第41話 ゲームとは違うけど、ヒロインは恋をする
よろしくね‼︎
私、アイラ・ジキタリスはお姉様の話を聞いてから、お姉様に声をかけることができなくなってしまったの。
お父様に義母様のことを聞いたら、とても冷たい目で見られた。
まるで、憎悪しているかのようなその瞳に、震えが止まらなかった。
そして、代わりにブルーノ君にお話を聞いたの。
本当は、お姉様が言っていたように……お父様は、義母様だけを妻にすると言っていたみたい。
だけど、お姉様と同い年の私が現れてしまった。
つまり、お父様は義母様を裏切った。
それから、お二人の仲はとても悪くなってしまって。
でも、お父様は義母様を愛していたから離縁なんてしようとしなくてズルズルと夫婦生活を続けていたんだって。
裏切ってしまった側と、裏切られた側。
あのままいけば、義母様は自殺しそうだったらしい。
でも、それを知ったお姉様が義母様の幼馴染さんに連絡して……お父様と義母様の離縁の手助けをした。
それが原因で、愛しい妻を奪ったお姉様をお父様は恨んでいるんだとか。
私のお母様は、お父様と義母様は政略結婚で……望まぬ結婚だったと。
本当に愛し合っているのはお父様とお母様で。
第一夫人の義母様は、私達を恨んでいるのだと言っていたのに。
そんなの全部嘘で。
私達の存在が、邪魔者だったんだって……初めて知ったの。
真実を知って早数日ー。
未だに私はお姉様になんて声をかけたらいいかが分からなくて、話しかけられない。
だって、どうすればいいか分からないんだもの。
なんて話せばいいの?
どう接すればいいの?
「………はぁ……」
「大丈夫ですか?お嬢様」
「…………うん……」
「悩んでいるのは分かりますが、今は見学中です。ひとまず、集中しましょう」
ブルーノ君が心配そうにしながらもそう言ってくる。
今日は学園の行事の一つである、近衛騎士団、王宮精霊術師団、軍部の見学に来ているの。
近衛騎士団では騎士団長さんが。
王宮精霊術師団では、団長さんが案内してくれた。
残りは、軍部だけ。
《黒水晶宮》に来た私達を出迎えたのは、とても立派な三十代後半ぐらいの男性だった。
「わたしが総帥のデルタという。本日は諸君の案内をさせてもらう」
その挨拶と同時に、ドカンッッッ‼︎と大きな爆発音が響く。
私達は叫んでいたけど、総帥さんは何かを悟ったかのように遠い目になっていた。
「総帥‼︎これはっ……」
スレイサー公爵家のジェームズ様が、ギョッとしながら聞く。
総帥さんは乾いた笑みを浮かべながら、お姉様の方に視線を向けた。
「いや……別に襲われたとかではない。単に模擬戦をしているだけだ」
「………模擬戦っ⁉︎」
ジェームズ様が驚くと同時に次の爆発音が響く。
………周りの軍人さん達も慣れたものなのか、何も気にせずに普通に過ごしていた。
「一応、結界を張っているから《黒水晶宮》以外に被害は出ないが……生徒達がいるしな。おい、誰か‼︎あの二人を止めに行け‼︎」
『嫌ですっっっ‼︎』
総帥さんの言葉に、他の軍人さん達は揃って拒絶する。
それを見ていた生徒の中から……誰かが挙手した。
「私が止めてきましょうか?」
「む……?」
「他の人達はルインが怖いみたいだしね?」
挙手をしていたのは……お姉様で。
私は目を見開いてしまう。
だって、生徒でしかないお姉様がどうして模擬戦を止めに行くの?
「………本当は我々で止めるべきなのだが……お願いできるか?エクリュ夫人」
「えぇ、構わないわ」
お姉様は苦笑しながら、宙へ……。
ううん、精霊さん達に視線を向ける。
「じゃあ、精霊達。私が来たってルインに伝えて?」
『分かった〜‼︎』
『伝えるね、シエラ‼︎』
それを見て私は驚いてしまったの。
だって、私のように精霊の姿を視認して会話ができる人なんて……見たことがなかった。
お姉様は、私と同じことができるなんて……。
「シエラっっ‼︎」
でも、その考えはそこで止まる。
通路の向こう側から走ってくる黒髪に真紅の瞳を持つ美しい青年。
その人を見た瞬間、私の胸が途轍もなく高まって。
頬が一気に熱くなる。
ドクドクと熱くなるこの感情は………。
「ルイン」
でも、その私の気持ちは一瞬で凍りついて。
彼は、私達に駆け寄って……お姉様に抱きついた。
「シエラ……シエラだ……あぁ……こんなに早く会えるなんて、幸せだ」
「………うふふっ、私もよ?」
蕩けるような瞳と甘い声。
それだけで、二人が只ならぬ仲なんだって嫌でも分かってしまう。
でも、それを向けられているのは、私じゃなくてお姉様だという……その事実がとても悲しくて、とても苦しい。
悲しいなんて、苦しいなんて……そう思うのはお門違いなのに。
…………この感情が意味するのは……。
あぁ……私も、お母様と同じなのね……。
私は、お姉様の大切な人に……一目惚れしてしまった………。
*****
軍部への見学へ来るなり、模擬戦による爆発音が響きまくっていたわ。
アダム様の獣人としての本能を発散させるための模擬戦だと判断した私は、普通の軍人がドラゴンスレイヤーと騎神の模擬戦にストップをかけられないだろうから、代役を名乗り出たわ。
そうして、精霊経由でルインに連絡して数秒後ー。
私は彼に抱き締められていた。
ルインは私を強く抱き締めて、髪を梳いたり、頬にキスをしたりしている。
他の皆がポカンっとしてるけど、ルインったらお構いなしね?
私は彼の唇に人差し指を添えて、ストップをかけた。
「これ以上はだーめ。後はお屋敷に帰ってからね?」
「………むぅ…」
ルインは若干拗ねたような顔になる。
そして強請るように、私の首筋に顔を埋めた。
「………噛みつきたい……」
…………あら。
これは、どういうことかしら?
ルインの瞳は、私に何かを訴えかけていて……彼は、小さく口パクで『話を合わせて』と動かす。
精霊術を使わないってことは、何か理由があるから?
……………その目的が分からなかったけれど……それに付き合うことにした。
「噛んじゃ、駄目?」
甘えるような声で聞かれる。
少し話が変わるけど……ルインのマイブームなのか、よく甘噛みしてくるのよね……。
たまに本気で噛みつかれて血が出ちゃうんだけど。
私はなんとなく、彼に聞いてみた。
「最近、獣人じゃないのに噛みつくの好きね?」
「だって、噛み跡が残ってると……シエラが俺のモノだっていう証みたいで、興奮するんだよ」
「そんなの残さなくても私はルインのモノよ?」
「シエラは可愛いから。俺のモノって刻んでおかないと変な虫がつくかもしれないでしょ?それに……」
ルインの瞳からハイライトが消えて、にっこりと微笑む。
ゆらゆらと、瞳の奥で揺れる仄暗い炎に……背筋がゾクッとする。
「それに……シエラのこと、喰べたいから」
……………どうしてかしら?
………性的な意味orカニバリズム的な意味で言ってるように取れてしまうわ。
というか、どうしてこんなに黒いオーラが出てるのかしら?
「ルイン?どうしたの?」
「……………何が?」
「いきなりヤンデレモードだから」
「……………………」
そう告げた瞬間、ルインの顔が一気に歪む。
そして、思いっきりむぎゅうっ‼︎と抱き締められた。
「むぐっ」
「だって、トイズが酷いこと言うんだよ?〝学生の見学だから仕方ないけど、エクリュ夫人と他の男が一緒に行動しててそれをエクリュ中佐が見なくちゃいけないんですね〟とか言ってきてさ……アレ、絶対にロータル嬢が来なくて、俺のシエラが来ることへの意趣返しだよ……シエラが来るって浮かれ気味だった俺も悪いと思うけど……」
………えっと、それって……ネッサ様が来ないのは仕方ないことだけど……私が来ることで浮かれ気味だったルインに、イラッとして、ヤンデレモードに入るようなことを言ってきたってこと?
「…………つまり、トイズ様の所為?」
「…………まぁ、俺に嫌なことを言いたくなるぐらいに、トイズとロータル嬢も甘々カップルってことじゃない?」
…………まぁ、そんなに被害はないしね。
ちょっとルインが嫌なこと言われて、(微)ヤンデレモードに入ったくらいだし。
「………とにかく。私が愛してるのはルインだけよ?心配しないで?」
「分かってるけど、シエラは可愛いから心配になるのも仕方ないよ」
ルインはそのまま私の唇にキスをしようとする。
だけど、その前にストップがかかった。
「止めろ、エクリュ中佐。子供達には刺激が強過ぎる」
「……………あぁ……忘れてました」
総帥に声をかけられ、やっと私とルインは周りの人達のことを思い出す。
同じ生徒達は顔を真っ赤にして、狼狽していて。
総帥は、そんな生徒達を見て大きな溜息を吐いた。
「…………取り敢えず……先に休憩だな。再起不能の生徒まで出ていることだし」
…………そう言われて見れば、生徒の中で倒れている人がいて。
ひよこ、貴方、倒れ過ぎじゃない?




