夜は未だ明けず、されど星は輝く2
ざわざわと言葉が広がる。
呼び出されたクラスメイト達は誰も現状を理解できず、周りの状況を隣の人と話し合い不安を誤魔化そうとする。
「混乱されていると思いますが、場所を移しませんか?そこで全てを説明させていただきます」
誰もが欲する情報を、中央の少女が説明してくれるらしい。
しかし、彼女は今回の首謀者である可能性が高く、うかつに信用していいか迷ってしまう。
「どうする?」
「罠なんじゃ」
「でも情報がなきゃ……」
彼女を信用していいのか、クラスの中で議論が巻き起こる。
信用すべきだ、罠かもしれない、犯人についていくとか正気じゃない、でも情報が足りない、多くの意見が短い時間の中で飛び合う。
「……ついていこう」
「義人?」
疑心暗鬼になって動けなくなっている中、一人の男子生徒が立ち上がる。
彼の名は浅日義人、このクラスの中でリーダー的な立ち位置の少年であり、皆からの信用も厚い。
「まじでいくのか?」
「もちろん」
言い切る義人の姿に安心を覚える生徒も多いが、反対に不安を露にする生徒もいる。
「罠かもしれないよ?」
「これが罠なら僕たちはもう手遅れだよ。それに、どうせ疑うくらいなら信じたほうが何倍もいい」
誰もが疑心暗鬼の中、義人の正論は眩しく輝いて見え、不安に思っていた生徒達も頷いた。
「ありがとうございます。それでは、こちらへ」
義人のリーダーシップでまとまったクラスメイト達を見た少女は、安心した顔を見せて移動を開始する。
義人を先頭に、クラスメイト達が移動を始め瞬も最後尾でついていく。騎士たちが囲むように移動するためいくらかの威圧感を感じながら、建物の廊下を歩き目的地の場所に到着する。
到着したのは食堂のような場所で、大きな長机がいくつもあり、奥には厨房が見える。
「どうぞ、お好きな席にお座りください」
少女に促され、全員が各々好きな席に座る。
全員が座り終えると、厨房からメイド服を着た女性達が全員の前に飲み物が入った液体を配る。幾人かの男子がメイドに鼻の下を伸ばし女子たちから冷たい視線を送られる。
「改めて、ようこそお越しくださいました勇者様方」
全員に飲み物がいき渡ったのを確認し、少女が口を開く。
「私はアリーゼ王国の王女、サンドラと申します」
「アリーゼ王国?」
そんな国の名前など聞いたことがない。もしかしたら自分が知らないだけかと多くの生徒達が隣や近くの友人に顔を向けるが、誰もが首を傾げ知らないと答える。
「誰も知らないのも当然です。ここは勇者様方から見れば異世界に当たりますから」
「は?異世界?」
「何言ってんだ?」
いきなりの爆弾発言に、誰もかれもが少女の正気を疑う。
対する少女は、その反応を知っていたと隣に仕えているメイドに目配せをする。
「赤き翼、夕日に沈み灰となれ」
メイドが詠唱を終えると、手のひらから火で形作られた鳥が現れ、生徒たちの頭上をぐるぐると飛んだあと、小さな爆発を起こして消え去った。
鳥に釘づけになっていた視線が少女へと戻る。
「これで信じていただけましたか?」
今の光景を見てここが異世界なのだと誰もが理解した。
地球の物理現象では考えられない光景は、生徒達にある言葉を思い描かせる。
魔法だ、と
「じゃあ、本当に僕たちは異世界、に来たんですか?」
「はい、その通りです」
「帰る事は、帰る事は出来るんですか!?」
「そ、そうだ!!俺たちは元の世界に帰れるのか!!」
国境を超えるどころの話ではない。文字通り世界を超えた移動に、多くの生徒たちが不安を露にする。元の世界に帰れるかどうかの不安がクラス全員に伝播する。
「先に結論から申しますと、不可能ではありません」
少女が語った内容に、瞬は眉を動かす。
かつて瞬が呼ばれた時は帰る事は不可能と言われていた。それなのに今回は可能性があると提示したことに不信感を募らせる。
「それは、どういうことでしょうか?」
「勇者様方を呼んだ魔法については多くの研究がされており、完成まであと一歩というところまで来ております」
「なら、それが完成すれば?」
「元の世界に帰る魔方陣が出来上がるでしょう」
サンドラの言葉に瞬を除く全員が安堵する。
しかし、次に口に出された言葉がその安堵を粉砕した。
「もし魔方陣が完成したとしても、現状では魔方陣が使えるまでに多大な時間がかかるでしょう」
「それは、どれくらいの時間が?」
「そうですね、おおむね百年ぐらいでしょうか」
「ひゃっ!?」
百年など普通の人間は死んでしまう。これでは事実状帰れないのと同じではないか。
変に期待を持たせた分、生徒たちの怒りが沸き起こる。
「ふ、ふざけんな!!そんなの帰れないのと同じじゃないか!!」
「そうよそうよ!!」
「おうちにかえしてよ!!」
怒鳴り、泣き、困惑し、負の感情が生徒達を染めていく。
「私は現状では、と申しました」
サンドラの凛とした言葉が、場の重たい雰囲気を拭い去る。
「……つまり、何か希望があるんですね?」
希望を捨てず、何か手はないのかと考えて居た義人はいち早くその言葉に反応した。まだ希望が残っていると。
「……傲慢と思うでしょう、理不尽と感じるでしょう。しかし、どうか、この国を救ってください」
歯を食いしばり、端正な顔を歪ませる様は自らの無力さと関係ない人間を巻き込んだ後悔を滲ませる。
これが人として間違っていようとも、サンドラは行動しないといけない。それがこの国を背負う王女としての責務。
「ふざけ--」
「落ち着いてくれ皆」
多くから罵倒が飛び出そうとした時、義人がそれを遮った。
「ひとまず話を聞いてみないか?結論はそれからだそう」
ただの正論ではなく、あくまで判断材料を増やすためにサンドラの話を聞くと理由をつけることで、一時的にだが生徒達の怒りを鎮めることができた。
サンドラは話すなら今しかないと、この国の現状を語る。
「今から二百年前、この国は大きな過ちを犯したのです--」
サンドラの語る内容はこうだ。
今から二百年前に、魔王と呼ばれる存在が魔族と呼ばれる種族を率いてこの大陸中に戦争を仕掛けた。当然全ての国が対抗したが、魔族は強くジワジワと国力が削られていく。
このままでは危ないと思い、大昔に残された異世界から勇者を呼ぶ魔法陣を起動。三代目勇者が召喚された。
勇者は破竹の勢いで魔王軍を打ち破り、三年の月日を得て魔王を打ち倒し世界を平和に導いた。
世界が平和になり、ここから落ちた国力を回復していこうと全員が思った時、事件は起こった。なんと、王国が勇者を暗殺したのである。
しかし、あと一歩のところで暗殺は失敗に終わり、勇者が王都の中に姿を現したことで事件が公になった。
「民衆に囲われる中で、勇者は呪詛を吐きながら絶命したそうです」
サンドラが語る内容。それはこの国の最大の恥部で、生徒達の信頼を得るためには語らなければならない部分でもある。
「それが、僕達が呼ばれた理由となんの関係があるるんですか?」
「窓の外をご覧ください」
生徒達が一斉に窓の外を見ると、珍しい街並みだが異常と語るには足りない夜景が見えた。
「何もおかしな所はないけど」
「皆さんは今何時頃だと思いますか?」
「何時って、夜だろ?」
何を言っているんだとサンドラに視線が突き刺さる中、彼女は憂いを帯びた視線を夜空に向ける。
「今はちょうどお昼時、正午です」
生徒達全員が疑問を浮かべる。
「これが三代目勇者様が残した呪詛、私たちが背負う業」
王国の空に太陽は顔を出さない。
「二百年前から、この国は夜が明けないのです」
明けない夜。まさしくファンタジーに相応しい国で、この国で何を救って欲しいのか、それが自ずと全員の頭に浮かぶ。
「この国を救って欲しいって、まさか」
「はい、この国に太陽を取り戻してください」
再度、サンドラが生徒達に頭を下げる。
「太陽を取り戻すって、そんなのどうするんだよ」
「方法はあります」
困惑するのも無理はない。いきなり明けない夜を取り除いてくれと言われても、ただの高校生ができることではない。
「おそらく、ですが夜を取り払うことができます。しかし、これには勇者の力が必要不可欠なのです。ですからどうか、どうか私達に力を貸していただけないでしょうか!!」
困惑する生徒達とは逆に、サンドラには彼等こそが必要だった。ただの高校生の彼等達が。
「そんなこと言われても……」
「だよね」
「そもそも俺達関係ないし」
深々と頭を下げての懇願は、彼等に届かない。
これ以上は何もない。けれどどうにかしなければならないと下げた顔が歪む。
「僕は協力しようと思う」
「義人!?」
もうダメかと思われた時、義人が協力を申し出た。
「本当ですか!?」
「うん、僕で良ければ」
サンドラが感謝を示す中、周りの生徒達が義人を問い詰める。
「何考えてんだ義人!」
「この国を救わなければ帰れないんだ。なら手伝う他ないだろ?」
「そうだけど……」
「それに、誰かが困っているなら見過ごせない」
迷いなく言い切る義人に、周りはそういう人間だったと小さな笑みをこぼす。
「しゃーない、俺も手伝うか」
「義人ってこーゆーやつだもんね」
「いっちょこの国を救ってやろうぜ!」
義人の周りで起こった熱は伝播し、どんどんと周りを前向きにしていく。数秒もすればほとんどの生徒がサンドラの申し出を受けていた。
「ありがとうごさいます!ありがとうごさいます!!」
「そんなに感謝されても、僕達にはなんの力もないですよ?」
「その点は大丈夫です。次に説明する予定なので」
「そうなんだ」
唯一心配だった点も問題ないとわかり、義人は視線を一人の女子生徒に向ける。
「ハルはどうする?」
「あ、うん。私も手伝うよ」
瞬の横に座っていたハルに義人が問う。
いつもは義人のグループにいたハルは、優しい性格もあって承諾した。そのまま横にいる瞬に同じ質問をしようとしたところで、
「勝手にやってろ、俺は降りる」
瞬の一言で周りの雰囲気が凍りついた。