勝つための戦略
決勝戦。まさしく最大の相手と言えるだろう。
相手はパペットビースト。今まで名前だけは聞いてきたが
存在は殆ど認識は出来ていなかった。
このグレーベルに来た後もパペットビーストの姿は無い。
だが、待ち行く人達がポロ達の事を奇異な目で見ていた。
恐らくパペットビーストという存在は認知しているのだろう。
どのような認識かは知らないが…だが、扱いは多少分かった。
パペットビーストを率いているアイ。彼女の言葉や今まで聞いた話から
パペットビーストはろくな扱いを受けていないのは間違いない。
そりゃそうか、今までの話から察するにパペットビーストの扱いは
至極単純で、奴隷なのだから。そりゃ良い扱いは受けてないよな。
仮に良い扱いを受けていたとすれば、それは奴隷では無いだろう。
「決勝戦を開始します!」
俺達3人は会場に足を進ませる。
未だに打開策は見いだせていないが、戦いながら考えるしか無いか。
「…あたちに良い考えがあるの」
「何の?」
「あの連携を崩す考え」
「何それ?」
「実戦するの、そこで指をくわえて見ているがいいの、馬鹿犬」
ミミが何をしようとしているのか、流石に読めないが
方法があるというなら、こいつの手腕に賭けてみるのも良いだろう。
何せ、向こうは少し余裕そうな表情を見せているんだから。
「私の同胞を解放させて貰うぞ、小僧。私達は奴隷じゃない!」
「奴隷だとか良くわかんないの。まぁ、あたちは奴隷じゃないの。
どっちかというと愛玩動物なの」
「面倒な言い回ししなくて、ペットで良いと思うんだけどなー」
「いや、今のお前らはペットって感じじゃないだろ」
「……」
俺達のなんて事の無いやり取りを見たアイの表情が少し曇る。
何故曇ったのか、それは何となく予想は出来た。
俺達が仲良さそうに話してるのを見たからだろう。
ま、試合を注視していれば分かる事だが
この2人にはあのパペットビーストとは違い意識がある。
自主的な行動が多いし、そもそも表情から別物だ。
パペットビーストには表情はなく無表情だが
ポロとミミは表情豊かだからな。
「決勝戦、始め!」
「よし、やるの!」
「……こっちに来なさい!」
「んー?」
アイを中心に光りの線が周囲にはしった。
波紋が広がるように広く、早く走る。
その声で周囲にいた2人のパペットビーストの表情が変った。
だが、これだけではないのだろう。本来ならば。
同胞達を解放させて貰うと言ってた所から
恐らく本来の効果は…パペットビーストの主導権を奪うこと。
「誰に言ってるの? あ、そこの2人なの?」
「……何で」
「もしかしてまだ伏兵とかいるの? 卑怯だよ! 3対3なのに!」
「……」
アイは1歩後ずさりをする。やはり俺の予想通りだったようだ。
あの叫び声にはパペットビーストを強制的に従わせる力がある。
だが、パペットビーストだと思われた2人が従わなかった。
最初に見せていた余裕そうな表情はこの技があったからなのだろう。
「お前達は…パペットビーストじゃないのか…?」
「何度も言われるけど、そんなんじゃ無いの」
「種族的にはその通りなのかもしれないけど、内部的には違うって気がするね」
「馬鹿犬、無駄に知った風な口を叩くななの、何も知らないくせにいい加減なの」
「わはは! それもそうだね! でも、やっぱり近いんじゃないかな?
僕達とパペットビーストって」
「ま、種族的に同じだったとしても、そこにいる2匹みたいに死んだ目はしてないの。
意思を持たない人形。人の形をしてるだけで意思がないならただのゾンビなの。
主に忠実なゾンビ。いや、亡者という方が近いのかも知れないの」
「同胞を侮辱するか!」
「同胞をそのままで放置して手足として操ってるお前が言うななの」
「……」
ミミの言葉を聞いたアイが再び表情を曇らせた。
彼女自身にも自覚はあったのかも知れない。
だが、何も出来なかった…いや、どうなんだろうな。
もしかしたら、何か救う方法を探すために戦ってるのかもしれない。
「まぁまぁ、変なお話しはあまり意味が無いよ?
ここで話をしてもさ、どうせお話しするなら後が良いと思うよ。
僕達は戦うためにここにいるんだよ? 殺し合うためじゃない」
「だな、お互いを高め合う為にこうやってるんだろう。
同時に、お互いの願いを成就させるための過程でもある。
お前にも何か考えがあるのかも知れないけど、悪いが今回は勝たせて貰う。
俺達にも俺達なりの目的があるからな」
「いや、お前達は負ける。私に…負ける」
アイが指を鳴らすと、左右にいたパペットビースト達が身を引いた。
こいつ…もしかして1人で戦うつもりなのか?
「何のつもりなの?」
「お前に言われて、その通りだと思った…
私の目的を果たすためにあの2人を利用するのは誤りだ。
私はあの2人を利用していただけだ。お前達の様に
お互いに協力すると約束をしたわけでも団結をしたわけでもない。
ただ、私が目的を果たすためにあの2人を利用しただけ。
強制的にパペットビーストを従わせる事が出来るという力を使い
利用しただけ…それは、誤りだ」
彼女の言葉を聞いたミミは、悪い笑みを浮かべた。
「最初からそれで良いの。個人部門にでも行けば良かったの」
「まさか、お前が考えた方法って…」
「あいつが同胞を解放したいと思うなら
間違いを指摘すれば連携を放棄すると思ったの。
あの連携は完全に同胞を奴隷として扱った物なの。
そこを指摘すれば、自主的に引いてくれると予想したまでなの。
それを確実な手にするために、あたち達はいつも通りのやり取り。
だって、忌み嫌ってる人間が同胞と仲良く会話をしている場面と比べて
自分がやってる事は完全に奴隷を扱ってると感じる筈なの。
解放を望むなら、こんな行為は許される行為ではないと気付くはずなの」
「卑怯だよそんなの! ずっと悩んでる気持ちを利用するなんて!
そうやって利用されて傷付けちゃったらどうするの!?
正しいって思って来たことを否定されて、辛い思いをしたら!」
「事実を事実だと受入れさせてやっただけなの。
受入れると言う行為は成長の1歩なの」
「それでも!」
「喧嘩するな、集中しろよ。相手が1人でも強いのは間違いないんだ。
後、ポロ、ミミが言ってる事は正しいぞ。受入れる事は…きっと大事だ
それに、これが最後じゃない。まだチャンスはあるんだからな。
この戦いに負けてもアイが死ぬわけじゃ無い。まだ何度でもやり直せる。
そして、この選択は結局の所、あいつがした事だからな」
「ご主人…」
「でも、お前の気持ちは分かる。確かに俺も卑怯って感じる。
傷付けちまう可能性だってある。だけど、きっとあいつは傷付いてないよ。
表情見れば分かるだろ? 察しの良いお前なんだから余計にな」
ポロは本当に優しい奴だよ…何でいつも他人を心配できるんだろうな。
確かにだ、ミミがやったことは卑怯だ、相手の弱い部分を突いた行動だからな。
でも、それで相手が苦しい思いをするわけではない…少なくとも、今は。
ずっと引っ掛かってた部分を指摘され、解消しようと動くことが出来たんだ。
もしあのまま指摘されなかったら、変らなかったかもしれない。
だけど、変ることが出来た…状況を不利にしてしまってはいるが
彼女の精神はきっとさっきよりも軽やかだろう。
引っかかりが解けて、ようやく正しいと思える道を進めるんだから。
あのままじゃ、何やっても裏目に出ただろうな。
最終的に踏ん切りを付けることも出来ずにダラダラと続けてただろう。
だから、この行動は別に言う程悪いことでは無い。
「感謝しよう…指摘されなければ変われなかっただろう。
この間違いに気付きながらも、変えると決めきれなかったはずだ。
そして、私の事を考えてくれたことも。
初めてだ…私の事を考えてくれたのは…心配してくれたのは…」
アイの表情は少しだけ爽やかだった。
さっきまでの厳格な表情とは少し違って、優しい表情だった。
「だが、私は負けない。私には私の目的があるのだから!」
「にゃはは、やるなら本気で来るの。手加減して勝てる相手じゃないの」
「……うん、せめて本気には…本気で応えるよ」
「1人で戦って…後悔はしないんだよな? 後で卑怯だとか言うなよ?」
「勿論だ」
「分かった…なら、本気で戦う!」
「来い!」
相手は1人…だが、油断は出来ない。彼女1人でも十分強い。
彼女の思いに応えるためにも、本気で油断せず全力で勝負する!