不吉な予感
「国を襲撃するモンスター…と言うのは不吉な予感がしますね」
バイス国へ向かい道中、不意にディルさんが呟いた。
少なくともこの呟きは兵士全体へ向けての言葉では無い。
ディルさんの近くにいる、俺達3人だけに向けられた言葉。
他の兵士には知られたくない事情があるのだろう。
その雰囲気を察してか、普段大声で騒ぐポロが少し静かだった。
ミミの場合はポロの異様な雰囲気を察して、と言う感じかな。
「どうして?」
普段は大きな声を発しているポロの小さな言葉。
何と言うか、少し新鮮な感じがするほどだった。
彼女は何も考えないで行動している物だと考えていたからな。
だが、実際はどうやら、人の考えや心情を多少は読めるようだった。
意外と人に対しての接し方や直感力は侮れない気がする。
今まで色々な人間と接していた賜物と言う感じなのか。
「モンスターの襲撃は今まで殆どありませんでした。
それは、今までマリア姫が襲撃を喰らってなかったのが何よりの証拠でしょう」
そう言えば、マリアはあのゴブリンに襲われるまで
今まで大した護衛も付けないで国を往復していたのか。
流石に襲撃を受けて、その状態を変えないなんて事は無いはずだ。
実際、マリアはゴブリンに襲撃されてすぐに方針を変えている。
マリアは短絡的な部分があるが、馬鹿では無い。
ならば1度でも何処かで襲撃を受けていれば対策をして居るだろう。
それをあの時までして居なかった…それはつまり今まで襲撃されてない証拠。
「それが、マリア姫が襲撃をされた日を皮切りに
唐突に姿を見せたブラッドニードル。
そこから僅か数ヶ月で隣国が襲撃を受けている。
今までは何年間も平穏だったというのに、数ヶ月でこの惨状。
何か異常なことが起こっているとしか考えられない。
当然そうなると、最初に疑わしいと感じるべきはあなた方」
「あたち達が何かしたとでも」
「いいえ、疑い深い人間であればそう思うやもしれませんが
私はその様には考えていません。ですが、あなた方の存在が異常なのは事実。
高い錬金術の知能を持つパペットビーストに似た少女。
非常に高い身体能力を持つパペットビーストに似た少女。
その2人の少女を率いる、異常に強力な魔法を持つ青年。
これ程の存在がもし放浪の旅を実際にしていたとすれば
噂になっていないはずが無い。多少は想像していましたが
今、ハッキリと言わせて貰います。あなた達はどこから来たのですか?」
「……」
唐突にこんな事を言われるとは思っていなかった。
確かに俺達という存在が異常なのは間違いない。
実際、ミミの様に高い能力を持つ錬金術師が居るとすれば噂になる。
あれだけの手練れが噂にもならず放浪の旅を続けるのは確かに違和感がある。
俺とポロでも同じ事が言える。高い戦闘能力と魔法能力がある2人組。
そんな奴が放浪の旅をしていれば、ディルさんの言うとおり噂になるはずだ。
それが無い…と言う事は、俺達が何かを隠してる…そんな考えに行き着くのも分かる。
「そう警戒しないでください。私はあなた達に敵意はありません。
もし私にあなた達への敵意があるのだとすれば小声では聞いていないし
そもそもマリア姫の護衛という重大な行為を傍観しては居ません。
ただ知りたいんですよ。あなた達の素性を。
共にマリア姫に使える者として知りたい。それだけの事です」
「……じゃあ、突拍子の無い事を言わせて貰っても良いですか?
勿論、信じられることでも無い。
もし俺自身がそんな事をあなたの立場で聞かされたら信じない自信がある。
そんな、突拍子も無く飛び抜けてて理解不能な事を言わせて貰いますが」
「構いません」
「……なら、言いますよ……俺達はこの世界の人間ではありません」
「……」
普通なら信じられる言葉では無いだろう。
しかし、ディルさんは俺の言葉を聞いて少し驚いた表情を見せたが
その表情に不信感という物は感じなかった。
恐らく彼女は俺の言葉に驚きはしたが、否定はしていない。
つまり、彼女は俺の言葉を信じている。
こんな理解不能な言葉を受入れている。
「そして、ポロとミミの2人は本来、人間ですらない」
「―っ!」
ディルさんの表情に明らかな驚きが見えた。
当然だ、今まで人として接していた奴が人間で無いと言われればな。
実際、今のポロとミミは人間と遜色ないだろう。
人の言葉も発するし、見た目だって耳と尻尾が生えている部分以外は完全に人間だ。
感情だって存在するし、考えて行動だってしている。
そして何より、そんな奴にディルさんは教えを説いて貰っていた。
知能も高く、人と遜色ない姿と感情を持ち、性格も個性があり
好き嫌いもちゃんと存在しており、自分自身の考えをしっかりと持ち合わせている。
しっかりとした芯もある…そんな奴らの正体は人間では無く
「2人は元々動物。ポロは犬、ネネは猫で2人は俺の元ペットです」
「……本来なら、馬鹿じゃ無いですかと問うべきなのでしょうが
どうもその話が嘘、と言う風には見えませんね。
あなた達の表情には迷いは無い。でまかせを言ってるようにも思えない。
ならば事実であると言う事でしょう…信じがたいことですが。
なる程、だから2人はスルガさんの事をご主人と呼んでいたのですね」
「そうなるね、僕自身もよく分かってないけど」
「あたちも理解不能なの、でも、普通に嬉しいの」
「あ、それは僕もだね、ご主人とお話しできるの楽しいし」
「…左様ですか」
動揺しながらも、2人の言葉に僅かに笑みをこぼした。
2人の会話には全く悲壮な雰囲気などは無いからな。
あんな話をした後だというのに、殆どいつも通りだ。
「……なる程、じゃあ放浪の旅というのは、予定だったのですね」
「はい、そうなりますね…元の世界に戻る方法を探す放浪の旅」
「本来はポロさんの仲間を探すことでは無く、そっちでしたか」
「いえ、ポロの仲間を探すのも一応予定としてはあったんですよ。
まぁ、ミミまでこっちに来てるとは想定してませんでしたが」
「そうですか…興味、ありますね。あなた達の世界」
「さぁ、俺達の世界はそんなに楽しい世界じゃ無いと思いますよ」
「慣れている人は皆そう言いますよ。
自身の当たり前のありがたさを感じる者はそういない。
私がもし、あなた達の世界の話を聞けば当然興味を持つでしょう。
もしかしたら、そっちの世界へ行きたいと良い、帰るときに付いてくるかもしれない。
でもきっと、私はそれから少しして、元の世界へ戻ろうと動くでしょう。
感動は長続きしませんからね。長続きするのは感動よりも当たり前ですよ」
かも知れないな…最初、クソつまらないとか言ってたのに
俺は何だかんだで帰ろうとして居るんだから。
ディルさんが言ったことは事実なのだろう。
「ま、詳しい話は後日聞かせて貰います。
今はそんな状況、と言う訳にはいきませんからね。
長い話しになるでしょうし、この話は後にして
モンスターの襲撃を迎撃することを考えましょう。
私が振っておいて何ですがね。
…でも、ありがとうございます。これでスッキリしましたよ。
あなた達の正体…安心してください、誰にも話しませんから」
「ありがとうございます」
「いえ、いつかまた、自分自身の口でお話ししてください。
何年先でも構いませんから…必ず」
「……分かりました」
中々に難しいお願いを最後にしてきたな。
結構勇気いるぞ、この事実を話すのは。
でも、その内話す必要が出てくるのだろう。
帰るときが来れば…必ず話さなければならないのだから。
「さて、最初の話しに戻りますが、ま、私はあなた達の事を疑ってはいません。
私はあなた達の事を英雄か何かだと考えています」
「いきなり話を戻した上に、随分と突拍子の無い話を」
「どうしても伝えたかった事だったので、申し訳ありませんね。
まぁつまり…信用していますと伝えたいのですよ、あなた達の事を」
「…ありがとうございます、俺達を信用してくれて」
「いえ、私があなた達を信用出来るのはあなた達の行動があったからですよ。
私がお礼を言われるべきではありません。私がお礼を言うべきなのですから。
ありがとうございます。私達の国へ来てくれて」
「…どういたしまして!」
俺が否定をしようとした瞬間にポロが叫んだ。
同時にポロは俺の方を横目で見て、にこりと笑う。
……あまり否定ばかりするなって事かな。やっぱりこいつは俺を知ってるな。
「では、そろそろですね。準備を」
「はい!」
ポロの言葉を聞いたディルさんは少し微笑むと同時に全体に号令を掛けた。
合図と同時に、兵士達は武器を構え、周辺警戒と同時に進軍を行なう。
さぁ…もうそろそろ目的地。結構道が逸れたが、これからが本番!