夜は未だ明けず、されど星は輝く7
感想ありがとうございます
「次っ!」
このまま留まっていても血に誘われた魔物が集まってくる。今できるのは各個撃破、集団に出会えば対処できる自信はない。
不意打ちから一撃で仕留めるのが理想。敵を探すのと同時に隠れることができる物陰や、小道も同時に探していると、ソレは現れた。
「っ!?」
空から落ちてきたのは岩石でできた巨体。全長十メートルほどの体躯はずんぐりとした悪魔の形をしており、同じく石で出来た棍棒を持っている。
「■■■■!!」
石で作られた棍棒を振り回せば辺りの建物が瓦礫に変わる。
有り余る力をがむしゃらに振りまく存在は、瞬の事を敵とも判断していない。
「クレイデーモン……!」
棍棒を振り回すたびに発生する突風に踏ん張りながら、石の怪物を睨む。
クレイデーモン。魔族が魔法で作り出したコアと呼ばれる球体が、周囲の瓦礫を素材にして生まれる自立兵器だ。
「本気で潰しにきたか」
クレイデーモンは重要な拠点や城砦を攻め落とすのに使われる魔族の対城兵器だ。
それをここで使ってきたという事は、この王国を本気で落とすつもりらしい。
「■■■」
「くそっ!」
建物を薙ぎ払っていたクレイデーモンが、遂に瞬を獲物として認識した。
石で出来た巨躯を持ち、特殊な能力はないがタフネスとパワーはすさまじく、それが空さえ飛べるというのだから災害に等しい脅威だろう。その災害に打ち勝てるビジョンが今の瞬にはない。
「■■■■!」
雄叫びを上げ棍棒で瞬を潰すために走り出す。瞬はどうにかして危機を乗り越えるために必死に思考を回すが、どんな策をもってしてもクレイゴーレムのパワーやスピードに意味をなさない。
振り下ろされる棍棒。大質量による圧殺を、全力で横に飛ぶことでギリギリ避けるが、棍棒が起こす衝撃波と巻き上げられた小石が瞬の体を打ち付ける。
「ぐ……」
ゴロゴロと地面を転がり、体に広がる鈍い痛みに顔を顰めながら敵を見ると、既に二撃めのモーションに入っている。
再び振り下ろそうとする棍棒を避けるため、ボロボロの体に鞭を打ち、急いで立ち上がると、
「待ちなさい」
この場に似合わない理知的な声がクレイデーモンの動きを制止する。
「あなたは別の場所を探しなさい」
クレイデーモンは声のいう事を聞き、別に場所に飛び立った。
代わりに降りてきたのは、蝙蝠と人を混ぜたような異形の姿。身に付けている服がスーツに似ており、それが異常をより際立たせる。
「お前は」
降りてきた異形を見て、瞬は更なる冷や汗を流す。
クレイデーモンからソレがいるとは思っていたが、まさか目の前に現れるとは。
「黒髪に黒眼、あなたですね。王国が呼び出した勇者というのは」
「魔族!!」
魔物の血と力を持つ異形の人型。人類の天敵が王国に現れた。
「おや、私の事をご存じで?」
「そんな事はどうだっていい。なぜ魔族がこんな所にいる」
余裕を見せるようにお道化る魔族。そんな態度が気に食わず、切って捨てる。
「つれないですねぇ、まあいいでしょう」
目の前の魔族はこちらを見下している。この隙をつければもしやとも思うが、彼の魔族としての力が厄介に過ぎる。
魔族は魔物の力を持つ種族だ。それ以外にも巨大な魔力を持ち、人とは違い自然界の魔力を吸収する必要もなく、自分たちの体内で充分な魔力を生産できる。目の前の魔族は特徴からしてテラーバットと呼ばれる魔物の血を引いている。
「私の目的ですが――」
「くたばれ魔族!!」
魔族が口を開いた隙を見て、瞬の背後から槍を持った兵士が突撃をする。それと同時に潜みながら背後をとっていた剣を持つ兵士が背後から魔族を襲撃。片方を囮として不意をつく作戦だが、瞬は瞬時にこの作戦が失敗すると確信した。
「ダメだ逃げ――」
「ふふ、あなた方、私を舐めすぎでは?」
槍の穂先を向け突進してくる兵士。その槍の先端を掴み、槍ごと兵士を引き寄せて強烈な拳を胴体に叩き込む。
瓦礫の中に吹き飛ぶ兵士の分まで怒りを込めて、背後をとった兵士が剣を振り下ろすが、魔族はそれが分かっていたように後ろを見ることなく綺麗な廻し蹴りで兵士の脇腹を捉え、先ほどと同じように瓦礫の中に吹き飛ばした。
「まったく、兵士の質が落ちたとは聞いていましたが、まさかここまでとは」
持っていた槍を放り投げ、改めてこちらを振り向く魔族。今の攻防を当たり前のようにやってのける姿を見て、瞬は一層確信を深める。
テラーバットは二メートル程もある巨大な肉食蝙蝠で、特殊な能力はないが持つ魔力を全て体の強化に当て、自らが発する超音波で敵を捕らえる。目の前の魔族もまた周囲に超音波を発し、周囲を見ることなく把握しているのだろう。
「おっと、そうでしたね、ここに来た目的ですが」
余裕を見せるのは広い索敵範囲を持つから。目の前の相手は強力な身体能力を持ち、なおかつ不意打ちが効かない厄介な相手。
「聖剣を確保しに来たんですよ」
クレイデーモンより厄介で強力な敵が瞬を見る。
「聖剣だと?」
「えぇ、正直な話ですね、王国に手を出すつもりはなかったのですよ。どうせ滅びる運命なのですから」
魔族は心底面倒くさい表情で瞬に語る。
「王国が滅んだ後に、私たちがこの地を平和的にいただく手はずだったのです。この地は我々にとっては都合のいい状態ですので」
自然の魔力を必要としない魔族や魔物にとって、この地は理想的だった。魔族達にはなんの影響もないが、人間達にとっては魔力を吸収できない不毛の土地。人間が魔力をこの地で回復するには消耗品に頼るしかなく、そんな方法では長い戦闘ができない。
魔族にとってこれほど使いやすい土地はない。
「ですが、状況が変わりました。この地の王族が新な勇者達を呼んだことで、我々も方針を変えることになったのです」
王国が起こした最後の抵抗は、魔族としては見過ごすことができないものだった。聖剣が龍脈を塞いだままでほしい魔族にとって、聖剣を引き抜けるかもしれない勇者達は邪魔でしょうがない。
「そういうわけで、あなた達が聖剣を引き抜く前に、私たちが確保することにしました」
実はもう一つ目標として勇者召喚の陣もあるが、龍脈の魔力を動力とする以上、次に溜まるまでかなりの時間が必要になると分かっているため、こちらの優先度は低い。
一番の目標である聖剣を見つけるため、魔族は瞬を視線で射抜く。
「ですので、聖剣の場所を私に教えなさい。そうすれば、痛みもなく葬って差し上げましょう」
「誰がお前の言うことを聞くかよ」
手を差し伸べてくる魔族に対し、瞬は剣を向ける。
徹底抗戦の構えに、魔族は面倒な表情を浮かべた。
「では、ほどほどにいたぶってあげましょう。死ぬほど痛いので、早めに吐いた方が身のためですよ」
魔族の体が弾け飛ぶ。構えも呼び動作もなしに、推進器でもついているのではと見間違うほどのスピードで瞬に迫る。
(速い!)
振りぬかれる拳を見ながら、全力で体を伏せる。瞬の眼は確かに魔族の挙動を正確に捉え、その情報を基に思考し、次の行動に移ろうとするが、体が思う様に動かない。
鉛のように重い体を何とか伏せることに成功し、魔族の一撃目を避けることに成功したが、それを確認した魔族が足元の瞬に蹴りを放つ。
「くっ!」
「ほう?」
目前に迫る蹴りをどうにかして防ごうとするが、体が反応することがない。体が動かないならばと、この速度に対応できる思考を回し、蹴りの着撃地点に魔力を展開。渦巻く夜が盾の代わりになり、砕かれこそしたが大幅に威力を削ぐことに成功した。
威力を削いだ蹴りを体に受け、その衝撃を利用し転がるように吹き飛びながら再び距離を稼ぐ。
「魔力を膜のように展開して威力を削ぎましたか」
蹴りの感触から推測した瞬の行動に称賛を送る。
「あなた、随分とチグハグですねぇ、眼と思考は私に追いついているのに、体はずぶの素人だ」
歴戦の戦士の意識を素人に植え付けたようなチグハグが、今の行動で浮き彫りになる。
眼は適格に魔族の挙動を読み取り、思考もそれに追いついている。魔力操作もかなりのものだ。しかし、肝心の体がそれに追いついていない。
「決めました。あなたはここで殺します」
手加減もなく、確実にここで殺すと宣言し、先ほどは見せなかった構えをとる。今の攻防で瞬を危険と判断したのだ。
「やってみろ」
対する瞬も切り札を切る。
体に貯蔵する魔力を、魂に触れることなく無色透明なエネルギーとして血管に張り巡らせる。身体に血液が体を循環するように、魔力というエネルギーが身体を巡る。魔力を用いた高難度技術。肉体強化。
魔力に体が染まり、湧き上がる力に瞬は顔を顰める。身体能力の向上は魔力消費が多く、今の瞬では数分持つかどうか。その間に何とか勝つ手段を整えなければ敗北は必須。
「死になさい」
「はあ!!」
二人が激突する。
***
瞬が戦っている間、他の生徒達はサンドラに先導されて聖剣が刺さっている教会に避難していた。
「どうなってるのよ!」
「誰か助けて……」
建物が崩壊する音が聞こえる度に、生徒達から悲鳴が上がる。
「ここに避難するのはいいけれど、いつまでもここに居るわけにはいかないよ」
身を寄せ合い、恐怖に震える生徒達を見ながらシスターアンナがサンドラに話しかける。
「わかっています。ですが、現状はここ以外に行くところは……」
聖剣を保管する教会であるため、それなりの防衛機構は存在する。今現在は魔物や魔族を通さない結界が周囲に張ってあるが、この結界は元々龍脈からあふれ出る魔力を動力源として発動することが前提であり、今の龍脈から供給される魔力ではどれだけ耐えれるか分からない。
敵が王都に攻め込んできている以上、ここもいつ見つかるか分からず、現状救援も見込めないため待つだけでは解決に繋がらない。
「王族専用の避難経路は使わないのかい?」
「それはお父様と大臣達が使われていまして……」
「なるほど、彼らは囮か」
アンナの言葉を否定するべきサンドラは、その言葉に苦虫を噛んだ表情で俯く。
サンドラの父であり現国王は一目散に逃げだし、生徒達が一緒に来ては狙われるから別の道を使えとサンドラに命令した。明らかに生徒達を囮にして自分が安全に逃げる算段だが、相手は父親であり現国王、逆らえるはずもなく、こうして生徒達を連れて教会に逃げ込んできた。
「残された手は、彼らに戦ってもらうしかないよ」
「できません!彼らは殺し合いなどしたことがないのです。それに訓練だって最近始めたばかりですし」
「残酷なことだけど、ここから逃げるにも留まるにも生き残りたいなら戦うしかない。もちろん僕だって戦うけど、戦力に数えられるかどうか」
この状況で戦わずに生き残る方法はない。抗いたいなら剣を持つしかないのだ。
その決断をいざ生徒達に託そうとした時、教会の扉が砕け散り、何かが教会の中に侵入してきた。
「何!?何なの!?」
「て、敵か!?」
蜘蛛の子を散らすように侵入してきた何かから距離をとる生徒達。
「あ、ぐ……」
土埃が消え、姿を現したのは全身傷だらけの瞬だった。
「星谷様!!」
「星谷君!?」
サンドラとハルが急いで近寄り、容体を確認する。打撲に切り傷、骨が折れてないのが奇跡なぐらい満身創痍だ。
「神崎様!治癒の魔法を!」
「う、うん!」
呼び出された生徒の中で、唯一特殊な属性を持っていたハル。その属性は何の因果か、かつて聖女と呼ばれたアリエルと同じ治癒属性だった。
つたない魔力操作で魔法をかける。僅かだが痛みが引き、朦朧としていた瞬の意識が回復するのと同時に、
「これでも死なないとは、なんとしぶとい」
魔族が教会の前に姿を現した。
「魔族!?」
サンドラが驚愕の声を上げると、生徒達が一斉に慌てだす。
「これは偶然。ようやく見つけましたよ!」
阿鼻叫喚の生徒達と奥に鎮座する聖剣を見て、魔族が驚喜しながら彼らを殺さんと一歩前に出た時、その手が結界に阻まれる。
「これが噂に聞いた結界。しかし、この程度では!」
伸ばした手に電流のようなものが走り、魔族の侵入を拒んでいるが徐々に亀裂のようなものが入っていく。
「まずい!このままじゃ!!」
アンナが危機を正確に察知する。目の前の魔族はかなり上位の存在のようで、弱まった結界では止めるどころか破壊されてしまう。
「ははは!これで魔王様もお喜びになる!!」
「う、うるさい!!」
「これでもくらえ!!」
恐怖に囚われた生徒のうちの何人かが、魔族に魔法を撃ち込む。魔力を固め放出するだけの初歩中の初歩の魔法である魔弾は魔族に命中したが、
「ぬるいですねぇ」
煙が晴れ、見えたものは無傷の魔族だった。
「まったく、この服は貴重品なのですよ?こんなに汚してくれて」
無傷の魔族であったが、来ていた服に汚れを付けられ怒りを示す。
「あなた達は嬲り殺します」
結界を破っている方とは反対の手で魔弾を放った生徒を指さし、笑みを浮かべながら宣告する。指名された生徒達はい青ざめた顔を張り付けて、腰が抜けたように座り込む。
「しかし、あなた、あなただけは別です。確実に殺してあげましょう」
遊びながら勝てる相手とは違い、全力で殺しに行ったはずなのに、それを受けきりここまで生き残った瞬には危機感すら覚え、全力で殺しに行くことを宣言する。