第36話 甘々夫婦に関わると、なんかどうでもよくなるのだ
よろしくどうぞ‼︎
なんてものに招待されてしまったのか。
わたしは胃痛を感じながら、溜息を吐いた。
「お父様、大丈夫ですの?」
娘のネッサが心配そうな顔で聞いてくる。
しかし、今は聞かないで欲しい。
お前についてくるハイエナも、わたしの胃痛を更に悪化させるのだ。
「顔色が悪いですね。飲み物でも取ってきます」
ハイエナ……フェンネル少尉はそう言って、神父の元へと向かう。
彼を使ってしまったことで更に胃痛が増した。
わたしと同じなのか、結婚式の会場……聖堂では、そこかしこで溜息が漏れている。
それはそうだろう。
ドラゴンスレイヤーであるルイン・エクリュ侯爵がエルフと精霊王の息子なんて、誰が思うかっっ‼︎
余りの衝撃事実だ。
精霊とは奇跡を起こしてくれる、敬う存在だ。
そんな精霊……精霊王の息子……。
わたし達はどんな方と気軽に話していたのか‼︎
それどころか、エクリュ侯爵は精霊王を普通に殴っていたし‼︎
将来は大精霊になるとか意味が分からないし‼︎
最後のあの、病的な雰囲気は背筋が凍りそうだったんだぞっ⁉︎
それを受け入れるシエラ嬢……いや、エクリュ夫人も中々におかしい……。
…………あぁ…わたしが長年、貴族として培ってきた貴族の仮面が悉く剥がれていく……。
「………お父様、大丈夫ですの?」
「………お前の方こそ大丈夫なのか。今後も、あの夫婦に関わっていくんだろう?」
「………?……何か問題でも?」
ネッサは不思議そうに首を傾げる。
わたしは、親として貴族として問うた。
「エクリュ侯爵は異常だ。最後の言葉を聞いていただろう。妻を監禁しようとするなど、普通ではない」
「………?」
「だから、その被害がお前にも及ぶのではないかと……」
「あぁ、それはないですよ。エクリュ中佐がヤンデレモードに入るのはシエラ様に関わることだけなんで」
「っ⁉︎」
ビクッと振り返るとそこにはコップを持ったフェンネル少尉。
彼はわたしにコップを差し出した。
「水です。毒は入ってません」
「…………感謝する…(毒入りとか普通言うものか……?)」
「はい。僕のこと、嫌っているようなので」
「っ⁉︎」
こいつ、心を読んでいるのか⁉︎
と思ったら「顔に出てます」と反論された。
………やっぱり、心を読んでいるんじゃないか?
「まぁ、先程のご心配は無用ですよ。エクリュ中佐の病的な愛情表現はシエラ様限定ですし、普段は溺愛なさってますから」
「…………」
「ブチ切れたり、シエラ様が他の男に口説かれたりしたら病的モードになるだけなので」
それはそれで、エクリュ夫人に何かあったら大変だってことじゃないのか?
というか、なんでそんなこと知っている?
「ハイエナは情報が命ですので。というか、エクリュ中佐の補佐官ですからね。病的モード事情は教えて頂きました」
「……………」
こいつ、完全に心読んでるよな?
「というか、もうそろそろ胸焼けのお時間ですよ」
「………あぁ……まさか」
ネッサがその言葉にハッとしたのか、顔を赤くして両頬を手で押さえる。
ん?なんだ?
「はい、ネッサ様。今日はいつもの五割り増しだと想定します。頑張りましょう」
「えぇ……そうね。トイズ様」
「……………?」
娘とハイエナが覚悟を決めたように頷き合っていて。
その理由を知るのは……直ぐ後だった。
*****
さて。
控え室に一時避難した私達は、これからどうしようかと考える。
問題は、どうやって説明しようかしらってことね。
いっそ、全部話しちゃった方が楽なんだけど……それはそれよね。
「どうしましょう?ルイン」
「いや、普通に俺のヤンデレのことを話せばいいんじゃないかな?」
ヤンデレのことだけ?
ルインは精霊達にお客さんの様子を見てくるように言う。
暫くして、精霊達は報告してきた。
『精霊王の息子って本当なのか?』
『精霊王を殴ってたぞ?』
『大精霊になるとは……』
『あの最後の危険な感じはなんだったんだ?』
『って感じだよ〜』
「だから、あくまでも余計なことは答えず……疑問に思っていることだけ答えた方がいいかなって」
……流石、精霊情報局。
実況中継もお手の物ね。
『前世の話はしない方がいいと思うぞ。未来が分かるなんてなったら、他の貴族があの人はなんでも未来が分かるのだって勘違いして拉致されるかもしれないからな』
それもそうね……って。
「っていうか、父さんはなんでまだいるの?」
ルインはジト目で精霊王を見る。
精霊王は、ニパーッと微笑んだ。
『今帰ったら大精霊に怒られるからだ‼︎』
「よし、放置‼︎」
ルインは私の腰に手を回して、控室を出て行く。
後ろから精霊王がついて来てるけど、無視するみたい。
そして、再び聖堂に入って行った。
「何から説明したら、皆が理解しやすいかな?トイズ」
「はい。僭越ながら皆様を代表して、質疑応答形式を取らせて頂きます」
皆の前に歩きつつ、ルインはトイズ様に聞く。
急に質問したのに、直ぐに反応できるなんて有能ね。
ルインは再び、皆の前に立つとにっこりと微笑んだ。
「まず、精霊王のご子息というのは本当ですか?」
「本当らしいよ?エルフと精霊のハーフなんだってさ」
「それを知ったのは?」
「五年前、シエラに会った時。俺がエルフ達の攻撃で死にかけてた時、精霊術が使えるようになったんだよ。その時に知ったんだ。でも、秘密にしてたのはさっき精霊王が言っていたように俺が権力者達に利用されないようにするためらしいよ?」
トイズ様はそれを聞いて頷くと、私達と一緒に来た精霊王に視線を向ける。
「失礼ながら精霊王様。エクリュ中佐のお答えは本当ですか?」
『あぁ、そうだ。嘘偽りない。しかし、先も話したようにわたしがルインの母と子を成したことで、我々精霊の過干渉が禁止された。ゆえに、条件が揃うまで会わなかった』
本当は私の前世の件とか、《穢れの王》の件とかもあったけど……それを話したら大騒ぎになっちゃうものね。
精霊王は本当のことだけど、少しだけ真実を隠して話しているみたい。
上手い話術ね。
「精霊王を殴ってたのは、大丈夫なのですか?」
「親子ゲンカだから、気にしなくていいよ」
『おぉ……親子ゲンカ‼︎』
「…………ほら…精霊王も喜んでるし?」
「………ですね」
ルインは呆れた顔で、トイズ様は苦笑しながら頷く。
周りの人達も親子ゲンカだと言われてしまえば、納得するしかないみたい。
精霊王も喜んでるしね?
「大精霊になるとは?」
「あ、それは俺も初耳だから逆に聞きたいくらいだよ?」
私達も視線を精霊王に向ける。
そう、それよ。
別に大精霊になるのは構わないけど、説明が欲しいわ。
『そのまんまだ。現在、闇と光の大精霊の座が空位になっている。ゆえに、数百年後にでも二人にその座に座ってもらおうと思ってな』
「他の精霊では駄目なのですか?」
『強い精霊術の使い手というのは、精霊になった場合……それに比例した強さの精霊になるのだ。ゆえに、他の精霊の成長を待つよりも二人を大精霊としてしまう方が早い』
「数百年単位でも?」
『あぁ。というか……お前、中々に鋭いところをついてくるな?優秀な部下がルインについているようで何よりだ。名は?』
「お褒めに預かり光栄です、精霊王様。トイズ・フェンネル少尉と申します。エクリュ中佐の補佐官です」
『覚えておこう』
トイズ様は綺麗な会釈をする。
というか、精霊王に褒められた瞬間、周りの人達の目の色が変わったわね。
……あぁ、そっか。
精霊王が一目を置いたってことは、ステータスになるのね?
ここにいる殆どの人達はトイズ様がハイエナだと分かってるかは知らないけど、それでも……精霊王に名前を覚えられた人間は、貴族でも欲しくなるわよねぇ……。
でも、残念ね。
トイズ様はネッサ様を狙ってるんだから、他の貴族の皆さんは彼を引き込めないと思うわ。
というか、これ、逆に有利になるかも?
爵位が低くても、精霊王に名前を覚えてもらえたっていうステータスがあれば、ネッサ様を……。
たまには良い仕事するわね、精霊王。
「後は皆さんがお聞きしたいのはヤンデレモードのことだと思いますよ」
「………あー……うん、それね。話すと面倒なんだけどね……」
「ちなみに、ヤンデレというのは愛し過ぎて精神的に病んでしまうことらしいです」
トイズ様が軽く解説してくれて、他の人達がピシッと固まる。
まぁ、そうよね。
サラッと部下が上司が病気ですって言ってるようなものだし、ドラゴンスレイヤーが異常者だって怖いでしょうし。
ルインはちょっと遠い目をしていたが……サラッと精霊王がぶっちゃけたわ。
『わたしがヤンデレ好きで、妻がヤンデレだから何故かルインの固有属性がヤンデレになったんだ』
ヒョォォォォ………。
凍った空気に、私は思わず身震いする。
そうしたら、ルインが「大丈夫?」って温めるように抱き締めてくれたわ。
甘やかすように、優しく背を撫でてくれて……ルインの体温にホッとする。
「ルイン、ありがとう」
「ううん、シエラのためだからね。お安い御用だよ?」
とろりと蕩けた瞳が綺麗で、私は彼の頬に触れるだけのキスをする。
そのまま互いにキスをし始めて……。
「ごほんっ‼︎」
………若干頬を赤くしたトイズ様の咳払いで現実に戻されたわ。
「…………という訳で、精霊王の力で俺にヤンデレ属性が付与されたらしいよ?俺がいつも、こいつを殴りたくなるのも仕方ないよね?」
「ちなみに、そのヤンデレが自分の娘に向かうんじゃないかってロータル侯爵が不安がってました」
「っっ⁉︎」
いきなりルインに売られたロータル侯爵は、ギョッとしながらトイズ様を見る。
ルインは呆れたような顔をして、私の肩に顎を乗せた。
「いやいやいや、シエラ以外好きじゃないから。その心配は必要皆無だから」
『そうだぞ?ヤンデレを発動するのは、愛している相手に関してなんだが、こいつ、ヤンデレなのにシエラ嬢への溺愛力が強くて、ほぼヤンデレ抑えられてるんだからな?ルインがヤンデレるのは、シエラ嬢が傷つく時、シエラ嬢と無理やり離される時と興奮し過ぎた時だけだ。つまり、二人がイチャイチャしている限り問題ないのだ』
………どうしてかしらね?
精霊王が話すと凄く残念感が漂うのは。
『それに見てみろ。もう既にこんなイチャついてるんだぞ?』
そう言われて、私は自分の姿を見る。
ルインは私の肩に顎を乗せたまま、首筋に甘えるようにキスをしていて。
手を重ねて、指先を絡めて……え?
これがどうかしたの?
『これがデフォルトになってるから、恥ずかしがってもいないんだぞ?こんな甘々イチャイチャなのに……他の人によそ見してヤンデレ発動すると思うか?』
「ねぇ、恥ずかしがってないってそんなことないわ。ルインといる時はずっとドキドキしてるもの」
「俺もだよ。ずっと……ドキドキしてる」
「うふふっ、お揃いね」
ルインの方に向き直って、彼の首に腕を回してキスをする。
彼も嬉しそうに、微笑んでくれた。
『これ見てるとなんか色々どうでもよくなるよなぁ……』
「……………そうですね……あぁ、甘い……。ネッサ様、ブラックコーヒーでも飲みに行きませんか?」
「行きますわ……流石に慣れたかと思いましたけど、今日はいつもより甘々空気ですわね……」
「ああ言うのを新婚マジックと言うんだと思いますよ。それに今日はいつもよりもピンクな空気ですし……あぁ……甘い……」
トイズ様とネッサ様が顔を赤くしながら、目を逸らす。
トイズ様……さり気なく私達を使って、デートの約束してるわよね?
というか、慣れたって……そんなにイチャついてたかしら?
「絶対、あの顔はそんなにイチャついてたかとか考えてますよ」
「お茶会で出される惚気も充分なイチャつきに当て嵌まるんですのよ。わたくしだって……‼︎」
ネッサ様はちらりとトイズ様を見る。
その視線に気づいた彼は、スッと目を細めた。
「ハイエナは狙った獲物は逃がさないので、ご安心を」
「…………え?」
キョトンと首を傾げるネッサ様は、あざと可愛いわね。
トイズ様も笑顔を返してるけど、絶対裏で動いてる感じだと思うの。
ニマニマと笑っていたら、精霊王が呆れたような溜息を吐いた。
『………なんか、考えるのも面倒になるだろう?何か他に聞きたい奴はいるか?こんな甘々空気の中で』
精霊王の言葉に、説明を求めていた人々は首を振る。
なんか、全員の顔が〝もう、気にしてるのが馬鹿らしいです〟と言ってるようで。
あんなに質問したげだったのにどうしたのかしらと首を傾げたら。
『つまり、甘々夫婦に関わると、なんかどうでもよくなるのだ』
精霊王にそう言われてしまったわ。
説明が欲しい事態もどうでもよくなるくらい、甘々でしたって話でした☆




