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1.屋上は立ち入り禁止です

 僕はきっと、見てはいけないものを見たんだろうと思う。

 七月上旬の太陽がサンサンと輝く午前中。

 この暑い日差しの中、同じ高校の制服を着た男女二人組が――なんというか、もつれ合っていた。

 誰にだって、秘密の一つや二つはあると思う。

 それは一生知らなくても困らないかもしれないし、困るものだとしても知らなければ困ることもないのだから、本人が秘密にしている以上、やはり知る必要もないのだろう。

 もちろん、知らないことで害をなしているというのであれば、それを秘密にするのはよくないが。

 僕が今、目の前で起きている出来事をもう少し詳しく考察してみよう。

 場所は僕が通う高校の屋上である。

 女が男を押し倒し、男の首筋に恥じらいもなく吸い付いていた。

 うん、害はなさないだろう。寧ろ、大っぴらにされたほうが大問題だ。

 いや、朝っぱらからどこから誰に見られるかわからない屋上でこんなことをしてる時点で害をなす可能性は高いと思うのだが。すでに見つけてしまった僕が被害者だろう。

「いやー、最近のカップルは夏の暑さにも負けないほどお熱いんですなー」

「誰がカップルだ!!」

 はて。

 二人を隠れもせずに堂々と凝視し思わず大きな一人言を漏らした僕に、押し倒された男のほうから思いもよらない突っ込みが返ってくる。

 不意にその男と視線が合うと、顔から血の気が引いたかのよう真っ青になり、突如「うわー!!」と喚き出す。

「あ、姉貴!! 見られてる! 見られてる!」

 女に声を掛ける男の言葉に、僕はまたしてもとんでもない秘密を握ってしまったのだと確信する。

「き、禁断の恋……!?」

「ちげーよ! 勘違いすんな!」

 しかし、男がそう言い訳する間も、女はまったく動揺した素振りも見せずに男の首筋に夢中で吸い付いている。

 そんな僕の羨ましいなーという視線を感じ取ってか、男は慌てて女の肩を掴んで引き離そうとする。

「おい! 見られてるってのが聞こえねえのか!?」

 元々の目つきも悪いのだろう。しかしそれにも増して凶悪な顔で女を怒鳴る様子を見ると、果たして恋仲なのか疑いたくはなる。

 それでも女は首筋に吸い付いたまま、「ふぁっへ、まははりないー!」と叫びながら彼の首に腕を巻き付ける。

 顔が見えないのだが、腰まで届く黒髪は艶々で美人っぽい気配がする。

「っつーか、吸い過ぎ!? 俺死ぬから! マジで!!」

「ははは、濃厚なキスマークに嫉妬した男達に殺されるって? 君って面白い冗談言うんだね?」

「そういう意味じゃねー!?」

 なら、どういう意味なのだ。

「い、いい加減にしろ!!」

 ドンッと勢いよく女を押し返せば、ようやく首筋から離れる。

「……イッタイわねー! ケチケチすんじゃないわよ! 弟のくせに!」

 黒髪が風に靡き、彼女の顔がようやく見えた。

 口の悪さとは裏腹に、切れ長の赤い瞳が印象的な大人っぽい顔立ちだった。一見、真っ白い肌で清楚なイメージかと思いきや、体つきはかなりいやらしい。いや、決して僕がいやらしい訳ではない。

 シャツやスカートはその豊満な胸やお尻でかなり体の線が出てしまっているのだ。高校生にしては相当な色気を醸し出しているようにも思える。

 ――美人だ。

 しかし、そう思ったのも束の間、彼女の唇は真っ赤に濡れ、顎へと伝ったその赤い水はポタポタと床へと滴り落ちている。

 男の首筋を見れば、そこも真っ赤に染まっていた。

「ぎゃー! 血が! 血が!?」

 思い切りしりもちを付いた僕は、またも見てはいけないものを見てしまったようだった。

「あー、クッソ! もうなんの言い訳もできねえじゃねえか!」

 諦めるのが早過ぎる。できれば今すぐにでも言い訳をしてほしいものである。

 緑のメッシュが入った短髪頭を抱えた男は、探るような視線を僕へと投げ掛ける。

「……お前、二組の弦巻晴人(つるまきはると)だろ」

「ぼ、僕のこと知ってるの?」

「同じクラスになったことはねえけどな。サボりの常習犯で有名だぜ、お前」

 そう言われて僕は苦笑する。

 グレたのは中学生の頃。茶髪に染めて、ピアスも開けた。頭だけはよかったもんだから、高校に進学はしたのだが。

「へえ、晴人くんって言うんだー」

 もう機嫌はよくなったのか、彼女に甘い声で名前を呼ばれ、少しくすぐったい気持ちになる。

 相変わらず唇は真っ赤なのだが。

「アタシは緋緒里(ひおり)って言うの。こっちは弟の葵介(きすけ)ね」

 ――緋緒里さん。血が怖いけど、やっぱキレイだなあ。

 そして弟の名前には聞き覚えがあった。

「もしかして、蓮見葵介(はすみきすけ)君?」

「なんだ、お前も知ってるのか」

「『大食らいなのに年中青ざめてる一匹狼』って噂で聞いたことある」

「うわ、ダッサー!」

「誰のせいだよ!!」

 ケラケラ笑う緋緒里さんに怒る葵介君。

 なぜ、彼女のせいなのか。それを知るのには少し勇気が必要だと思う。

「えーと、自己紹介も終わったことだし、僕はこれで」

 ささっと立ち上がって屋上の出入口に向かう。多分、これが一番ベストな方法。触らぬ神に祟りなしだ。

「ちょっと待て! どこ行く気だよ!?」

 しかし葵介君はそれを許してはくれない。

「どこって、教室に決まってるでしょ。今一時限目の真っ最中だよ? こんなところにいる場合じゃないんだよ」

「いやいやいや! 明らかにお前サボりにここに来たんだろ!?」

 その通りだが、今だけはその通りと言う訳にはいかない。

「とにかく待て! お前をこのまま帰す訳にいくか!」

「誰にもなんにも言わないよ。それだけじゃ不服?」

「不服ね」

 ズバッと緋緒里さんがもの申す。

 彼女は立ち上がると、妖艶な赤い瞳で僕を真っ直ぐに見つめてきた。

「アタシ、今お腹が空いてるの。葵介のだけじゃあ、全然足りないのよね」

 足りないって一体、なにが。

 聞きたくても喉が渇いて声がうまく出せず、僕は一歩後退る。

「ねえ、晴人くんはどんな味がするんだろうね?」

「……え?」

 その表情はどこか恍惚としていて、背筋に悪寒が走った。

 そしてずいっと迫って彼女は僕に顔を近付ける。

 フワリと甘ったるい香りが僕の鼻をくすぐる。彼女の黒髪が頬に当たり、赤い唇が僕の唇に触れるか触れないかの瀬戸際。

 彼女は言った。


「あなたの血――ちょうだい?」


 それどころではないのに、彼女の体つきを間近に見て、ああ、この人は高校生じゃない、年を誤魔化してるな、と感じたのだった。

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