第3話 友人の入学と、新入生歓迎会
皆さんお待ちかね(?)‼︎
本編主人公、登場……‼︎
よろしくねっ☆
晴れやかな春の日。
わたくしは、高等科第二学年になった。
新年度の初日には、午前中の入学式が終わった後にアフタヌーンパーティー形式の新入生歓迎会(と称した親睦会)がダンスホールで行われる。
なんで夜に行われるダンスパーティーじゃないのかって聞かれたら、この学園に入学する生徒達の身分が理由になるわ。
この学園に入学する生徒は二種類。
どちらも貴族であることには変わりないけれど、未婚者か既婚者の違いがある。
この国での成人は十五歳……つまりは、学園に入学する前。
ゆえに、学園を卒業してから結婚する人と、結婚してから入学する人がいるの。
もし、ダンスパーティーとなればエスコートが必須になるわ。
伴侶をたかが歓迎会のために参加させることへの配慮と、衣装の準備をする面倒さ。
人が増えることでの心配される安全面などから……生徒達で短時間かつ気楽に制服姿で行える立食形式のアフタヌーンパーティーになったという訳よ。
在校生は生徒会役員を除いて強制参加ではないから、本来ならば参加しなくても問題ない。
でも、わたくしは今回だけは参加していた。
だって、今回の歓迎会には……わたくしの友人が参加しているのだもの。
「こんなところにいたのね、探したわ。シエラ様」
わたくしは、壁の花と化していたとても綺麗な少女の元へと歩み寄って行く。
ストロベリーブロンドの長髪、葡萄酒色と翡翠のオッドアイ……シミ一つない白磁の肌。
愛しい旦那様に愛されてるからか……最近、益々綺麗になったわたくしの友人であり、わたくしとロータル侯爵家が婚約関係であった公爵家の横領事件に巻き込まれそうになった時、救いの手を差し伸べてくれた恩人。
シエラ・エクリュ侯爵夫人。
彼女はわたくしの姿を見て、嬉しそうに微笑んだわ。
「ご機嫌よう、ネッサ様」
「ご機嫌よう、シエラ様。入学おめでとうございますわ」
「ありがとうございます」
わたくし達は互いに優雅なカーテシーをして、顔を見合わせる。
そのまま見つめ合うこと数秒。
定期的なお茶会と違う貴族らしい挨拶に、わたくし達は徐々に我慢できなくなり……最終的には、クスクスと笑いだしたわ。
「ふふっ、おかしいわね。いいえ、貴族ですから貴族らしい挨拶をするのはおかしくないのだけど……なんだか変な気分だわ」
侯爵夫人であるシエラ様と侯爵令嬢でしかないわたくしでは、わたくしが下手に出なくてはいけないのだけど……公的な場以外では友人として接しているし、会話を楽しんでいる。
時に夜会などで会うこともあるから、貴族らしい振る舞いを見ていない訳ではないの。
だけど、下手にシエラ様の性格を知っているから、変な気分になってしまうのでしょうね。
「私もよ。きっとあれね。友人に猫被ってる姿を見られて変な気分になるってヤツだと思うわ。夜会で会う時も少し変な気持ちになるもの」
シエラ様も同意するようにそう言うと、賑やかな会場を見つめる。
わたくしもそんな彼女に習うようにその隣に立ち、会場に視線を向けたわ。
「話の輪に入らないの?」
「えぇ。だって……私と仲良くしようとするんじゃなくて、ルインと仲良くしたい人ばかりだもの」
ほんの一瞬だけシエラ様の瞳に剣呑な光が宿り、わたくしに向けられた訳でもないのに思わずビクッとしてしまう。
シエラ様の旦那様……ルイン・エクリュ侯爵は、侯爵でありながら軍部で中佐の軍位を持ち……とんでもなく美しい容姿をしていて。
それどころか《竜殺し》とまで呼ばれ、最後の駄目押しにこの世界の管理者でもある精霊王のご子息でもある。
だから、いろいろな人が自身の欲望やら思惑やらを抱えてエクリュ侯爵と親しくなろうとする。
学園にもそういったエクリュ侯爵の恩恵を得てのし上がろうとする野心的な生徒がいるでしょうから……シエラ様はあまり、人が多い中にいこうとしないのかもしれないわね。
「それに、純粋に男性と近づきすぎるとルインがヤンデレるわ」
ピシリッ。
わたくしの頬が引き攣り、そっと目を逸らす。
あぁ……えぇ。忘れていた訳ではないけれど。
確かに、それじゃあ話の輪に入っていけないわよね。
だって……エクリュ侯爵は、シエラ様が好きすぎて病的になられるんだものね……。
「ルイン目当てで下心隠さない奴に苛立つのも間違いではないんだけど……話の輪に入ったら、絶対、男子生徒とも話すことになるでしょう?ルインがいないところで男性と話すと……ルインが私を監禁したくなっちゃうみたいで」
なんて困った風に言っているけれど、シエラ様?
嬉しそうな顔が隠せてませんわよ、ねぇ。
「監禁を回避しても、嫉妬から夜が大変になっちゃうのよ。まだ学園が始まったばかりなのに、いきなり遅刻とか寝不足とかしたくないの」
「…………ぶふっ⁉︎」
あまりにも明け透けすぎて、令嬢としては完全に駄目な噴き出し方をしてしまったけれどっ……‼︎
シエラ様の惚気(?)は時々、爆弾発言すぎるわ‼︎
もう少し紙に包んで発言してくださらない⁉︎
「…………シエラ様。ここにはわたくし以外もいるのだから、あまりそう内容は話さない方がいいわ。誰が聞いているか分からないんだから」
「大丈夫よ?ちゃんと精霊達に防音させているもの。それに、ネッサ様ぐらいにしか聞かさないわ」
…………そう言ったシエラ様は満面の笑みを浮かべていて。
本音を包み隠さず話してくれる親密さに嬉しさを覚える反面……親しき仲にも礼儀ありなのよと言いたくもなる。
まぁ……シエラ様達の予想外の行動やら発言やらは、今に始まった話ではないし(遠い目)。
いっそ諦めて、逆に〝防音するなんてちゃんと配慮していて凄い‼︎〟と思うべきなのかしら……?
「言っとくけど……こんな話をするために防音したんじゃないわよ?」
「え?大人な会話を他の人に聞かれないためではないの?」
夫婦間の明け透けな関係を知り合い以外に聞かれたくないから防音の精霊術を使ったのだと思ったわ。
「違うわよ?軍部のことを話したかったから防音の精霊術を展開したの」
シエラ様は若干苦笑しながら、防音を発動した理由を告げる。
……確かに他の人には聞かせられない話になるかもしれないわね。
「ここ最近、軍部……いいえ、フェンネル少尉は忙しいみたいね?」
ぽつりと呟かれた言葉に、ほんの少しだけ反応が遅れてしまう。
けれど、わたくしは「……そうみたいだわ」とゆっくりと頷きを返した。
「行方不明事件の所為みたいね。わたくしもお父様に注意するように言われたわ」
数日前ーー軍部から正式に行方不明事件の公表がされ、若い女性は一人で行動しないように注意するよう喚起された。
未だに解決に至ってないということは、事件は難航しているのでしょうね。
「私もよ。ルインに、〝誰かに連れて行かれそうになったら名前を呼ぶんだよ。直ぐに駆けつけるから〟って念を押されたわ」
それを聞いてわたくしはゾクっと背筋が冷たくなる。
そして、勢いよく彼女の肩を掴んで叫んだわ。
「えぇ、えぇ‼︎そうよ、シエラ様はわたくしよりも気をつけて‼︎貴女に何かあれば国の危機になるわ‼︎」
凄まじく真剣に懇願する。
だって、エクリュ侯爵は本当に規格外なんだもの。
国を滅ぼすとされるドラゴンを単独撃破するぐらいなのよ?
いっそ危険人物と言っても過言ではないわ。
そんな危険人物の大切な人に何かあれば……国どころか世界の危機に瀕しそうで、想像するだけで身体が震えてしまうわ‼︎
「……いや……流石に自分の伴侶が国を滅ぼすとかなったら嫌だから、気をつけるけどね?取り敢えず今はそっちの話は置いといて……フェンネル少尉の話に戻すわよ?」
「…………え、えぇ……ごめんなさいね。シエラ様に何かあればエクリュ侯爵が世界を滅ぼしそうって簡単に想像できてしまって……ちょっと動揺したわ」
「(……あぁ……ネッサ様の想像がルインがしそうな行動すぎて、否定できないわ……)」
シエラ様は一瞬だけ遠い目をする。
けれど、ごほんっと誤魔化すように咳払いをして、話を戻した。
「えっと……話を戻すけど……ルインが言っていたの。フェンネル少尉が行方不明事件の解決に奔走していて。忙しいゆえにネッサ様と会う時間が減ったことに、イライラしているみたいだって」
「まぁ……」
わたくしはそれを聞いて、じんわりと頬が熱くなる。
確かに、トイズ様に会ったのは……三週間前の黒水晶宮の庭に置かれたベンチでの会話が最後。
なんだかんだと彼とはここ最近では一週間に一、二回は会っていた(あまり表立ってではなかったけれど)から……こんなに会わなくなったのは、本当に久しぶりだったわ。
それだけ忙しいということなのでしょうけど……トイズ様と会えないのが悲しかったのがわたくしだけじゃなかったという事実に、嬉しさを覚える。
きっと今のわたくしは言葉にし難い顔をしていたでしょう。
けれど、シエラ様はそんなわたくしを見てニマニマとしながら……提案してきたわ。
「だから……今度、一緒に差し入れを持って行きましょう?」
「…………差し入れ?」
「えぇ。そうすればネッサ様はフェンネル少尉に会えるし……フェンネル少尉もネッサ様が会いにきてくれたってなったら、喜んでくれるんじゃないかしら?」
「そう……かしら」
…………実は言うと。
いつも会う時はトイズ様からばかりで、わたくしから彼に会おうとしたことはない。
この前会ったのも、トイズ様が会いにきて欲しいと言ったから。
…………でも……たまには、わたくしから会いに行くのも……いいかもしれないわね。
「……差し入れ、何にしようかしら?」
わたくしの質問に、シエラ様はにっこりと笑う。
「私はルインの好物を差し入れるつもり。ネッサ様もフェンネル少尉の好きな物を差し入れたら?」
「トイズ様はコーヒーを好まれるみたいだから……それに合うお菓子にでもしようかしら?」
「それはいいアイデアだと思うわ。あ、そうだわ。ついでだから……」
差し入れを何度かしてあるシエラ様の話を聞きながら、わたくしはトイズ様のことを想う。
……なんだか、ソワソワするけれど、好きな人のことを考える時間はとても心地よくて。
喜んでもらえるか不安にもなるけれど、彼の喜ぶ笑顔を想像すると胸がドキドキする。
本当は沢山の新入生と親睦を深めるための場であるけれど。
わたくしとシエラ様はその後、歓迎会が終わるまで……差し入れの話をし続けたわ。




