大きな転機
バイス国の援助により、リーバス国は表舞台に姿を見せるようになる。
バイス国からまずは救援のお礼としていくらかの褒賞と貰う。
この金は財政難になりかけていたリーバス国には非常にありがたい援助だった。
この援助により、リーバス国は財政難を少し立て直す。
それよりもだ、この援助でバイス国との友好関係が出来た事。
更には大国、グレーベルとの関係が持てたというのが大きい。
同盟国であるバイス国の救助にグレーベルは感謝してるとのこと。
この件で俺達リーバス国はようやく大きな組織に入れるきっかけを作った。
このグレーベルを中心として成立している同盟組織に入ることも可能だろう。
「では、マリア姫に吉報を届けに行くとしますか」
「そうですね」
バイス国を後にして、俺達はリーバス国への帰路へ向おうとした。
復興の手伝いはあまり出来てないけど、グレーベルの援軍が到達するまでは待ったんだ。
これ以上、本隊である俺達がリーバス国を留守にするのはよくない。
モンスターが国を襲うという状況があった後だ。
リーバス国も安全とは言い切れない。
「…ディル」
俺達が国を出ようとしたとき。不意に1人の男性が話し掛けてきた。
服装から、恐らくグレーベル兵士達を指揮している人間だろう。
歳は…そうだな、50代後半…白髪が目立っているし、もしかしたら60代…か?
「……どうも」
この人はディルさんの事を知っている様子だった。ディルさんも同じだ。
恐らくこの人の事を知っている…だが、ディルさんの反応は薄い。
喜ぶ様子もなく、嫌がる様子もない…知り合いなのだろうが…
「……すまない」
「何に対しての謝罪ですか? お父様」
「え!? ど、どう言う!」
「あぁ、この人と私が親子であると言うだけですよ」
「え!? 騎士団長の…!?」
騎士団長…あの人はグレーベルの騎士団長!?
そ、相当な大物って事じゃ無いのか!?
そ、そんな人とディルさんが親子…
ど、通りで異様に強いと思ったら、そう言う…
「ですが、もう昔の事…既に私はお父様などに興味はありません」
「ディル…」
「何があったの? 親子なら仲良くした方が良いよ!」
「勿論嫌です。仲が良い親子だけでは無いと言うことを知ってください」
親子が決裂するような何かが…あったのか。
それが何なのか、俺は若干の興味はある。
だが、深入りするべきでは無いとも思っている。
俺達のような他者が介入できるようなレベルでは無いのだから。
「では、帰りましょうか」
そのまま父親に背を向け、ディルさんは城門へと歩き出した。
ディルさんの父親はそのまま何も声を掛けることは無く
城門へ歩んでいくディルさんの背中を見送る。
彼の表情には少し哀愁を帯びている様に見えた。
しかし、一歩も動かない…口も動かさない。
追いかける素振りすら見せない…見せようとしない。
「……ディル、お母さんの事…本当にすまなかった」
「今更謝罪ですか? くだらない。あなたはどうせ家族より仕事が大事なのでしょう?
それなら、そのまま仕事一筋で生きてくださいな。邪魔な家族を捨ててね」
そう吐き捨てた後、ディルさんは国の外へ出て行った。
彼女は一切自分自身の父親に興味を示そうとしない。
俺達も何も言えず、そのままディルさんに付いていくことしか出来なかった。
家族の仲を取り持ちたいと思う気持ちはある。
だが、そんな事を俺なんかには出来ないと言う確信に近い思いもある。
「もう! 何があったか知らないけど喧嘩してたら駄目だよ!
昔の怨恨ばかり見てたら、結局何も変えられないよ!?
このままで良いわけ無いじゃん!」
「あなたに私の気持ちが分かるとでも?」
「分からないよ。でもさ、このままだと後悔する事になるのは分かるもん!」
「ポロ! 止めろ! 俺達がどうにか出来る問題じゃ無いんだ。
何も知らない俺達か口出しして良い問題じゃ無い」
「……」
ポロの耳と尻尾が垂れ下がり、悔しそうな表情を浮かべた。
ポロはきっとこう言うときに黙っているのは辛いのだろう。
だから、あそこまで食い付いた。元々は犬。人の気持ちが分かるとは言え
やはり感情的になると、中々自分だけでは抑えられないのだろう。
その高ぶる気持ちを抑えさせるのが…俺達、飼い主の仕事だ。
「……ありがとうと、お礼は言わせて貰いますよ。
私の事を考えてくれたのでしょう? でも、スルガさんの言うとおり
これは私達、親子の問題です。私達の問題は私達だけの物です」
「にゃはは、辛気くさいの。どうせ何だかんだで時間が解決してくれるの。
そもそも、ディルが後で後悔しようと、あたち達には関係ないの。
ディルが辛い思いをして、ディルを大事にしてるマリアも辛い思いをするだけなの。
もしかしたらご主人も辛い思いをするかもだけど
その時はあたち達がご主人の側にいて傷を癒やせば良いだけの話なの」
「……私が辛い思いをして…マリア姫も…辛い思いを…?」
「当然なの。あたちはご主人が辛い思いをしたら辛いの。
大事な人が辛い思いをすれば、自分も同じ様に辛い思いをするのは当然なの。
大事だと思っているなら、辛い思いをするのは当たり前なの」
ミミがこんな言葉を言うとは、少し驚いた。
ミミは突き放しながらもディルさんへのちょっとした配慮も感じた。
自分は感情的になってないとアピールしているのだろうか
徹底的に無関心という体を崩そうとはしていない。
「……そうですね」
マリア姫の話題が出たことで、少しだけディルさんの心が動いたのか
さっきまでほぼ無表情だったディルさんの表情が少し辛そうな物になった。
しかしその時間は一瞬…少し間があいた後、ディルさんは再び門へ身体を向けた。
「……その時が来ないことを願うしかありませんね。
お父様、精々長生きしてくださいな」
「ディル…あぁ、お前は俺より先に死ぬなよ…」
その会話を最後に、ディルさんは門へ向って歩き始めた。
ディルさんのお父さんも兵士達の方へ身体を向け、歩き出す。
俺達はこれ以上、何も言うことを思い付かなかった。
だから、ディルさんと一緒にこのバイス国を後にする。
「ディル…」
「何ですか?」
「…今すぐじゃ無くても良いから…お父さんと仲直りしてよ…」
「……考えておきます」
ポロは本当にディルさん親子の絆を取り持とうとしている。
お節介焼きな奴だが…やっぱりこいつは俺が知ってるポロなんだと分かる。
あいつは犬の時からお節介焼きだったからな。
家族で喧嘩すれば、犬の身でありながら必死に仲を取り持とうとして居た。
意外と、俺達家族が崩壊しなかったのはポロのお陰だったのかもしれない。
ミミはあまりそう言う時に動こうとはしてなかったけど
今思うと、ミミは家族が喧嘩したときは何も言わずにそばに寄り添ってくれてたな。
「本当、お節介焼きですよね…ポロは」
「……そうですね」
さっきまで険しい表情だったディルさんが、少し微笑んだ。
…ポロの必死の呼びかけは、少しだけディルさんの心を動かしたのかな。
ポロとミミなら…この親子の絆を取り持てるかもしれない。
そんな淡い希望を抱きつつ、俺達はリーバス国へ帰国した。
「良かった! 無事だったのね!」
「はい」
リーバス国へ帰国してきた俺達を最初に出迎えたのはマリアだった。
マリアの顔を見た兵士達は少しだけ安堵の表情を浮かべる。
自分達が居ない間、リーバス国に何かあるかもと言う懸念を
彼らも抱いていたと言う事なのだろう。
「遅いから心配したんだから! でも、帰ってきてくれてありがとう。
だけど、まだ負傷者や死傷者が居ないかを確認してないから、安心は出来ないのか」
「負傷者は多少でましたが、死傷者はゼロ。ご命令通り全員生きて帰還しました」
「そう、怪我をしちゃった人達には申し訳ないことをしたわね…
でも、全員生きて帰ってきてくれてありがとう!」
兵士達の無事を確認したマリアは満面の笑みで俺達にお礼をしてくれた。
その笑みだけで、兵士達の疲労が消えて行ってるように見えた。
ディルさんの言うとおり、マリアのお礼と笑みは兵士達には最高のご褒美だったらしい。