お礼を言うために
昨日は中々に騒がしい事になったな。
しかしまぁ、マリアには良い気分転換になっただろう。
「よしっと、今日のお仕事終了っと。
さて…問題は、明日が帰国の日って事ね」
「帰国の準備は出来てるのか?」
「残念な事に、私は仕事で大忙しだったから出来てないわ」
「俺も手伝わされてたから出来てないな」
帰国まであまり時間が無いし、出来れば今日中に終わらせたい。
「急いで準備しないと……今日は徹夜ね」
「その心配は無いよ、ほら」
ポロの部屋では、既に俺達の荷物が片付けられていた。
俺達が書類整理をしている間にポロとミミがやっていてくれたのか。
「おぉ! 気が利くわね!」
「当然なの、まぁ大丈夫だとは思うけど、一応確認をして欲しいの。
あたちと馬鹿犬だけのチェックだと、ちょっと不安なの」
「分かったわ、チェックするだけなら徹夜は免れそうね」
「だな」
俺とマリアは2人で荷物のチェックを行なった。
どれも問題は無く、荷物も綺麗に整っている。
「うん、完璧ね!」
「じゃあ、これで後は帰るだけだね」
「えぇ、今日中に挨拶出来る時間も2人のお陰で出来たし
国王様に挨拶をしに行こうとしますか」
「あ、そう言えば僕もアイ達にお礼を言わないと!」
「結構な頻度で鍛えられてたからな、そりゃお礼はしないと」
「うん!」
マリアの休日時には訓練に付き合って貰えなかったけど
その日以降は結構な頻度でポロは実戦を積んだ。
そのせいで、今は鼻の頭やほっぺ、肘、膝等に
絆創膏を貼っている。今でも元気そうだが、怪我は結構多いんだよな。
俺も誰かに鍛えて貰いたいところだったけど
結構マリアの書類整理の手伝いをやらされていたから出来なかった。
まぁ、あの仕事量は流石に1人じゃ片付けられないし仕方ないだろう。
「アイ達何処に居るかなー」
「ある程度の場所は分かるんじゃ無いのか?」
「うーん…ハッキリ覚えてないや、とにかく探そう!」
「やれやれ、記憶力が絶望的すぎるの」
「ふっふっふ、必要無い過去なんて置いてきたのだ!」
「大した心意気だけど、その過去は持ってきておくべきだったわね」
「うん。と、とにかく探すよ! 僕は!」
「ま、馬鹿犬1人じゃ不安だから、あたちも行ってやるの。
城の中で迷われたら面倒極まりないの」
「ありがとう! じゃ、行こう!」
「私も姫としてお礼を言わないとね、一緒に行くわ」
「ありがとう!」
となると、俺1人だけ待機という選択は無いんだろうな。
そもそも既に、ポロとミミから熱い視線がこっちに向いている。
…これで行かないというのは無理なのが俺だと思う。
「わ、分かったよ。行くよ」
「ありがとうご主人!」
「まぁ、最初から拒否権とか何処にも無さそうだったけどね」
「言われなくても分かってたよ、それは」
ひとまず俺達は白を巡り、アイ達の捜索を始めた。
一応、1国の姫様とその護衛が歩いて回っていると
城内の兵士達に威圧してしまうのか、全員緊張の面持ちになる。
「アイ何処に居るんだろう」
「訓練中とかじゃ無いの?」
「あ、そうかも! 行ってみよう!」
ミミの意見に従い、俺達は兵士達の訓練場へ移動した。
当然と言えば当然なのだが、激しい剣撃の音が響いている。
だが、1つ違和感がある…金属音だという所だな。
まるで真剣で訓練をしているような…それも響いて来る音は同時に1つだけ。
複数人で実戦訓練をしているというならもっと同時に響いて来そうだが。
もしかしたら、兵士達だけで試合をして居るという可能性がある…が
もしそうだとすれば、この激しい剣撃はあり得ないと思う。
同時に聞えてくる剣撃は1つだけだが、その速度があまりにも速い。
これが実戦形式の訓練だったとすれば、間違いなく手練れ同士の打ち合いだ。
「これは…明らかに凄そうなの」
「剣が打ち合う速度から…多分、かなり本気で戦ってるアイだね」
「そんなの分かるの? あなた」
「何度も鍛えて貰ってたからね、アイが剣を使うことはあまり無いけど
接近戦闘をする場合、素手だけでは駄目な場合があるからって
剣と短刀の扱いも教わってたんだ。その時に何度も打ち合ってたから分かるよ」
と言う事は、中に居るのは恐らくアイ。で、問題が誰が相手をしてる化って事だな。
まぁ、問題も何もこの扉の向こうを見れば、それで分かる事なんだけどな。
「よーし、もう1人が誰かは分からないけど、開ければ分かるよね。お邪魔しまーす」
俺達に何の相談も無く、ポロは扉を開けた。
扉が微かに開いた事で、中に響いていた剣撃の音が漏れ出してきた。
外で聞いていたときよりも、激しく大きな音が響き渡っている。
そして、視線に飛び込んできたのはアイを圧倒している初老の男性の姿だった。
「はぁ、はぁ、はぁ…」
「アイ、そろそろ限界か? まだまだ甘いな。
だが、前の様な無謀な攻めは無くなった点は褒めよう」
「はぁ、はぁ、ま、まだまだ!」
「…少し読めなくなったな、前までは認めさせるために私に挑んでいたが
どうも、今のお前は違うようだ」
「私だって変るんですよ、騎士団長」
「そうか、では何故私に挑むんだ? 実力の差は分かってるだろう?」
「少し前は、ただあなたを倒し、全てを認めさせたかっただけですが
今はただ、あなたに私の全てを認めて貰いたいんですよ! 騎士団長!」
パペットビーストの身体能力をフルに活用した立ち回りだった。
中距離を瞬時に詰め、連続で仕掛ける攻撃だった。
並の人間であれば反応すら出来ない間に倒されるだろう。
だが、彼は次にアイがどう行動しようとしているのかを
まるで分かっているかのように、アイの攻撃をことごとく防いでいる。
これだけを見れば、アイがひたすらに押されているだけにも見える。
だが、ディルさんのお父さんの反撃をアイは全て捌いている。
本気で攻撃していたいだけかもしれないが、
それでも足下にも及ばないという程では無い。
勝てそうだが、まだ手が届かない。そんな状況なんだろう。
「やはり前のお前とは違うな。一太刀一太刀に込められた思い
ただの憎悪や怒り、そんな物を一切感じない。
自分の実力を最大限に乗せた一撃。そう感じる」
「私も、あなたが居ない間にあなたと同じ様に仲間が出来たんです。
そして、私を認め、追いつこうとする者も出来た。
だから、負けられない。必ずあなたを超えなくてはならない!
彼女の期待に答え続けるためにも! 私は強くなり続ける!」
「…良い表情だな、アイ。だからこそ、私はまだお前に超えられるわけにはいかない」
「な!」
アイの攻撃を防ぐと同時に弾き飛ばす。
この動作に威力は十分あったようで
アイが持っていた剣が弾き飛ばされ、地面に突き刺さった。
同時に騎士団長はアイに剣を向ける。
「…やっはり、まだ敵いませんか…ライゼル騎士団長には」
「あぁ、だがお前の成長は目を見張る物がある。
私が外出していたこの短期間にこれ程に成長出来たんだ。
必ずいつか私を超えられるだろう。
だが、今はまだ超させはしない。
ようやくお前がお前自身の目標を得たんだからな。
あっさり達成してしまっては拍子抜けだろう?」
「その通りですね、ですが必ず…超えます。
忙しい中お時間をいただき、ありがとうございます」
「気にするな。私の目に狂いが無かったことも分かった事だしな。
…そして、ディルの目にも狂いは無かったのだろう。
細かい話はアイから聞いているよ」
ライゼルさんはどうやら俺達の存在に気付いていたようだ。
だが、アイの方は戦闘に必死だったからなのか俺達の存在に今気付き驚いていた。
「これが、ディルのお父さんの実力…凄まじいわ、流石…としか言えないわね」
「そのお姿は、マリア姫様!? お初にお見えになります。
グレーベル騎士団長、ライゼル・マックハートと申します。
娘がお世話になっているそうで」
「頭を上げてください。お世話になってるのは私の方なのですから」
ディルさんの父親だと聞いたから、実力は申し分ないとは思っていたが
まさかこれ程とは…あのアイを1人で圧倒する程の実力なんて予想外だ。
これが大国。グレーベルの騎士団長か…流石としか言えないな。