第46.5話 国王クリストフの独白
シリアス様です。
苦手な人は逃げてね。
タイトルの通りです。
我……クリストフ・エン・エディタがまだ王太子であった頃。
我には愛しい女性がいた。
彼女の名前はブリジット。
王宮で勤める侍女であり、柔らかな春の日差しのような女性だった。
しかし……我には、政略結婚をした王太子妃アリアドネがいて。
ブリジットは子爵令嬢。
身分的にも夫婦として結ばれることはないと分かっていたけれど……恋とはどうしようもならないもので。
我らは想いを育んでいったのだ。
我にアリアドネという妻の存在がいて……彼女は悲しかっただろう。
苦しかっただろう。
それでも、ブリジットは我と共にいることを選んでくれた。
人目を偲び、ゆっくりと……長い時間をかけて、想いを重ねて。
肌の温もりを分け合うようになるほどに、我々は互いを愛し合っていた。
大切に、していたのだ。
身分的な問題から、正妃や側妃に迎えることはできないと分かっていたが……王となった暁には愛妾として、彼女を迎え入れるつもりだった。
この国では、一夫多妻制ではあるが……愛妾という関係は忌避する傾向にある。
愛妾を作るぐらいならば妻にしろ、という感じなのだ。
しかし、彼女と人目を憚らずに共にいるには……それしか道がなかったのだ。
そんな扱いをするのは、本当に嫌だった。
何故なら、アリアドネよりも愛していたから。
ただ唯一の最愛だったから。
…………だが、我は愚かだったのだ。
王太子妃の、本性というのを……理解していなかった。
『…………もし、貴方があの女を愛妾に迎えるつもりならば……貴方の子を、殺しますわ』
彼女は自尊心の高い女性だった。
彼女は独占欲の強い女性だった。
彼女は自分が唯一だと疑っていなかった。
だから、我が侍女を愛してたのが許せなかった。
だから、王族の務めとして作ったまだ産まれたばかりの我らの子を。
アリアドネは、自分の腹を痛めて産んだ子供を人質に取ったのだ。
我は……悩んだ。
彼女と別れるのはとても辛い。
しかし、息子の命が関わっている。
アリアドネを愛していなくても、息子に罪はないのだ。
産まれたばかりの幼子を、母親が殺す……そんなこと、させられなかった。
どうすればいいのか、まだ人生経験が未熟な我は……どうすればいいのかが、分からなかった。
即断、できれば良かったのに。
今だってあの頃のことは、後悔している。
我が早く答えを出していれば。
そうすれば、王太子妃が我の愛しい彼女をどこかへ追いやることもなかったのに。
『貴方がわたくしを直ぐに選ばないから悪いのですわ』
…………あぁ……なんと我は愚かだったのだろう?
アリアドネは、ブリジットをどこかに隠してしまった。
いや、隠してしまったかも定かではない。
行方不明になってしまった。
王太子の権限を使って彼女を探したが……婚約者は一体、どんな手口を使ったのか?
我が彼女の痕跡を辿ることはできなかった。
………殺されてしまっているのかもしれない。
それでも、我は望みを捨て切れなかった。
探して、探して……探し続けて。
息子が産まれた二年後に、王太子妃が我以外の男の子供を産んだ時でもブリジットを探し続けた。
もう、その時の我はアリアドネのことなどどうでもよかったのだ。
クリストファーが産まれてからは、夜を共にしたことすらなかった。
だから、クリスタが我の子供でないことは確かだ。
しかし、それを指摘するよりもブリジットを探したかった。
今度は、アリアドネにバレないよう……細心の注意を払う必要があったから。
だから、表向きは父親として……裏では愛しい女を探す哀れな男として。
日々を過ごしていた。
そうして、数年後ーー。
父上が崩御し国王になった我は……王の責務に追われて、ブリジットの捜索を怠り気味になってしまっていた。
いや、それは言い訳に過ぎないな……。
全ては、力が及ばなかった我の責任。
まさか……我とブリジットの息子が、我に復讐しにくるなんて。
彼女を守れなかった我を……。
「………ブリジット……すまない……」
ハイエナの情報収集によって、彼女が既に亡くなってしまったことを知った。
どうやら、隣国に追放され、違法奴隷商に捕まり……我の息子を産み、最後は病気で死んでしまったらしい。
…………見つからないはずだ。
闇商人を捕らえるのは、自国であろうと至難の業で。
それを隣国とはいえ他国でしようとしても……尻尾がつかめないのは当たり前だ。
それでも、我は成し得なければならなかった。
…………ブリジットが死ぬ前に、間に合わなければいけなかった。
………息子はその闇商人の摘発で、偶然にも救われたことに……喜ぶことしかできなかった。
あぁ……こんなにも失意を感じるのは、初めてだ。
大切な女性を、救えない無力な自分に嫌気が差す。
それでも、我は息子の思いを……憎しみを受け止めなくてはならない。
それが……我にできる唯一の贖罪だから。




