9.現実を見ましょう
そんなこんなで、隼翠さんの世界征服事件はあっという間に終幕した。
学校の雪は白梅ちゃんが再度燃やし尽くし、壊れた校長の机は異常気象で起きた大雪のせいにして、なんとか事なきを得た。
緋緒里さんと隼翠さん、また白梅ちゃんのことは学校のみんなには通りすがりの人ということにして、葵介君のきょうだいであることは伏せておくことにした。いや、葵介君から懇願された。全ては彼の今後の学校生活の為らしい。
ちなみに緋緒里さんを襲わせた時、白梅ちゃんはナイスバディな女性がいるという情報しか流さなかった為、男子生徒達は葵介君のお姉さんであることは知らないそうである。写真集についてもやはり葵介君の言うとおり、白梅ちゃんの口からでまかせだったようだ。
血を吸った緋緒里さんのことについては、雪が見せた幻だ――と言い張って無理矢理納得させた。というのも、血を吸われた矢吹にその時の記憶がごっそりと抜け落ちていたのだ。唯一、矢吹だけは緋緒里さんから葵介君の姉であることを直接説明されてしまった上に血まで吸われているので、どう口止めしようかと悩んだのだが、拍子抜けである。
しかも、彼の首筋に吸われた傷痕もまるでなかったのだ。
不思議に思ったのだが、含み笑いをする緋緒里さんがなんだか怖くて、聞くに聞けず。
まあとりあえず、そう言った訳で男子生徒達を納得させることができたのである。
そして隼翠さんはというと、校長室を逃げるように出て行ってから、行方を眩ましてしまったらしい。家にも戻って来なかったようなのだ。
そうなると、もちろんあの親父さんが黙っている訳もなく。葵介君によると、涙ながらに大捜索中らしい。
僕はというと――平穏な毎日を送っている。
暑い真夏日。
教室に響き渡るセミの声。
流暢に教鞭を執る教師。
教科書を片手に、ふと窓の外を見る。
大きな入道雲が空いっぱいに浮かんでいる。
あの時の出来事は夢だったのではないか――
「うん、夢にしよう!」
僕は席を立ち上がる。
「弦巻! 久し振りに授業出たと思ったら、なに寝惚けてる!」
「先生! お腹が痛くなりました! 保健室に行ってきます!」
おっかない先生の怒声を背中で聞きながら、僕は屋上へと走り出す。
なんとなく訪れることを避けていた屋上。
しかし僕はやっぱり、屋上で昼寝をするのが大好きなんだ。
屋上の扉を開けば――
「きゃはは! しゅーくんの雪なんて怖くないもーん!」
「し、白梅! ボクの邪魔をするなあ!」
聞き覚えのある声とともに、炎と大雪が空中を舞っていた。
白梅ちゃんと、行方不明だったはずの隼翠さんである。
「兄さんってば、しつこいんだから! 食事中くらい喧嘩売るのはよしてよね!」
「だから学校までわざわざ血を吸いに来るなよな!?」
そしてまた聞き覚えのある声がするほうを見れば、そこには葵介君と緋緒里さんがいた。
「えーっと……」
僕はその光景を見て悟った。
やはり彼らとの出来事を夢だったことにするのは無理なのだろうと。
「あら、晴人くんじゃない!」
緋緒里さんは僕を見つけると、綺麗な黒髪を靡かせてこちらへと駆け寄って来てくれた。
「どうしたの、ボーッとして?」
「あ、いえ。ただその――」
僕は彼女の唇を見つめる。艶かしい真っ赤な唇を。
人間なのか、バケモノなのか。
いや、それはすでに知っている。
それでも何故だか、聞かずにはいられなかったのだ。
「緋緒里さんは――バケモノなんですか?」
それを聞いた彼女は、瞳を大きく見開く。
しかしすぐに、真っ赤な唇を歪めて妖艶に微笑んだ。
「半分だけ――ね」
僕は予想通りの返答に満足したと同時に、異様なほどに喉の渇きを感じるのだった――