夜は未だ明けず、されど星は輝く3
遅れましたが、評価ありがとうございます。
「星谷君」
せっかくみんながいい方に向かっていたのにと、非難の視線を向ける義人。対する瞬は関係ないとにらみ返しながら立ち上がる。
「知ったことか。やりたい奴だけでやってろ」
サンドラの依頼を引き受けたいなら引き受けたい奴だけでやれと、一層拒絶を強くする。
瞬の隣に座っていたハルは、怖そうに見えても自分を助けてくれた優しい人だと思っていたため、絶対の拒絶に目を疑う。
「たくさんの人が困っているんだ。星谷君の力を貸してほしい」
きっと無理やり連れてこられたことに怒っていると判断した義人は、サンドラの為ではなくこの国の人達を救うためと別の理由を作る。
だが、義人の説得に効果はない。そもそも前提が間違っているのだから、義人の説得は初めから意味がなかった。
「それこそ知った事か」
瞬は湧き上がる憎悪を必死に抑えながら、義人から視線をサンドラにずらす。
「こんな国を救うつもりはない」
サンドラの言葉を信じるならば、瞬が死んでから2二百年の時が経っている。当時瞬を裏切った人物は皆死に、今この国に暮らしている人たちには何の罪もないだろう。
そんなことは分かっているし、頭でも理解している。
だけどダメなのだ。例えこれが意味のない八つ当たりだとしても、瞬を裏切り殺したこの世界を、最愛の人を殺したこの世界を許すことなどできない。
心が、全てを拒絶する。
「俺の事は無視してくれ」
話は終わりだと、行く当てもないがここには居たくないと思い部屋から出ようとする。
「待ってください!」
一歩、二歩と足を進め出口までの距離を縮めようとして、後ろから静止の声が届く。
「……なんだ?」
振り返り、声の主であるサンドラに向けて鋭い視線を送る。
ゾッとするほど冷たい視線を浴びながら、最後まで勤めを果たすべく飲み込みかけた言葉を紡ぐ。
「依頼を拒否することは分かりました。ですが、今から皆様がどれだけの力を持っているか検査しますので、それだけでも受けてみませんか?」
何の力もない少年が突然大きな力を得れば、その力を誇示するために協力してくれるかもしれないという下心と、単純に瞬の事を心配し、この世界に呼びだした責任から無事に過ごしてもらうために情報を提供しようと思った親切心。その二つが入り混じった願いは聞き届けられることはなかった。
「必要ない。どうせ魔力なんてほとんどないからな」
「え?」
ざわざわと生徒達が騒めきだす。
瞬の一言はまさしく爆弾であり、サンドラも目を見開く。
「し、失礼します!」
急いで瞬に近寄ったサンドラは、一言断りを入れて瞬に手のひらを伸ばす。
「嘘……本当に魔力がほとんど感じられない。魔方陣による強化は確かに発動したはず」
あるはずの物がない。それがサンドラの心をかき乱し、零してはいけない言葉を漏らした。
小さく呟かれた言葉は瞬く間に伝染し、瞬にある視線が突き刺さる。それは才能がなく弱いから逃げた臆病者という誹りだった。
「あっ、その!」
自分がしてはいけない間違いを犯したことに気づき、なんとかフォローしようと言葉を考えるが、瞬の表情はどこか晴れやかだった。
「これで名実共に必要なくなったな。今日はもう休ませてもらう」
「せめてメイドに案内を」
「いらん。場所だけ教えろ」
突き刺さるクラスメイト達の視線を受けながら、それ等を一切気にせずにメイドから部屋の場所を聞き、一人この場所から出ていく。
「……」
人通りが少ない廊下を歩きながら、先ほど受けた説明を思い出す。
二百年前に自分が受けた説明とはいくつか異なっており、それ等が二百年間の研究結果なのだろう。
(魔方陣による強化、ねぇ)
そんなものは瞬の時にはなかった。
勇者召喚は異なる世界の人達から魂を引き抜き、この世界に連れてきて体を再構築するものである。この肉体の再構築は、魂を基にしてこの世界に適した肉体を作り上げるため、元の世界では存在しない魔力を扱えるようになり、この世界の言語も自動的に習得される。
おそらく二百年の研究で魔方陣が改良され、何かしらの強化がかけられるはずだったが、瞬にはそれがかからなかったのだ。
(原因には察しが付くが)
魔方陣の強化がかからなかった異常に、僅かしかない魔力。その全ての原因に心当たりがあるが、現状それを解決するつもりはない。
「……」
無言で手のひらに魔力を集める。
魔力とはこの世界に満ちるエネルギーであり、魔法とは魂の発露。
人は魔力を生産できるが、それは微々たる量であり魔力の回復のほとんどを自然が作り出した魔力を取り込むことで補っている。取り込む方法はさまざまで、空気中に満ちる魔力を肌が取り込んだり魔力を多く含んだ食べ物を食べたりだ。
そうして取り込まれ貯蓄した魔力を、魂に触れさせ色を付ける。そうして生まれた魔力で術式を編み、運用するのが魔法だ。人が持つ魂の色は四大元素と呼ばれており、火、水、風、土の四つの属性に分かれ、極まれにだが特殊な属性をもつ人もいる。
「……」
手のひらに集まった魔力は、普通の人が持つ四大元素とは違うものだった。
「ふん」
暗い闇がゆっくりと渦巻き、その中で小さな無数の光が輝く。
二百年前に瞬に宿った『夜』の魔力を忌々しそうに握り潰し、窓の外を見上げる。
どこまでも暗く、それでいて輝く星々を内包する夜は手のひらで渦巻いていた魔力と同じもので、それから目を背けるように視線を逸らすと目的地の場所へ歩みを進める。
***
「ここか」
目的の部屋にたどり着き、扉を開ける。
中は小さな物置のようで、よくわからない無数の雑貨が部屋の積載量を占拠しており、箪笥と机、それから椅子とベットがなければ部屋と認識できないような場所だった。
「はは、協力しないやつは物置で充分って訳だ」
この国の変わらない性根につい笑みが零れる。
これを支持したのは王女ではないと瞬は確信付ける。彼女は使えない人間を切り捨てられる人間ではない。これを指示したのは別の人物だ。
「そんなこと、関係ないんだが」
たとえ彼女が指示をしていなくても、この部屋を自室として案内された事には変わらない。
「あぁ、懐かしい」
それに、悪くないと瞬は思っていた。
多少の改装はあるが、この部屋は勇者時代に瞬が使っていた部屋だ。
「見つかってないといが」
設置されたベットの下。僅かに軋む床の一部を引き剥がすと、小さな木箱が見つかった。
「あった!」
この世界に来て初めて感じた喜びを胸に、箱を開け中身を取り出す。
箱の中に入っていたのはシンプルな銀色の指輪だった。
「良かった。本当に良かった」
指輪を右手の人差し指に着け、大事そうに撫でる。
この指輪の正体は大昔に作られた遺産。現代の魔法技術では再現不可能と言われているあまりに進みすぎた古代技術の結晶、アーティファクトと呼ばれる代物であり、アリエルからもらった大事な贈り物だ。
二百年前のあの日、謁見の間で改めて感謝を伝えると言われ正装に着替えさせられ、指輪も外せと指示された瞬は自分だけが知っている場所に隠し、今ようやく手元に戻ってきた。
「僅かでも魔力があれば動くか」
扉を施錠し、指輪に魔力を込める。
アーティファクトには今は無き魔法を物に封じ込める技術が使われており、魔力を込めることで内包した魔法が作動する。
この指輪に封じられた魔法は転移。現存していない失われた魔法の一つで、設定した場所に瞬間移動できるもの。この指輪は二つの場所を設定でき、設定された場所から一定の距離内にいるともう片方の場所に転移することができる。
「アウェイク」
指輪の起動するための言葉を紡ぎ、魔力を込める。
この指輪に設定された場所の一つがこの部屋で、もう片方の場所が――
「戻って、来たのか」
夜でありながら咲きほこる一面の花。少し遠くを見れば一望できる王都。
幾度となく訪れた思い出の場所であり、アリエルを看取った場所に瞬は立っていた。
「これは……」
二百年もの月日が巡り、多くの形を変えているが、アリエルと過ごした思い出の名残が幾つも垣間見れる。
懐かしくも寂しい気持ちで辺りを見渡していると、大きな異物を発見した。それはアリエルを埋葬した場所から生えている。
「ティムルの木か」
一年中実をつけるこの世界の特有種。リンゴのような見た目と食感でありながら、桃のように果汁が溢れ、甘酸っぱい味がする木の実はアリエルの大好物だった。
ティムルの実は決して高価の物ではなく、子供たちがちょっとした贅沢で食べるおやつぐらいの位置付けだが、彼女はティムルをよく美味しそうに頬張っていた。瞬もアリエルと一緒にこの場所でよくティムルを食べ、その時間と思い出は宝物の一つである。
かつての幸せな記憶がリフレインし、瞬の視界が滲む。
「ただいま、アリエル」
ティムルの木を撫でながら二百年ぶりに挨拶をする。
『おかえり』
風に揺られ、震える葉と枝の音の中で彼女の声を聴いた気がした。
たとえそれが都合のいい妄想で、聞こえるはずのない幻聴だとしても、今はその言葉を胸に噛み締める。
思い出の中の彼女が笑った気がした。




