第8話 湖の湖畔で捕らえ、捕らわれる
ネッサ目線だよ、やっと‼︎
ネッサの強か?悪役令嬢感?が出てます……(たぶん?)
では、よろしくねっ☆
学園が始まってからの初めての休日。
わたくしとシエラ様は差し入れを持って、黒水晶宮にある特殊部隊の執務室に訪れていた。
「あ、ご機嫌いかがでしたか?ネッサ嬢。ナイスタイミングですね。お会いしたかったんです」
「えっ?」
シエラ様と特殊部隊の執務室に入った瞬間……中にいたトイズ様が満面の笑顔でわたくしの元に駆け寄ってくる。
会いたかったと言われたことと、彼が直ぐに駆け寄ってきてくれたことに嬉しくなる。
けれど、トイズ様がわたくしの手を取りながら……彼の後ろにいたエクリュ侯爵を振り向いたことで、わたくしは目を瞬かせることになったわ。
「お願いします、エクリュ中佐」
「うん。じゃあ、一時間経ったら、この部屋に戻すよ。ごゆっくり〜」
「へ?」
優しい顔をしながら手を振るエクリュ中佐。
隣を慌ててみれば、シエラ様も同じような顔で手を振っていて。
けれど、次の瞬間にはわたくしは特殊部隊の執務室ではなく美しい湖の畔に立っていたわ。
「えっ⁉︎」
キラキラと陽の光を反射して輝く水面。
淡いスミレ色の花が咲く湖畔。
清廉な空気が満ちるその場は、とても美しくて。
わたくしは、その光景に見惚れてしまう。
どうやらエクリュ侯爵の精霊術でこの湖に転移させられたみたいね。
「綺麗でしょう?今回の行方不明事件の犯人(と言っていいか微妙)に教えてもらったんです」
わたくしの手を握ったままのトイズ様は、優しい声でそう告げる。
……いえ、少し待って?
なんか今、気になることを言った気がするのだけど……それを指摘したらこのムードが崩壊しそう。
わたくしはそれを指摘しないようにと、彼に視線を向けないまま……コクッと頷いた。
「…………えぇ、とても綺麗だわ。でも、どうして急にこの場所に?」
「それは勿論、貴女に言いたいことがあるからです」
「…………トイズ、様?」
わたくしがゆっくりと振り向くと、そこにはとても嬉しそうな喜びの笑みを浮かべるトイズ様がいて。
細められたオリーブ色の瞳は、隠しきれないほどの熱量を帯びていた。
その笑顔を見た途端にじわりと熱くなる頬。
…………まさかと思いつつも……彼の笑顔に、滲んでくる期待。
そしてーーーー彼はその言葉をわたくしに告げた。
「ネッサ・ロータル侯爵令嬢。僕と結婚してくれますか?」
「……………っっっ⁉︎」
その言葉に、わたくしは大きく目を見開いたわ。
だって、だってよ?
「………なんの前触れもなくプロポーズするのね、貴方‼︎」
本当に、唐突すぎるんだもの‼︎
久しぶりに会うなり、いきなりプロポーズされるなんて……誰が想像できるというの⁉︎
「あはははっ‼︎サプライズの方が記憶に残るでしょう?」
「それはそうだけれど‼︎普通は好きとか愛してるとか言ってから、言うのではなくて⁉︎」
「言われてみれば確かに。普通のプロポーズは愛の言葉からですね」
トイズ様は慌てるわたくしを見て、楽しげに笑う。
そして……追い討ちと言わんばかりに、わたくしの両頬を両手で包んだわ。
「すみません。貴女を早く捕まえたくて……先走って、プロポーズから言っちゃいました。ずっと、貴女に言いたい言葉があったんです」
穏やかなオリーブ色の瞳に、赤くなったわたくしの顔が映るほど……至近距離で近づいて。
彼は蕩けるような笑顔を浮かべて、告げる。
「好きです、大好き。好きと言う言葉じゃ足りない。貴女を……ネッサを愛してるよ」
「っっっ⁉︎」
身分を気にして、ずっと告げられなかった好き。
でも、トイズ様は今、わたくしを好きと言ってくれた。
それどころか……愛してるとまで言ってくれて、ずっと付けていた〝様〟もなくなっている。
それが意味することは、わたくしとトイズ様はもう身分を気にする必要がないということ。
けれど、わたくしは少しだけ疑うような視線で、彼を見つめてしまった。
言葉にして、確かめたかった。
「…………もう、何も気にしなくていいんですの?」
「えぇ。僕は伯爵になりました。貴女の婚約者になっても、問題ありません。だから……返事を聞かせて頂けますか?」
その瞳は返事は分かっていると語るように強気な光を宿していて。
だけど、それに反してわたくしの頬に触れた手は緊張しているのか……微かに震えていて。
わたくしは、彼の手に手を重ねて……泣きそうになりながら、笑う。
「ふふっ……答えなんて決まってるわ」
多分、わたくしが彼を好きになったのは……元婚約者のことで少しばかり傷ついたときに、優しい言葉をかけてもらったから。
けれど、それから共に過ごして……トイズ様の優しいところも、狡いところも、怖いところも。
どんな一面を知っても、わたくしはこの人を好きなままだった。
我がロータル侯爵家はそこそこ歴史のある家であるから、婚約者にもある程度の身分がなくては駄目で。
それが理由で友達以上、恋人未満のような関係を続けていたけれど……。
やっと、それを終えられるのね。
「…………わたくしも、貴方が大好きよ。トイズ様。喜んでお受け致しますわ」
はしたないと思いながらも、彼に思いっきり抱きつく。
嬉しくて、本当に嬉しくて。
どうにかなってしまいそう。
トイズ様はいきなり抱きついたわたくしに少し驚いたようだったけれど、嬉しそうな笑い声を漏らしながら……わたくしの身体を強く抱き締めてくれる。
あぁ、本当に幸せすぎて。
死んでしまいそうだわ。
「あぁ、よかった……断られたらどうしようかと思いました」
ピクリッ。
トイズ様は心底安心したような声音でそんなことを呟く。
わたくしはゆっくりと上半身を逸らし……少し胡乱な目で彼を見たわ。
「…………貴方、わたくしが他の男性と婚約できないように根回ししておきながら、何を言っているの?」
「あ、やっぱり知ってましたか」
「女性のネットワークを甘く見てはいけないのよ」
わたくしは貴族令嬢特有の情報網から、彼がわたくしが他の男性と婚約しないよう根回しをしていることを知っていたわ。
だけど、知っていながらそれを受け入れていた。
ある意味、それを否定してないことは……トイズ様を想っているのも同然だということなのに、プロポーズを断られるとか思っていたとか……一体、何をどうしたらそんな考えに至るのかしら?
「だって……ネッサをかなり待たせましたから。今度はこちらを待たせる番だとか思われて、数回は断られるのも覚悟してたと言いますか……」
「…………はぁ……呆れましたわ」
トイズ様は頭が良いけれど、どこかお馬鹿なところもあるみたいですわね。
わたくしは口角を上げながら、彼の首に腕を回す。
「ねぇ、トイズ様?婚約は契約ですのよ?」
「…………えぇ、そうですね」
「契約は楔であり……他の人に取られないようにと、自身に縛り付ける鎖でもあるのですわ」
「……………ん?」
「つまりね?」
不思議そうな顔をする彼は、ほんの少し可愛らしい。
聡い彼に教えてあげられる優越感にいい気分になりながら……彼に教えてあげたわ。
「婚約を断ったら、貴方が誰かに取られてしまうかもしれないでしょう?だから、わたくしが断ることなんてないわ。貴方を捕まえて置かなくてはいけないもの。そのために、わたくしも色々と頑張ったのだから」
トイズ様は気づいているか分からないけれど……ハイエナ自身を狙っている人も少なからずいたのよ?
だって、トイズ様と婚約すれば……軍部との、エクリュ中佐との繋がりを作ることができる。
野心があり……情報や情勢に疎い低位貴族は、トイズ様と婚約しようと狙っていたりしたわ。
だから、わたくしもトイズ様と同じようなことをしたりしてたの。
だからね?
わたくしが貴方を捕まえられる鎖を手放す訳ないわ。
「ねぇ、トイズ様。貴方はプロポーズしたことでわたくしを手に入れたと思っているでしょうけど……わたくしが貴方を手に入れたのよ?」
その言葉で、全てを理解したのか……トイズ様は顔を真っ赤にして、顔を両手で覆う。
そして、「……ネッサには一生勝てない」と呟いた。
「ふふふっ……わたくしに惚れた貴方の負けよ?」
きっと、その時のわたくしの笑顔はとっても悪いものだったでしょう。
こうして、わたくしは……彼に捕まって……。
彼を捕まえたわ。




