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仕合わせ

作者: 広津瑞葉

友人が死んだ。どうも自殺らしい。こんな言い方だと他人事のように思われてしまうが、実際は本当に仲が良かった。きっと私がそう思っているだけかもしれないが。

私にはどうしても、友人が自殺するなんて考えられなかった。彼女は誰にでも分け隔てなく話すし、いつ見ても楽しそうにしていた。いつも教室の隅で一人でいる私にも、積極的に話し掛けてくる人はきっと彼女ぐらいだろう。私の知らないところでいじめを受けていたのなら話は別かもしれないが、そんなことを聞いたことがない。でも、私には少し引っかかるような会話をした覚えがある。


友人の自殺から約一週間前、彼女はいつものように、休み時間に私に話しかけてきた。ここで「元気?」とか「調子どう?」とか「次の授業……」とか普通の話題でくれば、印象に残ることもなかった。だが、この時だけは違った。

「ねぇ、由香。今までの人生って楽しかった?」

彼女の第一声がこれだったのだ。まぁ、由香は私の名前だが、そんなことはどうでもいい。どうして人生なんて……。確かに、私が今までに生きた十数年間は、良かったとまでは言い難い。かと言って、全てが全て悪かったわけでもない。平凡だったと、自分ではそう言うしかなかった。

私が少し返答に困っていると、彼女はまた訊ねてきた。

「どちらかというと、楽しかった?つまらなかった?」

「つまらなかったの方が少し大きいかな……。」

つい、反射的に答えてしまった。私にはこういう問いかけが少し苦手なのだ。大体マイナスな方に答えてしまう。ただ、これは普通に合っている気がする。平凡もつまらないに分類されればの話だが。

私からの返事を聞いた友人は、感情を落とした顔になり、

「そっか、そうなんだ。」

と呟いた。私に「どうして」と言わせる間を持たせずに、彼女は続けた。

「それなら、その先の人生は少しでも明るいものにしたいよね。」

「そうだけど……。」

「そうだけど、ってどうしたの?」

「あ、ううん。なんでもない。」

なんで私、そうだけどって言ったんだろう?ああやって言っといて、何も考えてなかったというのに。

「私、ふと思うんだ。誰かの不幸があって、今の幸せが成り立っているんじゃないかって。」

重々しさも何も感じさせないように、友人が言った。驚く程自然だった。でも、私からしたらあれは彼女にはふさわしくないと思う。どうしてそう思うかは分からない。分からないのだ。

「私はもちろん、皆が幸せになるのを願ってるよ。でも、世界はそんなに都合良く出来てない。だって、未だに紛争を起こしてるところがあるんだよ?あと……ううん、これはいいや。」

言葉を濁す友人に、戸惑いを隠せなかった。声を出さずに彼女を引き留める私に、彼女は優しく告げた。

「由香のおかげで、やるべき事が分かったよ。ありがとう。」

彼女の想いを汲めずにいた私だったが、引き留める勇気はチャイムに攫われてしまった。


友人が自殺した翌日、私に一通の手紙が届いた。茶色の封筒に入っていた為、宛先を見るまで大事な書類の入った封書だと思っていた。手紙だと感じた理由は、差出人が自殺した友人だったからだ。彼女が死ぬ前に書いたことって何だろうか、何故手紙に残したのか、どうして私に宛てたのか、色んなことが浮かんでくるが、これ以上深く考えずに封を切った。

『まずは、私がこうして身勝手に死んでいったことをどうか許してほしい。もちろん、理由があってこんな行動をとっている。

貴方も知っての通り、私はいじめとは程遠い人だった。自分の人生に悲観したこともなかった。こんな言い方をすると、どこかで本当にいじめに遭っている人達に申し訳ないのだが。そうであれば、何故私は自殺したのか、見当がつかなくなるだろう。貴方であれば尚更だ。

私は、貴方のこの先の幸せを願って命を絶った。

具体的にこの時からというのは覚えていないが、私はずっと心の底から「楽しい」と感じることが出来なかった。いつも「空っぽ」だった。それをなるべく悟られず、埋められるように誰とでも分け隔てなく話す人に私はなった。それでも、私は「空っぽ」のままだった。どれだけ友人や知人が増えても、誕生日を祝われたとしても、自分には何にも還元されなかった。全て楽しくしているフリだった。そう感じていても人生に悲観しなかったのは、誰もが平等に時間が流れていると感じることが出来ていたからだ。

貴方はそこに属していないように見えていた。一人だけ時間が止まっているようだった。あまり接点のない人から積極的な人付き合いを勧められても、すぐには出来ないだろうし、冷ややかな目で見られる可能性も高かった。多少無理にでも、時が動く場所へと導きたかった。これ以上、誰も心を冷やさぬように。でも、話しかけた途端に「無理だ」と感じてしまった。あの場所だから貴方は存在を保てている、そう感じてしまった。私と同じだ、私と同じ「空っぽ」なのだと。ただ、あの時はまだ「希望がある」と思っていた。それが、一週間ぐらい前の貴方への質問に繋がる。貴方の答えが聞きたかった。「空っぽ」を隠さず貫いた貴方に、私の未来を決めてしまおうと思っていた。勝手に委ねたと言うのが正しいが、私はそうとは考えていなかった。貴方の答えは「つまらなかった」だった。だから、私が死ぬという周りの不幸を喰って幸せになって欲しい。世界を変えるつもりなど、私にはなかった。

最後にお願いがある。どうかこの手紙の内容は誰にも言わないでほしい。貴方の家族にも、私の家族にも。もちろん、同級生や学校の先生にも言わないでほしい。これは私と貴方の秘密でなければならないのだ。周りの人達には、私が「人付き合いが好きな」人というイメージのままであるべきだと。「楽しそう」を残した人であると。そして、貴方だけには、私の死になるべく薄情であって欲しい。せめて、悲しまないでほしいのだ。不幸とみなされ、誰かの幸せとならない為にも。後者は私の完全なわがままだ。

貴方と出会えたことには、後悔していない。』

これが、友人から宛てられた手紙だった。

無理だ。もう、無理なんだ。既に私は涙を浮かべていた。読み進めればたちまち溢れて、とめどなく頬をつたっていく。彼女を生かす方法はあったのだ。「楽しかった」と答えれば、彼女は自殺することなどなかったかもしれないのだ。嘘でも、いや、嘘をついてでも。

「私が、殺したんだ……。私が……。」

そう呟いて、一人静かに泣いていた。慟哭にも勇気が必要だったが、私にはなかった。ただ、心の中では大声で叫んでいた。

もう、誰も『幸せ』にはなれない。私も含めて。

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