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短編恋愛小説集「嘘の告白」  作者: ?がらくた
女友達 中野未来編
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第5話 二人きりの帰り道 中野未来編その1

カラオケ終了後


遊び疲れながらも目的の駅に到着すると、仕事帰りのサラリーマンや学生でごった返していた。

忙しなく響く足音に耳をすませていると、 几帳面な生き方を強要されている気になって窮屈だった。

道の往来で立ち止まっていると、歩行者の邪魔になるので、すぐさま改札口を抜ける。

どの町でも見かける、Mの英文字が印象的なハンバーガーチェーン店。

コンビニのような大きさの本屋。

服屋や雑貨屋などがある、こじんまりしたスーパー。

駅前には、種々な店舗が軒を連ねていた。

ご飯を食べたり、買い物するには困らない。

だが最低限のことはできるけれど、都会と呼べるほど開けてはいなかった。

まさに中途半端な田舎と表現するのが、相応しい場所だ。

腕時計を見遣ると、6時を回っている。

建物の影に隠れているものの、水平線の空は橙になっていた。

街路灯に光が灯り出し、俺は夜の訪れを実感する。

駅前ということもあって、時折電車が通り過ぎると、耳障りな騒音が鼓膜を刺激する。


「歌った歌ったぁ~。もう喉ガラガラ」

「お前、元気そうじゃん。心配して損したわ~」

「楽しかったよ、また遊ぼうね。未来ちゃん」

「優吾はこの後どうすんだ。俺と加奈は塾があるから、まっすぐ帰るけど」

「いや、ちょっと用事あるからさ。佐久間さんを送ってあげろよ、公一」


俺と未来は、二人に手を振って別れた。

暫く眺めていると、彼らは次第に雑踏の中に消えていく。

あいつが付いていれば、佐久間さんは大丈夫だ。


「私、こっちだから。じゃあね、優吾」

「家まで送るよ、女子一人で出歩くのは危ないだろ」


俺に背を向けた彼女は突然の申し出に面喰らったのか、目をぱちぱちする。

まるで信じられないものでも見たと言わんばかりに。


「ええ、いいっていいって。まだ明るいし……」

「未来の住んでるアパート、駅から五分でそこまで手間でもないし。お互い家に遊びに行ったことだってあるんだ、今更恥ずかしがることか?」

「だって、どこか行くんじゃないの。優吾に悪いし」

「そのために公一と帰るの、断ったんだからさ。未来に拒絶されたら、一人で寂しく帰らないとな~」

「嫌味ったらしいわね。じゃ、お願いしよっかな」


7時になれば、本格的に暗くなっていく。

送り届けないと、延々と外で遊んでいそうなやんちゃな子だからこそ心配なのだ。

思いが通じたのか、未来は了承してくれた。

彼女の後ろをついていくと、めぼしいものは何一つない寂れた街並みが映った。

聞いたことのない名前の、おそらく個人経営のカフェ。

シャッターが降りていて、潰れているのかやっているのかさえ定かでない店。

単に営業時間ではないのだろうが、やっているのを見たことがなかった。

街が発展していくと共に、失っていったものもあるのだな。

この道を抜ける時、俺はいつも感傷的な気持ちに浸っていた。


「まだ肌寒いね」

「ああ、まだ手袋とかマフラー必要そうだな。風邪引いちゃうぞ」

「そうだね、明日はちゃんと防寒していこう」

「……」


口元に手を当てて息を吹き当ててつつ、未来はしみじみと呟いた。

彼女が押し黙ると、俺もつられて沈黙する。

時折視線が合うと、すぐにそっぽを向かれてしまい、とても話ができる雰囲気ではなかった。

どう切り出せばいいんだろうか。

あれこれ悩んでいると、運動した直後のように胸が高鳴っていく。


「な、何か喋ってくれよ。やりづらいし」

「……ねぇ。優吾ってそういう所あるよね」


会話が途切れて気まずくなった俺は、助け船を求める。

すると未来はどうとでも取れる、曖昧な言葉を返した。


「そういう所って何だよ、はっきり言ってくれないて分かんねぇよ」

「だからさ、女の子を家に送ったりするの。他の子にしてるの?」

「まぁ、佐久間さんとか親しい子には。だって心配だし」


問い掛けの意味について訊ねると、逆に聞き返される。

素直に答えると、彼女はフグみたいにぷうっと顔を膨らませた。

頬は熟れた桃のように色づいている。


「あわよくば加奈ちゃんを狙ってるんだ、エロ島」

「いやいや、仲のいい子だから送ってるんだよ。未来だって一緒さ」

「それってだ、大事ってこと。……褒めても何も出ないからっ」


やたら刺々しい口調で突っかかってきたと思えば、今度は取り乱した。

人に慣れた動物園の動物を眺めているみたいで、彼女の顔はずっと見ていても飽きない。


「ま、佐久間さんは可愛いよな。どこかの誰かさんと違って、素直でお淑やかだし。送っても、嫌な表情なんてしないし」

「美少女に鼻の下伸ばしすぎ、バカ島」

「クッ、こいつめ。悪口だけはペラペラと……」

「私なりに頑張って、元気になってほしかったのに。もうちょっと優しくしてくれたっていいじゃん」


口では表さないが、彼女に感謝しているのは事実だった。

遊んでいる間だけは、宮本さんのことを考えずに済む。

公一は真面目な相談事に、耳を傾けてはくれない。

どんな話をしても茶化して馬鹿話にするから、話しづらいのだ。

だからこそ今日は、未来の有り難さを痛いほど実感した。

楽しかった。

ありがとう。

感謝してる。

どれか一つでも言えればよかったけど、気恥ずかしくて、その一言が言えなかった。

メールなどの文章で伝えるのと、直接面と向かって言うのではまるで違った。

いざ本人を前にすると、沸騰したヤカンみたいに顔が熱くなるのだ。

その上心を込めようだなんて考えると、背中は冷や汗でびっしょりになってしまう。

こんなのは自分の柄ではない。

未来だって、感謝されたくて親切にしてくれた訳ではないだろう。

それに彼女だって、恥ずかしがる。

言い訳ばかりが思いついて、なかなか最初の一歩が踏み出せなかった。


「あのさ、未来……」

「あ、ここまででいいよ」


彼女の視線の先に目を向けると、二階建てのアパートが視界に入る。

二階の柵や階段の手すりは錆びついていて、ボロっちい。

いつか壊れてしまいそうで、触るのは躊躇いがあった。


「危ないから、寄り道しないで帰れよ」

「……じゃあね」

「み、未来」


背中を向けた彼女を呼び止める。

言おう、言わなければ。

そう考えると、ありとあらゆる負の感情が

でも、沸き上がる感情に嘘はつけなかった。


「何、優吾」

「今日はその……えっと……ダメだ。上手く言葉にできねぇな」

「……今日は楽しかった」


口を尖らせて、いかにも機嫌が悪そうに言う彼女を見て、俺は噴き出しそうになった。

何を気負う必要があったんだろう。

素直でなくて、恥ずかしがりなのは、彼女だって一緒だと。


「おう、俺もだ。まだ世話になるだろうけど、困ったことがあれば相談してくれよ」

「また遊ぼうよ。今度は優しい優しい優吾くんの奢りで」

「分かった分かった。またどこか行こうな」

「うん、バイバイ」


そういうと未来は、そそくさと階段を駆け上がる。

見下ろしながら手を振る彼女の微笑みは、夕映えに照らされていつにも増して輝いていた。

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