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15.シザーの権限を以て

 

 現在施設内にいる人物を怪しいか怪しくないかで分類したら、私は確実に前者に含まれるだろう。誰の目から見てもそう、間違いない。

 血だらけの寝間着を手にした姿はまず志津木さんに見つかり、さらに彼が呼んだ伊倉さんとユーヤさんにも目撃されてしまった。自分のものではないと主張しても、当然のように聞き入れてはもらえなかった。

 悲しいことにあれは犯行の疑いを抱かせるには充分すぎる代物で、さらに私の言い分の信憑性をたちどころに奪う効力を持っていたのだ。

 逆に自分が彼らの立場だったとして、やはり聞く耳は持たないと思う。仕方のないことだ。とはいえ身に覚えのないことを、やりました、とは言えない。

 だから誰も信じてくれないとわかっていても、私は弁明し続けるよりほかなかった。


「私じゃありません。何もやってません。気がついたらそれが部屋にあって……本当に知らないんです」

「どうだか。俺がやってない、って言ったとき、そこのカレシは何て言ったっけ」


 親切だったはずのユーヤさんにまで冷たくあしらわれ、消えてしまいたい気分になる。

 馬鹿な事をした。少し考えればわかることだ。持ち運ぶなんて危険極まりない行為は避けて、部屋に置いたままシュウを呼びにいくべきだった。

 あれを発見する直前、白の部屋は鍵が開いた状態で放置されていた。だから犯人は簡単に忍び込めたし、そうして私の寝間着と犯行時に使用した寝間着を入れ替えたのだろうと思う。

 けれど―― しかしそれは単なる憶測で、裏付けとなる証拠があるわけでもない。説明したところで、なるほどそうかと納得してもらえる可能性は低い。


「この期に及んで庇う気はないだろうね、小泉くん」


 静かな声でいいながら、伊倉さんは不機嫌そうに頬杖をつく。

 しかしシュウはこの部屋に入ってすぐ私の脇に座ったきり、顔をしかめて黙り込んだまま、尋ねられたことに素直に答える気はさらさらないようだった。いや、それ以前に聞いてすらいないのかもしれない。


「おい小泉、何か言ったらどうなんだよ」

「シュウは関係ありません。私、私だって何も知りません……」


 同じような問答がかれこれ四十分以上も続いている。

 犯人だ犯人だとこうも言われ続けると、もともとない自信がますますなくなっていく気がした。間違えているのは自分かもしれない、というあらぬ疑いが頭をもたげてくる。取調室内の容疑者にでもなった気分だ。世のえん罪はこんな、感覚の麻痺がきっかけで生まれるのだろうとも思った。

 するとようやくシュウが長い沈黙を破り、重い口を開いたのだった。


「……ジジイ、ちょっと」


 加賀見さんを見上げ、親指で廊下を示す。人気のないところで話したいことでもあったのだろう。しかしその行動は、伊倉さんと志津木さん、そしてユーヤさんの三人によって素早く阻まれてしまった。


「これ以上立場を悪くしたくないなら、疑わしい行動はひかえたほうがいい」


 もっともだ。私の協力者としてみなされている以上、極力大人しくしていたほうがいいに決まっている。加賀見さんと栞さんだって同様に香月一味として犯人扱いされているのだから尚のこと。

 クソ、とシュウは歯痒そうに足をゆすって天井を見上げた。彼にももう手だてはないのかもしれない。絶望的だ。


「じゃあここでいい。ジジイ、質問に答えろ」

「なんだ。趣味ならアンティーク収集だと何度も教えただろう」

「それは二度と教えなくていいと何度も言った」

「とくにイギリス、エインズレイの蝶々ハンドルは喉から手が出るほど欲しい。あれは実に美しいぞ。貢ぎ物としてなら喜んで受け取ろう」

「聞け」


 この状況でまだ愉快な掛け合いができるとは、暢気なのか―――― 慣れているのか。

 しかし私は笑えなかったし、もちろんその場の雰囲気が和らぐといったこともなかった。


「二階の部屋分けに使われているタイルと同じ色のものは用意出来るか。色紙でもなんでもいい」

「カラーチップならDICとPANTONEのものを一揃え持ち歩いている。色票が小さくても良いなら近似色を提示できる」

「それでいい。すぐに準備してくれ」

「わかった。おまえの望みならなんなりと叶えてやろう。礼はもちろんキ」

「早く行け」


 渋々ではあるけれど、こうして加賀見さんは二階へと向かったのだった。長谷さんの提案により、伊倉さんの監視付きで、だけれど。私の所為だ。ひたすら申し訳なく思う。

 シュウは肩を上げ下げしつつ気怠そうに、今度は草木さんへ声を掛けた。


「聞きたいことがある。少しいいか」


 部屋の隅で翠川先生にコーヒーを差し出していた彼女は、丸いトレーを胸に抱えたまま軽い会釈で応える。


「はい、私でよろしければ」

「二階に待機している畠と接触したことはあるか」


 意外な質問だったのか、草木さんはええ、と目を丸くした。


「ここにいらしたときに直接部屋の鍵をお渡ししました。でもお食事は持参なさっていて、用意はいらないとのことでしたので以降はお会いしていません」

「会話はしたんだな」

「はい。その、お食事のことと施設の案内をひととおり。あ、診察の前に、ドア越しに話し掛けたこともあります。診察には先生だけが入られましたけど」

「そうか、ありがとう。じゃあ他の皆はどうだ? 畠と会ったことはあるか」


 その問いかけに、私と翠川先生を除く全員が「ない」と答えた。

 なんなんだ、とユーヤさんたちは顔を見合わせて眉をひそめる。私にもシュウが何故そんなことを尋ねるのかわからなかった。畠さんは事件に関して部外者も同然だ。関係を知ったからと言って何か重大なことが分かるとは思えない。目の前のユーヤさんたちも同じことを思ったようで、苛立ちを表すように机上をこつこつ叩いてみせた。


「いいかげんにしろよ。あまり勝手な行動ばっかりしてると、お前らふたり、自白を待たずにフランス本部に突き出すぞ」

「オレ達はやっていない。突き出したって無駄だ」


 答えたシュウは、ケンカ腰でも、煽るような口調でもなかった。


「シザーである君が側に居る時点で、ひもは無実の証拠にはならないよ」


 志津木さんの声にはため息が混じっている。その横で頷くユーヤさんを見るに、全員がもう、シュウがシザーであることを知っている様子だった。


「そのことならもういい。皆、好き勝手に、思いたいように思えばいい」

「なら、もう素直に彼女を犯人だと認めて……」

「香月はやっていない」


 きっぱりと否定する。まるで私の無罪を確信しているかのような声色で。


「犯人は他にいる。これからそれを―――― ここで明らかにする」


 言い切るか否か、皆がシュウへと視線を集中させたのがわかった。

 両手をテーブル上にゆるりと乗せ胸を張ったその姿は、教室で居眠りをしているときとまるで別人だった。華やかに誌面を飾っているときともまた違う。冷静で集中しきった瞳には余裕さえ感じられる。

 こんなシュウ、初めて見る。


「わかった、のかい、犯人」


 翠川先生は息を飲みつつ問う。いや、その場の全員が息を飲んでいたと思う。シュウは頷き一旦場の全員をぐるりと見渡すと、静かに席を立った。


 そして高らかに宣言したのだった。



「‘シザー’の権限をもって、審判開始をここに宣言する」


 

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