第32話 《精霊と乙女と愛のワルツ》と現実(1)
(2)続きます‼︎
今日も明日もよろしくどうぞ‼︎
ここ最近、天気が良い日が続いていたのに……今日はすっかり曇りね。
結婚式の日にはいい天気になるといいのだけど。
「えっと……シエラ様ぁ……」
「何かしら?」
デビュタントの翌日。
ルインのお屋敷にご招待したイヴリン様はどうやら、緊張しているみたい。
手に持っているティーカップが震えているわ。
「あの……その……」
「どうかしたのかしら?」
「………っ…」
イヴリン様は覚悟を決めたように息を飲む。
そして、真剣な顔で聞いてきた。
「……何故…エクリュ侯爵のお膝の上にいるんです……?」
「……………」
現在の私達は、応接室のソファに向かい合うようにして座っているわ。
ただし、私はルインのお膝の上だけど。
何故、と聞かれたら……。
「昨日、イヴリン様が私に抱きつこうとしたからね。ルインったら貴女のこと、敵認定しちゃったみたいなのよ」
そう……ルインがこうして人前で私を抱き締めているのは、イヴリン様を警戒しているからで。
女の子同士で抱きつき合おうとしただけなのに、ルインは許せなかったみたい。
重い独占欲よね。
でも、そういうの嫌いじゃないわ。
「まぁ、ルインも事情を知っているし問題ないでしょう。じゃあ、イヴリン様?貴女はいつ前世の記憶を?」
「わたしが記憶を取り戻したのはほんの一週間前ですぅ。あ、その……一応、イヴリンとしての記憶はあるんですけど……わたしの記憶とごちゃ混ぜになってて……本当はお嬢様喋りの方がいいと思うんですけど……前世のわたしはコミュ障引き篭りゲーマー廃人で……RPGで演技してた名残で……どうもこんな喋り方になっちゃってるんです……」
「あぁ、気にしなくていいわ。そんなに気にすることではないし。ちなみに私は六年ほど前よ」
「そーなんですねぇ……だから、もうこんなにゲームのシナリオとは違う感じになってるんですねぇ」
イヴリン様は納得したように頷く。
というか、ルイン。
少し耳を噛むの止めて欲しいわ。
「もう……これはルインにも関わってくる大事なお話なのよ?悪戯しないで」
「マーキングだから駄目」
………あらぁ……本格的に拗ねてるみたいね。
私は彼の頬を撫でて、苦笑した。
「………はぁ…あんまり、際どいことはしないでね」
「っ…‼︎うんっ‼︎」
ルインは楽しそうに笑って、はむはむと私の耳を甘噛みする。
目の前にいるイヴリン様は、顔を真っ赤にして目を逸らした。
「話を戻しましょうか。ひとまず、私は当て馬シナリオを回避することを目的としているわ。だって、異母妹の濡れ場シーンを見たくないし……異母妹のフォローなんて面倒だからね」
「……なるほど…。取り敢えず、ルインルートの前提はだいぶ変わってますけど、他の人のルートはどうですかねぇ……」
「「……………え。」」
それを聞いて私とルインが固まる。
いや、だって……ね?
《精霊と乙女と愛のワルツ》って、ルインルートないんだもの。
「………ごめんなさい、イヴリン様。一つお聞きしたいのだけど……」
「はい?」
「………《精霊と乙女と愛のワルツ》って……続編あったりするのかしら?」
「…………夜想曲……やってないんです?」
「………多分……それが出る前に死んだわ……」
あぁ……やっぱり。
私の予想通りに、ルインルートのシナリオが追加されたゲームが発売されてるじゃない。
私は溜息を吐きつつ、「それの話を聞いてもいいかしら?」と彼女に聞く。
イヴリン様は真剣な顔で頷いた。
「えっと……《精霊と乙女と愛のワルツ〜夜想曲〜》は、学園の攻略キャラ六人に……軍部、近衛騎士団、精霊術師団からの攻略キャラをプラスして、攻略キャラが十二人になるのです」
………だいぶ多いわね。
えっと……記憶にある攻略対象は……。
「クリストファー殿下と……ジェーなんちゃらと……?」
「ジェームズ様、ギルバート様、エイブラハム先生、ブルーノ君、シュラ皇子ですぅ」
「………あぁ……そんな感じだったわね」
「………把握してないんですかぁ?」
「ルイン以外の男はどうでもよくて」
確か、エイブラハム先生は……あぁ、そうだわ。
王女様と決闘した時に審判をしてくれた方だわ。
ブルーノという人と、シュラという人は分からないわね。
「ギルバート様は既に退場済みだから問題なしね」
「うわぉ。あの横領事件、シエラ様が関わってるんですぅ?」
「えぇ。それにルインとネッサ様、トイズ様もね」
「悪役令嬢も⁉︎」
「ネッサ様は悪役令嬢なんて人柄じゃないわ。多分、ゲームのヒロインに感情移入しやすいように悪役のイメージがつけられただけだと思うもの」
断罪シーンでは、虐めていたとか表記されているけど……実際の証拠が出ないもの。
つまり、ゲームでは都合よく解釈されていただけで、実際には本当に冤罪だった……って可能性もなきにしもあらずだと思うのよ。
まぁ、今はトイズ様とラブラブだから……問題ないと思うのだけどね。
「で?夜想曲の攻略対象は?」
「えっと……言ってよろしいんです?」
「えぇ」
イヴリン様は少し言いにくそうにして……覚悟を決めたように頷く。
そして……彼女は、口を開いて……その名を口にした。
「トイズ様、アダム様、デルタ総帥、ヨルハ団長……そして………ルイン様と精霊王様ですぅ」
「「………………」」
えっと……今、何を言ったのかしら?
まぁ、ルインは予想通りだったからいいわ。
まぁ、トイズ様とかアダム様は三大危険人物だし……総帥と女男は、それぞれの組織のトップだからかしら?
でも……最後の奴は。
最後の奴だけは。
私とルインは大きな息を吐く。
そして……。
「ちょっと‼︎誰か大精霊来てくれるっ⁉︎」
「精霊経由で話聞いてただろっ⁉︎」
私とルインの言葉に、しゅんと茶色の光が満ちる。
次の瞬間には、土の大精霊がそこに立っていた。
「………なっ…⁉︎」
イヴリン様が土の大精霊を見て硬直する。
しかし、土の大精霊は彼女を気にせずに溜息を吐いた。
『聞いとったぞい。まさか、攻略対象なるものに我らが王も含まれるとはのぅ』
土の大精霊は長い髭を撫でながら、私達の隣に座った。
ルインはちょっと面倒そうに彼に聞く。
「精霊王の反応は?」
『誰がビッチに攻略されるか‼︎と暴れておるよ。今、他の大精霊で抑えておる』
「………あー……」
精霊王にはヤンデレ奥様であるルーナ様がいらっしゃるのよね?
あんな精霊王が惚れてるみたいなのに、アイラと恋するのかしら?
『お嬢ちゃん』
「えっ、あっ……はいっ‼︎」
声をかけられたイヴリン様は、ギョッとしながら姿勢を正す。
『すまんが、それぞれのシナリオの大筋を話してくれるかのぅ』
「もっ……勿論です‼︎」
そして、イヴリン様はゲームのシナリオを教えてくれた。
《精霊と乙女と愛のワルツ》は、アイラ・ジキタリスが療養から戻って来た時点から始まる。
彼女は強力な精霊術師。
クリストファー・エン・エディタ殿下。
この国の王太子で、王道王子様。自分が王として相応しいのか?という葛藤をヒロインに癒してもらうことで距離が縮まっていく。
ジェームズ・スレイサー。
公爵家の嫡男で、俺様。我儘で傍若無人な振る舞いをしていたが、ヒロインに諭されて徐々に立派になっていく。
ギルバート・グライツ。
公爵子息で、放蕩息子。爛れた生活をしていたが、ヒロインに会うことで一途になる。
エイブラハム・ロリン先生。
学園の先生で、テキトー主義。テキトーに振舞っていたのは、実は自信のなさが原因で。ヒロインを通じて、徐々に変わっていく。
ブルーノ・マスア。
ヒロインに付けられた侍従で、クール。だが、共に過ごす内に互いに恋慕の念を抱き始め……身分の差に葛藤するも、最後は結ばれる。
シュラ・ファータ・ギィトン皇子。
隣国のギィトン帝国の皇子で、フェロモン系。留学生としてこの国に来ているが、ヒロインの真っ直ぐさに、徐々に惹かれていく。
《精霊と乙女と愛のワルツ〜夜想曲〜》は、学園の行事で軍部、近衛騎士団、精霊術師団の見学時にそれぞれの追加攻略キャラと遭遇するシナリオが追加された。
トイズ・フェンネル少尉。
軍人であり、紳士的な性格。しかし、その本性は残酷なハイエナ。だが、ヒロインがその本性を知っても離れなかったので、恋へと発展する。
騎士アダム・ネルック。
騎士であり、お馬鹿。馬鹿で猪突猛進だが、それは彼の獣人としての力を封じていたからで。それをヒロインが解決したことで懐いていく。
デルタ総帥。
軍人であり、軍部のトップ。おじ様枠で、高等部の行事(各組織見学会)で偶然出会う。なんとなく惹かれていく互いだが、年の差を気にする。
ヨルハ・リュオン団長。
精霊術師団団長で、自尊心が高いエルフ。行事の各組織見学会で出会う。最初はヒロインを見下していたが、へこたれないヒロインに興味を持っていく。
ルイン・エクリュ。
軍人で、ハーフエルフ。前作では《穢れの王》として立ち塞がったが、夜想曲ではそうなる前の彼との交流になる。ハーフエルフのため、エルフ達から迫害され、美しい容姿から軍部の同僚から慰み者にされ、王女の犬にされている。そんな絶望から、ヒロインが救う……。
精霊王
精霊達の主人。強い精霊力を持つヒロインに興味を持ち、時々お茶をするようになる。長い永い刻を生きるため、孤独感を味わっており……ヒロインが寄り添うことでそれを癒してもらう。
「「『………………』」」
そのシナリオを聞いて、私達は沈黙した。
それはそうでしょう?
だって、予想以上に複雑に絡み合ってるんだもの。
「悪役ポジションに立つのは、ネッサ様の他に誰がいるのかしら?」
「ルインルートでも出てくるクリスタ王女と、わたしですぅ。シエラ様は変わらず当て馬キャラでしたぁ」
……………あぁ……凄く面倒だけど。
現実とゲームの違いの比較をしなくちゃね。




