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8.幸せは人それぞれです

 隼翠さんは雪男だ。当然、夏は苦手だろう。

 ――そう思い込んでいたのだが、僕は彼らきょうだいについての認識がまだまだ甘かった。

 バケモノはバケモノでも、彼らはあくまで『半分』だけ、バケモノなのだ。

 校長室の扉を開けて早々、目の前では一人の男が体育座りをしてストーブの前でヌクヌクと暖まっていた。

 白い着物に白い長髪、白い肌。

 間違いなく彼が隼翠さんなのだろう。

「……えっと、夏が苦手だから頭がおかしくなって喧嘩を吹っ掛けてくるって言ってなかったっけ?」

 隣の葵介君に問えば、「苦手、なんて一言も言ってねーよ?」と返される。

 思えば確かに言ってない。僕が思っただけである。

「兄貴は極度の冷え症なんだ。だから冬は大の苦手。寧ろ夏が好きでテンション上がりまくって頭がおかしくなるんだよ」

「ええ!?」

 雪男なのに冷え症って。

 こちらに気付いた隼翠さんは、ビクッと震えて身構える。

「な、な、な、お前達、なんで……って白梅!?」

 狼狽える隼翠さんの顔は真っ白なサラサラ髪に隠れてしまっており、表情は読めない。

「う、裏切ったな!?」

「えへへー。ごめんね、しゅーくん!」

 反省の色などサラサラ見せることなく謝る白梅ちゃん。隼翠さんは悔しそうに歯軋りしながら立ち上がり、緋緒里さん達も彼に向き合う。

「観念しなさい! 大体ねえ、兄さんはやることがショボ過ぎなのよ!」

「しかも妹まで使いやがるとは、男の風上にもおけねーぜ!」

「う、うるさい! お前らこそもう少し兄を敬ったらどうだ! 人のことを根暗だアホだと言って蔑んで!」

「きゃはは! だって全部ホントー!」

「白梅ぇ!?」

 末の妹にまで言われて荒ぶるお兄さん。哀れである。

「くぅっ、お前ら全員雪に埋もれてしまえ!!」

 隼翠さんが手のひらを突き出す。すると周りから冷気が漂い始める。

 瞬間、彼の手のひらから白い粉雪がドバッと溢れ出した!

 思わず目を背けそうになるが、緋緒里さんが「白梅!」と呼び掛けると、「はーい!」と笑顔で返事した白梅ちゃんが前へ出て、隼翠さんと同じく手のひらを突き出した。いつの間にか消えていた可愛らしい狐の耳と尻尾が、再びニョキッと生える。そして熱気が漂い始め、現れた炎の渦が雪へと向かって行く!

 激しくぶつかり合う雪と炎だったが、圧倒的に炎が優勢。雪を溶かし隼翠さんの目の前まで炎が突き進むと、彼の白い髪の毛がチリチリと焼けそうになる。

「アチチチチッ!?」

 慌てて後ろに退く隼翠さん。

 その時、葵介君が動いた。

 ポケットに隠し持っていた月見団子を頬張ったのだ!

 見る見る内に狼の耳と尻尾が生えて、「うおおお!」と少年漫画の主人公さながらに気合いを入れて拳を握り締める。今の葵介君は〈成人男性の平均の三倍の更に三倍の強い力〉を持っているはずだ。

 しかし、その姿は悲しきかな可愛らしいコスプレ姿にしか見えない。

「行くぞ、兄貴ぃぃぃ!!」

 それでも葵介君は勢い衰えず、隼翠さんに向かって走り出す!

「き、葵介!! それはマズイ!! 待って、ホント、タンマァ!!」

 もはや泣き声に近い感じで叫ぶ隼翠さんだが、葵介君がそれで止まるはずもなく。

「うおりゃあああ!!」

 葵介君の拳が、隼翠さんの頬にめり込んだ!

「ぶはあっ!?」

 軽々と吹っ飛んで、盛大な音を立てながら校長の机を真っ二つに破壊し倒れ込む。

 ああ、校長が帰ったら一大事である。

 ふと窓の外を見ると、大量の大雪はいつの間にか止んでいた。

「終わったわね」

 呆気なさ過ぎる。感慨にふける緋緒里さんの言葉に思わず突っ込みそうになる。

「これに懲りたら、二度とこんなバカな真似すんなよ、兄貴」

 葵介君は耳と尻尾を収めて諭すように言った。

 普通なら死んでいるだろうパンチを喰らった隼翠さんは、辛うじて意識はあるらしく、苦しそうに呻きながら上体を起こす。さすがバケモノの子と言うべきか、親父さんの子と言うべきか。

「うぅ……ボ、ボクは……ただ……」

 なにか言いたそうにしていると、廊下からすごい勢いで誰かが走ってくる足音が響き渡る。

 そして校長室の扉が壊れそうな勢いでスパンッと開いた。

「マイスイートチルドレン!!」

 既視感を覚えたそれは間違いではなく、彼ら蓮見きょうだいの変態チックな親父さんであった。

「あ、パパンだ!」

「おおおー、白梅! お前は相変わらず可愛いなあ!」

「えへへ!」

 白梅ちゃんは親父さんが大好きなのだろう。頭を撫でられて満面の笑顔だ。葵介君の親父さんへの態度とは雲泥の差である。

「どうして親父さんがここに?」

「おお、君は! 葵介の心の友と書いて心友君!」

「いやだから名前で呼べって!」

 葵介君の突っ込みも、テンションの高い親父さんの耳には届かない。

「巻き込んですまなかったね! 私は心配でいてもたってもいられず、こうして学校まで駆け付けて来た訳だ!」

 本当に子供想いのいいパパンである。バケモノに対する見境のなさは一級品な気はするが。

 親父さんは弱った隼翠さんに向き合うと、「隼翠、辛かったろう! パパはいつでもお前の味方だよ!」と両腕を広げて彼のもとへ向かって行く。

 隼翠さんはそんな親父さんを見つめる。いや、あれは憎き敵のように睨み付けている気がする。髪の毛で顔は見えないのだが。

「お、お前が……! ボクを……!」

 隼翠さんは手のひらをかざす。

「甘やかすから悪いんだー!!」

 ありったけの雄叫びを上げて、大量の雪を親父さんへとぶっ放した。

「どほぅ!?」

 瞬時に廊下へと吹き飛ばされる親父さん。

「うぅっ。し、霜焼けする!」

 隼翠さんは慌ててストーブへと手をかざした。

 冷え症だから雪を手から出すのも苦手ということか。なんて不便な。

「親父さんのことが嫌いなんですか?」

 誰一人親父さんの心配をする者がいない中、僕は率先して質問する。

「ああ、そうだ! アイツはなんでも買ってくれるし、なにをしても怒らないし、家に引き込もっても文句も言わないからズルズルとこの年まで無駄に過ごしてしまったんだ! 彼女もできない!」

 隼翠さんは激昂し、地面を叩き付ける。

 やはり親父さんは相当親バカらしい。

 しかし緋緒里さんは自分の兄に対して「バカね」とキッパリ言い放つ。

「兄さんだってそれに甘えてきたからこうなってるんでしょう。自分でさっさと一人立ちすればよかったのよ」

 もっともな意見である。

「わ、わかってる! だからこれを機にボクは一人立ちするつもりだ!」

「おい、世界征服はどうなった!」

「そんなの冗談に決まってるだろ!」

 即答されて葵介君は不満気に押し黙る。

「スキー場はやめるのー?」

「スキー場?」

 白梅ちゃんに聞き返せば、「しゅーくんはねぇ、パパンが経営してるスキー場の代表になってて、雪降らせてるの!」と楽しそうに答えてくれた。

 なるほど。雪を降らせる能力があれば、確かにスキー場も簡単に作れる。

 というか、その肩書きがあれば十分にモテるのではなかろうか。

 その時、廊下から小さな人影が現れる。

 蓮見家のばあやさんコト、乙美さんだ。

「隼翠さまー!! ばあやは感激ですー!!」

「ぐふぅ!」

 廊下に放り出された親父さんを踏みつけ、隼翠さんへと飛び付いた。親父さんの息の根が止まったかもしれない。

「お、乙美か!?」

 狼狽える隼翠さん。

「隼翠さまがお生まれになってはや三十年! 初めてお一人でこんなところまで外出されたのですからー!」

 生まれた時からの引きこもりだったのか。

「ま、白梅がいたけどね」

 ぽそっと呟く緋緒里さん。

「ということで、隼翠さま」

「……な、なんだ」

 突然の真顔のドアップに若干引き気味の隼翠さん。

「せっかくの機会ですから、わたくしめがピチピチの女の子達を連れてきました」

 そう言って廊下を見やれば、この学校の女子生徒達がぞろぞろと校長室へと入ってきた。

「キャー、おじさん大丈夫?」

「なんで校内にまで雪が!?」

 雪の中倒れ伏す親父さんを心配しつつも、彼女らはどこか色めき立っている様子だった。

「あれ、弦巻と――蓮見くん?」

 クラスメイトの女子が声を掛けてきた。

「みんな、どうしたの?」

 僕が問えば、「まさかイケメンってあんた達のことじゃないでしょうね?」と嫌味ったらしく言ってきた。

 はて、イケメンとはなんのことか。

「隼翠さま! 今こそチャンスです!」

 乙美さんは素早く隼翠さんの後頭部へ移動し、彼の長い前髪をぐいっと上へ引き上げる。

「お、乙美! なにをする!?」

 露になった隼翠さんの顔に、全員の視線が集まる。

 見間違いか。

 いや、見間違うはずもなく。

 筋の通った鼻に、淡い紫色の瞳。切れ長のまつ毛がその瞳をより引き立てている。そして透明感のある真っ白い肌。

 まさしくイケメンと呼ばれる顔が、そこにあった。

 一瞬の静寂の後、女子達が一気に色めき立つ。

「きゃー!! 本当にイケメン!!」

「もしかして俳優さん!?」

「ハーフですか!?」

「ひい!?」

 黄色い声で押し寄せる女子の波に隼翠さんが一気に揉まれてゆく。悲鳴を上げたようだが、それ以降の声と姿は女子に囲まれ消えてしまう。

「……この学校の生徒って、ホント欲望に忠実だよね」

 先程の緋緒里さんに群がる男子達を思い出して感心すれば、うんうんと葵介君も神妙に頷いた。

「でもしゅーくんは、モテ過ぎて人間不信みたい!」

 いつの間に女子の輪から抜けたのか、白梅ちゃんの言葉通り、隼翠さんはげっそりしながら慌てて出入り口へと向かう。

 その時、緋緒里さんが彼の前に立った。

 もしかして、お兄さんをフォローする気なのか。

 緋緒里さんは大きく息を吸い込み、女子生徒達に振り返る。

「みんなー! この人、スキー場も経営しててすっごいお金持ちなの! 今、彼女募集中だから、優良物件よ!」

「ひ、緋緒里ぃ!?」

 いい笑顔の緋緒里さんとは対称的に絶望的な表情の隼翠さん。

「マジ!?」

「連絡先教えて下さい!!」

「あ、私も!!」

 目の色を変えた彼女達に、隼翠さんは「い、嫌だぁ! やっぱり家に帰るー!」と言って、親父さんを踏み潰して走り出す。

 女子生徒達は「待ってくださーい!」とその後を追って行く。親父さんを踏みつけて。

 それを見届けた緋緒里さんは、長い黒髪をかき上げて「ふっ」と笑う。

「要はモテれば人生ハッピーなのよね、男って」

「……あれを見て言うか?」

 勝ち誇った表情の緋緒里さんに突っ込む葵介君。

「ふむ、失敗でございますね」

 乙美さんは静観していたらしく、さして残念そうでもなさそうに、親父さんのもとへスタコラと向かう。

「旦那さま、帰りますよ」

「はっ、私は一体!? 牛の大群に踏みつけられたのは夢か!?」

 親父さんは奇跡的に生還したのであった。

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