「おまえ、可視か?」
電車に乗り込むと、シュウはぼそりとそう聞いた。
「カシ? どういう意味」
「わからないならいい。じゃあ、リールの力はいつから使い始めた?」
「りーる……?」
父が趣味で集めている釣り竿を思い出して首を傾げる。
「使ったことなんてないけど」
リール……りーる。何のことだろう。どこかで聞いたことがあるような気もする。でも、どこでだっただろう? はっきりとは思い出せない。
ひとつめの駅。目前の席がふたつ空き、私とシュウは並んで腰を下ろした。乗り込んできたサラリーマンが、ぎょっとした顔でシュウを凝視する。目立つのだろう。
「まさか、気付かずに使ってたのか」
けれどシュウのほうが、輪をかけて驚いた様子だった。
「そんなはずない。触ったこともないよ」
「あれだけ正確に仕事をこなしてるのに、か」
「仕事なんてしてないってば」
「なんにせよ、そろそろガタが来てるぜ」
「え?」
「このままだと体を壊す、つってんの」
シュウは腕組みをすると、「半蔵門で起こして」とだけ言って眠ってしまった。ちょっぴりホッとしながらバッグを胸に抱き締める。
今なら逃げられる。いや、逃げるならもう今しかない。
しかし正直、少しだけ興味があった。シュウがどんな女性に惹かれているのかと。
彼は美形だけれど、単純に容貌が麗しいだけではない。気怠そうな動作の中に艶みたいなものが垣間見えるのだ。うまく説明出来ないけれどとにかく見ているものをはっとさせるような、類いまれなる魅力だった。
にもかかわらず、私は彼への告白を代行したことがない。それどころか、シュウに彼女がいるとかいう話も聞かないのだ。片思いをしている女子―― に限らず熟女や男子も―― は多いと思う。なのに、誰も告白をしようとはしない。
青田買いにしてはだいぶ育った後だと思うけれど、ギリギリ、今なら間に合う気もするのに……変な話だ。
「あ、着いたよ。シュウ、着いたよ!」
窓越しに駅名が見えて、私は慌てて立ち上がった。半蔵門だ。
「あ? ……何ページ?」
「授業中じゃないよ。着いたってば、駅」
やっと好奇の視線から逃れられたと思ったのも束の間、ぬるい風をくぐりながら舞い戻った地上でも、やはりシュウは注目の的だった。
「こっちだ」
口を動かすのも億劫と感じるほどの気温だったので、私はそのまま彼の後ろを黙々と歩いた。
するとよくあるオフィス街を二百メートルほど進んだところで、それは前方に見えてきた。空にニョッキリと突き出し、天に刺さらんばかりの高層ビルは、削ったばかりの鉛筆みたいだった。
シュウは慣れた様子で建物の中へと進んで行く。ビクビクしながら後に続くと、室内にはクーラーが効いていて、体中の汗が一気に引っ込んだ。寒いくらいだ。
すると十メートルほど先に、近代的なゲートがあった。空港にあるものと似ている。シュウはその右側に親指をかざしながら進み、別の通路から私を招き入れてくれた。
「なに、ここ……」
マンションにしては大きすぎる。オフィスだとしたらあまりにもセキュリティが堅固すぎて気味が悪い。
「香月に紹介したい人がいる」
「え?」
「編集部に」
つまりここは雑誌社の自社ビルらしい。
エレベーターを降りるとすぐ、『メンズ・ゼロ』と書かれたプレートが視界に飛び込んできた。デスクがずらりと並んだフロアのほぼ中心、それは天井からぶらりと下がっている。
『メンズ・ゼロ』というのは十代後半から二十代前半の男性をターゲットとした、やたらと分厚いファッション雑誌だ。内容はというと国内のアパレル情報のみならず海外のハイブランドの新作まで取り扱っているため、本格志向の男性に好まれているらしい―― とは、学校で小耳に挟んだ情報。
シュウも学校ではズボンの裾をだらしなく引きずっているくせに、誌面ではタイトなスーツをびしっと着こなしていたりして、まるで別人のようなのだ。
「よお、加賀見」
シュウは一番奧に配置されたデスクへそう呼び掛ける。大量の書類だか本だかが積み重ねられていて、そこに人がいるのかいないのかは判断がつかない。
「患者を連れてきたぜ。会議室開けろよ」
患者、とはまさか私のことだろうか。
問いただそうとしてシュウの袖口をつかんだとき、ばさばさと紙がめくれるような音がした。すると次の瞬間、奥のデスク上にあったものが雪崩を起こし始めたのだ。
そうして邪魔な遮蔽物が残らず消え去ったとき、姿を現したのはひとりの男性だった。
彼は無駄にひらひらした装飾付きのブラウスに白いストレートパンツという格好で、優雅に薔薇柄の扇子を動かし、足を組んでワークチェアにゆったりと身を預けている。チョコレート色の髪は艶のあるストレートで肩につくほど長く、私の頭には何故か『ブルジョア』という単語が浮かんだ。
「ご苦労。で、どんな子?」
「こいつ。クラスメイトの香月捺南」
シュウの親指が肩越しに私を示す。やはりそうだ。
その男―― 加賀見さんは大股でずんずん近付いてきた。
「冗談だろう、女は嫌だと何度も言ったじゃないか!」
三十代の中ほどに見える。シュウほどではないけれど、それなりに整った顔立ちだ。
「そりゃ、てめェの趣味の問題だろ」
「当たり前だ。女は好かん。私はおまえのような若々しい少年が大好物なのだ」
「勘弁してくれ。言っておくけど香月の腕は確かだ。なんなら今すぐ栞さんと結びつけてやろうか」
「それこそ勘弁してくれ。巨乳は嫌いだ」
「だったらとっととこいつを治すよう、協会に取り合えよ」
口を半開きにして聞いていると、私の背後から甲高い声が響いた。
「編集長、あの有様、どうしたんですか!」
振り返ると、ちょうど目の高さに見事な小山がふたつあった。とんでもない巨乳だ。一メートルはある。
「先週社長に『片付けなければデスクごと捨てる』って言われたばっかりですよね! お借りした資料、ちっとも返却しないからこういうことになるんです」
「最近は延滞金が無料とかいうじゃないか」
「ポストレンタルじゃありませんから」
あっけにとられていた私に、シュウがこそっと耳打ちをする。
「彼女は滝口栞、二十五歳のライターだ。で、そっちのジジイが、『メンズ・ゼロ』編集長の加賀見、歳は知らねえけど多分アラフォーで、ここの社の取締役の息子だ。ちなみに栞さんはジジイに絶賛片思い中」
「へ、へえ……」
尚も続くマシンガンの撃ち合いのごとき言い争いに圧倒され、私は何故自分がここにいるのかという疑問を打ち明けることが出来なかった。ゆえに、気付けば商談室で彼らと向き合って座っていたのだった。
そして、冒頭の会話に至ったというわけだ。
タンパク質がどうの、色がどうの、と。
「君は可視か」
加賀見さんはロドプシンだかオプシンだかについて熱弁を振るった直後、シュウと全く同じことを尋ねた。
「リールのことはどこまで知っている。答えろ」
まるで尋問だ。うろたえた私を庇うように、シュウが「全く知らねえらしい」とフォローを入れた。
「しかも不可視だ」
「それで、リールはどこまで使えている?」
「百発百中。イチローもビビるぜ」
「信じ難いな。それならどうして協会がここまで放っておいたんだ」
―― リール、可視、使う。一体何のことだろう。業界の専門用語だろうか。だとしたら私なんていなくてもかまわないだろうに。そうは思ったけれど、やはり口を挟む余地はない。
窓の外に視線を投げた。他のビルの屋上が見える。人間の頭が小数点のように思えた。
ああ、そうかもしれない。人の命なんて所詮限りなくゼロに近いのだ。だからあっけなく消えてしまうのだろう。
そのまま目線を上げる。瞬間、あの日の空が脳裏に蘇った。
深いコバルトブルーに、眩しいほど鮮やかな一筋のオフホワイト。風に流されながら、最後は拡散して消えてしまった。あれが彼の一部だなんて、思えなかった。
どれくらいの時間、ぼうっとしていたのだろう。ふとテーブルの上を見ると、アイスコーヒーは見事なグラデーションカラーの液体へと変貌を遂げていた。
「……あの、私、もう帰ります」
これ以上ここに留まってはいけない、と思った。
私はこの流されやすい性格のせいで今まで充分損をしてきた。告白代行も、わざわざここまで赴いたことも、物質的に言えばここに来るまでの電車賃だってそうだ。この辺で自重しておかないと大変なことになる。
「遅くなるとお母さんが心配するし。ごめんね」
「待てよ、オレは香月のために」
「私、本当にどこも悪くないよ。大丈夫だから」
軽く一礼をして部屋を出ようとすると、入り口近くに立っていた栞さんが、ドアを押し開いてくれた。その時だった。
「……思い出した。君はあの時の少女だな」
加賀見さんは椅子の背もたれに寄り掛かり、薔薇柄の扇子をパタリと畳む。私は足を止め、振り返りながら眉をひそめた。
「沖永佑はどうした。彼はなかなか私好みだったと記憶しているが」
空耳だろうか。どうしてこの人が、お兄ちゃんの名前を?
「しかし君ももう限界だろう。すぐにでも倒れるぞ」
目を細めながら、彼は再びぱちんと扇子を開く。その音と共に、非常に高い耳鳴りを聞いた。
思わず眉間に皺を寄せる。と次に、足の感覚がないことに気付いた。
えっ。
引力に逆らえず、床に吸い込まれるように前のめりで傾く。ドッと音を立ててその場に膝をつくと、慌てて駆け寄ってきたシュウが私を支えてくれた。
「香月、大丈夫か」
大丈夫か、だいじょうぶか、ダイジョウブカだいじょ――――――。
耳の奥で音が反響している。ぼやけた視界の向こうに、心配そうな表情。平気だよ、だからもう帰る。そう言いたいのに、唇が痺れて動かない。
どうして。アイスコーヒーに何かが入っていた? いや、口を付けた覚えはない。
ああ、もう、だめ。頭の芯が重い。抗えず瞼を降ろしながら、その裏に思い描くのはやはり佑お兄ちゃんの面影だった。
『いつか捺南に、特別に見せたいものがあるんだ』
それは、彼の口癖。
なにを、と尋ねても返事はいつも同じだった。
『何だと思う? これが何なのか、僕にも分からないんだ』
淋しそうに細められた瞳。正体不明のそれについて、彼が語ることはほとんどなかった。彼亡き後、残されたのは曖昧な記憶だけ。結局私は今も答えを知らないままだ。
お兄ちゃんは私に、何を見せたかったのだろう。
「おいシュウ、協会の施設に空きがあるそうだ。この子はこのまま入院させよう」
「ああ、わかってる」
「編集長、屋上にヘリをスタンバイさせましょうか」
「頼む。それと、彼女の家族にも連絡を。三年前のファイルに連絡先が残っているはずだ」
微かに拾った会話は、まるで外国語のようで。聞こえているのに、わからない……。
私の意識は飲み込まれるように、とろりと内側の闇に溶けた。