第26話 まぁ、ルインの補佐官だから只者じゃないわよね
よろしくどうぞ‼︎
僕、トイズ・フェンネルは至って普通の人間です。
軍人の家系(一応、伯爵家)の三男坊に生まれたので爵位は継げませんが……一人でも食べていくために、成人して早々に軍部に入りました。
まぁ、小賢しい性格をしてたので。
参謀である第三部隊に所属することになり、こそこそと頑張ること七年。
少尉の位を与えられると同時に、エクリュ中佐の補佐官になりました。
といっても、エクリュ中佐は元第五部隊所属なので書類処理などお手伝いできることは少ししかないんですけど……時々やって来られる婚約者様のためにお茶汲みぐらいはうまくなりましたよ。
そして今日。
エクリュ中佐の婚約者様は、一人の令嬢を連れて来られました。
水色のドリルヘアーはナンセンスですが、顔立ちはとても美しいです。
幼いながらも気品なるものを感じさせます。
彼女はネッサ・ロータル侯爵令嬢。
ただの軍人である僕なんかとは喋ることすらなかったであろう高みの存在です。
どうやら、シエラ様はネッサ様の婚約者様を始末したいようですね。
そして、中佐とシエラ様が入手した情報は不貞、辺境伯令嬢との肉体関係、妊娠、堕胎……え?
流石にヘヴィー過ぎません?
「という訳で、婚約解消しに行く?行くなら、先ほどの情報を他の人にも見せるためにも力を貸すけど」
って、エクリュ中佐っ‼︎
流石にいきなり婚約解消に行こうとか……可哀想過ぎませんか⁉︎
まだ若い女の子なんですよ?
ほら、完全に思考停止に陥ってるじゃないですか‼︎
「エクリュ中佐。流石にそれは急過ぎるかと思いますよ」
シエラ様大好きハーフエルフであるエクリュ中佐は、他の人に対する配慮が若干欠けています。
ずっと婚約していた相手の裏切りです。
傷つかないはずがないでしょう?
もう少し落ち着いてから話してあげて下さいよ……。
取り敢えず。
「ほら、泣いて下さい。ここには誰も、貴女が泣いたことを言いふらす人はいませんから……」
優しく微笑みかけてあげれば、彼女の目からポロポロと涙が溢れる。
「…………うっ……うぅぅうっ……」
唸り声を漏らすその姿はちょっと令嬢としては失格ですが、まぁ若い女の子ですからね。
仕方ありません。
「いっぱい泣いてしまいましょうね」
「うぅぅぅぅっ‼︎」
勢いよく抱きついてくる身体は、とても細くて華奢です。
僕は小さい子を慰めるように何度もその背中を優しく叩きました。
暫く経てば彼女は鼻をすすりながら、目を擦る。
ちょっと幼くて可愛らしいですが、目を擦ると腫れてしまいます。
僕は彼女の手を掴み、優しく撫でた。
「落ち着きましたか?」
「………お見苦しいところを……」
「いいえ、大丈夫です。それに大好きな婚約者に裏切られたら悲しいでしょう?」
「いえ、大好きではないです」
スパンッ‼︎と即答するネッサ様。
あれ?
「ただ……あんなクズのためにわたくしの貴重な時間を無駄にしてやったかと思うと悔しくて悔しくてっ……‼︎」
思わずズッコケそうになった僕は悪くないと思います。
いや、想像以上にネッサ様は強いお方だったらしいだけなんですけど……。
「………あ、そういう系の涙ですか」
「アイツの顔、ブン殴ってやりたいですわ‼︎わたくしが叩かれた分もっ‼︎」
「なっ、叩かれたんですかっ⁉︎」
「えぇ。シエラ様が治してくださいましたけど」
でも、流石にそれを聞いたら僕もその婚約者様に嫌悪感を抱きますね。
不貞を働いて他の女を妊娠させてまでいるのに、自分の婚約者を叩くなんて……人間のクズだ。
「なら、僕が始末しましょうか?」
「………え?」
「エグい罠を張るのが得意なんです」
これでも第三部隊にいましたからね。
搦め手は得意なんです。
そう提案したら、ネッサ様はふるふると首を振りました。
「駄目ですわ。お手伝いなら喜びますけど、ヤツを始末するのはわたくしの役目です。この手で地獄を見せてやるのですわ……」
そう言って不敵に笑うネッサ様は、とても美しくて。
オレは目を見開いてしまう。
だって、そうだろ?
この人が泣くのはオレが知ってる普通の女が泣くような理由じゃなくて。
やり返すこともできないような女じゃなくて、自分の手で始末しようとする……強い女。
弱々しい女よりも、そーいう凛と立つ女の方が綺麗だろ。
…………オレは、無意識の内に彼女の手の甲にキスをしていた。
「オレ、そーいう強い女、好きだぜ?」
「…………なっ⁉︎」
ボンッ‼︎と顔が真っ赤になったネッサ様を見て、ハッと我に返る。
危ない、危ない……ついつい本性が出かけてしまいました。
気をつけないと。
というか……ネッサ様の顔が凄まじく真っ赤になってるんですけど、大丈夫でしょうか?
「ネッサ様?大丈夫ですか?お顔が真っ赤ですよ?」
思わず彼女の頬や額に手を添える。
ピクリッ‼︎と彼女の身体が震えて……キッとこちらを見つめてきた。
「だっ……大丈夫ですわっっ‼︎」
「……………」
キリッとしてるつもりなんでしょうけど……潤んだ瞳に、微かに熱い吐息を漏らす唇。
その熱っぽい視線に、何故か顔が熱くなります。
互いに何故か顔が真っ赤になりながら見つめ合うこと数秒。
そんなタイミングで戻ってこられた中佐達の顔が、ニマニマしてるんで……余計に僕の顔が熱くなりました。
………………僕は一体、どうしてしまったんでしょう?
*****
ロータル侯爵家にやって来た私達は、早速ロータル侯爵と面会した。
侯爵、ネッサ様が隣り合って座り、私とルインが同じソファに座る。
向かいの席に座った侯爵は急過ぎて嫌そうな顔をしてたけど、まぁ仕方ないわよね。
「急な訪問をお許し下さい、ロータル侯爵」
「御託はいい。用件は?」
「では。ネッサ嬢の婚約者ギルバート殿についてです」
「………何?」
ルイン主導で先程と同じ情報を侯爵にも見せる。
そして……それを見たロータル侯爵は、顔を真っ赤にして激怒したわ。
「あの小僧っ……自分が公爵家嫡男だという自覚はあるのかっ⁉︎」
妊娠させた相手が悪いのよね。
辺境伯っていうのは個人の軍隊を持つことが許されているんだもの。
その辺境伯の一人娘よ?
辺境伯も自分の娘が傷物にされたことに怒っているみたいだし……ネッサ様と婚約解消して、自分の娘と結婚しろとも言ってるし。
グライツ公爵家では堕胎することを要求しているし。
相手の機嫌次第では武力行動に出るかもしれない。
まさに修羅場ってヤツね。
「………ちなみに…何故、エクリュ侯爵がこの件に関わってきた?」
ロータル侯爵がふとそんなことを聞いてくる。
……あー…まぁ、この件に関しては完全に部外者だものね。
気になるわよねぇ……。
ルインはその質問ににっこりと微笑む。
そして、隣にいた私の頬を撫でた。
「簡単ですよ?シエラの友達がネッサ嬢ってだけです」
「………何…?」
「いけませんか?」
私はネッサ様に笑顔を向ける。
ネッサ様も私に微笑んでくれた。
それを見てロータル侯爵は、大きく息を吐いた。
「………別に構わん。侯爵夫人となる令嬢なら問題あるまい」
「では、婚約解消をする方針でよろしいですか?」
「………どうやって婚約解消するつもりだ?」
ロータル侯爵の質問に、ルインは頬を掻く。
「…………それは俺の補佐官に考えさせようかと」
「………エクリュ侯爵が考えるんじゃないのか?」
「俺はそうやって考えるの、苦手なんです。力技で解決するタイプなので……ですから、元第三部隊の少尉に作戦立案を頼むのが確実かと」
「……………」
ロータル侯爵は怪訝な顔をする。
でも、私もルインじゃ無理だと思うわ。
貴族の裏事情が絡みまくってそうだもの。
「よし。取り敢えず実際に呼ぶんでそれで判断して下さい」
ルインが転移の精霊術を発動させる。
すると、一瞬でトイズ様が転移してきた。
「うわぁっ⁉︎」
トイズ様が書類を手放しそうになるが、それをなんとか取りまとめる。
そして……周りを確認して、眉間にシワを寄せてルインを見た。
「……エクリュ侯爵。転移させましたね?」
「元第三部隊の腕の見せ所だよ、トイズ」
「いや、質問に答えて下さいよ」
トイズ様は大きな溜息を吐く。
………うん、なんだかルイン付きになったばかりなのにもう振り回されてる感が凄いわね。
そして……ネッサ様、顔が凄く真っ赤よ。
「………彼は?」
ロータル侯爵が険しい顔で質問する。
トイズ様はスッと胸元に手を当てて、洗練された会釈をした。
「……お初にお目にかかります。僕はトイズ・フェンネル少尉です。エクリュ中佐の補佐官を務めております。元は第三部隊に所属しておりました」
「………ネイサン・ロータルだ」
「ロータル侯爵様でございましたか。無学ゆえ至らぬ点が多々あるかと思いますが、ご容赦下さい」
そして、スッとトイズ様はルインに向き直った。
「で、僕に何をしろと?」
「ネッサ嬢の婚約解消のお手伝いだね」
「…………はぁ……。で?どう婚約解消したいんですか?やろうと思えば取っ捕まえることもできますが?取り敢えず僕に相手の情報下さい」
「分かった。俺の精霊力を使って、トイズが求める情報全部集めてくれ」
「太っ腹ですね。ありがとうございます」
トイズ様はそう言って笑ったかと思うと……ガラリと雰囲気を変えた。
それはその、いや……さっきまでの紳士そうな雰囲気じゃなくて、獰猛な感じに。
「んじゃあ、精霊さん達。エクリュ中佐が精霊力を下さるんで……久し振りに本気出していきましょうか」
トイズ様が呪文を詠唱すると、周りにいた精霊達が大急ぎで情報を送り始める。
隣にいるルインもちょっとギョッとしていた。
「え?凄い勢いで精霊力持ってかれるんだけど?」
「そりゃあ作戦立てんなら相手の隅々まで調べんのが鉄則ですから。今回は超膨大なエネルギー源がありますから、出し惜しみなしです」
トイズ様、すっごく爛々としてるんだけど。
いや、この人、絶対血の気が多いタイプよね?
暫くして、トイズ様は困ったような顔をし始める。
そして、面倒そうに「うん」と頷いた。
「あー……エクリュ中佐。これ、グライツ公爵家ごと潰しましょう」
「なっ⁉︎」
ロータル侯爵がその言葉にギョッとする。
ルインは至って普通に首を傾げた。
「なんかあった?」
「グライツ公爵家、借金作ってます。で、それを返すために国の金を横領してますよ。確か、グライツ公爵って財務官でしたよね?ギルバート様をキッカケにして丸ごと潰した方が国のためですよ」
「うわぉ」
………いや、ルイン?うわぉ……じゃないわ。
それ、かなーりアウトよ。
「ロータル侯爵家との婚約解消をしないのは、一応、何かあった時の保険代わりみたいですね。持参金目当てみたいな……」
「「………………」」
「辺境伯の方は武力はあるけど金はないので、公爵家側はなんとか縁を切ろうとしてるみたいです。でも、辺境伯側としたら公爵家という高い身分と財務官と癒着できる機会を逃したくないみたいですね」
ロータル侯爵とネッサ様は絶句している。
やっぱり貴族って裏じゃ何考えてるか分からないわね。
「家に押し入ってもいいんですけど……揺さぶりかけて暗殺者放ったところを現行犯逮捕。んで芋づる式に炙り出したって態でいった方が罪は重くなりますかね」
「あれ?向こう、暗殺者とか使いそうなの?」
「まぁ……相手の性格をプロファイリングしたら、八割の可能性で放ってくるかと。国の金を使っちゃってるんです。余計なことを知った奴は始末したいでしょうしね」
トイズ様は大きく息を吐くと、柔らかな笑みを浮かべる。
………さっきの獰猛な雰囲気からガラリと変わり過ぎじゃない?
二重人格なの?
「エクリュ中佐。精霊力の提供、ありがとうございました。おかげで第三部隊にいた時よりも深く情報を探れました」
「あぁ……うん。どう致しまして」
ルインはちょっと苦笑しながら返事をした。
ロータル侯爵の方では、トイズ様を見て凄まじく険しい顔になっていて。
そして……彼に質問した。
「お前、本当にただの補佐官か?」
「え?あー……まぁ、はい。一応、軍部では《ハイエナ》と呼ばれてましたけどね」
「ぶふっ‼︎」
ロータル侯爵が思いっきり噴き出す。
いや、真面目そうな人が噴き出すとかびっくりなのだけど?
「お前っ……いや、君が我が国で絶対に敵に回しちゃいけないと言われてる人間なのかっ⁉︎」
「え?僕、そんな風に言われてるんですか?」
………………うわぉ。
「へぇ……トイズってそんな風に言われてるんだね」
というか、ルインも知らなかったのね。
ドラゴンスレイヤーの補佐官だから只者じゃないわよね。




