魅了の正しい使い方〜同調圧力って怖いね〜
どうも皆さんこんにちは。the・庶民だと思っていたら王族の庶子だったらしい、ヒロインのマイネ・リーベです。あ、ヒロイン名乗るとか痛いとか思いました?心から同意したいんですけど、これが事実なんですよねー。
私、日本人だったんです。で、ここは私の知っている小説の世界にそっくりで、私はそれの『ヒロイン』に何から何までそっくり合致するんですよねー。
――まあ、悪役令嬢ものですけど!そして私が前世を思い出したのはついさっき!止めにもう婚約破棄が起こる卒業パーティー間近、婚約者枠の王太子も攻略済みです!
……死にたい。
えっと、弁解をさせて貰うと……このヒロイン、悪意はないんです。ただお花畑で、魅了持ちって設定だったんです。周りが何故かちやほやしてくれるの、みたいな。そんな彼女に婚約者だった王太子を誑かされ、婚約破棄され嘆く公爵令嬢の元に現れる隣国の王子……みたいな話でしたね。ヒロインはその後王妃になりますが、国は滅びました。デスヨネー。
ざまぁらしいざまぁが無いのが唯一の救いですが……無理です。王太子殿下は結婚相手として無理です。卑屈すぎます。
それと、悪役令嬢である主人公のキリア・ゼーンズフト嬢はすっごくいい人なんです。王太子のカイーブ一筋で、貴族社会の常識がないマイネに柔らかく注意するっていう。マイネがぼんやりぽわぽわしてたせいで勝手に周りが勘違いして悪者扱いされるって、あんまりじゃないでしょうか。しかも美少女。にも関わらず、隣国の王子リスティヒさんは腹黒ヤンデレストーカーで、王太子を嵌めて婚約破棄させるんですよね。マイネの能力にも気付いてたけど放置して。ダメだ。キリアさんが可哀想すぎる。おまけに王太子と実は両片想いだったんですよね。王太子は自分の気持ちに気付いてませんでしたけど。
現状は限りなく詰みに近い……絶望する私に、天啓が舞い降りました。
「いっそ場に揃うであろう人々片っ端から魅了して、魅了と同調圧力でW王子黙らせればいいんじゃね?」と。
ええ、それからはすっごく大変でした。学園駆けずり回って面識の無いご令嬢方中心に話し掛けまくりました。小説内のマイネは魅了持ちである事を知らなかったのですが、魅了の力があると分かってしまうと扱いも簡単ですねコレ。図書館に「正しい魅了の使い方」とか置いてありましたしね。
最初の内は影でコソコソ言われてたみたいなんですけど、半数近く魅了したら、「ねえ、あの女子生徒、庶民の癖に……」「マイネさんはとっても可愛いわよね(おめめぐるぐる)」「そ、そうですわね」みたいな感じになったみたいです。やったね。後でそのご令嬢とはちゃんと「お話」させて頂きました。
とまあ、こんな調子で迎えた当日。
「キリア・ゼーンズフト、君との契約を破棄させて貰う!」
「そ、そんn」
「わあ、遂にご結婚なさるんですか?おめでとうございます!キリアさんと殿下の結婚式なんて、とっても素敵だろうなぁ……ティミッドさんもそう思いますよね?」
「マイネさんがそう言うならそうだと思います」
「そうですわね」「そうだよな」という周囲の反応に、冷静になった(と言えるかは微妙ですが)王太子殿下。
「そ、そうか……それも検討するか……」
「「えっ……」」
今綺麗に声がハモりましたが、ニュアンスは真逆でしたね。キリアさんは頬が赤いです。いやぁ可愛い。流石は主人公、愛らしさが違う。
一方、リスティヒさんは目に見えてイラつき出しましたね。計画通り行かなかったのが不服みたいです。あ、何か動くみたいですね。
「待て。その程度で意見を変えるなんて、王族としてはお粗末だな。キリア嬢、彼ではなく、私t」
「私、キリアさんぐらい素敵な方は、殿下にこそお似合いだと思うんです!ポルトロンさんもそう思いませんか?」
「そうね……カイーブ殿下とキリア嬢はお似合いよね……」
「そうですわね」「そうだよな」という周囲の反応に、何かもごもご言って引き下がるリスティヒさん。見たか同調圧力の力を。
キリアさんはもう耳まで真っ赤ですね。可愛い美少女は世界の宝です。
「キリアさんって本当にお綺麗で、可愛らしい方ですよね。皆さん、そう思いませんか?」
「そうですわね」「そうだよな」と場の空気がキリアさんの可愛らしさを称える方向に行ったところで……殿下の魅了を解除!解除はやった事無かったんですけど、ちょっとは練習したし、基礎の基礎らしいので行ける、はずです。
「……!?」
「ど、どうかされましたの、カイーブ様!」
「い、いや……」
「お似合いね」「お似合いだな」「キリア嬢は可憐だな」
「……」
「カイーブ様、まさかお体に何か!?」
「い、いや、その……キリアは、可愛いなと……」
そうですよね。自分に対し好意を隠さない美少女ですからね。殿下が私にコロッと行ったのは、魅了と、キリアさんへの劣等感と、キリアさんの堅い態度が原因です。一つ目は今私がどうにかしましたし、二つ目と三つ目は「キリアさんに愛されている」という自覚があればどうにかなるでしょう。
つまるところ、もう二人はただの初々しいカップルです。
「な、え……!?」
「あ、その、気を悪くしたならすまない!」
「い、いえ、そんな事っ!」
……まあ、後は放置して大丈夫ですね。
私は全員の魅了を解除すると、宰相さんの元へ向かいました。
「隣国の王子が、殿下を嵌めようとしていた証拠です」
「……まさか本当に揃えてみせるとは」
「無自覚とはいえ、私、王太子殿下を含む貴族の方々に魅了を使ってしまいましたから。それを見逃して下さるのなら、これくらいお安い御用です」
「しかし、学園の教師を誤魔化せたならまずその力は気付かれないだろう。何故わざわざそれをこちらに明かした?」
「不敬かもしれませんが……私、殿下とキリア様に、結ばれて欲しかったので」
私はこれでもなろう作家で、生前は小説を書いていました。
その中の一つのタイトルは「婚約破棄されたらストーカーと結婚する事になりましたの」。
まあ、そういう事です。
この話、巷のブームに乗ろうと思って書き始めたはいいのですが、書いててあまりにキリアが可哀想で。それで、続きが中々書けなくて……エタりました。
そしてここに転生して、キリアに出会って……記憶を思い出して、「キリアを幸せにしないと」って思ったんです。
可愛い美少女は世界の宝ですし……何より、私は彼女の親でもありますし、彼女を不幸にしたのは私ですから。
リスティヒにも当て馬として創った婚約者がいるので――改めて考えるとこいつほんとアレだな――、どうにかなるでしょう。
そういう事で、このお話はめでたしめでたし。
……で、それからの私は。
「宰相さーん、例の情報、掴んできましたよ」
「本当にお前はよく分からない働きを見せるな……」
私は現在、宰相さんの元で働いています。もっとアレな言い方をすると、魅了をフル活用した諜報員です。
魅了持ちはそんなに多くないというのは知っていましたが、ここまで強いのも珍しいそうです。てっきり弱すぎて気付かれないのかと思っていましたが、曰く「大きすぎて視界が埋め尽くされた為に見えないというのに近い」そうです。私になる前のマイネが無自覚に魅了を扱えたのもそれ故との事。
そんな訳で、訓練を積んだ私は恐らく世界最強……最凶?の魅了能力の持ち主です。相手が男だろうが女だろうが、本人がよっぽど防御を固めていなければ吐かせられます。一部では私に少しでも心を開いたら最後、なんて言われているそうですが、ちゃんと変装してますからバレる事はまずないですし。
そして、私は宰相の右腕として働いてきたのですが……
「もう歳も……」「まだ独身で……」「跡継ぎは……」
宰相さん、五十路なのに浮いた話の一つもないんですよね。公爵家の当主だというので、そろそろまずいと思うんですが。
で、私こう見えて、枯れ専なんです。宰相は性格が苛烈、なんて言われていますが、いい上司ですし。
「嫁に貰ってくれません?」
「言う相手を間違ってはいないか?」
「私は本気ですよー」
「なら魅了を掛ければいいだろうに」
「好きな人をそれで落としても虚しいでしょう?」
「お前、そういう所だけは本当に真面だな」
――私のお話は、まだまだこれから。
同調圧力は怖い(体験談)