7.油揚げは食べるものです
「白梅はね、油揚げに弱いのよ」
廊下を歩きながら、緋緒里さんは油揚げを御札のように人差し指と中指で挟んでピッと掲げた。
「狐なのに?」
真偽は定かではないが、一般的には狐の好物と呼ばれる食べ物のはずなのだが。
「半分だからな」
なんでもかんでもそれで済むのだろうか。当然のように言う葵介君を眺めながら僕は思う。
ちなみに僕達は矢吹を保健室へと運んだあと、白梅ちゃんを探しに校内へと戻った。緋緒里さんによると、白梅ちゃんと鉢合わせた際、彼女は校内に向かって行ったそうなのだ。
「白梅さえこっち側に引き込めれば、間違いなく兄さんに勝てるわ」
「え、強いってことですか?」
緋緒里さんが答えようした時、後ろから「晴人!」と男子生徒から呼び掛けられた。
その人物は――
「や、矢吹!?」
先程、保健室に運んだばかりの矢吹であった。青白かったはずの顔がすでに血色のいい顔色に戻っている。
「いやー、よかった。探してたん――」
「も、もう体調はいいの?」
矢吹の言葉を遮り、僕は心配しながら問えば、「え?」と惚けた顔になる。
「ふふ。化ける人間を間違えたわね、白梅」
瞬間、緋緒里さんは油揚げを矢吹へと掲げる。
「ひぃ!?」
悲鳴を上げるとボワンッと白い煙が発生し、矢吹の姿は狐色の髪と小麦肌の白梅ちゃんの姿へと変化する。
「ひ、ひおちゃん! それだけは、それだけはご勘弁を~!」
「覚悟しなさい!」
逃げ出そうとする白梅ちゃんだが、緋緒里さんは容赦なく追い掛け、油揚げを持ったまま勢いよく飛び上がる。
そして――
「悪霊退散!!」
ビシッ!! っと、油揚げをまるで御札のように白梅ちゃんの額へと張り付けた。
「……悪霊?」
「突っ込んでやるな。言ってみたかっただけだろ」
さすが弟の葵介君は姉の緋緒里さんをよく理解している。
「いやあ~!?」
白梅ちゃんは哀れな悲鳴を上げて、油揚げを張り付けたままバタリと卒倒してしまった。
「あ、ちょっと、気絶しちゃダメよ!」
緋緒里さんは急いで油揚げを取り払い、彼女の胸ぐらを掴み上げる。
「白梅、起きなさい!」
耳元で叫べば、「ふにゃ~?」と気の抜けた声を出して目を覚ます。
緋緒里さんはそれを見て、満面の笑みを浮かべて彼女に言い放った。
「言うことを聞かないと、次は口の中に油揚げ突っ込むわよ」
その言葉に白梅ちゃんの狐色の髪の毛が逆立つ。
「聞く! 言うこと聞くぅ!!」
突如、従順になった彼女は緋緒里さんにすがるように抱き付いた。
よしよしと頭を撫でてあげ、「じゃあ、まずは学校周りの雪を溶かしてちょうだい」と指示する。
「そんなことできるんですか?」
僕は思わず声を上げる。
「できる」
答えたのは葵介君だった。
「だけど、雪降らしてる原因の兄貴を止めないと意味ないだろ」
「その前にこの学校潰れるわよ。ある程度一層しないと。この周辺だけなんだし」
なるほど。この雪は学校の周りにしか降っていないのか。
「晴人くんも、白梅の力を見たいでしょ?」
「見せるよー!」
ウィンクする緋緒里さんと、すでに元気が戻った白梅ちゃんに促され、僕達は雪降る外へとまた出ることにした。
白梅ちゃんの能力について端的に感想を述べよう。
すごかった。
目の前では、真っ赤な炎がメラメラと燃え盛っている。
驚くことにその炎は、白梅ちゃんの手から発せられたものなのだ。
「きゃはは!」
確かに雪は見る見る溶けているのだが、狂喜乱舞しながら炎を撒き散らす彼女を、僕は恐れおののきながら眺める。
しかも、頭とお尻にはフサフサの狐の耳と狐の尻尾が付いており、なんとも可愛らしい容姿なのがまたある意味怖くなってくる。
「炎使う時は俺と同じで耳と尻尾が出ちまうんだ」
どういう理屈なのか。まあ葵介君はともかく、彼女は可愛いからよしとしよう。
他の学生に見つかると厄介なので、校舎裏からこっそりと雪を溶かしているつもりだったのだが、この燃え盛る炎の量だと、恐らく校舎の中から誰かしらに見られている気がする。
「この炎、騒ぎにならないかな」
「雪も炎も大して変わらないんじゃない?」
「いや変わるだろ」
楽観的な緋緒里さんにすかさず突っ込む葵介君。
それにしても、白梅ちゃんは変化もできるし炎も扱えるしと、かなり万能なバケモノ(半分)である。確かにこれなら隼翠さんにも勝てるだろう。
僕が感心していると「あ、でも油揚げ食べたら数日能力が使えなくなるのよ」と緋緒里さんが付け足した。
そこまで嫌いか。
「さてと、白梅ー! もう十分よ!」
緋緒里さんの掛け声に「はーい!」と白梅ちゃんは元気よく返事してこちらへ戻って来る。
一通り学校の周りの雪を溶かした炎も段々と消えてゆく。
「よくやったわね、偉い偉い」
「えっへへへー!」
誉められて尻尾を振りながら照れる白梅ちゃんがなんとも可愛らしい。
「それじゃあ、ようやく本題だ! 白梅!」
「な~に、きーくん」
「兄貴の居場所はわかってんのか?」
詰め寄る葵介君に白梅ちゃんは「うん! 知ってるよ!」と軽く返事する。
「しゅーくんは校長室だよ!」
校長は長期出張中と担任の先生が言っていた気がするから不在のはずだ。そこを狙って忍び込んだに違いない。
「兄貴の野郎、覚悟してろよ!」
不敵に笑う葵介君。
「ところで、白梅。なんで兄さんなんかに協力してたのよ?」
緋緒里さんの質問に、白梅ちゃんは首を傾げて少し悩んだ様子を見せる。しかしすぐに満面の笑みを浮かべた。
「なんか楽しそうだったから!」
うん、本当に楽しそうにしていると思う。
緋緒里さんと葵介君は呆れたような顔をしていたけれど、僕は白梅ちゃんの笑顔に一人癒されているのだった。