第51話 混沌過ぎる戦場–喧嘩両成敗を実行–(1)
頑張ります‼︎
よろしくお願いします‼︎
その日、エディタ王国とナハーム王国の国境……。
エナ平原に、両国の兵士が陣営を構えていた。
ナハーム王国側は、ドラゴンスレイヤーを使用した戦争を阻止するため。
エディタ王国は、戦争などする気はないが……戦争をしかけようとするナハーム王国への対抗措置として。
そんな一触即発の雰囲気の中ー。
両国の間に一筋の黒光が降り立った。
それは………とある夫婦の姿で。
「今から、喧嘩両成敗するから両軍共に動かないでね〜」
なんて、精霊術で両軍に聞こえるようにしながら、凄まじく暢気な声でそう告げるのだった……。
*****
……………両軍が対立するエナ平原。
その中央に降り立った私とルインは、至って暢気な空気だった。
「取り敢えず、両国の王様と。クリストファー殿下、精霊姫とブルーノ君、出ておいで?あ、他の兵士の人達が出てこようとしたら容赦なく潰すよ〜」
ルイン……笑顔で潰すとか言うものじゃないのよ。
ナハーム王国側は、ルインを見て一気に矢を放ってくる。
けど、ルインはそれを手を払うだけで空中に止めてしまう。
うわぁ、凄いわぁ……。
「あぁ、攻撃するのも止めてって……言葉にしないと分からないのかなぁ?」
ボウッ……‼︎
空高く黒炎が燃え盛り、私達の周囲……両軍の前線ギリギリまでを燃やす。
それは平原だった場所をただの荒野に変えてしまって。
…………遠目でも、両軍がガクガクと震えているのが分かったわ。
「………ルイン……」
「脅しただけだよ?殺そうと思えば、もう全員殺してるからね」
「……………」
『……………』
その声は両軍に聞こえているからなのか、凄まじく動揺した空気が流れてるわね……。
どうしましょう……多分、本気だろうし……。
全然、冗談のようには思えないわ。
そんな時、ナハーム王国側から凄まじい精霊術の光が放たれる。
まさかと思えば、空にアイラが浮かんでいて……え?何アレ?
ちょっと色々と厨二病ってるんだけど?
「シエラァァァァァァァァア‼︎‼︎」
アイラは大声で叫びながら、塔のような水の槍を生み出し、こちらに放とうとする。
でも、そうなる前にルインが動いた。
「煩いよ」
「ぷぎゅっ⁉︎」
ルインが放った黒鎖が水の槍を霧散させて、ついでにアイラの身体に巻きついて地面に引きずり降ろされる。
私達の側まで来させると、バチーンッッ‼︎と凄まじい音をたてながら、黒い粒子で覆った指でデコピンをしたわ。
「うぎゃっ⁉︎」
「…………うわぁ…痛そう……」
アイラは額を押さえて転がり回る。
そして、ハッと起き上がった。
「わ、私はっ……⁉︎」
キョロキョロと周りを見渡して、顔面蒼白になっていくアイラ。
…………え?まさか……。
「洗脳を解いた。取り敢えず、人様に迷惑かけたから正座しろ」
………ルインは酷く冷たい顔で地面を指差す。
アイラも威圧感が尋常じゃないルインに逆らうべきではないと本能的理解したのか……大人しく正座した。
いや、ちょっと待って。
「ルイン……貴方……なんでそんな簡単に洗脳を……」
「できるようになっただけだよ。あ、殿下達も来たみたいだね」
振り返れば、殿下と国王陛下がこちらにやって来ていて。
………殿下は胃が痛そうに押さえていたわ。
「じゃあ、陛下も正座して。殿下は立っててもいいよ、取り敢えず」
「…………我に正座をしろと言うのーー」
「あ〝?」
「…………従おう」
ルインの威圧に勝てなかったのか、国王陛下も大人しく正座する。
………なんて力技なのかしら……。
ルインは「残りは……」とナハーム王国側を見る。
そして、アイラの時と同じように黒鎖を放った。
「よし、捕まえた」
「「ギャァァァァァァァァァァアッ⁉︎」」
空を飛ぶナハーム王国の国王とブルーノ君。
もう、この混沌とした展開に私はツッコミを入れないわ。
面倒だもの。
考えたら負けだもの。
私達の元へズシャァァ……と落ちて来た二人は、ギョッとしながらルインを見る。
「やぁ、初めまして?」
「お……お前っ……‼︎」
白髪の初老の男性。
王者の風格を持つ男性……ナハーム国王が腰に下げていた剣を抜こうとする。
しかし、その前にルインが彼の剣の柄を蹴り、抜けないようにした。
「取り敢えず二人も正座。逆らったら……」
「クッ……‼︎」
ブルーノ君が魔術を放とうとするが、ルインは手を払いそれが発動できないようにする。
………ルイン……なんてチートキャラに……。
「座れ。そして俺の許可なく喋るな」
有無を言わさぬ声に、大人しく正座をするナハーム国王とブルーノ君。
こうして、役者は揃った。
「じゃあ、声と映像を両国全域に伝わるようにして……」
「………実質、公開処刑じゃない……」
「殺さないよ?社会的地位を抹殺するだけだよ?」
ルインは私を後ろから抱き締めながら、のほほんと微笑んだ。
「さて、俺の名前はエディタ王国軍部所属ルイン・エクリュ。ご存知の通りドラゴンスレイヤーだ。ぶっちゃけ、戦争なんぞに利用される気はないし利用しようものなら、国ごと全滅させることができるんだが……まぁ、今回のトラブルの原因の一つでもあるから、責任とって、取り敢えず喧嘩両成敗することにした。あ、ちなみに俺の腕の中にいるのが奥さんね」
ニコニコとしながら、振られるけれど……ルイン?
「………そんな脅し文句を言った後に自己紹介させるの……?」
「脅しじゃないよ。国を滅ぼせるのは事実だよ」
よし、気にしたら負けね。
「……シエラ・エクリュよ。一応、精霊姫アイラ・ジキタリスの異母姉ね」
「んで、ここにいるのがナハーム国とエディタ国の国王と、エディタ王国の王太子。精霊姫とエディタ国王の落胤……と思われていたけど、実際は違った子ね」
『えっ⁉︎』
うわぁ、容赦なく身分を明かしてくのねぇ……。
というか、ブルーノ君が実はご落胤じゃなかったって最初にぶっちゃけちゃうのね。
陛下もアイラも……ブルーノ君本人もギョッとしてるわ。
「ちょっ……ちょっと待て‼︎ブルーノは我の息子なのでーー」
「俺の許可なく喋るなって言っただろ。説明するから待ってろよ」
ルインのドスの効いた声で、陛下は押し黙る。
それを確認して、彼は話を続けた。
「まず、こんな戦争みたいな状況になったのは……エディタ王国が俺を使って戦争してるのを止めようとしてとかあーだこーだ言ってるみたいだけど、単なる愛憎のもつれだから。ウチの馬鹿王が力もないのに侍女に恋してそっから始まった復讐劇みたいな感じだと思ったら、微妙に真実は違いまして。それはそれでまた面倒なドロドロ劇でしたとさ。で、ナハーム王国はそれを利用してエディタ王国を植民地化しようとしただけだから」
「…………ルイン…これ、両国に流れてるのに暴露しちゃって良いのかしら?」
「良いんだよ。俺らを巻き込んだんだから、その分ちゃーんと覚悟してもらわなきゃねぇ?」
ニコニコと笑ってるけど、ルインの目は一切笑っていない。
怖い、かなーり怖い。
それから、ルインはこんな事態になった理由を語る。
クリストフ国王が王太子だった頃、アリアドネ王妃を蔑ろにし、侍女兼愛人に現を抜かしていたこと。
でも、その侍女は本当はナハーム王国のスパイだったこと。
それ知ったアリアドネ王妃がその侍女を国外追放にしたこと。
その侍女が産んだのがブルーノ君……ってことなんだけど、実際はその侍女とブルーノ君の血縁関係はなくて。
ブルーノ君は、その侍女を実の親だと思って育っていたが……。
自分の父親がクリストフ国王で、その侍女が奴隷となり、死んでしまったのは王家が原因だと刷り込まれたことで、王家へ復讐しようとするご落胤という演者に仕立て上げられたのだと。
つまり、ブルーノ君をクリストフ国王の落胤だと育てて、復讐と称して国を滅茶苦茶にさせようとしたのがナハーム王家。
ナハーム王家の目的はエディタ王国の植民地化。
そのため、精霊姫アイラはナハーム王国が利用するために洗脳されてしまったこと。
精霊姫アイラの利用用途は、戦争となった際の戦力、曲解した大義名分化、更に……半精霊ルインをナハーム王国側に引きずり込むこと。
ルインがナハーム王国側に引き込まれる前に対処したため、アイラとブルーノ君はナハーム王国側に逃亡。
ドラゴンスレイヤーであり、半精霊のルインを利用してエディタ王国は戦争をしかけようとしているなんて嘘をついて、今回、戦争阻止のために挙兵したと。
…………包み隠さず、ぶっちゃけたわね。
「要するに守る力もないのに、愛人囲った陛下が悪いんだけど……」
「………ちょっと待て……ブリジットが……スパイ……?そんなの、我はっ……」
「王妃が国外追放にしたのも、それを知ったからなんだって」
「そんなの、嘘だっ‼︎アイツはブリジットを邪魔に思ってっ……‼︎」
国王陛下はその事実を認めなくないみたい。
ルインは呆れたように溜息を吐いたわ。
「まぁ、好きに考えてればいいんじゃない?で、ブルーノ君。君のその復讐心は元々、作り上げられた設定から成り立ってんだけど……どうする?」
「………う…嘘だ……だって、母さんは……俺を育てて……こんなことになったのは……父親の所為だって……」
「まず、そっから甘いよね。実際に国外追放にしたのは王妃なんだから、王妃の所為だって言うでしょ。でも、だから、父親が悪いって言ってる時点でちょっとおかしいよね。つまり、それさえも仕込みだったんだよ。あ、ちなみに……君のお母さんはまだ生きてるよ?他の国でスパイ活動してる」
そう告げた瞬間、ブルーノ君は愕然と黙り込んでしまったわ。
…………まぁ、そうでしょうね。
自分が抱いていた復讐心が、全部作られたものだったんだもの。
中々、手が込んでるわ。
でも、まだ認めたくない国王陛下は思いっきり地面を叩いた。
「うっ……嘘だっ‼︎お前達だって、ブリジットは死んだとっ……」
「ハイエナが珍しくミスしたんだよ。ブルーノ君関連で情報収集したらしくて……本人が、嘘を真実だと記憶してたから、集めた情報も間違ってしまったらしくて。俺の力で過去を閲覧して、やっと隠れてた真実を暴いたらしいよ」
「…………過去…?」
「そう」
ルインは《穢れの王》を吸収した時に、ついでに時渡りとか言う時空系の力を手に入れたらしいの。
だから、そんなことができるようになったんですって。
「しかしっ‼︎我らは互いに愛し合ってーー」
「だーかーらー。その侍女がスパイだったんだってば。その愛も王家をぐっちゃぐちゃにするためだったんだよ。さっきから俺の話聞いてる?もうちょっとその足りない頭で理解することを覚えた方がいいんじゃない?」
「なっ……⁉︎」
クリストフ国王は絶句して固まる。
頭は悪くないと思ってたけど、恋愛が絡むとポンコツになるタイプだったのね……。
いや、ポンコツより酷いかも。
「せめてさぁ?ちゃんと相手のこと調べなよ。どうして王太子だったお前じゃなくて、王太子妃だったアリアドネ王妃が先にスパイだって気づいてんの。なんのために参謀部とか、諜報部隊がいるの。阿呆なの?馬鹿なの?頭足りないの?」
「ルイン、最後のはただの悪口になってるわ」
「シエラと平和にイチャイチャしてたかったのに、こんな面倒ごとに巻き込まれたんだから……多少の悪口は良いと思ってます」
「なら仕方ないわね」
「流石シエラ。分かってるね」
ルインはふにゃふにゃ笑いながら、私の首筋にキスをする。
そのまま指を絡めて、両手を恋人つなぎにしたわ。
「という訳で、クリストフ国王は責任とって退位してね。クリストファー殿下が次の王になるから」
「はぁっ⁉︎」
「ちなみに、国の重臣達にはハイエナが手を回して了承をもらってます。というか、既に退位は決まってます」
「………………」
「クリストファー殿下の後見は王弟様がやってくれるらしいよ?安心して隠居しろよ」
………あらぁ……裏からもう手を回してたのね。
流石ハイエナ様だわ……。
「という訳で、ブルーノ君」
「…………っ…‼︎」
名前を呼ばれたブルーノ君は、ギロリッとルインを睨む。
けれど、次に言われた言葉で目を丸くした。
「後は君の感情は作られたものだけど、国王陛下を拉致るなり、拷問するなり好きにしていいよ?」
「……………は?」
「国王じゃなくなったら、問題ないからね。後はそっちの問題だから。話し合ってもいいし、殺し合ってもいいし?国を巻き込まない……俺を巻き込まないなら何してもいいよ?」
…………売られた国王。
ブルーノ君は……呆然としながら、質問した。
「………あんた……国に仕えてるんだろ?国王を売るのかよ……ってか、今、こいつの息子じゃないって……」
「というか、ぶっちゃけ……クリストフ国王がどうなろうと構わないんだよねぇ、俺。国王一人と戦争で死ぬだろう人数を比べたら……たった一人で沢山の命が救われるなら、後者を選ぶよね。俺に身分なんてものは関係ないから。命は皆等しくだからね。あ、でも。アリアドネ妃もどちらかと言えば、哀れむ要素はあるから……温情を与えてあげれば?」
アリアドネ王妃の名前を聞いた瞬間、国王陛下はハッとする。
そして、大声で叫んだ。
「………そっ……そうだっ‼︎アリアドネだって、浮気をっ……‼︎」
「あー……それね」
ルインは少しだけ音声を周りに聞こえないようにすると、国王陛下と目を合わせる。
そして、トイズ様から聞いた話を話した。
「それ、単なる噂なんだろ?」
「だがっ……クリスタは我の娘じゃ……」
「でも、王妃の娘でもないんだよ」
「……………は?」
ルインは、王妃がかつて毒殺されかけたこと。
影武者を用意して、その影武者が暴漢に襲われたことを話す。
そして、それが原因で精神を病んでしまった影武者の子供が……クリスタなのだと。
「元々、王妃はその毒の所為で子供ができなくなってたらしいよ。でも、あんたから愛されてないのも公然の事実だった。だから、浮気っていう噂を隠れ蓑にしたんだってさ」
「………そんな……」
ルインは遮っていた音を元に戻すと、普通に話し出した。
「後、当てつけの意味もあったらしいけどね。王妃はあんたが自分のことをプライドが高く気に食わない女……子供を産む道具としか思ってないの、知ってたよ」
…………え?
こいつ、女性のことをそんな風に思ってたの?
私の中でそれを聞いて、ブチッと何かがキレる音がしたわ。
「ねぇ、何それ。ふざけてるの?女性を子供を産む道具としか見てない?ふざけないで。貴方も、女の腹から産まれてきたんでしょう?」
「…………なっ…⁉︎」
「というか、国王陛下も馬鹿じゃないの?プライドが高いって……いつかは国母となる身だったのよ?強気でいないと立っていられないでしょうに。社交界、貴族の世界というのは見栄と虚栄の世界でしょうに。他人の悪意から自分を守るためには当たり前の態度だったのに、それを馬鹿にしてたの?」
「だがっ……」
「ちなみに、クリストフ陛下がアリアドネ妃を蔑ろにして、侍女に首ったけだったのは公然の秘密だったらしいよ?」
ルインからの追い討ちを聞いて、私は自分の眉間にシワが寄るのを感じたわ。
「うわぁ……最低。それ、当然アリアドネ妃は周りの人達に色々言われてたでしょうね。妃でありながら愛人に夫を取られるなんて……とか。そんな周りの悪意に晒されてたのにも気づかず、自分は愛人と……それも他国のスパイだと気づかずに閨を共にしてたとか。屑ね、人間の屑。いっそ去勢してしまえばいいのよ」
「シエラ〜……女の子が去勢とか言わないの。でも、シエラがそうして欲しいなら、今すぐ国王を去勢するよ?」
「ヒィッ⁉︎」
クリストフ国王はガクガクと震えながら、後ずろうとする。
私はそれを見ながら、舌打ちしたわ。
「こんな豚、気にかけるだけ無駄よ。無視して」
「………シエラも俺に負けず辛辣だよねぇ」
「…………口が悪い私は嫌いかしら?」
「……まさか。どんなシエラも好きだよ。口が悪いシエラも可愛いよ?」
ルインはチュッと私の唇にキスをしてくれる。
………どんなに酷い私を見せても、ルインが好きって言ってくれる。
ふふっ、嬉しいわね。
「………言っとくけど。陛下の息子はお前と違って、政略結婚でも精霊姫を愛そうと決意してたよ。他に好きな人がいても、周りを傷つけることになるって分かってたからその想いを胸に秘めて……良い思い出にする覚悟を決めてたんだよ。お前もせめて、もう少し王妃を見てあげればよかったのに」
「「………………っ‼︎」」
ルインの言葉に、陛下とアイラが息を飲む。
陛下とアイラは……その想いを果たそうとした。
でも、殿下はその想いを昇華させようとした。
それが、今、この場にいる三人の違いなんでしょうね。
「ブルーノ君。君はこれからどうするつもりだ?」
ルインの言葉に……彼は黙り込む。
そして、そっと目を伏せたわ。
「………すみません…考えさせて、下さい」
その声は復讐に目が眩んでいたブルーノ君ではなくて。
今まで支えにしてきたものをなくした……迷い子みたいだったわ。
「取り敢えず、国王陛下とブルーノ君は放置。次ね」
ルインは、そう言って……アイラに視線を向けた………。




