2. チャンス
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天文十四年(1545) 八月 山城国葛野郡 近衛邸
「孝子。孝子はおるか。」
「お兄様!」
部屋に入ってきたのは、兄の近衛晴嗣である。
十にも満たない齡なれど、従三位に叙せられた近衛の貴公子である。
和歌・連歌・書道などの文化に精通している他、公卿の身にありながら武芸にも打ち込み、文武ともに明るい。
孝子はこの兄晴嗣が大好きだ。
精悍な顔立ちに武人のようながっしりとした体つきの美丈夫である。
日差しが差し込み、晴嗣のすっと通った鼻筋に反射して影を作る。
孝子は整った晴嗣の横顔を何とはなしに眺めるのが好きだ。
歳の近い孝子に親近感があるのか、晴嗣は和歌、書などを教えてくれたり、ともに蹴鞠で遊んだり、何かと孝子を構ってくれる。
「堺に南蛮船が来たそうじゃ。珍しい品を小西が持ってきているそうじゃから、孝子も見てみるがよいぞ。」
「まあ。ありがとうございます、お兄様!早速行って参ります!」
「ほほほ、慌てるでないぞ。」
廊下を走りながら、孝子は念願の商人との対面に胸が躍る気持ちをなんとか抑えようとしていた。
一世一代の商談だ。商人に自分を認めさせなければならない。