獣鳴く夜空にて9
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「おい、本当に大丈夫なのか?」
「そんな事私に言われても……」
エルフの里を囲う防壁の上に、まだ戦える人達が集まっていた。
彼等が揃って見ているのは、防壁から少し離れた場所にたった一人で立つシュン。彼は誰も応援を呼ばず、一人で戦場に立ち、目を瞑りただ敵の到来を待つ。
「誰か行った方が……」
「でも誰も来るなって……」
必要ないと言われたが、この防壁が彼らを守る最終防衛ラインだ。各々が武器を持って防壁の上にたって心配そうに周囲と話している中、サンドラとダリエラも彼等から少し離れた位置でシュンを見ている。
「大丈夫なのでしょうか……」
サンドラは、彼等と別の意味で心配している。確かにサンドラはシュンを頼りにしたが、別に彼一人に全てを押し付けるために頼ったわけではない。この地で戦っているクラスメイトと共に戦うものとばかり思っていたが、蓋を開けてみればシュン一人が戦場に立つ状況だ。
「問題なかろうよ」
この場でシュンを除き、唯一心配をしていないのがダリエラであった。彼女はサンドラの隣に立ち、いつも通り余裕の笑みを浮かべている。誰よりも、ともすればシュンよりもシュンの実力を知るダリエラに心配などない。
「だが、この場に立ったのなら心せよ」
「どういう、事でしょうか」
「お主が過去と違う結果を示したいのならば、決して目を逸らさないことだ」
サンドラがさらなる質問を重ねようと口を開くと同時に、森に獣の遠吠えが響き渡る。
『『『アオォーーーーン!!!!』』』
数えきれない咆哮が重なり、木々を揺らす。
合図だった。無数の獣が夜の森を進軍する。既にいくつもの防壁は破られ、本丸まで彼らを邪魔する者はいない。
「……来たか」
数分もしない内に、獣たちは目的の場所に到達する。
木々の隙間から、数多の眼光が漏れ出す。獣達が見たのは、一人孤立する命知らずに、塀に上り震える生き残り。今まで散々抵抗してきた獲物が、もうすぐそこにある。後はあの邪魔な壁を突破して蹂躙するのみ。
「グルゥアァァーー!!!!」
一際大きな獣が吠えた。
この群れに決まったリーダーはいないが、一番力が強く素早いが故に先頭を走り続けたこの獣が、リーダーとしての役を担っていた。いつも通り誰よりも先に大地を蹴り走り出すと、続けて後ろの獣たちも走り出す。
「やばいやばいやばい!!」
「無理だったじゃないか!!」
獣たちは一人立つシュンなど眼中になかった。放っておいても群れに飲み込まれ、誰とも知らぬ獣たちに蹂躙されて終わるだけの存在でしかない。
たった一人の死にたがりを無視し、より多く残る獲物を襲う。
「あぁ……」
一人残らずエルフを狩れ。魔族によってこの場にいる獣達に刻まれた命令通りに爪を、牙を剥く。
獣らしからぬ理性と知性を持ち統率された群れ。だが、それでも、やはり獣は獣だ。
野生の本能が、全力で警鐘を鳴らす。
「アアァァアァーーーーーーーーーーーーーーーー!!!!!!!!」
勇者が、吠えた。
即ち、死の予感である。
胸の奥にしまい込んだどす黒いモノを剥きだしにして、溜め込んだ全てを吐き出す咆哮は、同時に暴風と勘違いするほどの魔力を伴ってこの場を支配する。
「なん、て……!」
怖い。サンドラは思った。これは殺意と怒りだ。シュンが持つありとあらゆる黒い感情を、魔力と共に放出している。あの大事な場所でサンドラに向けられた物とはわけが違う。
直接向けられたものでないのに、体中に鳥肌が立つ。吹き荒れる魔力で体が竦んで動けない。覚悟を持ったサンドラでさえこうなのだ。
他のクラスメイト達の瞳が、恐怖に支配される。
獣達が感じた恐怖は彼等以上。
与えられた命令を、野生の本能が上書きする。目の前に立っているアレは死だ。これ以上前に踏み込めば、間違いなくこの命が奪われる。
あれほど勢いづいていた群れが、ピタリと立ち止まった。止まった群れの後列、内一匹が、一歩足を後退する。次に踏み出す二歩目で反転し、三歩目でこの場から逃げ出す。
思考ではない。命を守るための反射で、獣は考えるよりも先に二歩目を踏み出す。
「――」
星が落ちた。
二歩目を踏み出し、三歩目で逃げようとし狼型の獣を、空から落ちる一条の光が貫いた。
再び、星が落ちる。空に浮かぶ星が雨の如く、獣たちに降りかかる。
「凄い……」
流星の雨が、獣たちを次々と屠っていく。群れが到着するよりも前に、シュンは空に魔力を張っていた。獣たちが夜だと思っていたモノは、シュンの魔力であり、今落ちているものは星ではなく魔弾。本来ずっとシンプルで派手さの欠片もない基礎中の基礎が、幻想的で破壊的な光景を作り出す。
「凄い?これがか」
「もちろんですが」
「どこがじゃ。こんなもの、出来損ないも良い所じゃろうて」
「出来損ない?これがですか?」
「こんな魔弾、出来損ないも出来損ないよ」
簡易に素早く魔力を撃ちだす事が求められるのが魔弾だ。態々魔弾で広範囲攻撃をする必要はない。
広範囲攻撃が必要なら、広範囲用の魔法を使えばいい。
一度魔力を展開し、展開した魔力からしか撃ちだせないなど、魔弾としては落第も落第。広範囲に撃てるなど付加価値にはなりえない。
かつての戦いの中で、シュンが魔法を使えるようになったのはかなり後半だった。戦いに追われ、魔法の練習もほとんどできず、全てが我流で使える魔法も簡単な二つのみ。内一つが今使っている魔弾だ。
だからか、シュンの魔法練度はかなり低い。
「ほら、始まるぞ」
「……?」
ダリエラに促され、サンドラは再び戦場に目を向ける。
空に展開された魔力から降り注ぐ光弾。また一匹、さらに一匹と撃ち抜かれていく中、獣たちの動きに変化があった。
今まさに逃げようとした獣が撃ち抜かれた。体に大きな風穴が空き、倒れる姿を隣で見ていた獣は、全ての元凶を睨みつける。
このままでは殺される。逃げようとすれば、殺される。なら、殺すしかない。
生き残るために、殺されないために、目の前の敵を殺す。野生の本能が、あの人間を不倶戴天の敵と定めた。
「グルァァーー!!」
後ろに下がる為でなく、前に進むために大地を蹴る。狼型の魔獣は、勢いよく跳躍して鋭い爪を大きく振りかぶる。
「……」
迫る死に、シュンは動かない。
僅かに体を揺らす最小限の回避で魔獣の攻撃を避けると、すれ違い様に右手が刀に伸びる。
「ギャッ……!!」
月光が煌めく。抜刀と同時に振られた一刀は不可視に近く、一瞬で魔獣の首を断つ。
まさに一撃必殺。
魔獣の死体が転がり、魔獣の返り血が滴る刀とは別に、一滴の血が落ちた。
ほんの僅か、本当に僅かだが、シュンの頬に薄い一本の傷が出来ている。獣の攻撃が僅かに掠ったのだ。シュンから垂れた一滴の血に、獣たちが沸き立つ。
殺せる。目の前の敵は殺せる。全てを滅ぼせると思っていた存在は、爪で心臓を穿てるし、牙で喉元を食いちぎることができる人間と変わらない。
殺せ、殺せ、殺せ。我々が殺されるよりも早く、この人間を殺せ。
群れの全てが、たった一つの獲物に狙いを定める。無数の獣が殺意を剥きだし、駆けだした。
「……それでいい」
100を超える獣の群れが迫る。シュンは右手に刀を握り、左手で鞘の先端を逆手で握る。
傷つけられる存在であり、傷つければ殺せる存在であると知れ渡った今、ここにいる群れは己の生存本能によって一匹残らずシュンを狙うだろう。
あぁ、なら良い。わざと傷つけられたかいがあるというものだ。
「始めようか」
伝説の魔法も、異能もない。聖剣も特殊能力も持たず、何も持たない夜の勇者が行える行為はただ一つ。
目の前の敵を鏖殺する事。




