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trifle

作者: あさこ

 

 

 緑の床は綺麗だった。

 ほとんどの廊下は今朝の雨のせいでベトベトなのに、屋上に続く階段と廊下は朝日に輝いていた。

 わたしは昇っていた。

 屋上までの階段を、汗でベトベトになって、カッターシャツにブラを浮かせながら。

 わたしは上を向く。鬱陶しい前髪を垂らして、ぐっ、と先を睨んだ。まだ道は長い。


 

 カラカラカラカラカラカラ・・・・・・・・・・・・


 

 わたしの横で、自転車のタイヤの乾いたが音が響いていた。











 屋上に出るといきなり強い風が吹いて、折角開けた鉄の扉に当たられた。

 わたしは悲鳴も出せずに、自転車と一緒に倒れ込んだ。予想以上に大きな音がして、わたしは息を詰める。

 見上げたわたしを嘲笑うみたいに、鉄の扉がキィキィ揺れていた。


 打ちつけた膝や肘を見るとうっすら皮がめくれていた。でも血は出てなかった。よかった、とゆっくり立ち上がるけど、痺れるような痛みが全身から這い昇ってくる。

 自転車はタイヤをカラカラさせて横たわり、わたしの助けを待っていた。

 

 ごめん。


 と少し呟いた。起こしてあげながら、ごめんな、って。

 

 悪いけど、わたしはこれからあんたを壊してしまう。

 わたしの自転車の代わりに壊れてもらう。そして、わたしの代わりもやってもらう。


 

 フェンスに近づいて、金網の扉の鍵を、自転車の籠にのせてきたトンカチで壊した。ガンッと一発で壊れて錠前はひん曲がって落ちた。

 扉を蹴り開けると、空が広がった気がした。緑色の高いフェンスの向こうの空はホントの五月晴れ、五月の気持ちいい雰囲気を演出している。

 


 自転車のハンドルを撫でて、もう一回だけ謝った。

 

「ごめんな・・・」


 昨日河原でたまたま拾った自転車よ。冥福を祈る。


 


 わたしはこれから飛ぶ。




 自転車に跨り、一気に加速した。

 フェンスの向こうへ出て、屋上の端のでっぱった所にぶつかった時に少しスピードを緩める。後輪が浮く。前へつんのめる。

 

 そして落下。ジェットコースターに乗ったときよりも背筋が寒くなる。


「わああぁぁぁぁぁぁぁーーーー!!!」


 自転車はあっという間に地面に引き寄せられ、コンクリートにタイヤからぶつかった。タイヤはゴムが繋がっている部分から破裂して、ポンと大きな音を立てた。それから横に倒れて、ギアを何個か飛ばした。それらは凄まじい轟音で、授業中の静かな校舎に跳ねて響いた。



 わたしはその上。

 屋上から二階下のトイレの窓枠にしがみついている。下を一度見てみて、素速く中へよじ登った。中へ入ると、屈んで窓の外を見た。先生が二、三人向こうの方から駆けてくるのが見える。わたしは窓を閉めて、トイレを出た。









 わたしは今日欠席だから、このあとは自由。

 家と学校の両方にウソついて、わたしは学校であんなことをやらかし、そして今海にいた。

 

 海辺のテトラポッドの脇の防波堤に立って、昼の海を眺める。

 わたしの脳は、さっきのことを思い出してトランス状態。ホントにとんでもない事をやらかしてしまった。かなり怖かった。普通は死んでた。あれは奇跡だった。

 でも思い返すと、わたしはそわそわと立ち上がって歩き出す。大声で笑って、叫び出したい気分になる。

 防波堤の上を、両腕を広げ大股でゆっくりわざとらしく歩く。

 

 しかし今日は、なんか記念日にしたい気分。

 


 

 


 



 ***




 午後七時、わたしは勉強するわけでもなく、自分の部屋の机にむかっていた。

 マンションの六階から、ずっと向こうの真っ暗闇をぼ〜っと眺める。

 色々とよく分からないものがこびり付いたベランダのガラス戸。その向こうは山が見えて真っ暗。夜景なんてなくてつまらないけど、わたしはずっと眺めていた。


 頭が思い出すのは、この一週間。

 わたしは風邪をひいて一日学校を休んだ。高二になって初めて休んで、そのせいで次の日学校に行くことのしんどさを思い知らされた。

 もともと学校なんかキライだけど、これまではちゃんと行けていた。資格資格資格・・・と自分に言い聞かせて、雨の日も晴れの日もダラダラとやってきた。

 そして春。入学からちょうど一年経って、はた、とわたしは立ち止まった。

 あれ? って首を傾げて不思議顔。みんながダラダラと歩いていく中、わたしは独り留まった。

 だって、バイトもまだ一回もやってないし、バイクの免許もなんかうやむやのうちに結局取れてない。カレシも出来ない。結婚もない。どれも出来ることなのに、できてなかった。

 

 高校になったら、絶対やりたかったことが一つも達成できてないことに気づいて、ぷしゅ〜〜っと頭から空気が抜けた。わたしはへろへろと虚脱感に襲われ、床に崩れ落ちた。

 ダラダラ歩いてくみんなに、ピクピク震える手を伸ばして、おぉ〜い……と擦れた声を上げる。待ってくれよみんな。


 つまんないよお前らー!




 叫んで、逃げ出すつもりだった。でも最後に、いたちの最後っ屁、あんなことをやってみたくなった。気づいたらホントにやってたからビックリだ。

 後先考えずにやってしまって後悔はあるかというと、全く、ケジラミほどもなかった。


 わたしはただただ、ほぅ……、と物憂げな表情で、実際のところ何も考えずにガラス戸の外を眺め続ける…、


 春休みにガラスの掃除はしとけばよかった……



 ―――コン、コンコン、コン………



「っ、なに?」


 ガラス戸の向こうに紙飛行機が現れた。


 突然の事にわたしは驚いた。紙飛行機の先がガラス戸を叩きながら降下していくのを追って、わたしは立ち上がりガラス戸を開けた。

 ぱさりと紙飛行機はベランダに落ちて動かなくなる。

 わたしは拾いあげるよりも先に、ベランダの外の暗闇に目を落とした。とりあえずどこから来たか、ということが気になった。ベランダから頭を出して、周囲の建物を見回す。目の前にはこのマンションより高いビルなんかない。えぇ……っ、どっから来たんだこれ…。

 サァっと背筋に寒いものが通ったような気がした。そしてふと、下を覗いてみると、


「あ…?」


 街灯に煌々と照らされるエントランスに、少し小さく人影が見えた。

 その人影はわたしが見つめているのに気づいて、焦ったように近くの木の下に逃げ込んだ。


「なにあの人…?」


 まさかあの人が飛ばしてきたんだろうか。地上から? どうやってだ。

 わたしは紙飛行機を拾い上げ、広げてみた。中には自転車の絵が描いてあった。園児が描いたようなヘタクソなクレヨン画だった。が、


「……」

 

 わたしは、とても、驚愕していた。

 これを、わたしに送りつけてくるなんて、今日のことを知ってるヤツじゃないのか。見られてた? そんなことはないはずなのに。

 強張った背筋を曲げて、もう一度頭を乗り出して下を覗いた。あの人影はまだ隠れているのか、姿はなかった。

 変質者なら、かなり怖いな。いや、事情を知っているのなら同じ学校のやつなのかも。もしかしたら脅されたりするのかもしれない。


 乾いてきた唇を一度舐めて、紙飛行機をもう一度適当に折り直して、右手に構えた。そして、六階分下にあるアスファルトめがけて落とした。紙飛行機はふわふわと優しい風に乗り、わたしが見つめるうちにゆっくりと落ちていった。


 わたしはそんな脅しには屈服しない!

 という気持ちを具象化した行動だった。


 ちょうどあの人影が隠れた木のてっぺん辺りにさしかかった時、落下が止まったように見えた。風が吹いて止まったんだと思った。すぐにまた落ちていくんだろうな、って。

 

 でもそのまま紙飛行機は動かなかった。時間が止まったように空中で静止している。

 瞼を、擦ってみた。


 紙飛行機はそのうち動き出した。くるくる、円を描いてゆっくりとまた落ちていった。

 現れた男の手の中に、しっかり収まった。


 男は私を見上げている。強い目で。

 男が小さく口を動かすと、わたしの耳元で聞き知らぬ声が囁いた。


「降りてこいよ、天野」

「ぃ……っ!?」


 ビクッと反射的に肩を竦める。周りを慌てて見回しても、誰もいない。


「な、に……!?」

「そんなに怖がんなよ。いいから、降りてこいよ。」

「はぁっ!?」


 また囁いてきた声にぞくぞく体が震え、しゃがみ込んでしまった。


「なんで、あたしの名前しってんの、なに、なんなのキモイ!」


 くすぐったくて、耳の辺りを掻きむしった。荒くなる息と早くなる鼓動に焦って、頭のなかは真っ白だった。


「キモイって言うなよ…。俺、同じ学校の生徒なんだけど。大丈夫だから降りてこい」

「こっちの声、聞こえんのかよ・・・! あ、あたし、知らないし!」

「違うクラスだし、仕方ないだろ。天野、俺なんて興味なさそうだし」

 

 自嘲気味なその言葉。彼はわたしの事をよく知っているみたいだった。


「…ストーカー?」

「違うっつの!」


 立ってみる。まだ震える足でベランダの柵に近づき、下を覗いてみる。

 一人の男がわたしを見上げ、大きく手招きしていた。


「…畜生。」


 わたしは悪態を吐いた。理由なんかしるか。なんかイライラするんだ。

 でもわたしは部屋に戻りベランダのガラス戸を閉めていた。





 


 ***




 なんか着替えて行くのも癪で、わたしは灰色のスウェットの上下、というなりでエントランスへ出た。

 街灯が照らす木の下に男が待っていた。わたしは思い切りのブサイク面で近づいていく。

 近づいて男の顔をよく見てみても、やっぱり知らなかった。前髪が鬱陶しそうな黒髪の、それほど長身でもない普通の男だった。


「よかったよ、来てくれて。」

「……」


 男がふふっと笑うのを、わたしは下から睨みあげる。あからさまに敵意を露わにして、ガンを飛ばし続けた。


「悪かったって。急にこんなことしたのは。ごめん。でも聞いて欲しいことがあるんだよ。」


 ほら、と男は手の中の紙飛行機を宙に飛ばして遊び始めた。自由にされた飛行機は、でこぼこ、くるくると自在に動き回った。

 

「…名前、くらい名乗ったら。」

 

 わたしは紙飛行機を見ている。今はロケットの打ち上げのように、地面に対して垂直に飛んでいる。 


「沖田友佑。2年C組。」

「…ふぅん。知らない。」


 沖田友佑はずっとわたしの横顔を見ているみたいだった。わたしはあえて目を合わせないようにする。


「やっぱそう? 体育の合同練習の時一緒になったんだけどな。」

「覚えてねぇ。で、なんなの?」


 沖田はTシャツの裾をひっぱり、勿体ぶったふうに喋りだした。


「今日さ、天野、やばいことしなかった?」

「ああ、あの自転車飛び降り事件でしょ。やったやった。あたしがやった。」


 先にすべてを告白され、沖田は目を瞬かせた。焦ったように頭を掻いて、


「あ、あの、なんつーかおかしいと思わなかった?」

「なにが?」


 わたしは心底つまらなそうに鼻の下を掻いていた。…ちょっとだけハナクソが気になるようなきがする。


「あれだよっ! ほら、あんなことして普通助かるわけないじゃん!? でも天野は生きてた。おかしいと思わなかった?」

「べっつにー。あたし色々考えて、掴まれるように下のトイレの窓開けといたしねぇ。」

「やっ、でも、普通無理だろ? 練習とかもしてねぇしさ。あんな状況で冷静に窓枠掴んだりとか、できないって。」

「なんであんたにわかんのさー。」


 熱弁する沖田を横目に見やり、わたしはため息を吐いた。…いっそ激しくほじってやろうか。


「じゃあさ、その時の状況教えてくれよ。どんな感じだった?」

「…んん…。……おぼえてない」

「は?」


 確か、あの時は、目を瞑ってた。本当はいち早く窓枠を視界にとらえて、捕まらなければならなかったのに、何度もイメージ練習をしたのに、わたしはぎゅっと硬く瞼を閉ざしていた。でも、それでも手は動かしていたことは覚えている。そして気がついたら窓枠にぶら下がっていたのだった。


「だからホントに奇跡だね。あれは。もう一生分の奇跡使ったくらいの勢いの。うんうん、すごいすごい。で、それが?」

「お前な…。そんなわけないだろ! 奇跡なんかあの状況でおきねぇよ。俺、ずっと見てたんだからな」

「は!? 何だよやっぱストーカーかよこの変態ちんこ野郎!」

「はぁ!? ちげぇよ、なんだよちんこ野郎ってっ!」


 ちんこって……、と沖田がその言葉に驚愕している隙に、わたしは思い当たる。


「…もしかして、あたしが助かったのって、沖田のせい?」


 沖田はわたしの事をずっと見てたらしい。そしてその沖田は超能力者だ。

 沖田はちんこのショックから立ち直り、深くため息を吐いた。


「なんで全部先に言うんだ…。そうだよその通り。俺はその時ホントに偶然、授業中に先生に頼まれ物して廊下を歩いてたんだよ。そしたら天野が屋上にいて、飛び降りようとしてて」

「で、その力で助けた?」

「そう。」


 沖田は頷いて、その夜闇が映って一層黒い黒目がやっぱりわたしを見ていた。

 わたしは鬱陶しげに左半身をぼりぼり掻きながら、


「じゃあ今日会いに来たのって何のため? 恩でも売りに来た?」

「違うって。理由聞きたいだけだよ」

「理由? なんの?」

「なんであんな事したのか。」


 それ聞いてなんになる。沖田友佑には全くカンケーない。つか帰れ。

 そうキツく言えば、沖田は諦めたのかもしれない。

 

「…聞きたい?」

「うん。聞きたい」

「鬼聞きたい?」

「お、鬼聞きたい」


 今日はなんかの記念日だ。特別に、絡んでやってもいい、と思った。


「今日は教えない。つかメンドイ。また今度な。」


 わたしはそれだけ言って、キティちゃんスリッパをはき直して歩き出した。沖田は後ろから声を張り上げる。


「教えてくれよ本当に、また今度! あ、明日は学校来るよな!?」

「明日は土曜だインポ野郎。」


 あぁ……、という沖田の情けない声と共に、まだ宙を舞っていた紙飛行機がわたしの上にフラフラ落ちてくる。

 頭上に降ってきたそれを掴み取り、ポケットに突っ込んだ。 








*** 




昼も近くなって出かけようとしたときに、やっと今日は雨だったことに気がついた。

 ドアを開け放したまま、ぼーっと曇り空を眺めて、傘を探すのが面倒だと思った。

 わたしは天気なんか気にしたことがない。天気予報士じゃあるまいし、そんなの気にし無くったってわたしたちの頭の上にはいつだって都合のいいモノがあるんだから。

 屋根とか、傘とか、帽子とか。わたしは色々突っ込まれた可哀想な傘立てからでっかい花柄の傘を探し当て、差すことができた。

 

「今日、せっかくの休みなのに雨降ったな。あーぁ、晴れたらよかったのになぁー」


 だからなんか、こうゆうセリフを吐かれると妙に腹が立つ。

 そしてなによりタイミングと相手も大事だ。


「やっぱストーカーじゃねぇか、変態。」

「違うって。ほんと今日はたまたま。俺も驚いてるし」


 駅前のCDショップに沖田友佑が現れた! 天野は苛々している! コマンド、死ねと念じる。

 超能力者ならわたしの念を感じ取ることが出来るのかも知れないと思ったが、沖田はへらへら笑顔だ。わたしは一睨みの後、手にとっていたCDを買って、さっさと店を出た。

 その後を沖田は当然のようについてきた。

 

「な、天野これからどうすんの? よかったらどっか行こうよ」

「コマンド、帰る以外になんもねぇ」


 沖田は妙に笑顔でまとわりついてくる。なんだろうか、昨日ので仲良くなれたとか思っているんだろうか。それなら全くの勘違い。


「じゃあ話だけっ! 昨日の話、して欲しいんだよ」

「……そんなに聞きたい? あたしの話なんか。」

「ああ。聞きたい。」

「ふぅん……。じゃあ、いいよ。そこのベンチ座ろう。」


 わたしが指さしたのはバス停のベンチだった。上に屋根はあるものの、バスにも乗らないクセにグダグダと話し込むような場所じゃない。

 わたしは気にせずどっかりベンチに座り込み、沖田もおずおず、隣に座った。


 タラタラ降り続く雨が道路を濡らしているのを見ながら、ゆっくり傘を畳んでいく。沖田はさっさと傘を畳んで、わたしの方に身を乗り出してきた。


「で、さ。理由、教えてよ。」

「なんでそんなに楽しそうなんだよ……。まぁ待って。」


 傘を畳み終え、ベンチに立てかける。う〜ん、理由か。


 どっからどう話そう。この一週間の辻褄を合わせていく。


「まずねぇ、あたし学校やめるつもりなんだ。それで―――」

「―――え、待って! ぁ、いや悪い。それで?」

「最後まで聞けよ。それで、」


 ちょっと自棄になった。わたしにとっては無駄な場所だ、最後に一度だけあんなことをしてみたくなった。辞めるって決めてからずっとそんなことばっかり考えてて、気がついたら実行していた。そう正直に話した。


「……死んでたかもしれないのに?」

「…ああ……、うん」


 この一週間は、靄がかかったみたいに虚ろだった。ずっとアノ計画を頭の中で練って、学校でぼーっとして、家に帰っても何もせず。そして自由になれたはずの記念日の次の日も、わたしは虚ろな靄の中にいた。


「……天野、もしかして、死にたいの?」


 あたしがばかだからか。

 

「死ぬ、かぁ…。いいねそれも。」

「バカかよ、 そんなんいいことねぇよっ」

「一人くらい居なくなっても大丈夫だよ。人間は永久不滅。男がセックス大好きなうちはね。」

「お前な……」 


 

 いいや、ばかはお前だ。


 

 死ぬなんて、真面目に言ってんなよ。こんな何も出来ない人間が、死ぬ勇気なんかあるわけ無い。あんな学校からも逃げだそうとしてるわたしが、死ぬ? つまらなすぎる。


「どした?」


 わたしはいつの間にか手にしていた傘の柄に額を擦りつけ、俯いていた。それが苦しそうに見えたんだろうか、沖田は覗き込んでくる。ほら、弱い人間だ。

 こうやって弱い部分をちょっと覗き込まれただけで、わたしの井戸はカラカラに、痛いくらい干上がる。

 

「超能力者なら、わかってみなよ」


 ぐっと低い声で、沖田に唸る。沖田は息を詰め、そして、


「……実は、超能力なんてウソなんだよ。あれは、天野の気を引くための芝居だったんだ」


 何を言うかと思えば。


「飛行機は、ワイヤーで吊ってて、助けたとかも嘘。たまたま見たのはホントだけど、あれはホントに天野の奇跡、っつーか…。天野、すごいよな。あんなことやらかして奇跡起こして助かって、超能力よりすごくね?」


 沖田はひとり、ぺらぺらと喋った。わかったよ。

 沖田友佑は本当にばかだった。


「……沖田ゆうじ、」

「あ、何? …友佑だけどさ」


 柄から顔を上げる。


「ジュース、買ってきて。喉乾いた。」

「は…? なに、いや財布渡されても……」

「自販近いから。そこ、ほら。頼むって、何でもいいから」


 沖田の肩を押し、無理矢理ベンチから押し出す。沖田は道路に転がり出て、そのまま向こう側へ渡っていった。


 雨が止んでいることにやっと気づく。わたしは曇天を見上げた。

 ねずみ色の汚く濁った空。焦げた綿飴みたいな雲が何個も偉そうに浮かんでいる。


 そこにひとすじ、真っ白な線がひゅーっと引かれていくのが見えた。わたしのちょうど真上。その線は長く真っ直ぐに伸びていき、時折くるんと円を描く。まるで幼稚園児が鷲掴みで握るクレヨンで描いたような、お絵かきだった。



「………紙飛行機雲。」



 つまんないよ。

 ちょっと、笑ったけどな。  

  





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