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プロローグ2

 星谷瞬ほしたに しゅんは夢を見る。


「なんで……!?」


 肘から下がない右腕を抱え、倒れ伏す瞬は突き刺さる視線に訴える。

 傷ついているのは右腕だけではなく、体のいたるところに深い傷があり、武器に毒が塗ってあるのか体が言うことを聞かず、魔力も碌に使えない。


「貴様の力はもう必要ないのだ」


 王国を支える貴族が、瞬をこの世界に呼んだ王が、共に戦い抜いた仲間が、瞬を冷たい視線で見降ろしている。


「殺せ」

「御意」


 王の宣告に、王国の騎士団長が答える。

 構えた直剣を瞬の心臓に向けて振り下ろす。


(なんでこんなことに……)


 迫る剣を見ながら、何故どうしてと自問自答を繰り返す。

 地獄のような日々を生き抜いたはずだ。絶望しかなかった戦争を戦い抜いたはずだ。


(裏切られなければいけない!!)


 瞬の心が絶望に染まり、憎悪に瞳を曇らせたその時、


「だめえぇーー!!」


 女性の絶叫と共に扉が開き、一筋の光が差し込む。

 剣から滴り落ちる血液が、絶望を知らせる。


「あっ……」

「アリ、エル?」


 予期せぬ乱入者は魔法による加速で距離を詰めると、瞬を庇うためにその身を犠牲に剣を受け止めた。

 彼女の名はアリエル。この王国で聖女と称えられ、瞬が愛し、瞬を愛した人。


「シュン……」

「アリエル!!」


 剣が体から抜け、彼女の体が虚空に投げ出される。

 一目で致命傷だとわかる一撃を受けて、それでも瞬の身を案じて手を伸ばす。瞬もまた愛する人に手を伸ばし、二人の手が重なった。


「アウェイ、ク!」


 振り絞るように紡がれた言葉に、彼女が身に付けている指輪が反応し二人の姿が消失する。


 視界が切り替わる。


「此処は」


 王城の一室から一転。視界に映るのは豊な視線と青い空。 

 ここは王都が一望できる山の中。限られた方法でしか行き来できないこの場所は瞬とアリエルの秘密であり、二人が幾度となく語らった思い出の場所。


「シュン……」

「喋るな!今手当てするから、だから……!」


 胸から血があふれ出す彼女を、毒で言うことを聞かない体を無理やり動かし何とか抱きかかえる。


「なんで、どうして」


 幾度となく戦場を駆けた瞬は理解する。アリエルが受けた傷は致命傷で、どんな奇跡をもってしても助からないと。

 それでも、だとしてもと体を無理矢理動かして手当てを始めるが、瞬の手をアリエルが掴んで動きを止める。


「ごめんね」


 ゴボゴボと口の端から血を垂れ流し、残り少ない命を燃やしながら彼女は伝える。


「助け、られなかったね……」


 震えながら動く手が、瞬の斬り落とされた腕の傷口に優しく触れる。


「癒しを、ここに」


 淡い光が傷口を包み、先ほどまでの焼けるような熱が消える。あれだけ重かった体も少し楽になった。


「アリエル、お前」


 この世界で数少ない治癒魔術の使い手である彼女が、残り少ない魔力で精いっぱいの治癒をかけたのだ。

 武器に塗り込まれた毒は除去できず、けれど少しでも痛みを減らすためにかけられた魔法はとても優しく、切ない。


「こんなことしかできなくて、ごめんね」

「もういい、喋るな!」


 一秒毎に熱を失っていく体を強く抱きしめながら、少しでもこの熱を感じていたいと神に祈る。


「ねぇ、シュン君」


 悲恋を見過ごせず手を差し伸べる都合のいい神など存在しない。

 日々神に祈りを捧げる彼女でさえ、神は救うことをしない。この世界は残酷だ。


「なんだ、アリエル」


 ならばせめて、最後は彼女の思うがままに。

 瞬は力を緩め、彼女と向かい合う。腕に横たわるアリエルは優しく微笑む。


「助けられなかった私を恨んでもいい。けれど、どうか、この世界を恨まないであげて」

「無理だよ、そんなのは無理だ……!!」


 だって世界は、瞬の一番大切なものを奪っていくのだから。


「ごめんね、シュン君」

「アリエル!!」


 命の火が消え、体から熱が失われた。

 絶望と虚無が思考を覆い、心が憎悪で満たされる。しかし、今だけは、今だけは笑って彼女を見送ろう。


「愛してるよ、アリエル」


 力いっぱい抱きしめた彼女は、もう2度と目を覚まさない。


 視点が切り替わる。


 アリエルと同様に残り少ない命の瞬は、彼女を埋葬した後に山を下り王都へ戻った。

 途中で誰かと話したかかもしれない。王都の守衛と何かあったかかもしれない。しかし、今の瞬にとってそんなことは塵にも等しい。

 多くの血を垂れ流し、毒に体を蝕まれながら王都の広場に来た瞬は周りを見渡す。


「   !!」

「   !?」


 瞬の周りを多くの人が取り囲んでいる。

 ある者は瞬に槍を向け、ある者は呆然と眺め、ある者は必死に瞬に声をかける。

 その全てがどうでもいいと感じた。今の瞬に残されたものはただ一つ。広場から見える王城に憎悪を語るのみ。


「よくも、裏切ってくれたな」


 静かに、されど激しく憎悪が燃える。


「こんな世界救うんじゃなかった!」


 瞬の言葉一つ一つが観衆に伝播し、ざわめきを強めていく中で瞬はあらん限りの力を込めて叫ぶ。


「こんな国、滅んでしまえ!!」


 絶叫と共に命の灯が消える。

 勇者シュンが最後に見たのは、己の体から抜けるナニカが空を覆っていく様子だった。


 こうして、勇者星谷瞬は死んだ。


 ***


「はぁはぁ…、くそ!」


 何の変哲もない家の一室で、一人の少年が目覚める。

 くそったれな悪夢で起こされた少年は、全身から噴き出した冷や汗に顔を顰める。


「これで何度目だ」


 顔を押さえ、最近多く見るようになった悪夢に悪態をつく。


「ああ、なんで俺は生きてるんだよ」


 異世界に呼び出され死んだはずの瞬は、気が付けば日本の自室で異世界に呼ばれる前の姿で目が覚めた。


「教えてくれよ、アリエル」


 あれから一年。勇者は未だ悪夢に囚われている。


  



 



 


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