第3話 ルイン様の片鱗
シエラの背筋にゾワっとしたものが走った瞬間、精霊達もゾワっとしていた。
その理由は簡単。
ルインから流れてきた感情がドロドロと……その、言葉にするのもヤバイくらいに闇(病みとも呼ぶ)を抱えていたからだ。
いうならば、ダークサイド。
だからこそ、精霊達はゾワっとしたのだ。
精霊というのは、好き嫌いはあるが独占欲というものはない。
だが、ルインはエルフと精霊のハーフ。
それゆえに少し(と言えるかは謎だが)、生物として特殊な存在である。
精霊と同じでありながら、同じではなく。
エルフのようにプライドを尊ぶが、それはエルフ同等に絶対とはならない。
そして……愛されなかったから愛することに、愛されることに飢えている。
精霊というのは共有体であるため、個であっても一つの集合体なのだ。
だから、精霊からしてみたら、ルインを本当の意味で愛してやることはできない。
何故なら、ルインも半分は精霊だから。
精霊がルインを愛するということは自分を愛してる状態になるから、それは他者からの愛じゃない。
大切にはできるが、それは精霊の性質を持つ仲間としてだ。
そんな中、シエラはルインの飢えを満たしてしまった。
だから、ルインは彼女を逃がそうとしない。
ドロドロと渦巻く独占欲と、束縛欲はある意味必然であって。
精霊達は思った。
これ、ヤバイ奴を覚醒させたんじゃね?
…………と。
*****
私は思わず乾いた笑みを浮かべてしまったが、ルイン様の綺麗な笑顔を見たらさっきのは気の所為だと思うことにした。
いや、だって……ね?
なんか、笑顔が怖かったし。
ハイライトが消えた笑みって……なんか、ヤバそうな雰囲気が……。
『取り敢えず、話を戻すわよ?』
水の大精霊がそう言ってきたので、私は素直に頷いた。
うん、あのままいったらなんかヤバかった気がするからね。
……………うん。
『シエラちゃんがいう強制力なるモノの所為で、ルイン君または他の人が《穢れの王》になる可能性があるのよね?』
「はい」
『そうなると……一応はシナリオ通りに進んだ方がいいのかしら?』
「えっ、それは無理ですって」
水の大精霊の言葉に私は速攻で拒否した。
それを聞いた風の大精霊が『でもさ〜』と顎に指を添える。
『シエラちゃんの存在も重要になるんじゃないの〜?想いを交わすことで浄化に繋がるんでしょ?その障害となる恋敵がいないと……』
「いや、私は本当に当て馬なんで多分大丈夫かと。というか……私にもしかしたら訪れるかもしれない異母姉妹のエッチなシーンを見ろと。好きでもない男と婚約しろと。というか、攻略対象達との生々しい場面を見たことあるのにそれで平然とできないです。そもそも、ルイン様に一目惚れしてるのに?」
「………流石に俺もシエラ様が他の男のものになるのは嫌かなぁ………殺したくなっちゃうし」
ビクッ……。
ルイン様の声が小さかったから、最後の言葉を私は上手く聞き取れなかったんだけど……大精霊達が思いっきり震えている。
うん、何を言ってたかは聞かないでおこう。
知らない方が幸せなこともあるし。
『そっ……そうじゃのぅ。シエラお嬢ちゃんに無理させるのはよくないのぅ』
『だねー‼︎』
『でっ…ではっ……今後の対策として……シエラの前世の話は以降、第一級秘匿情報とする。これはこの世界への影響を考えてである。我ら精霊、シエラ、ルインの三者のみの記憶に留めるように。あの王妃と王子は仕方ないが……むやみに他者に漏らすことのないように』
アイラの存在を教えたことですね。
婚約から逃げるためとはいえもうしません。
『そして、世界の歪みを配慮し下手にアイラ・ジキタリスに接触はしないで……《穢れの王》出現の回避を目標として行動することとしましょう。くれぐれも、シエラちゃんがシナリオ通りに婚約したり変な場面に遭遇しないよう配慮してね』
「そうなりそうだったら、俺が拐ってでも回避しますよ」
………拉致はいけないと思うけど、でもそれは嬉しいかもしれない。
だって、エロシーン見るよりは拉致の方がマシだものっ‼︎
「お願いしますね、ルイン様」
「はい」
満面の笑顔を浮かべるルイン様は、無駄にイケメンで。
はぅ……やっぱり、胸がキュンキュンする……。
なんか、ヤバイ雰囲気もそれはそれでアリかな……なんて思い始めてる私がいる。
ルイン様イケメンオーラが多少の闇(病み)も私に受け入れさせてしまうっ……‼︎
『じゃあ、今回の話はここまで‼︎またねっ‼︎』
なーんて馬鹿なことを考えていたら、風の大精霊の合図で一陣の風が吹く。
余りの強さに目を閉じて……次に目を開けた時には、王宮に戻ってきていた。
…………って、えっ⁉︎
もう夕方っ⁉︎
数時間もいなかったのにどうしてっ⁉︎
「向こうはこちらの世界と時間の流れが違うんです。まだ同じ日に帰って来れただけマシな方ですよ」
「………そうなんですか?」
「はい。向こうに一ヶ月いれば、こちらでは一年ですから」
「……………」
こっわっ‼︎
精霊の世界、こっわっ‼︎
私とルイン様は顔を見合わせて……ちょっと困った顔をし合った。
「この後はご帰宅ですか?」
「えっと……はい……でも、王妃様とのお茶会途中で抜け出してきちゃったんですよ」
「でしたら俺から王宮の方へと話を通して、王妃様にご連絡しておきましょう。シエラ様はご帰宅後、お手紙でも」
「分かりました」
さり気ない気遣いが素晴らしいよ‼︎
「こんな遅くになってしまいましたが、ご家族は心配なさってないですかね?大丈夫でしょうか?」
「……大丈夫、だと思います……」
……我が家は今、ヒヤッとしてるからなぁ……。
ルイン様は、少し悲しそうな顔で微笑む。
「………本当は家まで送りたいところなんですが、俺も軍部から抜け出してきてるので」
「大丈夫ですよ。王宮前で家の馬車が待っているので。逆にこんな時間までごめんなさい」
「いえ、大丈夫です。そこまで送ります」
ルイン様はさり気なく腕を差し出してエスコートしてくれる。
私もそれを素直に受け入れた。
さっき言った互いに好きになり合う、という言葉通りにルイン様は色んなことを聞いてくる。
好きな食べ物とか、好きな色。
誕生日とか、どんな家族がいるかとか。
まぁ……イケメンさんにそんなの聞かれたら素直に答えますよね。
あ、ちゃんとルイン様の好みも聞きました。
「ルイン様はキッシュが好きなんですね」
「はい。少し子供っぽいですかね?」
「いいえ、私も好きですよ。キッシュ」
そんな風に話してたらあっという間に王宮前の馬車が待っていた場所まで来てしまった。
王宮前の門番である騎士さん達が私達を見て、怪訝な顔をしている。
まぁ、この人達に「王妃様からお呼ばれしてお茶会に参りました」って言って来たのに、軍人であるルイン様と出てきたら疑問に思うよね。
というか、「軍部にあんなイケメンいたか……?」なんて言ってるけど、ルイン様、今までこの美形で目立ってなかったんですか?
それはそれでラッキーか。
他の女性に言い寄られたら困るし。
まぁ、今後とも困るけど。
門を出て仕舞えば、馬車までは本当に後わずか。
ちょっと寂しくなってルイン様に擦り寄る。
だってこの世界ってケータイとかないし、直ぐに連絡できないし。
それが分かったのか、ルイン様は優しく微笑みながら言ってくれた。
「…………何かあったら精霊に伝えて下さい」
「………あ…」
「必ず、駆けつけます」
「………はいっ‼︎」
そうだわ……そうだったわ。
この世界には精霊がいたわ。
ルイン様は半精霊だから、精霊の声が聞こえるし……精霊は共同体だから、近くの精霊に伝えれば、ルイン様の近くの精霊に直ぐに伝わる‼︎
そう思ったらなんだか嬉しくなって、ぎゅぅっ‼︎と彼の腕にしがみついた。
「ふふっ‼︎この世界は手紙とか時間がかかる連絡手段しかないから……直ぐに連絡できるのは嬉しいです‼︎」
「えぇ、俺もです。シエラ様」
馬車の前に来ると、今度は御者がルイン様を見て怪訝な顔をする。
さっきの門番さんと同じで、王妃様にお呼ばれしてお茶会に来たのに……軍服着てる人と腕を組んで来たらそうなるよね。
彼は馬車の扉を開けて、中へ入るようエスコートしてくれた。
でも、中に入る前に。
「ルイン様、明日はどのように過ごされますか?」
「……えっと…一日、軍部の方にいますが?」
「お昼、一緒に食べたいです。駄目ですか?」
必殺、甘え顔っ‼︎
下から上目遣いで甘えるように声を出せば……例え八歳でも、イチコロでしょう‼︎
ルイン様はちょっと困惑したように頬を赤くして……口元を手で隠してから、ふにゃりと笑った。
「嬉しいです。話は通しておきますので、十二時頃、来て頂いていいですか?」
「はいっ‼︎ありがとうございます‼︎」
「それはこちらの台詞ですよ、ありがとうございます。シエラ様」
私(小さいけど)とルイン様は美男美女だからね。
キラキラと微笑み合う私達を見て、御者が顔を赤くしてるよ……。
「じゃあ、また明日」
「………はい…」
ルイン様は私が馬車に乗るのを確認すると、ゆっくりと扉を閉めてくれた。
私が座ると同時に、ルイン様が代わりに合図をしてくれたのか馬車が動き出す。
小さな窓から外を見たら、そこには少し寂しそうな笑顔で手を振ってくれるルイン様がいて。
私も彼の姿が見えなくなるまで、手を振り返した。
*****
王都にあるタウンハウスに戻ってきた私は、急いで私専属の侍女であるミネルバに声をかけた。
「ねぇ、ミネルバ‼︎明日、お昼前にキッシュを作って軍部に行きたいの‼︎」
「軍部ですかっ⁉︎」
ふわふわとしたセミロングの青髪と、空みたいな淡い水色の瞳を持つミネルバは驚いた顔をする。
そして、呆れたように溜息を吐いた。
その顔は聞き分けのない子供を諭すお姉さんのような顔だ。
………まぁ、実際には十八歳のお姉さんなんだけど。
「もう、お嬢様。急に何事ですか。そのような荒っぽい所に行かれては、侍女長に怒られますよ」
「無理よ、絶対行くわ。だって、約束してしまったんだもの」
「誰とです?」
「ふふっ、私の好きな人」
ルイン様のことを思うと顔が蕩けそうになる。
そんな私を見てミネルバも中てられたのか、若干顔を赤くして狼狽していた。
でも、ハッと我に返ったように険しい顔をした。
「ですが、お嬢様。貴女様はこのジキタリス家のご令嬢で……」
「でも行きたいの。お願いよ、ミネルバ……」
再び必殺‼︎甘え顔っ……‼︎
小さい頃から面倒を見てくれているミネルバは私に甘いので……「旦那様に許可を得たらいいですよ……」と許可してくれた。
やったね‼︎
という訳でやって来ました、お父様の執務室。
え?食事とかの後でいいじゃないかって?
この人、仕事人間だから食事の時間だって出てこないんですよ。
まぁ、正確には酔った勢いで手を出しちゃったアイラの母(この国は一夫多妻制ありで、今は第二夫人)がアイラを身篭ったことで、私の母(第一夫人)だけを愛すると言ってたのに申し訳がなくて、仕事を理由に避けてるだけなんですけどね。
えぇ、私の母はそれが原因で現在引きこもりです。
私とも滅多に顔を合わせません。
ついでにぶっちゃけると、第二夫人は父に薬を盛って既成事実を作ったらしいよ。
怖いね‼︎
トントントン……。
「お父様、シエラです。今、お時間はよろしいでしょうか?」
『…………入れ』
「失礼致します」
許可をもらって中に入った私は、茶色を基調とした執務室の中で険しい顔をして執務机に座る父に視線を向けた。
私より暗めのストロベリーブロンドに翡翠の瞳の三十代くらいの……超絶綺麗な男性。
そう……この甘いマスクの男こそが、私とアイラの美貌の元、父のシーレンス・ジキタリスだ。
お父様は少し疲れた顔で私を見た。
「どうした?」
「お父様にお願いがあって参りました」
「………なんだ…」
あ、やっぱり疲れてるのかな?
ちょっと顔色悪いね。
私はそう思うと早めに話を切り上げようと思って、簡潔に述べた。
「明日、軍部に行きます」
「………そうか……って、は?」
「そうか、と言われましたね。許可は頂きました。失礼します」
「いやいやいや、ちょっと待てっ‼︎」
えー?何か?
私が怪訝な顔をしてお父様を見ると、お父様は「うっ……」と呻いて視線を逸らす。
あー、これは私のこの顔見てお母様のことを思い出してるな。
お母様、未だに許してませんからね。
「いや、何故急に軍部などに……精霊術師団なら分かるのだが……」
私は強い精霊術師ですからね。
でも、私が求めるのは違うので。
「好きな人に会いに行きます」
「…………………は?」
「失礼します」
「いやいやいやいやいやっ‼︎だから待てっ‼︎」
まだ何かあるのか。
お父様は眉間のシワを深くして何か考え事をしているみたい。
そして、大きな溜息を吐いた。
「今日は王妃様のお茶会に行ったはずだよな」
「そうです」
「何故、そっから軍部に繋がった。というか好きな人とは」
「精霊に導かれて一目惚れしました。で、相手も好いてくれてるので互いに互いを知りましょう。もっと好きになり合いましょう期間です」
「………………」
なんとも言えない顔になっているお父様を無視して、また出て行こうとしたら止められた。
なんなんですかねー。
私は早くキッチンに行って、明日のお弁当の用意をシェフに相談したいのだけど?
「どこの誰だ」
「教えると思いますか?」
「勝手に調べるぞ」
「あははっ、それならどうぞ。私を……いいえ、精霊を敵に回すのですね」
「………っ⁉︎」
精霊はこそこそと後ろめたい行動を好かない。
だから、精霊達の家族同然であるルイン様を調べようものなら精霊達は怒るに決まってる。
「………軍部にそれほどの人間がいたのか?」
「まぁ、精霊の姿を認識し言葉を交わす程度には」
「………充分強力じゃないか……なんで軍部なんだ」
精霊と意思疎通ができる人は、比較的精霊術の力も強い。
お父様はなんでそんな人が精霊術を専門としてる所に入ってないのか疑問みたい。
そう言われれば、なんでなんだろう?
『精霊術師団にはエルフが多いからねぇ。精霊術が使えなかったルインは入れなかったんだよ〜』
『それも精霊術でボロボロにされて、軍部に拾われたんだよ〜』
と疑問に思ったら解決してくれました、精霊さん情報局。
「……………何、それ」
「……………シエラ?」
「ふざけんじゃないわよ……エルフども……」
まぁ、キレますよねー。
ルイン様を精霊術でボロボロにした?
仕返してやろうか、精霊術師団の野郎ども。
「うふふふっ」
「………………っ…‼︎」
お父様の顔が完全に引き攣っている。
ちなみに精霊達も私の怒りモードを恐れてるのか、部屋の隅に集まってる。
失礼ね。
「………行かせてくれますね、お父様?」
「あ、はい……」
「ありがとうございます、失礼します」
まぁ、お怒りモードのおかげでお父様から軍部行きをもぎ取ったからラッキーだと思いましょう。
私はそのまま、キッチンへと向かった……。
まぁ、この時の私は思わなかったのです。
まさか、明日の軍部行きがルイン様のヤバさを知る日になるなんて……。