ブラッドニードル討伐
ディルさん、ポロと俺の3人で山の中へ入る。
流石に相手が相手だと言う事で、少数精鋭での挑戦だ。
とは言え、主な攻撃担当は俺の役目だった。
そりゃあ、ディルさんは多少遠距離攻撃の心得はあるが
ポロの場合は遠距離攻撃をすることが出来ないからな。
基本的にポロの戦い方は接近戦特化という感じみたいだ。
これは1回ポロの戦いを見て、俺がそんな感じかと考えただけで
実際はポロに接近攻撃以外の方法があっても不思議は無い。
だが、そう言うのは本人もイマイチわかっていないようで
自分自身が何を出来るかというのは実戦を積まなければ分からない。
戦いの基本は経験とディルさんも言っていた。
本来なら実戦形式で訓練を行なうのが自然らしいが
今回は火急を有する…潜在能力は不明だが
パペットビーストの戦闘能力は非常に高いらしく
似た種族であるポロに期待をしているという感じかな。
「今回のブラッドニードル。分かっているとは思いますが
攻撃の一撃一撃が非常に突出しており、喰らえばほぼ即死です。
ブラッドニードルの解毒剤などは存在してはいませんので
もし攻撃を食らった場合…覚悟をしてください」
「わ、分かってる」
相手は一撃必殺を扱えるモンスター。
真っ向からの戦いはそのまま死に直結する。
なら、どうすれば勝てるのだろうと考えると不意打ちしか無い。
いや、不意打ち以外でも勝算はある。一応勝つことも出来る。
だが、必ず多大な犠牲が発生してしまうことだろう。
俺達に犠牲を出さないように勝つためには不意打ちしか無い。
不意打ちを仕掛ける為にはどうすれば良いのか
それは、いち早く相手の場所を把握すると言う事だ。
これが出来なければ勝算は限り無く低くなるし、最悪全滅もあり得る。
「僕の役目は周辺警戒だったよね? 任せてよ、鼻には自信があるよ。
なんて言っても、昔と比べると全然なんだけどね」
ポロは元々犬だ。その嗅覚は非常に鋭いだろう。
流石に犬の状態と比べれば嗅覚は落ちている様だが
それでも俺達よりも遙かに高い嗅覚を持っている。
今回のブラッドニードル捜索では、ポロの嗅覚が重要なレーダーとなる。
このレーダーが上手く機能しなければ、俺達はかなり窮地に立たされるだろう。
「出発前にもお伝えしましたが、ブラッドニードルの匂いは
ツンとした鋭い匂いとなっています。
私達人類であれば、近付かなければ分からない程ですが
パペットビーストに酷似したポロさんなら恐らくは距離があっても
その匂いを捉える事は可能だと思います」
「今回はお前が重要なポジションだからな、ちゃんと嗅ぎ分けてくれよ?」
ここまで言った場合、普通ならかなりのプレッシャーだろう。
本来ならここまで強く言うべきでは無いのかも知れないが
ポロが相手だと強めに言っても大丈夫じゃ無いかと思ってしまう。
「勿論! 任せてよ! 僕はご主人の期待には必ず答えるよ!」
予想通り、ポロは一切のプレッシャーなんて感じていなかった。
自分には出来ると、そうハッキリとした確信を抱いている。
ポロは能天気だし、前向きな奴だし、俺に懐いてくれている。
ポロの瞳には俺が期待したことなら、必ずやり遂げると言う決意が見える。
やると言ったら必ずやる。そんな凄みを感じる様な力強い瞳。
ま、凄みなどと言ったが、表情全体を見れば凄みよりも可愛らしさの方が勝るがな。
そうだな、可愛らしいドヤ顔って感じかな。
「うん、ひとまず2人の匂いは覚えたから異様な匂いを感じたら言うよ。
でも、今の僕はそんなに広い範囲の匂いを捉えられないから
2人も周辺の警戒をしっかりしててね!」
「分かったよ、じゃあ、ディルさん」
「えぇ、索敵を始めましょう」
俺達は3人で固まって周辺の警戒を行ないながら移動を開始した。
しかし、この山は結構デカいし、木が無駄に生えているな。
基本的にこの山は狩りでしか使用していないそうだ。
だから、より動植物が繁殖しやすいように手は入れてないんだとか。
リーバス国の国土9割をこの山が絞めている。
そして、狩りを行ない食糧問題を解決しようと行動している。
つまりブラッドニードルが山に居るという事は、国土の9割を封じられるような物。
そんなにデカい国じゃ無いし、金を持ってないリーバス国にとって
この山を抑えられるというのはどう考えても致命的だと言う事だな。
確実に食糧問題に大きな難が生じる。
まぁ、金銭面ではあまり大きな差異はないらしいけどね。
肉とかは輸出には向かない。保存技術が無いから生物は輸出できないそう。
本当、こう言う話を聞くと冷蔵庫だったりの現代技術が
どれだけ自分達の生活に影響を与えているのかよく分かるな。
「すんすん…」
「匂いはまだ感じないか?」
「うん…でもちょっと待って…少し妙な匂いが」
「本当か?」
「うん…でも、まだ場所を特定できるほどじゃないね」
「そうですか、仕方ありません。そのまま探索ですか」
「分かりました」
ポロの嗅覚が捉えられるほどに近くまで接近したと言う事か。
俺には何の匂いも感じないが、やっぱりポロは犬なんだな。
見た目は美少女でも、その身体の構成は犬に近いと。
「すんすん…こっちかな?」
「捉えたか!」
「警戒して接近しましょう」
ようやくポロの鼻が獲物の場所を捉えた。
ポロの案内に従い、俺達は木々が青々と茂る森の中を進む。
何処かに簡単に命を奪える存在が居るとは思えない程に
のどかな森の中を進んでいき、その恐ろしい死神を捜索する。
猛毒を持ったハリネズミ…非常に恐ろしい存在らしいが
放置は出来ないし、放置すれば必ず死者が出る。
…クソ、俺は何でこの場面でこんな事を考えているんだ?
…もしかして、俺は何処か…少しだけ怯えているのかも知れない。
油断したら一瞬で死んでしまうかも知れないと言う不安。
その不安に苛まれ、こんなどうでも良い事を考えている。
……落ち着け、冷静になるんだ。大丈夫…俺の能力なら突破できる。
接近すること無く、遠距離から確実に一撃で仕留めるんだ。
ポロのお陰で不意を撃てる。後は自分自身を信じる事だ。
ペットを信じる事が出来て、自分を信じられない筈が無い!
「…あそこだよ」
「ん…あれか」
ポロの案内に従うと、そこには水を飲んでいる全身針だらけの
デカい鼠が居た。予想通り、ハリネズミという感じだな。
確かにあれは不意打ちだろうと接近攻撃は危険だろう。
しかし、あのハリネズミの針からドロドロと垂れてるピンクの液体。
そうか、あれがあのハリネズミの毒…か。
ただの液体では無い。かなり濃度が高いのか針から出ている液体は
糸を引きながら、ゆっくりと地面に落ちている。
そして、地面にある草木は枯れてしまっているように見えた。
周囲の木々も心なしか弱々しくなっている。
確かにこいつの放置は危険だ…環境にも多大な影響を与えるし
草木を一瞬で枯れ果てさせるほどの猛毒…人が喰らえば確かに即死か。
その毒を受けた生き物を食すというのも非常に危険な行為だろう。
確実に仕留めなくてはならない、あの存在を。
「スルガさん」
「はい」
俺の瞳は確実にあのハリネズミを捕えている。
そして、確実にあのハリネズミを破壊するという意思を持った。
同時に何処からかガラスにヒビが入ったかのような音が聞えてきた。
「!!??」
ハリネズミが吹き飛ぶ。大量の針が粉々に砕け散りった。
だが、砕け散った針の先に肉体のような物は見えず
血の様な物も、一切見ることが出来なかった。
「何!?」
「外した!? いや、もしかして! ブラッドニードルは殆どが針!?」
「ぎゃぎ!」
クソ! 位置がバレた! そうか! ブラッドニードルの本体を攻撃出来てない!
俺の攻撃はブラッドニードルが大量に生やしている針だけを破壊したんだ!
何処を攻撃するかと言う、正確な位置が分からないと俺の力は意味が無い!
「不味い! 木陰に隠れて!」
「うぅ!」
ブラッドニードルが自分の全身を針で覆い尽くすと同時に
周囲に向って大量の針を射出してきた。
ディルさんの合図で森に茂っている木の影に隠れて
その射出してきた針を回避することは出来た。
だが、ブラッドニードルが射出した針に当った木は一瞬で腐る。
長期戦になれば障害物が無くなる! 身を隠し続けるのも困難か!?
「胴体部分を発見すれば勝てる! 足下を狙って!
ブラッドニードルの本体は低い位置にある!」
「はい!」
「ご主人! 攻撃が止んだ! 2発目までの間隔は分からない!」
「分かってる!」
1発目の攻撃が止むと同時に腐りかけてきている木の陰から飛び出した。
ブラッドニードルの姿はあるが、1本だけ違和感のある針がこちらを向いている。
「まず!」
ブラッドニードルは俺が飛び出すことを予見していたのか
1本だけ俺めがけて針を飛ばしてきた。
周囲に大量の針を連続で飛ばすのは難しいのかも知れないが
1本だけなら可能なのか! でも、相手を攻撃出来るという力は
防御にも転用できるはず!
「クソ!」
一か八かの賭けで俺はブラッドニードルが射出してきた針を攻撃対象に選ぶ。
針ははじけ飛ぶ。最初の様に派手に吹き飛ぶのでは無くはじけ飛んだだけ。
恐らくだけど、どんな風に攻撃するかと考えたらその通りに反映される。
俺はこの針を攻撃しようとしたとき、弾ければ良いと考えていた。
恐らくそれが反映されている。
最初ゴブリンを貫いたときだって銃の真似をしたら風穴が開いた。
恐らくそう言う事なんだ…確証は無いけど今はそう言うことにしよう。
「今度こそ消えやがれ!」
飛んで来た針を弾くと同時にハリネズミに向けて掌を向けてみる。
無意識という感じ、バトル漫画を読んでいた影響かも知れない。
だが、この動作をすることで本当に相手が吹き飛んだのであれば
それは立派な攻撃モーションだろう。
「―!!」
この全力攻撃は俺自身の想像を遙かに超えていた。
ブラッドニードルを中心に巨大な爆発が発生し、ブラッドニードルは
その爆発に完全に飲み込まれ、少し大きめのクレーターを残して消えた。
…その代わり、ちょっとした疲労感が襲ってきた。
火力によって、規模によって疲労してしまうようだった。
恐らくあの攻撃は結構な力を込めた攻撃だったんだろう。
全力では使ってないのか、はたまた全力だったのかは知らないが
とにかく派手にぶっ飛ばそうと思えばあれだけの火力が出ると言う事かな。
「やったねご主人!」
「あぁ…何とか」
「ふむ、これがスルガさんの能力…非常に強力ですね。
しかし、この程度でへばっている様子から、能力は強大でも肉体的には弱い」
「そ、そうかもしれませんね」
「敬語は…まぁ良いでしょう。無意識なのかもしれません」
まぁ、うん。無意識って方が近いかな、やっぱり年上相手だとどうしても…
「スルガさん。今度時間があるときにあなたに戦闘技術を教えます。
強力な能力なのは間違いありませんが、それだけに頼っていては
いざと言う時にマリア姫を護ることが出来ませんからね。
接近戦闘を主に教えさせて貰いますね」
「は、はい」
確かに能力だけに頼るってのは、あまりよろしくないのかもしれない。
そもそもこの力だって、いまいち使いこなせないというか
不確定な部分が多いんだし、より確実に強くなるには
格闘技術を教えて貰うというのが1番手っ取り早いからな。
「しかし対し大した威力ですね…おや?」
ディルさんがブラッドニードルが居た場所を見たとき、何かに気が付いた。
少し危険な空間だが、ディルさんはその何かが気になったのか
俺が作ったクレーターの方に歩いて行く。
「ディルさん、何を!」
「……これは」
ディルさんはクレーターを少しだけ堀り、そこからキラキラした物体を取り出す。
何だろうか、宝石かな? でも、何か変なオーラみたいなのが出ている気がする。
「それは?」
「レイアストーンというエネルギー源ですね。
錬金術や魔法を扱う際に重宝する資源となっています」
「ま、魔法とか錬金術とかあるんですね…」
「えぇ、ありますよ。使える人間はごく僅か。
恐らくスルガさんのあの力も魔法に分類されるのでしょうけどね」
「ご、ごく僅かなんだ…でも、それならご主人が力を見せたとき
もっと驚いても良かったんじゃないの?」
「いやぁ、私も一応魔法を使える立場ですからね。
高火力では無いので討伐には使用できませんでしたけど」
そう言うと、ディルさんが自身の指先からちょっとした炎を出して見せた。
こ、これが魔法か…ライターみたいな炎だな。
「ですが、これを使うと」
ディルさんは手に取っていたレイアストーンをちょっと握る。
するとレイアストーンから出ているオーラがディルさんに吸い込まれる。
「はい」
「うぉ!」
その後、ディルさんが手を前に出すと最初の炎からは想像出来ないほどに
大きな炎が出て来て、爆発を起す。
「このように魔法の効果を大きく跳ね上げてくれます。
とは言え、消耗品なんであまり多様は出来ませんが」
「そ、それを使ったんだ…」
「いや、これ以外にも何個かあるのでね…これは良い発見です。
早速マリア姫に報告しましょう。スルガさん。あなたのお陰ですよ」
少し嬉しそうな表情を浮かべたディルさんが俺の肩を叩いた。
「っと、後はこの場所を地図に書き記して…はい、帰りましょうか」
「あ、はい」
そのまま俺達はディルさんに付いていきリーバス国へ戻った。
この発見が今後、リーバス国にどんな影響を与えるんだろうか。
プラスに働けば良いんだけどな。