夜は未だ明けず、されど星は輝く5
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「おれから行くぜ!」
「私も挑戦する!」
「俺が勇者だ!!」
生徒達が聖剣に群がり、全員が交代交代で柄を掴み全力で引き抜こうと力を込める。しかし、誰がやっても微動だにせず、一人、また一人とリタイアしていく。
「……」
生徒達に囲まれた聖剣を見ながら、確信に近い思いが瞬の脳内を過る。
(あれは鍵だ)
未だに瞬を担い手に選んでいる聖剣は、瞬が勇者の力を取り戻すのに必要な鍵だ。あの聖剣は瞬ならば力を入れる必要もなく抜けるだろう。
そうして、かつての力を全て取り戻すことになる。
「君は挑戦しないのかい?」
瞬が動けないでいると、一人だけ動こうともしない様子を不思議に思いアンナが話しかけてきた。
「どうせ抜けないんで」
あくまで自信がないことをアピールし、動かない理由を作る。
「挑戦するぐらいは自由だと思うけど?今までいろんな人が勇者に憧れて挑戦したものさ」
君は変わってるね、と笑いながら話すアンナに苛立つ表情をみせながら後ろを向き、教会の出口に歩き出す。
「勇者に憧れたことなんて一度もない」
魔王を討った正義の味方?世界を平和に導いた救世主?そんなものは幻だ。くだらない幻想にすぎない。勇者の、瞬の本質はたった一つ。
「あんなもの、只の殺戮者だろ」
魔物を殺し、魔族を殺し、最後に魔王を殺した殺戮の化身。それが勇者シュン。
愛した彼女と違い、誰かを傷つけることしかできない力にどうして憧れるのか?あんなもの無い方がよっぽどいい。自身でさえ忌み嫌う力と名を欲し頑張る生徒達を背に、瞬は歩く。
「誰かを癒す聖女の方が、よっぽど憧れるね」
すれ違い様に零した言葉が、アンナの耳に落ちる。
「君は――」
何か言いかけたアンナを無視して、瞬は教会の外に出る。
教会の壁に背を預け、ゆっくりと息を吐きながら空を見上げる。かつての残滓は忌々しいほどに広く、深い闇を廻しながら瞬を見下ろす。
「何をムキになってんだ俺は」
かつての名残が顔を見せるたびに、らしくもない反応をする自分がいる。
魔王討伐を終え、王国に帰ってきた際に民衆に見せたいと教会に一時返却した聖剣。あれがこの国を滅ぼしかけている一因になっているのには確かに驚いたが、何もあそこまでムキになって反論する必要もない。
「ここにいたのですね」
らしくないと自己嫌悪し陥っていると、瞬を探していたのかサンドラが教会から出てきた。
「なんのようだ」
「お姿が見られなかったので」
拒絶の色を見せているのに、彼女は引くどころか近づいてくる。
「星谷様は参加されないのですか?」
「同行するだけだと言ったはずだ。ここに来た時点で義理ははたしている」
僅かな可能性でも試したいサンドラにしてみれば、引き抜く挑戦だけでもして欲しかったのだろう。
サンドラの希望は彼女の知らないところで呼ばれており、今は目の前にいるのだが、肝心の希望である本人がこの国を救うつもりがない。だから抜けると分かっていても挑戦しないし、する気もない。
「早く中に戻れよ。あいつらが待ってるぞ」
そろそろ残っているメンバーも少なくなり、既に挑戦を終えた人達が煽るように期待を上げる。
建物の外にも聞こえる声に、まとめる人が必要だとサンドラも感じ、瞬に頭を下げてから中に入る。
「いいかげん、俺のことは無視してくれよ」
知らぬ間に追いかけてくる過去の残滓を恨みながら、空を見上げる。
星夜は未だ明けず、静かに瞬を見下ろした。
***
聖剣を引き抜こうと挑戦してから三日が経った。
明確な目標ができた生徒達は訓練に一層やる気を出し、今日も城の修練場で精を出す。
「かかってこい」
「行きます!!」
武器を使った戦闘訓練や、体の鍛え方などを騎士団の人が教え、
「いいですか?ただ魔力を放出しただけでは魔法とは言いません。綿密に編み上げた術式を魔法というのです。今は正確な魔力操作を磨くのです」
王国に仕える宮廷魔導士が、魔法や魔力の扱い方を教えている。
二手に分かれ、交互を順番に習った後に自主練として好きな方に教えを乞うている。比較的魔法講座の方に人が多く、やはり日本人としては自分も魔法を使ってみたいようだ。
そんな彼らの練習風景を、瞬は建物の窓から見下ろしている。
「星谷様も参加されてみますか?」
もう聞き飽きるほどに耳に残った声の主に、面倒な表情を隠しもせずに向き直る。
「皆様と会うのが気まずいようでしたら、私が個人で教えますよ?少なくても魔力が使えて損はしませんし」
「大きなお世話だ」
事実として彼女に教わることは何もない。
かつての闘いで磨き上げられた魔力操作は一年のブランクがあるとは言え、この世界でもトップクラスだろう。そうでなくとも、裏切り者の血を引く者に教えを乞うなどまっぴらごめんだった。
「魔力を増やす方法もあります、私が相談に乗りますので何かあれば――」
「必要ない。器の強化くらい知っている」
器の強化。ゲームで言うところのレベルアップに当たるこの現象は、死線を乗り越えたり、今の限界を打ち破ったりすると魂が成長し、魔力が増える事を指している。
この世界では常識で、かつて多くの死線を潜り抜けたのだから当然瞬も知っている。しかし、勇者ではなくただの瞬としては知っているのは少しおかしい。
「知っていたのですか?」
まだ他の生徒達にも教えていないことだ。なぜ知っているのか疑問に思うサンドラに、口が滑ったと思い
瞬はこの場を立ち去ることを選択する。
「どうでもいいだろそんなこと」
適当にはぐらかしながら、自分の部屋に戻る。
「あ、あの!」
背中越しに聞こえる声を無視して、速足で廊下を歩いていく。
それから数分後、自室に戻った瞬は思い出の場所に行く気分にもなれず、ベッドに倒れるように横になる。
「あいつらに嫉妬でもしてるのか?馬鹿らしい」
興味がないと語りながら彼らの練習風景を見る姿は、彼らに対して嫉妬しているようにしか見えない。それを自分でも理解しているからこそ、自嘲するように笑う。
「俺とアイツらじゃ比べる意味がないだろ」
強くなる環境が違う。必要とされる目的が違う。何より時代が違う。
何もかもが違う中で昔の自分と今の彼らの姿を重ねても意味がない。そう頭では理解しているのに、瞬の心は確かに彼らに嫉妬しているのだ。
あんな風に、自分も強くなれたら。
IFの可能性なんて考えるだけで無駄だ。その無駄が今の時代にあり、それが平和という物なんだろう。
無駄な事を考えることができる時代を作り上げたのは自分だと言うのに、欠片も嬉しさも誇らしさもないのが逆に笑えてくる。
「くだらない」
心に渦巻く感情を吐き出し、これ以上思考を回さないように無心となる。
それから部屋に小さな寝息が聞こえてくるまでに数分とかからなかった。
***
この世界に来て眠りが浅くなっている瞬は、扉を叩く音に目が覚める。
「寝てたのか」
僅かに感じる眠気を吹き飛ばし、部屋にかけられた時計を見る。
日本よりもかなり大雑把な時間を示す時計は、丁度夕食がくる時間帯を示している。この来客もいつもの夕食を届けに来るメイドかと察し、扉を開ける。
それが間違いだったとすぐに理解した。
「こんばんわ、星谷様」
「なんで王女様がここにいる」
いつも夕食を届けるのはメイドだったが、何故か今日は王女であるサンドラが立っている。
「お邪魔します」
「おい、勝手に入るな」
瞬の夕食を持ち、難なく部屋に侵入したサンドラにイラついた声を出す。
「何のつもりだ」
「星谷様の夕食をお持ちしただけですよ?」
「なら仕事はすんだろ。さっさと帰れよ」
扉を指して帰るように言うが、サンドラは首を振って拒否する。
「いいえ、帰りません。星谷様が食事に口を付けるまで、ここにいます」
サンドラが珍しく強い口調で話す。
瞬はその言葉に少し顔を歪ませながら食い下がる。
「誰かに見られながら食う趣味は無い」
「それでも、私はここに居ます」
いつもとは違い、鉄の如き意思を見せるサンドラ。
「メイド達から聞いています。この城の中で一度も食事をとっていないそうですね」
これがサンドラが動かない理由。瞬はこの城の中で食べ物も飲み物も一度たりとも口にしていないのだ。この世界に来てから口にしたのは思い出の場所のティムルと湧き水のみ。
「……それがどうした」
お腹がすけばティムルの実を食べているし、湧き水を飲んで水分も補給している。そのことはサンドラは知らないので心配してもしょうがないが、どうやっても瞬には城の中で出されたものを食べる気にはならなかった。
「私には、皆さんを呼んだ責任があります。ここで死なれるわけにはいかないのです」
だから食べてくださいと差し出される料理を、瞬は拒絶する。
「いらない」
かつてのトラウマが、目の前の食べ物を拒絶する。
裏切られた際に食べ物に毒を盛られており、その過去が瞬の体を蝕む。
「警戒しているのですね」
どうしても料理を口にしない瞬を見て、サンドラは悲しそうな顔をする。
目の前に座る瞬という男は、常にサンドラに対して警戒をあらわにしている。それに気が付かないほど、サンドラも鈍くない。
「私が皆様を呼んだ時も、星谷様は一人だけ私に怒りを示していましたね」
思い出すのは瞬達を呼んだあの日。ほとんどが戸惑いを見せる中、瞬はただ一人強い感情を込めた視線でサンドラを射抜いていた。その感情が良くないものというのも、理解している。
「恐らく、星谷様は私の事が嫌いなのでしょう」
瞬は黙って彼女を見る。サンドラもそれが肯定を示していることを察し、悲しそうな笑みを浮かべる。
「それでも、私は貴方に生きてもらいたい。だから」
サンドラが起こした行動に、瞬が驚く。
瞬の夕食として持ってきた料理を、片っ端から一口ずつ食べていくではないか。しかもできるだけ口を付けて。
「お前、何を」
「見ての通り、毒は入っていません」
サンドラの言葉に、瞬の体が固まる。
滅びかけとはいえ、一国の王女が一人の男のために毒味をしたのだ。
「正気か?わざわざ俺のために毒味をするなんて」
毒を警戒しているのは否定しないが、その警戒を解くために王女自らが毒味をするなんて馬鹿げている。しかも王女の頼みを断った人に対して。
「これでも信用されないならば、次からは私の料理と入れ替えましょう。それも目の前で毒味します」
強い意志を感じる瞳が、真っすぐに瞬を見る。
「ですからどうか、食事をしてください。どうか」
差し出されるのは皿にはスープが入っており、これもまたサンドラが目の前で毒味をしている。
「……」
ここまでされてしまえば断れない。差し出された皿を受け取り、恐る恐るスープを一口飲む。
「はぁ……」
この世界に来て初めて食べた料理。久しぶりに感じる味が口に広がり、同時にサンドラが安心した表情を見せる。
「見られながら食べる趣味はない」
「わかりました。空いたお皿は部屋の前に置いてください」
それだけ残すと、今度はすんなりと部屋に出た。料理を食べる姿を見て安心したのだろう。
「なんなんだくそ……」
瞬をこの世界に再び呼び、かつて裏切った王の血を引く娘。当然憎悪を持つし、恨んでもいる。今までだって関わらないように拒絶してきたが、なんどやっても彼女は手を指し伸ばす。
恨みたいのに、恨めない。
彼女の行動が、性格が瞬の憎悪を惑わせる。
「なんで、お前が……」
なぜ二百年前にいないのかと理不尽な思いが浮かぶ。
IFの話に意味はない。過ぎ去った過去は変えられず、起きたことはなかったことにできない。そうだとしても、考えられずにはいられなかった。
もし彼女があの日にいれば、瞬もアリエルも死なずにすんだのではないかと。
世界はこうも難解で、単純ではないのかと恨みながら、スープを飲む。
久しぶりに食べたまともな料理は美味しく、暖かい。