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引き継ぎ 〜恭子ちゃんの世界〜

作者: いつみゆう



 またナースコール音が真夜中のナースステーションに鳴った。

 誰が押したかは検討がついてる。きっとあの患者だ。

 私は仮眠室に向かう途中だったのに、折角の休憩の時間まで邪魔するのかと私は思った。


「また"恭子ちゃんね"。」

「……やっぱり恭子ちゃんでしたか。」

「……はぁ。もう疲れた。じゃんけんで誰が行くか決めない?」


 私達は何度も恭子ちゃんの対処をしていた。

 私は公平にじゃんけんで誰が行くか決める事にした。

 だけど、これが間違いだった。


「じゃんけんぽい!あ、負けたのは言い出しっぺの近藤さんね。行ってらっしゃい!」

「寝不足は美容の敵って事を丁重に教えてあげるのも忘れずにやって頂戴。じゃあ、恭子ちゃんによろしくねー。」

「はぁ……行ってくるわよ。」


 私は懐中電灯を取り出して、真夜中の廊下を歩いた。

 部屋の前にたどり着くと、悲鳴が聞こえた。

 だけど、私はもう慣れてしまっていた。

 だっていつもの事だったんだから。


「……恭子ちゃん。入るよ。」

「助けて!!早く助けて!!」


 恭子ちゃんは交通事故で足を怪我して入院している12歳の患者だった。

 だけど、よっぽど事故に遭ったのがトラウマだったのね。

 いつも助けて助けてと叫んでいた。

 彼女は精神障害にかかったという診断を受けていたの。


 恭子ちゃんは、以前、来ないでと叫びながら花瓶や備え付けの物品を空気に投げつけていた事件がきっかけで、ベッドに体が拘束されていたの。

 入院先が確保出来次第、精神病院への入院が決まっていた。

 彼女はベッドの拘束具をギシギシさせながら暴れていた。


「来ないで!助けて!お願い!誰か助けて!!」

「……来てやったのに、来ないでとはね……恭子ちゃん。どうしたの?」

「助けてぇーーー!!!!!」


 耳が取れるかと思ったわ。

 彼女はただ泣き叫びながら助けてと叫ぶだけだった。

 私はため息をついた。

 鎮静剤の投与を相談しに戻ろうとした時だった。

 

「助けてぇーーーー!!!!」

「きゃあーーー!!離してぇ!!」


 私は初めて見たな。拘束を自分の力で引きちぎる女の子なんて。

 引きちぎった代償に、彼女の皮膚が裂けて血が飛び散った。

 私の腕は物凄い力で握られた。

 腕が折れるかと思ったわ。

 私は恐怖と痛みに耐えながら、なんとかナースコールを握り、救援を呼んだの。

 すぐに同じ夜勤の同僚が来てくれて私の腕は離されたけど、腕には暫く痛みが残った。

 私は報告書の作成と痛みのせいで、その日、仮眠を取る事が出来なかった。

 

 夜勤の次の日は公休というサイクルが私の病棟のやり方だった。

 私は寮に帰ると、握られて青アザになってしまった部分に湿布を貼って、寝ることにした。

 疲れとショックのせいで、すぐに眠る事が出来た。

 特にその日と休みの日は普通だった。何も起きなかった。

 問題は次の出勤の日だった。


「おはようございまーす。」

「……聞いた?恭子ちゃんの事。」


「いえ……何も。何かあったんですか?」

「亡くなっちゃったのよ。なんでも、死因はショック死だって。」


「ええ!?まさか、鎮静剤の投与のし過ぎで……!?」

「いえ。あなた達はあの日適切な処置を行っていたわ。薬品による死ではなかったの。」


「じゃあ……何で……。」

「分からない。ただ原因不明とだけで、なんでショック死に至ったのか、全然分からないみたいなの。」

「……はあ。本当の原因は何なのかしら。」


『……オマエノセイダ。』


 私の正面からそれは聞こえた。

 何が起きたのか理解出来なかった。


「……え?何か言いました?私のせい?」

「何言ってるのよ。そんな訳ないでしょう。いい?自分を責めないでね。あの日、あなた達は出来る事をした。最善の処置をした。もう一度言うわよ?自分を責めないで。」

「は……はぁ。」


 私は疲れているんだと思うようにした。

 疲れているだけだったら救いだった。


「……あ、こら!!そこの子!?待ちなさい!」


 ある日、小さな男の子が病棟を全力で走っていた。

 私は男の子を捕まえた。

 一階には"外来"があったから、注射が嫌で2階の病棟に逃げてきたクソガキだと思っていた。

 だけど、違かった。


「お姉ちゃん。僕が"見えるの"?嬉しいな。遊ぼう?ねえ遊ぼう?」

「病院は遊ぶ所じゃないよ。ここは一般病棟といって、関係者以外は入ってはいけない決まりなの。」


「え?遊ぼうよ。」

「だから、ここは……」


「嬉しいなだって話も出来るんだもん遊ぼうよなにして遊ぶねえ何がいいかな鬼ごっこそれともかくれんぼそれともお歌がいいかなねえ何がいいかなねえねえ怖いかおをしないでちゃんと答えてよねえねえお姉ちゃんお姉ちゃんお姉ちゃんお姉ちゃんお姉ちゃんお姉ちゃんお姉ちゃんお姉ちゃんお姉ちゃんお姉ちゃんお姉ちゃんお姉ちゃんお姉ちゃんお姉ちゃんお姉ちゃんお姉ちゃんお姉ちゃんお姉ちゃんお姉ちゃんお姉ちゃんお姉ちゃんお姉ちゃんお姉ちゃんお姉ちゃんお姉ちゃん………」 


 笑顔で喜ぶのよ。その男の子。遊ぼう遊ぼうってさ。

 その後はずっとお姉ちゃんお姉ちゃんって言ってた。

 何が怖いかって、息継ぎもしないで断続的に喋り続けている事だった。

 私は目を閉じ、耳を塞いで悲鳴をあげた。


「きゃあーーー!!!」

「どうしたの!?大丈夫!?」


「男の子が……男の子が!!」

「何言ってるのよ!!男の子なんていないわよ!!」

「え……?」


 私は恐る恐る目を開いた。

 そこには誰も居なかった。

 私はその日、初めて霊というものを見てしまった。

 ショックで呆然としていると、腕に痛みを感じた。

 恭子ちゃんが握った部分だった。

 それと同時に、また声が聞こえた。


『……マダダヨ。モットシッテホシイナ。』


 その声は誰かに似ていた気がする。

 だけど、その時はまだ気が付かなかった。

 その日以来、私は頻繁に"見る様"になった。


 二つめの話。


 私はホールにある流しで一生懸命何かを洗っている看護師さんに言葉をかけた。


「……お疲れ様です。洗い物ですか。お手伝いしましょうか?」

「…………。」


「"あかぎれ"になったら言ってくださいね。いつでもハンドクリーム貸してあげますから。」

「…………。」


「ちょっと!忙しいからって無視しないでくださいよ!!」

「近藤さん!どうしたの!?誰と話しているの!?」


「だって、この人無視するんですもん!」

「そこには誰もいないじゃないの!!そんな冗談やめてよ!!」

「……ふぇ。」


 先輩看護師さんは見えていないみたいだった。

 だけど、そこにいる。私には見えていた。

 そして、今気付いた。

 水の音はしていたけど、蛇口から水が出ていなかった。

 そして、その看護師さんは、何も洗っていなかった。

 パントマイムの様に空動作を行っているだけだった。


 私は固まっていると、その看護師さんはこちらを向いた。

 顔がグシャグシャに潰れていた。

 私は瞬時に思い出した。

 かつて、酷いいじめにあった看護師がいて、いじめを苦に飛び降り自殺をした看護師がいた事をね。

 おそらく、この人の事だろうと思った。


 グシャグシャの顔に少しだけ残った口を動かした。


「……あんたの後ろにいるその看護師が、若い頃、私をいじめたんだよね。あんたも死ねって言っといて。あと、呪ってやるって事もね。」


 その時、私の腕にまた痛みが走る。

 そしてまたあの声が聞こえた。


『……イイチョウシダネ。ソシツアルヨ。』


 三つめの話。


 私は汚物洗浄室でその日出た汚れ物を洗っていた。

 洗浄室には、見た目が様式便器を四角くした様な洗い物をする台があって、その前でしゃがんで洗い物をするの。

 その日は洗い物が多かったから、膝が痛くなった。

 全てを洗い終わって、ほっとしていると、水が勝手に流れた。


 自分でレバーを倒した訳ではないのに、何故だろうと思って水の流れを見ていた。

 すると、ポコ、ポコと気泡が浮かんだ。

 私はその気泡を見つめていた。

 すると、ゴボっと音を立てて浮かんできた。


「……ママ。」


 それは胎児だった。

 当然、胎児は喋れる訳ないんだけど、その子は喋った。

 呆然としていると、また音を立てて浮かんできた。


「……ママ。」

「……ママ。どこ?」

「ママ、お腹空いたよう。」

「ママ、ママ。どこなのママ。」


 次々と浮かんで来る胎児達。

 ママ、ママとそれぞれ自らのお母さんを探していた。

 汚物洗浄室はママを呼ぶ声で埋め尽くされた。


「ママ。ママ。ママ。ママ。ママ。ママ。ママ。ママ。ママ。ママ。ママ。ママ。ママ。ママ。ママ。ママ。ママ。ママ。ママ。ママ。ママ。ママ。ママ。ママ。ママ。」

「ッッッ!!!!!」


 最早悲鳴も出なかった。

 恐ろし過ぎて何も言えなかった。

 私は休憩室に逃げ込み、冷蔵庫をあけると、ジュースを一気のみした。

 誰のジュースか分からなかったけど、何かを飲んで落ち着きたかった。

 後から知ったんだけど、昔はあの汚物洗浄室で亡くなった胎児達を流していたんだって。

 あの子達はまだ成仏していないみたい。

 

 そして、またあの声。


『ソノチョウシ、ソノチョウシ……。』


 声の主は喜んでいた。

 まるで、私の成長を喜ぶかの様にね。

 そして、腕には激痛。

 霊を見るたびに、激痛。


 四つめの話……いや、もういいや。

 私は計40回の霊体験をした。


 私は疲れはてた。

 精神的に、もう。

 見えすぎて、疲れた。


 そして、あの日が来た。

 あの日は夜勤だった。


 私は今日も何かを見るんだと思うと、出勤したくもなかった。

 だけど、見えなかった。

 いつもだったら、出勤した時点で何か見えるのに、何も見えなかった。

 私は霊から解放されたらしい。


 私は解放を喜んだ。

 いつものめんどくさい業務が霊が見えないだけで、これ程充実したものになるのかと思った。

 私は霊達に感謝した。

 霊達も分かってくれたらしい。

 私が今、どれだけ疲れているか、やっと分かってくれたらしい。

 私はいきいきと業務に勤しんだ。


 そして、夜が来た。


 夜中2時頃、私は一人でナースステーションについていた。

 二人の看護師は先に仮眠をとって休んでいた。

 私はうとうとしながらイスに座っていたんだけど、あの音で起こされた。


「はっ。いけない。うとうとしちゃった。……え……ここって……。」


 ボード型親機が示した部屋、そこは恭子ちゃんがいた部屋で空き室だった。

 私の全身に鳥肌がたったけど、私は誤作動であると信じて、震える手でボタンを押した。

 当然音は消えた。

 だけど、指が離れる度に音が鳴る。

 明らかに誰かが押し続けている。

 信じたくない事実に恐怖しながら涙を流してボタンを連打する。


「うう……グスッ!ちょ……っ…なんで……もうやめてよ……嫌あ!!」


 私は耳を塞いで、目を閉じてその場にしゃがんだ。

 微かに聞こえてくるナースコール音。

 私は恐怖で叫んだ。


「嫌あーーーーー!!!!!」


 人生で一番大きな声で叫んだと思う。

 きっと病棟中に響き渡る声だったと思う。

 そして、叫ぶのをやめた時、私の肩を叩く感触がした。


「大声出してどうしたの!?大丈夫!?しっかりしなさい!!」


 私は同僚の声を聞いて安心した。

 私は笑顔を浮かべて顔をあげた。

 それがいけなかった。


「……ふぇぎゃああははぃひひひひふぇひゃがはふ!!!!」


 私は発狂した。

 そこにいたのは満面の笑みの、"恭子ちゃん"だった。

 青白ーい満面の笑み。

 目だけ笑ってない。

 目に浮かんでいるのは、明らかな殺意、恨み。


 そんな笑顔を向けられてご覧なさいよ。

 見た瞬間怖すぎて気絶するわよ。

 

 とにかく、私は恭子ちゃんから逃げ出した。

 最初は休憩室に逃げ込もうとした。

 だけど、何故か鍵がかかって開かなかった。


「あは。」


 恭子ちゃんはダンスを踊るかの様な軽やかなステップで追いかけてきた。

 怖すぎて笑う事しか出来ない。


 病棟中の扉という扉を開けようとした。

 だけど、全て開かない。

 なぜ、どうして、なぜ、どうして。


 そして、希望の光が差した。

 一室だけ、開いたの。


 私はそこに逃げ込むと、直ぐに鍵をかけた。

 安心したのもつかの間、そこが何の部屋か分かった。


「あはは!?なんで!?どうして!?なぜ!?この部屋だけ開くの!?あはははは!!!!」


 そこは、恭子ちゃんがかつていた部屋だった。

 笑いと恐怖でどうにかなりそうだった……いや、もうどうにかなってたか。

 私の生命が私自身を笑わせている事で、なんとか気絶を免れさせていたと分かった。

 本当は気絶出来たらどれだけ楽だったか。

 私の体に恨みを覚える位だった。


 すると、入り口の曇りガラス付近にベタッと大きな音がした。

 曇りガラス越しでも分かる。

 顔をベッタリとくっつけてたから分かる。

 そこには大きく目を見開いた恭子ちゃんの顔があった。


「……何回目?」

「ひひっ!?」


「これで"私達"を見るのは何回目?」

「41ひひッ…回……ははは!……目……。」


「……明日、楽しみだね。あなた、私になれるよ?私は42回目で死んだからね。」

「へ……あひ……。」


「あの日、私の事無視したでしょ。助けてって言ったのに。

あれだけ助けてって言ったのに。私は霊に話しかけられて怖くて怖くて怖くて怖くて……あんなに助けを求めていたのに。

 あなたはそれを無視して帰ろうとした。許さない。絶対に許さない。"同じ死に方"をして貰わないと、絶対に許せない。

 ね、笑うのやめて。今は楽にしてあげる。」

「………。」


 笑うのをやめた時、やっと聞こえた。

 恭子ちゃんが何を感じていたのか。何を見ていたのか。


『ねえねえ。見て。俺の目、取れちゃった。』

『あははは!!俺この間死んじゃってさあ!!』

『……彼氏、私を捨てたの。だから飛び降りたの。』

『遊ぼう遊ぼう遊ぼう遊ぼう遊ぼう遊ぼう遊ぼう遊ぼう。』

『ママ。ママぁ。お腹すいたあ。』


 病室中にいる、埋め尽くす程の霊達。

 一斉に私に向かって話かけていた。

 

 私はそこで全て理解した。

 恭子ちゃんの死因。

 それは、"恐怖による"ショック死であったと。



**********



「……また近藤さん?」

「そうなのよね。夜勤で倒れてるのを今朝発見して、発狂してたみたいだから、今日入院したばっかりなんだけど、何度もナースコールを寄越すのよ。」


 ヤバい!!夜中になった!!助けて!!誰か助けて!!


「……聞いた?なんでも拘束を引きちぎったらしいわよ。」

「へー。恭子ちゃんと同じねぇ。」


 助けて!!ヤツらが来る!!助けて!!


「もう、無視していいんじゃないの?」

「そうね。全く、同じ看護師の癖に、気を遣いなさいよ。

 夜勤のナースコール対応ってとってもめんどくさいんだから。」

「あ、ナースコールの裏技教えてあげる。」

「へぇ、どんな?」


「ボタン押して、受話器を外したままにすると、音が止まったままになるの。そんで、音量つまみを最低にすれば……」

「なるへそ。それで音が聞こえないと。これで今日も安眠できますね!!今夜はこれでいきましょう!!」

 

 お願い!!ああもう!!もう一度やってやる!!

 ああ……痛い。私の左腕……血だらけ……。

 なんで拘束なんてするのよぉ……私は正常だよ……。

 精神病じゃないよぉ……"霊感"があるだけなのに……。


 そうだ。今の私の状況、打ち込んでしまえば、誰か助けてくれるかもしれない。

 "小説家になろう"?うん!これだ!

 昼間同僚から盗んだスマホで……よし!ログインできた!!

 

 私の話は上に書いた通りです!!


 お願い!誰か読んで!!これは小説じゃないの!!

 実際に起きている事なの!!


 誰か助けて!!お願い!誰か助けて!!


 あ!病院の所在地を打ち込むの忘れてた……編集ボタンは……どこなの……あ……恭子ちゃん。

 何……その黒い……服……え……その大きな鎌、何? 



***********



 この話は、下記の部分は病室につけられた監視カメラの映像と録音された彼女の独り言から構成しました。

 上記の小説は、彼女が新規保存ボタンを投稿だと勘違いしていたようで、投稿される事はありませんでした。

 彼女の死の間際に書いた小説がとてもリアルだったので、取材後にこちらでコピーを取り、投稿させて頂いた次第です。


 これを読んだ事により、あなたの側に恭子ちゃんと近藤さんが"霊感の引き継ぎ"を行う為に現れたとしても、こちらは一切責任を負えません事をご了承下さい。

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