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二度目の勇者は救わない  作者: 銀猫


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20/21

獣鳴く夜空にて10

 数多の獣が、たった一人の人間を襲う。

 剣よりも鋭い牙や爪を突き立てんと、獣たちは四方八方から次々と飛びかかる。


「グルァ!!!!」

「……」


 迫る獣を一太刀で切り捨て、右足を軸に回転し左の鞘で背後の獣の頭蓋を砕く。派手な魔法はなく、かつての勇者達が持っていたとされる聖剣の異能もない。

 最低限の回避で急所を避け、体中に傷を作りながら一匹、また一匹と命を奪う。


 刀を振るった隙を付くように、獣が脇腹に爪を突き立てた。僅かに、だが確実にシュンの肉を抉り血を流させる。すかさず刀を逆手に持ち替え、振り下ろして獣の脳天に突き刺す。己の肉を餌に、相手の命を奪う。

 結局のところ、シュンにできる事はこれだけだ。

 派手に展開した魔法も、激しい接近戦と同時には維持できず、降り注いでいた光弾はいつしか止んでいた。

 魔弾で全ての敵を殲滅することはできない。シュンの魔法の腕は下の下であり、魔力量でごり押ししてるだけで、技量なんてないに等しい。一斉に逃げ出されれば多くを取り逃がすことになる。獣たちの逃走を防ぐため、最初の魔弾は逃げれば殺されると錯覚させるだけのパフォーマンスだ。


 この場の獣を全滅させる方法は、一つしか思いつかなかった。

 逃走すれば殺されると錯覚させ、攻撃を浅く受け止わざと傷を作り続ける事で、獣たちの牙はこの命は届き得るのだと思わせる。

 己の身を削り敵を殺す事だけが、夜の勇者に許された戦いだった。

 

「「「ガルルゥ!!」」」

「……」


 獣が吠え、血風が舞う。

 刀、鞘、肉体、数多の獣を迎え撃つには心もとない装備でありながら、ギリギリで攻撃に対処し確実に命を奪う。この戦場において華やかさはなく、煌めく魔法もありはしない。

 ただただ、鈍い光が煌めき血が大地を濡らす。


「なんだ、あれは……」


 防壁の上で、シュンの戦いを見守る誰かが言葉を漏らした。誰なのかと答え合わせをする必要はない。何故なら、ここにいるほぼ全員が同じ感想を持っているからだ。

 

 ド派手な魔法を使ったのであれば、凄いと思えた。

 己を奮い立たせながら挑むのであれば、英雄と見えた。

 理解すら出来な超絶技巧を使つかっているのであれば、感動できた。

 だが、シュンの戦いには何もない。ただ最短で最速で急所を突き、機械的に敵を殺すだけの殺戮兵器。特別な事をしていないが故に、彼の戦いを全て理解できてしまう。

 彼の戦場に華はなく、理想もない。生きる為に殺す。殺す為に殺す。体中に傷を負いながら、より多くを機械的に殺していく姿は、酷く凄惨で嫌悪感すら浮かんでくる。


 人は命を奪う行為を嫌悪する。特に現代で教育を受けたクラスメイト達は、獣であろうと命を奪う事に大きな抵抗感がある。だが、同じ世界出身であるシュンはどうだろうか?

 殺す事に特化した動き。

 殺す事しかできない動き。

 もし、あの力を自分達に向けられたらどうなるかを、全員が簡単に想像できてしまう。


 価値観を共有しているはずの同郷故に、暗い感情がはっきりと浮かび上がる。

 あぁ、なんて恐ろしい。自分たちがあれだけ怖がったモノを、容易く行える彼が怖くてたまらない。


「……っ!」

「目を逸らすでないぞ」

 

 目の前の惨劇から、サンドラは思わず目を逸らしそうになったが、ダリエラにより強く静止される。

 全身に傷を作りながら、文字通り己を削り戦う姿は、語られてきた勇者の姿とは程遠い。

 シュンがこれ以上傷つく姿を見たくない。だが、シュンが傷つく事になった理由は間違いなくサンドラだ。彼の体に刻まれた傷の一つ一つが、流した血の全てがサンドラの罪の証に他ならない。

 

「あれこそお主たちが、儂が作り上げた勇者」


 魔獣を殺し、竜を殺し、魔族を殺し、人を殺し、ついに魔王を殺すに至った究極の一振り。

 戦場で削ぎ落された剥き身の刃。敵を殺す事に特化し、殺す事しかできない勇者。数多の殺戮の果てに、ついに世界を救った英雄。歴代最強と呼ばれた夜の勇者だ。


「見届ける事が、儂らの義務よ」

「やはり、貴方は……」


 最後の言葉を飲み込んで、サンドラは視線をシュンに戻す。

 今は彼女の事など関係ない。すべきことは一つだけだ。


「星谷様……」


 傷つき、血を流しながら戦い続ける彼を最後まで見届ける事が、シュンを戦場に引き込んだ己の義務なのだから。

 ぎゅっと両手を握り、祈りながら彼の戦いを見届ける。どうか、無事に帰ってきますようにと。


「グルァ!!!!」

「……っ」


 体中に傷を負い血を流しながら、シュンはまた一匹獣を殺す。

 本当は、誰にもこの姿を見られたくなかった。あまりに人としての戦い方からかけ離れている。この身が歪なのは、誰よりもシュン自身が知っている。

 戦闘技能と呼ぶには歪で、殺し屋とはまた違った戦闘方法。勇者だなんだと呼ばれても、命を奪う事以外にできる事はなく、愛した少女一人守れないただの殺戮者。血に濡れただけの小さな手で獣を狩るたびに、この手にできる事はないのだと心の奥に深々突き刺さる。機械的に殺し続けるだけの存在など、人のあるべき姿でない。


「ギャァ!?」

「……っ!」


 正面の獣を切り裂き、続いて飛び掛かってくる獣の顎を鞘の先端で叩き上げ、浮いた体を右足で蹴り飛ばす。背後に感じた気配を頼りに、大きく回転しながら刀を横に一閃する。迫っていた獣は空中で胴体を切り裂かれ、勢いのまま地面に撃墜した。


 何度も何度も何度も、斬って斬って斬って斬り殺す。

 命を奪う度に吐き気を催すも、体の動きは正確さを損なわない。どこまでも頭はクリアに思考を張り巡らせ、冷静に次の一手を指し示す。示された通りに体を動かせば、また一つの命を奪う。


「……!!」


 この感覚に、一度だって慣れた事はない。

 切り裂いた肉の柔らかさを、

 砕いた骨の硬さを、

 踏んだ死体の感触を、

 浴びた返り血の温もりを、

 口に入り込んだ血の不味さを、

 最後に聞こえた断末魔を、

 視界に映り込む死に際の表情を、

 今まで奪った全ての命を、一日だって忘れた事はない。

 何度も何度も夢に見る。目を瞑れば、いつだって昨日のことのように思い出せてしまう。一度でも命を奪ってしまえば、この感触が離れる事はなかった。


「ギャァ!!」

「……っぁ!」


 殺して殺して殺して、ついに最後の獣を切り裂いた。

 地面には死体が溢れ返り、流した血以上に返り血を浴びた体は紅く汚れている。

 この戦場に誉はなく、殺戮には賞賛などない。全身に突き刺さる視線は恐怖と怯えに支配されており、冷たくて凍えてしまいそうだ。


(あぁ、暗いよアリエル……)


 シュンが見る世界は、暗く閉ざされている。アリエルが見ていた輝くような景色を見れない。

 星の見えない夜を、彷徨うだけ。


「瞬君!!」

「星谷様!!」


 遠くから、二つの足音が近寄ってくる。足音の方に視線を向けると、掠れた瞳に二つの星が見えた。


(眩しい……)


 暗く闇に閉ざされた世界にも、輝くような星が二つ浮かんでいた。シュンの閉ざされた世界を、少しだけ暖かく照らしてくれる。

 こんな輝きがあるのなら、もしかしたら、この世界も悪くないと思えるのかもしれない。


 夜の森に、獣の鳴き声はもう聞こえない。

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殺戮機械
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