ぶっ飛んだ魔法
戦闘はまだ続いていた…そう、ギリギリ続いていた。
もしあと少し遅くに来ていれば、城門は完全に突破されていただろう。
城の前には必死に戦い、敗北していった兵士達が何人も倒れていた。
生々しい死体…と言うのは、見たく無い物だけど
こんな世界であれば、それは…どうしようも無いのかも知れない。
平和だったあの生活が、実は当たり前では無いと言うことを改めて理解できた。
必死に努力しても報われない…いや、報われる報われないなど考える余裕も無い。
必死に努力しなければ、何も出来ないような世界がここなのだろう。
行動しなければ、命を投げ捨てなければ何も守れない世界。
モンスターという異常な存在が居る…それだけで当たり前は崩壊する。
いや、異常な存在が居ると言うことが、それだけと言えるのかは微妙だ。
しかし、ここの世界に元より住んでる人達からしてみれば
モンスターが攻撃をしてくると言う、それだけの事…なのかもしれない。
「予想通りデカい化け物なの! 確か…そう、ギガンテスなの!」
「ん? 名前知ってるんだ」
「ふふ、あたちの脳内には把握してあるの…
でも、ギガンテスの襲撃にしては被害は少ない方なの」
「これで少ないのか? これだけ死んでるのに?」
「うん、少ない方なの。本来ならもっと死んでるの。
でも、あと少しあたち達が来なければ酷い有様だったと思うの」
兵士達が必死に交戦しているが、兵士達の刃はギガンテスには通ってない。
屈強な肉体に、傷1つ付けられていないのが何よりの証拠だった。
飛ばされた矢は一切皮膚を貫かず、壁に当ったかの様に弾け落下している。
兵士達が振るう刃もあっさりと折れ、使い物にならなくなっている。
ギガンテスの身体には半端な物理ダメージは通らない。
でも、被害は甚大には至っていない。
理由は兵士達だ。兵士達は必死にギガンテスを揺動していた。
城に接近されないよう、自分自身を犠牲にして動いている。
ギガンテスの注意を自分自身に向わせるように攻撃して。
兵士達の目には涙も浮かんでいた。しかし、逃げ出さない。
1人の兵士の頭上に巨大な手が振り下ろされようとしている。
その瞬間、兵士は死を覚悟したのか一切動かなくなる。
涙を流しながら、自分自身の死を待っている。
でも、その死が到達することは無かった。
ギガンテスの腕が吹き飛んだのだから。正確には俺が吹き飛ばした。
「……」
「なん…」
今まで一切ダメージを与える事が出来なかった化け物。
その腕が唐突に吹き飛び、返り血を浴びる兵士。
そんな状況で咄嗟に自身が助かったと理解は出来ないだろうし
この状況になれば、唖然とするのも当然だった。
ギガンテスは大きく怯み、兵士から距離を取る。
兵士達は誰1人として動かない。
助かった兵士を助けようと動く兵士も1人だって居なかった。
動けるはずが無い。状況を理解できなければ動けないのが普通だ。
「流石ご主人なの! ギガンテスの腕が吹き飛んだの!」
「あれは痛いよね、僕だったら泣いちゃう!」
「泣くで済むわけ無いだろ」
ギガンテスが動揺しながら声がした方を向いた。
俺達の方だった。沈黙の中、俺達だけが口を開いたからだ。
誰も喋れないこの理解が追いつかない状況で喋れる人間。
それは、この状況を理解してる人間くらい…なのかな。
「ヴァー!!」
ギガンテスの咆吼が周囲に響き渡った。
さっきまで動けなかった兵士達もこの咆吼には反応し
自分自身の耳をふさぎその場に座り込む。
本来なら危険な動作だが、ギガンテスのターゲットは既に兵士達には無く
俺達の方に向いていたからその動作で死亡してしまう、と言う事は無い。
「ミミ! こいつの弱点は何処だ!?」
「人と同じなの! 頭吹き飛ばせばそれで終りなの!」
「了解!」
こちらに向かってくるギガンテスの頭が吹き飛んだ。
俺らからしてみれば、何故吹き飛んだかは理解できるが
俺達を知らない兵士達は何が起こったのか理解も出来ないだろう。
ギガンテスが死んだと理解するまで、中々の時間を有するはずだ。
「余裕なの! 硬いだけで鈍い奴ならご主人が戦えば楽勝!」
「でも、不意打ちには弱いからお前らが居ないと、ちょっと不味いけどね」
「なら大丈夫だよ、僕達は一緒に居るから」
不思議な安心感があった。護られているという安心感が。
不意に攻撃を喰らいそうになっても、ポロ達が居れば何とかしてくれる。
1人なら強いとはまだほど遠いかもしれないけど、こいつらが居れば
俺達は十分過ぎる程に強い。目の前に転がるギガンテスの死体がそれを証明している。
だが、俺達には足らない物が多すぎる。
俺達がもっと速く動くことが出来ていれば…
もっと被害を抑える事が出来たかもしれない。
足らない物は多い…俺にもっと体力があれば…
ポロと同じくらいの速度で走れる、身体能力があれば…
欲しい物はまだ沢山ある。だが決して得られない物では無い。
満足するな…この程度じゃ、まだまだ。
……本来の目的は元の世界に帰ることではあるが
それでも、この死体の山を見てると…自分の目的だけを追うなんて出来ないな。
「ご主人は優しいから、きっと自分を責めてるかもしれないけど」
「な…」
「ご主人のお陰で助かった命も沢山あるんだから、今は喜ぼ?
自分を責め続けてもさ、何も変らないんだから」
「……そうだな」
何だか少しだけ心に抱いていた罪悪感が軽くなった気がした。
救えなかった命はあるけど、救えた命はちゃんとあるんだ。
そんなに喜べる状況ではないけど…少しくらい、喜んでも良いだろ。
「ぎ、ギガンテスが…」
「リーバス国が姫、マリア姫の命に従い助けに来た!
マリア姫はお前達の同士、ジャック・シードの思いを受け取り
このバイス国を救う為に我々を遣わせた!
国の奪還も支援に来たリーバス国の兵士達が行なってる!
ギガンテスを仕留めただけでは勝ちとは言えない!
一緒に国を取り戻そう!」
「……お、おう!」
ディルさんの指導もあって、兵士とかを先導する方法も多少は知ってる。
敬語というのは少し迫力に欠けるから、ここはタメ口での叫ぶ。
支援要請を要請と言う形には聞えない風に言う事が大事らしい。
誰かに指示を出すときに、弱気な姿勢や下手での行動はよろしくない。
相手が王族など、上に居るのが当たり前な場合は下手で構わないが
相手が兵士など、上の指示で動く人達だった場合は上からの指示が効果的とか。
実際、バイス国の兵士達は俺みたいな餓鬼に付いてきてくれた。
目の前で俺がギガンテスを撃破したのを見たと言うのもあるだろうが
上からの言葉だったから、無意識に付いてきたのかもしれない。
「よし、いくぞ!」
「おぉ!」
引き連れてきたバイス国の兵士達と協力し
俺達はバイス国中に広がっていたゴブリンの群れへの攻撃を開始した。
ギガンテスに追い込まれて満身創痍だった兵士達だったが
そのギガンテスが撃破されたことにより、士気は高騰。
更に犠牲になってしまった仲間達の分まで戦おうと
必死の交戦を行ない、犠牲者などは出ることが無かった。
リーバス国の兵士達は何十人か負傷したが、死亡者はゼロだった。
バイス国の兵士達は卓越した連携を見せ、負傷者すら無し。
荒れ果てた国を見て怒りを覚えたのか、非常に猛々しい雰囲気を出していた。
ゴブリン達もその気迫に押されたのか、動きが鈍く掃討は容易だった。
多少予想はして居たが、今回の襲撃で苦戦してしまった理由は
ギガンテスの存在だけだったようだ。
実際どれだけ連携が取れていようとも攻撃が効果が無いのなら勝算はないか。
魔法を扱える奴が居ればここまで追い込まれることは無かったのかも知れないが
どうやら、魔法を扱える人間というのは非常に珍しいらしい。
そう考えてみると、小国でありながら10人以上魔法を扱える
リーバス国の魔法技術というのは凄いようだな。
それなら、錬金術による発展が最も効果的かな。