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ためらい

ポロが見付けた小さなお家があると言う方向へ向った。

確かにある程度まで近付くと、そこに家があると言う事は認識出来た。

しかしだ、あの距離から発見できるとは思えないな。


見た目は人間っぽいけど…でも、犬の視力は悪いんじゃ?

もしかしたら、犬でも人でも無い何か別の存在になってる?


「なぁ、ポロ。お前って視力とか悪いんじゃ?」

「え? 視力…? 視力って何だっけ?」

「えっと、目で見る力かな」

「……おぉ! そう言えば驚くほどカラフル!」

「そう言う言葉は覚えてるのになんで視力を知らないんだ。

 と言うか、お前は言葉を何処で覚えてきたんだよ」

「知らない! 何か色々知ってた!」


……やっぱりこっちの世界に来て何か別の生き物になってるのでは?

人間の様な人間じゃ無い様な、犬の様で犬じゃ無い様な。


「でもそうだなー、確かに何だか目が良くなった気がするよ。

 でも、ちょっと鼻が悪くなったかな。ご主人の匂いは分かるけど

 虫とかの匂いが分からなくなっちゃってるよ」

「そうなのか…俺の匂いは分かるのな」


犬ってやっぱり嗅覚で人を見分けているのか?


「でも、耳は変らないよ! ご主人の足音もバッチリだよ!」

「足音で分かるのかよ!」

「うんっとね、音の響き方と間隔が違うんだよ。

 ご主人は少し大股だから間隔がちょっとだけ長いの。

 振り下ろすときの力で足音の響き方が違って

 ご主人の場合は一歩一歩力強いよ。だから分かりやすいの」

「し、知らなかった」


こいつ、俺が知らない俺の癖まで理解してやがった。

こいつと話を出来ると言うのは中々面白いかも知れない。

……じゃあ、折角だしあれも聞いてみようか。聞きたかったけど聞けなかった分。


「じゃあ、お前ってさ」

「何?」

「首輪で繋がれて、同じ光景しか見れない様な毎日…退屈じゃ無かったのか?」

「退屈…? あはは! そんな事考えたことも無かったよ!

 うん、全然退屈じゃ無かったよ!

 全然退屈だと感じないほどに退屈じゃ無かった!

 そもそもそんな発想すら出て来なかったよ!」

「なんで? くだらない毎日で、同じ光景しか見られなくて

 同じ様な面しか拝めないような毎日がどうして退屈と感じなかった?」


俺はこいつよりも広い範囲を行動して、色々な経験をして

そんな毎日を過ごしていたはずなのに退屈だと感じていたのに。

どうしてこいつは俺よりも暇な毎日で退屈だと感じなかったのだろう。

俺がこいつの立場であれば、確実に退屈だと感じていたはずだ。

退屈すぎて、今すぐに死んでしまいたいと思うほどに。


「その毎日が楽しかったからだよ? 同じ場所でもさ

 違う虫さんが変な動きしてたり、色々な人が僕の顔を見てたり。

 ご主人以外には殴られたりしてたり…

 そんな感じだけど、何より嬉しい時間は毎日来てたからね!」

「嬉しい時間?」

「そう! ご主人が帰ってくる時! あまりやる事無いんだけど

 ご主人が帰ってくるときは本当に嬉しいの!

 ご主人がいないときは少し退屈なんだけど

 ご主人が絶対に帰ってきてくれるって知ってるからどんな時も楽しいの!


 お散歩行って! 一緒に遊んで! なでなでして貰って!

 美味しいご飯を食べさせて貰って! これが凄く楽しみなの!

 ずっとご主人とお話ししたいなーって思ってたりもしたよ!


 ご主人が何を言ってるかは分かるんだけど

 僕の言葉はご主人には聞えないみたいだからもどかしい気持ちになってたの!

 だから、今は凄く幸せ! ご主人とお話しできて僕は大満足!」

「ちょま! その姿で俺に抱きつくな! 止まれ止まれ!」

「はい!」


ぽ、ポロがお座りを…でも、その格好でお座りは止めて欲しい。

いやだって、見た目女の子だし…いや性別は知らないけど

まだ不確定だけど、胸小さいし下の方が付いてるか見てないけど

それでも見た目は美少女だから、その姿でお座りは止めて欲しい。


手で隠してはいるけど、あれが無かったら凄く卑猥な格好だ。

いや、手があってもスゲー卑猥な格好なんだけどさ。

何か股開いてる感じで非常に卑猥だ。スカートじゃ無いけど卑猥だ。


「その姿でその座り方は止めろ。卑猥だから」

「卑猥? 僕はまだ発情期じゃ無いよ」

「発情期とかあるのか!?」

「勿論! でも、誰も構ってくれないからその時は寂しいなぁ」

「そ、そうか…そう言えば、たまに異常な程に引っ付いてくる日があったな。

 あれが発情期だったのか…でも諦めろ、人と犬だから」

「良いじゃん良いじゃん! 犬と人間でも子供作れるかも知れないじゃん!」

「無理だ! ましてやオスとオスだ! 不可能に決ってるだろ間抜けが!」

「むー、オスとオスだと子供作れないのは知ってるけど…ん? でもそう言えば」

「なな!」


あ、あいつ自分のズボンの中に手を突っ込みやがった!


「ばっかお前何やってる!」

「うん! 無くなってた!」

「嬉しそうに言うな! 無くなってたって何が!? 何が無いんだ!」

「ふふふ、ち」

「待て! 確かにお前にその芸を教えてはいたが、お前が言うな!」

「そう言えばあの芸ってさ、女の子だったらどうなるの?」

「変らないと思う…」

「へー、そうなんだ!」


あぁ、うん何となく分かってたけどやっぱり無いんだ。

でもあれだな、無くなってるはずなのに随分と嬉しそうだ。


「でもいいや! 無くなってると言う事は、私は今は女の子。

 つまりご主人との間に子供を作ることも可能なのだ!

 今度の発情期でご主人を襲っちゃうよ!」

「止めろ! いくらモテないからと言ってペットに欲情はしない!」

「僕はご主人に欲情するよ?」

「お前とご主人は違うの! だから止めろ!」

「むー…」


ふぅ、犬って案外変態チックなのかも知れない。

正確には犬というか、獣なのだろうか?

獣には基本発情期とか存在するからな。


子孫を残そうとするのが動物であれば

そんな期間が無い人間は動物では無いのかな。


と言うか、何故人には発情期という物が無いのだろう?

ちょっと不思議だな。人と動物は違うと言う事なのかも知れない。

何せ人以外の殆どの動物には発情期という物があるのだから。


「あ、ご主人ご主人。変な匂いがするよ」

「変な匂い? 何処から」

「あっちの方」

「んー? 見た感じ何も無い平原だぞ。あ、山が見える」

「多分この匂いは血の臭いだね。僕も良く覚えてるよ、自分のだけど」

「……仕方ない、行ってみるか」


そもそも行く義理とかはあるのだろうかという疑問は存在する。

俺達には関係が無い面倒な事だろうからな。

だが、何かが起ってるかもと知ってるのに行かないのはふざけてる。

くだらない毎日だが、こういうことだけはしっかりしてきた自信がある。


野次馬には参加しないようにもしてるし、誰か倒れてたら声を掛けてた。

誰かが酷い目に遭ってたら助けようともした。全部要らないお世話だったし

そんな事をして俺自身はただ不利益を被っただけだった。

助けた奴は救われたが、後から俺がそいつから同じ以上の仕打ちを受けた。


自分が正しいと思った道は、全て間違った道だった。

ただ俺自身が不運な目に遭うだけのいやな道だった。

……でも、やっぱり性根は変らないんだろうな。


ポロを助けたときもあれは俺が正しいと思ったからだが

結局お世話を全部押し付けられたあげく、食事代を小遣いから引かれた。

家族はポロを可愛がろうともしなくて、こいつにも辛い思いをさせただけだった。


「……」

「ご主人? どうしたの?」


そんな事を思いだしたら、どういうわけか足が止まった。

このまま助けに行っても、どうせ俺にとって不利益になるだけじゃ無いのか?

そろそろ変るべきだ。他人の為では無く自分自身の為に動くようになるべきだ。


悪いと思うことを無理矢理止めて、その矛先が自分の方に向く。

その結果、俺はいつもいつも不利益を被って…そう、正しさは悪だ。

正しく生きようとする人間は必ず周りを巻き込んで不運にする。


何処かで折れるべきだ。正しく生きる事はきっと罪なんだ。

今まで俺はそれを経験してきた。正しいと思った行動を取れば

その全てで俺に罰が降りかかった。つまり、正しいとは罪だ。


罪だから罰が降りかかる…正しく生きようとすることは悪い事だ。

自分にとって利益がある、悪い事だけをして生活すれば良い。

誰かが苦しんでいても無視するんだ。どうせ罰しか降りかからない。


「……」

「ご主人!? 何処行くの!? ねぇ!」

「良い、放っておこう」


ここで助けに行ってなんになるってんだよ。

どうせ不運に襲われるだけだ。正しい行動は全てマイナスに至る。


「どうして? 何か起ってるかも知れないんだよ?

 辛い思いをしてる誰かが居るかも知れないんだよ?」

「馬鹿言え。誰か助けても…俺が不幸になるだけだろ。

 お前だって、俺が助けたせいで不幸だっただろ?

 家族に叩かれたりしたんだろ?」


こいつには本当に可愛そうな事をした。あのまま殺してやれば

退屈な毎日を過ごさないですんだんじゃ無いのか?

家族に嫌われるような経験をしないですんだんじゃ無いのか?

俺は自分の行動で別の奴まで不幸にしている事を自覚するべきだ。


「……ご主人、僕はね。ご主人に助けて貰って不幸だったって感じてないよ。

 確かに痛い思いは何度かしたけど、それでも生きてて良かったって思う。

 ご主人と一緒にいられて…良かったって思ってる。


 ご主人が僕を助けて不幸になったって感じるなら、僕は謝るよ。

 でも、僕はご主人に付いていくけどね。自分勝手が1番だよ」

「……でもどうせ、誰か助けても不幸になるだけだ。

 称賛されることも無いし、ただ文句を言われるだけ。

 本来そいつが受けるはずだった不運をこっちが背負うだけだ。

 正しいと思って取った行動が全て裏目に出る。そうやって生きてきたのが俺だ。

 だから、変るべきなんだ。正しいと思った行為を抑えて自分の為に生きる様に」


テレビとかで称賛されてる奴も居る。だが、それはそいつの運が良かったからだ。

正しいと思った行動は殆ど全て自分にとってマイナスとなって帰ってくる。

称賛はされないし、文句も言われるし、結局より不運な経験をするだけ。


集団行動の中で俺はそれを理解した。集団を荒らす物には罰が与えられるのだ。

集団の中にある正義は例え悪でもそれが正義になる。

その正義に従わない奴は悪で、全てに罰がくだる…例え本当に正しい事でも。


「…無理に変えて、ご主人は幸せなの?」

「…え?」

「無理矢理正しいと思う事を変えて、無理矢理思わないことをして

 ご主人は楽しいの? 我慢するのは僕も得意だけどさ

 それは我慢したらご主人と遊べるって言うご褒美があるから出来たんだよ?


 でも、ご主人の我慢は我慢した後に何かご褒美があるの?

 自分の為なら我慢しない方が良いよ。我慢してもご褒美なんて無いなら」

「…行動して後悔する事が多すぎるんだ、俺の場合は」

「でも、行動したなら誇れるじゃん!

 自分は自分が正しいって思うことをしたぞーって!

 多分行動しなかったら、どうして行動しなかったんだろうって後悔するだけだよ?」

「……犬であるお前に何が分かるよ」

「ご主人の事が分かるよ! きっとご主人は後悔するの!

 責任転換とか出来るような人じゃ無いの! だから後悔する!

 だから、行動して後悔しようよ。大丈夫だよ、1人だけで後悔はしないから。

 今はこの僕が居るからね! エッヘン!」


ポロが胸を張りながら、自分の胸元に手を置いてドヤ顔を見せた。

何か、アホっぽい面だが…でも、この言葉で俺が勇気を貰えたのは確かだった。

今は1人じゃ無い。そうだな、少なくとも…今理解できたはずだ。

俺の取ってきた行動が、全て不幸に繋がったわけじゃ無いと。

ポロは自分の境遇を不運だと感じては居なかった…それだけで十分な救いだ。


「……分かった、じゃあ行くか。後悔するときは…一緒にしてくれよ?」

「勿論! ご主人の為なら何でもするよ! 死ねと言われれば死ぬ!

 子供を作ろうと言われれば喜んで! むしろ歓喜するよ!」

「お前…ま、安心しろ、多分どっちも言わないから」

「えぇー!!」


…やっぱりこいつを助けたのは俺にとって不幸では無かったようだ。

今はこいつとの会話を楽しんでる俺が居るからな。

どうしてこんな場所に俺達が飛ばされたのか、謎は多いのだけど

それはやることやってりゃ、その内分かってくるだろう。

ひとまず今は、自分の正しいと思う行動を取ってみるか。

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