第5話 ハイエナは欠けた月の夜、事件を解決する(1)
第4話の前日の話です‼︎
トイズ目線、後半は第三者目線というのかな?
よろしくねっ☆
「という訳で。次の休みにロータル侯爵令嬢が差し入れを持って来てくれるらしいよ?」
黒水晶宮にある特殊部隊の執務室。
その中央奥に置かれた執務机に肘をつきながらそんな言葉を告げたのは、中性的な美貌を誇る白皙の美青年。
特殊部隊の隊長でもあり……僕の上司でもあるルイン・エクリュ中佐がいきなりそんなことを言ってくるものですから、僕は動揺を隠せませんでした。
「ネッサ、様が?」
「うん。シエラが君が彼女に会えなくてイライラしてるっていうのを伝えたらしくってね?」
それ、逆を言えば……エクリュ中佐が僕がネッサ様に会えなくてイライラしてることを、エクリュ侯爵夫人にも教えたってことですよね?
「シエラが差し入れついでに会いに行かないかって言ったら、了承してくれたそうだよ?」
「っっっ‼︎」
楽しげに言うエクリュ中佐。
ですが、僕はそんな彼の笑顔を気にしている余裕はありませんでした。
だって、ですよ?
彼女が僕のことを思って、僕のために差し入れを用意して、会いにきてくれようとしてるんです。
今まで僕からばかりだったのに……こんな嬉しいことがありますか?
「ところで、トイズはいつロータル侯爵令嬢にプロポーズするの?」
ピクリッ‼︎
差し入れの話からいきなり話が変わり。
核心を斬りこむような言葉を放つエクリュ中佐に、僕は顔を顰めてしまいます。
この場合は、なんと言うべきなんでしょうか。
もうちょっとデリケートに扱ってくれませんかね、この話題。
「急になんなんですか……」
「いや、だって……トイズがロータル侯爵令嬢にプロポーズしないのは、身分が足りないからなんでしょ?」
…………ロータル侯爵家はそこそこ歴史のある家です。
つまりはそれだけ貴族らしい家だということ。
他の侯爵家であれば男爵であろうと爵位を持っていれば、婚約者になるぐらい問題にならないでしょう。
けれど、ロータル侯爵家ほどになれば、婚約相手にも格を求める。
だから、男爵である僕では身分が釣り合わなくて……僕は未だにネッサ様と婚約できてません。
「でも、今回の事件を解決したら、爵位ぐらい上がりそうだよね?」
第三部隊が手を焼いていただけあって、僕が協力する前にはもう既にこの件は大事になっていました。
確かに、この件を解決すれば爵位くらい上がりそうなものです。
「でも、ハイエナが行方不明事件を未だに解決できてないことが不思議でね。解決手段が分かってるなら、とっとと解決して……爵位を上げてもらって。プロポーズすればいいのにと思っただけだよ?」
真紅の瞳を細めながらそう告げる彼の姿は、どこか僕らとは一線を画しているような圧があって。
…………時々、僕は目の前にいるこの人にゾッとしてしまいます。
だって、彼には隠し事は意味を成さない。
全てを見透かしている。
エクリュ中佐は精霊王の息子。
行方不明事件の詳細を話していなくたって、全てを知るくらい簡単なことなんでしょう。
…………ましてや、他者の心の内を知ることでさえも。
僕は溜息を零す。
そして、頭をガシガシと乱暴に掻きながら答えました。
「はぁ……仕方ないじゃないですか。確かに、僕が動いたら直ぐに解決しますよ?でも、あくまでも今回の事件を主導で調査しているのは第三部隊ということになってるんです。僕が積極的に動き出す前に、彼らもちゃんと解決しようと動いたという事実を用意しないと」
本当は今直ぐにでも解決してしまいたい。
だけど、手を焼いていた第三部隊を差し置いて僕が解決してしまったら、彼らの面目が立ちません。
だから、僕が本格的に動き出すのは、第三部隊が動いた後じゃないと……。
「うーん……でも、もうトイズが動いてもいいんじゃない?ロータル侯爵令嬢はトイズがプロポーズするのを待ってるんでしょ?特殊部隊で動きづらいからって……流石に待たせすぎじゃない?女性を待たせるもんじゃないと思うよ?」
………なんですかね。
既婚者の言葉は重みが違う。
「……後、ハイエナを敵に回そうとする人はいないと思うけど、ナルシストな馬鹿とかはロータル侯爵令嬢を口説くと思うよ?」
「よし、動き出します。エクリュ中佐、用意してもらいたい物があるんですが……」
あぁ、最悪です。
基本的にハイエナを敵に回したくない奴ばかりだから問題ないだろうと思っていましたが……情勢を理解できない奴がいたことを失念してました。
それに気づいてしまったならば、ネッサ様を奪われないように早々に動かなくては。
………エクリュ中佐は分かっていたかのように、僕が注文した物を用意してくれる。
…………これは、奥方の友人のために……発破をかけられたという感じでしょうか。
………きっと、誰かに言ってもらわなければ……動くのがもっと遅くなっていた。
動いていたのは変わりないですけど、ちょっと慎重になり過ぎていた気もしますしね。
僕は……いいや、オレはハイエナ。
狙った獲物は逃がさないのが、モットーだ。
ネッサを手に入れるためならば、手段を選ばない。
「エクリュ中佐」
「なんだい?」
「今回は借りということにしておきます」
貴方の発破がなければ、僕が動くのはもっと後だったから。
「さて?なんのことかな?」
エクリュ中佐は何もしてないよと言わんばかりの笑顔で「行ってらっしゃい」と声をかけてくれる。
僕はゆっくりと頭を下げて、執務室を後にしました。
そうして、僕は今夜、事件を解決することにしたのです。
*****
欠けた月が輝く夜分遅く。
場末の酒場で、一人の若い女性が泣きながらお酒を飲んでいた。
長く伸びた栗色の髪に、シンプルなシャツとスカートというどこにでもいる平民女性の姿。
平凡な顔立ちではあるが、今は酔っ払っているのかその顔は真っ赤だ。
そして、彼女が口にするのは……恋人らしい人に対する愚痴ばかり。
雰囲気からして浮気されたらしい女性が、自棄酒をしているようだった。
そんな彼女に近づく者が一人。
真っ赤な髪を掻き上げながら、中性的な美貌を持つその人は……泣いている女性の隣に座り、心配そうにその顔を覗き込んだ。
「大丈夫?」
「……………誰?」
「ただの通りすがり。でも、君が酷く泣いてるから心配になっちゃったのよ。よかったら、愚痴を聞くわよ。人に話すだけでもだいぶ楽になるから」
ハスキーな優しい声音に導かれて……女性はポロポロと愚痴を零し始める。
恋人に浮気されたこと。
喧嘩をして家を飛び出してきたこと。
全てを話し終えた頃……栗色の髪の女性は、先ほどよりも晴れやかな顔になっていた。
「聞いてくれてありがとう。ごめんね、こんな愚痴聞かせて」
「構わないわ」
温くなったお酒を口に運びながら、二人は互いに黙り込む。
けれど……その人はふと彼女に声をかけた。
「ねぇ、まだ帰るには勇気がいるんじゃない?」
「…………え?」
「ここで会ったのも何かの縁だし。よかったら、あたしの家に来なさいよ」
「でも……」
「いいから。ね?」
優しい笑顔でそう告げられ、女性は暫く考え込み……こくりっと頷く。
そして、二人は会計を済まし、外に出る。
そうして月に照らされた王都を歩き……辿り着いたのは、王都の外れ。
そこには閑静なその場に酷く不釣り合いな……豪華な屋敷が立っていた。
「……えっ……こんな場所、あった?」
見たことがないその屋敷に、女性は動揺を隠せない。
けれど、その人はふわりと笑いながら答えた。
「ふふっ。普段はあたしの力で隠してるの。ここには貴女みたいな女性が沢山暮らしてるわ。心の傷が治るまで好きなだけいて頂戴」
屋敷内に入ると、そのままリビングに案内される。
リビングには、夜だというのに何人かの女性が起きていて。
入ってきた二人に気づいた彼女達は、新たにこの屋敷で暮らすことになるであろう女性に笑顔を向けた。
「あら?また拾ってきたの?」
「あいっかわらず優しすぎねぇ」
「拾ってきたとか言い方変えなさいよ。この子が可哀想でしょ」
「あの……彼女達、は?」
「みーんな男に裏切られて……その人に拾われたのよ」
そこから語られたのは……今、巷を騒がせている行方不明事件の真実。
恋人や夫に裏切られた女性達がこの人に拾われ、ここで暮らしているらしい。
帰りたくなった人は帰っているし、帰りたくない人は好きなだけここにいていい。
けれど、恋人や夫など……誰か一人でもこの場に気づいたら、帰ることを約束させられているとか。
「今じゃ行方不明事件なんて大事になっちゃってるけど……本当はそんなに大事じゃないのよ。ただ、心の傷が治るまで……恋人や夫と離れて暮らしてるだけ」
「私達はその人に助けられたのよ」
女性達が告げた言葉、彼女達の様子から見て……どうやら不当な扱いをされた訳ではなく、本当に傷ついた女性の拠り所となっていたらしい。
けれど、栗色の髪の女性は……それを聞いて、ゆっくりと頭を下げた。
「……………ごめんなさい」
「…………え?」
「ここは貴女達の逃げ場なのでしょう。けれど……」
スカートの裾に手を突っ込み、するりと足に縛り付けて隠していた縄を取り出す。
そして、一瞬で隣にいたその人を縛りあげた女性……の姿をしていた彼は、本当に申し訳ないような顔で、彼女達に告げた。
「国としては、行方不明事件を放置することはできないんです」
それは、行方不明事件の解決を意味する……言葉だった。




