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3.ただのコスプレ姉弟です

 気付いた時にはふかふかのソファーの上だった。

「弦巻! これを飲め!」

 いきなり口に突っ込まれたのはストロー。赤色のパックを握り潰す勢いの葵介君のせいで、僕の口に大量に水分が入り込む。

「がばごぽっ」

 トマトジュースだ。吐き出しそうなのをなんとか堪え、全て飲み尽くす。

 僕は咳き込みながら、ソファーから上体を起こした。

 すると緋緒里さんがソファーに乗り上げ、僕の両手を掴む。

「晴人くん、ごめんね! ちょっとのつもりだったんだけど、美味しくて思わず吸い過ぎちゃって!」

 涙で潤む瞳と柔らかい手に、僕は顔が緩んでしまう。

「僕なら大丈夫ですよ」

「大丈夫な訳あるか! ここに運ぶまでの一瞬とはいえ、気ぃ失ったんだぞ!? 下手したらマジで死んでるぞ!」

 そうだったのか。助かってよかった。

 安堵しながら僕は辺りを見回す。

 どうやらリビングのようだ。大きなテレビに高級そうな毛皮の絨毯。暖炉まで設備されている。

「晴人さま、よろしければトマトジュースのおかわりはいかがでしょうか」

 乙美さんがちょこんと一礼して二、三十個はあるだろう大量のトマトジュースのパックがテーブルに並べられていた。貧血に直接効くとも思えないが、飲まないよりはマシかもしれない。

「ありがとうございます。じゃあもう一つだけ」

 トマトジュースに手を伸ばした時、首筋に痛みが走る。手を触れれば、首にガーゼが当てられテープで固定されていた。

 葵介君が大きなため息をつく。

「もうわかったろ。姉貴は〈吸血鬼〉なんだ」

 ――吸血鬼。

 そうだろうと予想はしていたが、本当にそうだと言われるとやはり半信半疑ではある。

「正確には半分だけ、ね」

「半分?」

 緋緒里さんの言葉に首を傾げると、「人間とのハーフなのよ」と黒髪をかき上げながらくすりと微笑む。

「アタシ、太陽もニンニクも十字架もなーんにも効かないのよ。唯一、血を吸わないとお腹が満たせないってところだけ引き継いじゃってんの」

「ちなみに血を吸われた僕が吸血鬼になることは……」

 僕の心配を余所に、彼女は「あはは」と笑い飛ばす。

「残念ながらその能力も引き継いでないのよねー」

 ホッと胸を撫で下ろしつつ、葵介君に視線を向ける。

「葵介君も吸血鬼(半分)なの?」

 きょうだいならば、同じはずだろう。

「俺は――」

 葵介君が言い掛けたその時、急に乙美さんがどこからか取り出した白い団子を「緋緒里さま、これを」と呼んで彼女へと手渡した。

「サンキュー、乙美。はい、葵介!」

「ぶお!?」

 そしてそのまま葵介君の口に団子を二つ放り投げた。葵介君は咳き込みながら団子を頬張り、慌てた様子で逃げ出そうとするのだが、緋緒里さんがそんな彼を羽交い締めにする。

「よーく見ててね、晴人くん」

 言われるがまま、団子で苦しんでいる葵介君を眺めていると、彼の頭におかしなものが生えてきた。

 そう、猫耳だ。

「いっほくが、おおはみははらな!」

「言っとくが、狼だからな――と言ってるわ」

 代弁してくれた緋緒里さんの言葉に、彼のお尻から生えるものを見てなるほどと相槌を打つ。

 猫よりもフサフサの尻尾が彼のお尻から生えていた。

 ――まさか狼男?

 しかし、彼の驚きの変化(へんげ)をそのまま眺め続けたのだが、耳と尻尾が生えただけでそれ以上の変化はない。

 緋緒里さんはしてやったとばかりに不敵に笑う。

「これが葵介の正体よ」

「この萌え系のコスプレ姿が?」

「コスプレじゃねー!!」

 ようやく団子を飲み込み、緋緒里さんの手から逃れた葵介君は、ぜえぜえと息を吐きながら否定する。

「狼男だ!」

「半分だけね」

 狼人間とのハーフということか。

「だからそんな中途半端な変化? しかも団子で変化? 満月じゃなくてそれって月見団子だよね? そんなのでいいの?」

 立て続けに質問すれば、葵介君はうっと呻く。

「さっすが晴人くん! 全部正解よ! 葵介はバカだから、月見団子で変化できちゃうのよ」

「バカじゃねー! わかんねーけど変化できるんだから仕方ねーだろ!」

 そこでふとある可能性に気付く。

「ということはやっぱ乙美さんも……」

「わたくしは普通の人間でございます」

 しわくちゃの真顔で即答され、一瞬言葉に詰まる。

「わたくしは普通の人間でござ――」

「わかりましたすみません」

 二度は言わせまいとすぐに平謝りし、気を取り直して緋緒里さん達に向き直る。

「ま、そんな訳だから。葵介はフツーよりタフなのよ。血を飲み過ぎてもちょっとやそっとじゃ倒れないし、毎日の食事にさせてもらってるの」

「タフっつっても、普通に青ざめるし、腹も減りまくるんだからな!」

 あっけらかんと語る緋緒里さんに葵介君は反論する。

 やはり『大食らいなのに年中青ざめてる一匹狼』という噂は緋緒里さんが原因だった訳だ。

「それで年を誤魔化して高校に通ってるんですか?」

「いやーね、年を誤魔化したんじゃなくて、変装よ、変装! お腹空いた時に葵介と連絡取って高校に忍び込んでるのよ」

「余計目立つっての! 大体呼び出し過ぎだし、家帰るまで待てねえのかよ……」

 確かにあの制服姿はちょっとけしからん勢いだ。男の視線を釘付けにしてしまうから目立つだろう。

 それにしても、葵介君はだいぶ疲れていそうだ。そんなに呼び出しをくらっているのであれば、秘密にしているというのもあるだろうし、一匹狼になってしまうのも仕方ないのかもしれない。狼男(半分)だけに一匹狼――というのは黙っておこう、うん。

「クソッ、俺のことまでバラしてどうすんだよ……。弦巻! いいか、絶対言うなよ!」

 家に呼ばないほうがリスクは低かっただろうに。そう思いながらも、恐らく葵介君が他人に打ち明けたのは初めてなのだろうと考えると少し嬉しい気もする。僕は快く頷き返そうとすると、廊下のほうからドタドタと慌ただしい音が聞こえてくる。

 そしてリビングの扉がバンッと勢いよく開かれた。


「お帰りぃ! マイスイートチルドレン!!」


 現れたのは、頬を上気させた変態チックなおじさんだった――

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